核スピン偏極化試料での偏極中性子回折による構造解析法の開発 〜水素の位置情報を選択的に抽出〜

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2021-04-01 山形大学,日本原子力研究開発機構,J-PARCセンター,総合科学研究機構

【本件のポイント】

  • 山形大学が開発した核スピン偏極技術と日本原子力研究開発機構が開発した偏極中性子散乱測定技術を組み合わせ、従来法では得ることが難しい水素の位置情報や、水素の凝集・分散状態を抽出する中性子粉末結晶構造解析法(*1)を開発しました。
  • 物質の水素に関する構造を決定することで、物質の機能面を評価でき、新材料の開発につながると見込まれます。

核スピン偏極化試料での偏極中性子回折による構造解析法の開発 〜水素の位置情報を選択的に抽出〜

従来法(a) では全元素が散乱する(赤) 一方,新測定法(b) では水素の散乱成分を選択的に抽出できます。

【概要】

山形大学が原子核物理実験用に開発した結晶試料の核スピン偏極(2)技術を、スピンコントラスト偏極中性子回折測定法に展開しました。これまで、同測定法では試料中の水素を核偏極化させる必要があるため、結晶試料の測定は困難でした。本研究では、同大の核スピン偏極技術により、水素核偏極化されたグルタミン酸(アミノ酸の1種)試料の作製に成功し、粉末結晶試料中の水素の配向および凝集・分散などの構造情報を抽出できることを世界で初めて実証しました。本研究は、日本原子力研究開発機構及び総合科学研究機構との共同研究で、J-PARC MLF(3)に設置されている中性子小角・広角散乱装置 (BL15大観)を用いて実験を行いました。物質中の水素の状態は、材料の機能性を評価・検討するために非常に重要な情報です。本研究方法は、様々な試料中の水素の位置・配向などの詳細な構造情報を議論できるため、機能性材料、ポリマー、生体高分子などの機能の解明を促進する有用な手段となるとともに、材料工学や生命科学の幅広い分野で応用が期待されます。この成果は2021年3月3日付けで学術誌『Journal of Applied Crystallography』に掲載されました。

【背景】

物質の機能は、原子・分子がどのように配列しているかが鍵を握っています。たんぱく質などの生体内機能物質や、水素貯蔵材料などの機能の解明には水素が関与する構造情報を紐解くことが必要です。この水素に関する構造解析を実現する手法が中性子散乱法です。対象となる物質に中性子線を照射し、その散乱を観測することで水素が関与する構造情報を引き出すことができます。しかしながら多くの場合、機能性物質は水素とそれ以外の原子で構成されており、水素の構造情報を抽出することは簡単ではありません。そこで、水素核と中性子が持つスピンという性質を用います。中性子と水素核の散乱強度は双方のスピンの向きが平行なときと反平行なときで大きく変化します (右図)。この性質を利用した構造解析方法が日本原子力研究開発機構で開発されたスピンコントラスト中性子散乱法です。水素と中性子のスピンの異なる組み合わせでの散乱を比較することで、スピンの向きに依存して変化した水素の散乱成分だけを抽出することができます。通常の中性子散乱では観測が難しい水素が関与する構造情報にアプローチすることができます。

水素核スピンに対する中性子の感度を円の大きさで表しました。水素核スピンが中性子に対して平行か反平行かで生じる散乱強度の変化を利用し、水素核だけの散乱に焦点をあてる構造解析法がスピンコントラスト法です。

【本研究の概要】

スピンコントラスト法には水素核偏極試料が必要です。従来、結晶試料の核偏極は難しいため、スピンコントラスト法も結晶試料以外の試料が対象となっていました。山形大学では原子核実験用に結晶試料の核スピン偏極法を開発しており、本研究ではその手法を用いてアミノ酸の1種であるグルタミン酸中の水素原子核を偏極させることに成功しました。水素の位置情報を解析するための中性子回折実験はJ-PARC MLFの中性子小角・広角散乱装置(BL15大観)で行いました。大観では入射中性子スピンの向きを揃えた偏極ビームによる中性子回折測定が可能です。実験では試料の核偏極方向に対して平行と反平行2通りの偏極ビームを用いた中性子回折パターンと、無偏極状態の試料からの中性子回折パターン、計3 種類を取得し、その変化を解析することで水素の位置情報の精密な解析を行いました。その結果、非偏極試料を用いる従来の中性子回折法では得られない、水素以外の原子と水素の位置相関や水素の凝集・分散状態を直接測定できることが実証されました。

左図は大観で得られたグルタミン酸の散乱スペクトルです。従来法では黒で示した無偏極状態の結果しか得られません。新測定法では、緑と赤で示した散乱を得ることができます。黒で示した結果に対して、緑と赤の状態で変化したピーク(1, 2,3 など) に結晶試料中の水素の位置情報や凝集・分散状態が含まれています。更に解析をすることでこれらの情報を引き出します。

【見込まれる波及効果】

水素機能材料をはじめ、ポリマーや生体高分子など水素含有結晶試料の構造解析の解明に貢献することができます。 構造解析の結果から機能の解明や、材料開発の改善などに役立つと考えられます。

【※用語解説】

1. 中性子結晶構造解析法 :
電気的に中性な中性子は原子核と直接散乱を起こします。原子ごとに固有の散乱確率を持ち、水素に大きな感度を持つのが特徴です。類似なものにX線散乱がありますが、X線は原子核まわりの電子と散乱を起こします。X線散乱の感度は原子番号 (電子数) に比例するため、水素などの軽元素に感度がほとんど無い一方、金属などの重元素の構造解析において力を発揮します。

2. 核スピン偏極 :
原子核が持つスピンという性質は、「上向き」「下向き」のような向きの概念を持っています。通常スピンの向きはバラバラです。核スピン偏極は原子核のスピンの向きを、どれか一つの向きに偏らせることを意味します。

3. J-PARC MLF :
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)内の物質・生命科学実験施設 (MLF)。MLF では大強度陽子のビームを水銀のターゲットに照射することで、中性子ビームを発生させ、それを調べたい試料に照射し、中性子散乱実験を行っています。

【掲載雑誌】

雑誌名:Journal of Applied Crystallography

著者:三浦 大輔(A), 熊田 高之(B), 関根 由莉奈(B), 元川 竜平(B), 中川 洋(B), 大場 洋次郎(B), 大原 高志(C), 高田 慎一(C), 廣井 孝介(C), 森川 利明(D), 河村 幸彦(D), 大石 一城(D), 鈴木 淳市(D), 宮地 義之(A), 岩田 高広(A)

題名:Development of spin-contrast-variation neutron powder diffractometry for extracting the structure factor of hydrogen atoms

所属:(A)山形大学, (B)日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター, (C)日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター, (D)総合科学研究機構 中性子科学センター

【助成】

本研究はMEXT基盤研究C 15K04706, 18K11926とJSPS特別研究員奨励費19J23744 の助成を受けたものです。

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