2021-04-17 理化学研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発光物性研究チームの豊田新悟基礎科学特別研究員、マンフレッド・フィービッヒ客員主管研究員、小川直毅チームリーダー、強相関量子構造研究チームの有馬孝尚チームリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクターの研究グループは、光の入射方向を反転することで、「光第二次高調波発生[1]」のオン/オフが切り替わる光ダイオード[2]効果を発見しました。
本研究成果は、磁場制御可能な光スイッチや波長変換素子、光整流素子などの開発に貢献すると期待できます。
近年、「マルチフェロイック[3]」と呼ばれる特殊な電気磁気特性を示す物質が光ダイオード特性を示すとして注目されていますが、非線形光学[4]における光ダイオード特性の研究はほとんど行われてきませんでした。
今回、研究チームは、メタホウ酸銅(CuB2O4)というマルチフェロイックの結晶に、波長1764ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のレーザー光を入射し、2倍の周波数(半分の波長)である近赤外光882nmの第二次高調波発生を測定しました。その結果、結晶のある方向に光を入射したときは、強い第二次高調波が発生するのに対して、逆方向に光が入射したときには、第二次高調波の発生強度が97%以上減少し、ほぼ消失することを発見しました。さらに、この方向はわずか0.01テスラ[5]の磁場によって反転可能であり、第二次高調波の発生強度が30倍以上も変化する巨大磁気応答[6]を示すことも分かりました。
本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(4月16日付:日本時間4月17日)に掲載されます。
背景
電子回路のダイオードが電流を一方向に流すように、光アイソレータという素子を用いると光を一方向にだけ通すことができます。しかし、この機能を実現するためには複数の素材を組み合わせる必要があり、光素子の小型化や集積化が困難であるという課題があります。そのため、光ダイオード特性を単一の素材で実現する材料の開発が望まれていました。
近年、マルチフェロイックと呼ばれる特殊な物質がこのような性質を示すことが明らかになり注目を集めています。これまでマルチフェロイック物質では、一方向にだけ物質が透明になる現象や、ある特定の方向にのみ強く発光を示す現象などが報告されてきました。しかし、非線形光学における光ダイオード特性の研究はほとんど行われてきませんでした。レーザーや波長変換、光パルス発生など多彩な光学応用の多くは、非線形光学過程を利用することで出現するため、単一物質で非線形光学のダイオード効果を実現できれば、さまざまな光素子の小型化や新しい光機能デバイスにつながると期待されていました。
研究手法と成果
研究グループは、メタホウ酸銅(CuB2O4)という結晶を用いて、第二次高調波発生(Second Harmonic Generation;SHG)の測定を行いました。この物質は、21K(約-252℃)以下に冷却すると、マルチフェロイック状態となり、吸収率や発光強度が非対称になる光ダイオード効果を示します。今回の研究では、結晶を12K(約-261℃)に冷却した上で、波長1764ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)のレーザー光を入射し、2倍の周波数(半分の波長)である近赤外光882nmのSHGの整流特性を測定しました。その結果、光が結晶のある方向に入射した場合にはSHG光が強く発生し、光の進行方向を反転した場合には97%以上減少し、ほぼ消失することを発見しました。
また、観測結果を次のようなメカニズムで説明できることを示しました。SHGには、光の電場によって生じるSHGと光の磁場によって生成されるSHGの2種類があります。マルチフェロイック物質では、この2種類のSHGが干渉することで光ダイオード効果が生まれますが、通常は磁場由来のSHGが非常に小さいことから、光の進行方向を反転してもその強度は変化しません(図1左)。ところが、メタホウ酸銅では、磁場由来のSHGが磁気共鳴効果[7]により882nmにおいて極端に増大し、電場由来のSHGと同程度の大きさを持つことが分かりました。その結果、ある方向に進む場合にはSHGが発生しますが、方向を反転させると両者がほぼ完全に打ち消し合い、SHGが消失する状況を実現できたというわけです(図1右)。
図1 通常の第二次高調波発生(左)と今回発見した非対称な第二次高調波発生(右)
左)通常の第二次高調波発生(SHG)の模式図。ピンク色の円筒部分が入射光(振動数1ω)を示し、青色の円筒部分がSHG(入射光の2倍の振動数2ω)を示している。光の進行方向を反転しても、SHGの強度は変化しない。
右)本研究で発見したSHGの光ダイオード効果の模式図。一方向に進む場合のみSHGが発生し(上)、逆方向に入射した場合にはSHGがほぼ完全に消失する(下)。
さらに、外部磁場0.01テスラ(T)の反転によって、この方向を制御/反転可能であることを立証しました(図2)。つまり磁場反転によって、SHGが弱かった光の進行方向が、今度はSHGが強く発生する方向に変化します。その結果、SHG強度を30倍以上も変化させる巨大磁気応答を示すことが分かりました。
図2 第二次高調波発生(SHG)強度の外部磁場依存性
マイナスの磁場を加えたときには、右方向に光が入射するときにSHG強度が強くなり、左方向に入射する場合にはSHGが消失する。反対に、プラスの磁場を加えたときには、左方向に光を入射するとSHG強度が強くなる。光の入射方向を固定して磁場依存性を測定すると、10mT(0.01T)の磁場反転に伴い、SHG強度が急激に変化することが分かった。
今後の期待
本研究では、代表的な非線形光学効果である光第二次高調波発生においてダイオード効果が生じることが明らかになりました。SHG強度の非対称性は97%と、ほぼ完全にオン/オフの切り替えが可能です。さらに、わずか0.01テスラの磁場でこの方向が反転可能なため、磁場制御可能な光スイッチや、波長変換素子、光整流素子などの応用につながることが考えられます。
また、このようなダイオード特性は光に限らず、電流、スピン波、音波、熱流などの多彩な準粒子流に対しても観測されます。本研究で発見した磁気共鳴を用いる手法は、これら一般的な準粒子のダイオード効果に対しても有効だと考えられ、より多様なダイオード現象の開拓とその巨大化への道筋を示すものと期待できます。
補足説明
1.光第二次高調波発生
非線形光学効果の一種。物質に高強度のレーザー光などを入射したとき、入射光の2倍の振動数(半分の波長)を持つ光が発生することを第二次高調波発生という。緑色のレーザーポインターなど幅広い光学素子に応用されている。
2.光ダイオード
光が一方向にだけ透過し、逆方向に進む光は透過しない現象のこと。広い意味では、ある方向に進む光と逆方向に進む光で、光学応答が異なる現象のことをいう。
3.マルチフェロイック
電気と磁気の性質を併せ持った物質。通常は、電場によって物質の電気的な性質を、磁場によって磁気的な性質を制御するが、マルチフェロイック物質では電場によって磁気の性質を、磁場によって電気的な性質を制御できる。光も電場と磁場の波であることから、光ダイオード効果など異常な光学応答を示すことがある。
4.非線形光学
物質に高強度の光を入射したとき、光の電場や磁場の強さに比例しない(線形でない)応答が生じることがある。これらを総称して非線形光学効果という。
5.テスラ
磁場の強さを示す単位。日常の生活で良く用いられる磁石は0.1テスラから1テスラ程度の磁場の強さである。
6.巨大磁気応答
わずかな磁場を加えることで物質の性質が著しく変化する現象のこと。磁気センサーやスイッチング素子などに応用されることがある。
7.磁気共鳴効果
電磁波と物質が相互作用するとき、ある特定の周波数に対してのみ磁気的な応答が増大する現象のこと。この周波数は物質の電子状態や磁気状態によって決まる。
研究支援
本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「無偏光照射によるキラリティと磁化の制御(研究代表者:豊田新悟)」、基盤研究B「トポロジカル熱輸送の低温イメージング分光(研究代表者:豊田新悟)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「イメージング分光による非相反量子輸送物質の開拓(研究者:小川直毅)」による支援を受けて行われました。
原論文情報
Shingo Toyoda, Manfred Fiebig, Taka-hisa Arima, Yoshinori Tokura, Naoki Ogawa, “Nonreciprocal second harmonic generation in a magnetoelectric material”, Science Advances, 10.1126/sciadv.abe2793
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発光物性研究チーム
基礎科学特別研究員 豊田 新悟(とよだ しんご)
客員主管研究員 Manfred Fiebig(マンフレッド・フィービッヒ)
チームリーダー 小川 直毅(おがわ なおき)
強相関量子構造研究チーム
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当