原子核の分子構造を発見~不安定ベリリウム−10原子核は窒素分子とそっくり~

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2023-12-06 理化学研究所,中国科学院,パリ・サクレ―大学,香港大学,京都大学,九州大学

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター 核反応研究部の上坂 友洋部長、多種粒子測定装置開発チームの大津 秀暁 チームリーダー、中国科学院 近代物理研究所のペンジー・リー 研究員、パリ・サクレー大学 イレーヌ・ジョリオ・キュリー研究所のディディエ・ボーメル 上級研究員、香港大学のジェニー・リー 教授、京都大学 理学部の銭廣 十三 准教授、金田 佳子 准教授、九州大学大学院 理学研究院の緒方 一介 教授らの国際共同研究グループは、理研の重イオン[1]加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[2]」の多種粒子測定装置「SAMURAIスペクトロメータ[3]」を用いて、不安定なベリリウム-10(10Be、原子番号4)原子核の基底状態[4]では、アルファ粒子二つと中性子二つが窒素分子のように結合していることを発見しました。

本研究成果は、元素合成過程の理解に大きな影響を与える、原子核内でのアルファ粒子生成機構解明に貢献すると期待されます。

今回、国際共同研究グループは、RIBFで生成された10Be原子核ビームに対し、ノックアウト反応[5]という手法を用いてアルファ粒子を取り出すと同時に、取り出した後に残る原子核をSAMURAIスペクトロメータによって同定しました。この結果を最先端の核構造理論および核反応理論と比較することで、10Be原子核が、二つのアルファ粒子と分子軌道を占有する中性子から成る分子構造を持つことを明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(11月21日付)に掲載されました。

10Be原子核の分子構造。アルファ粒子の周りの分子軌道を中性子(青丸)が運動している図
10Be原子核の分子構造。アルファ粒子の周りの分子軌道を中性子(青丸)が運動している

背景

原子核は陽子と中性子(合わせて核子と呼ぶ)で構成されています。原子核物理学では、陽子と中性子のどのような組み合わせが原子核を作り得るのかという基本的な問題に取り組んでいます。原子核の中では、基本的に陽子や中性子はばらばらに存在しますが、陽子や中性子が大きな粒子の塊(クラスター)を作る現象も知られています。このクラスターの中で最も有名なのがヘリウム-4原子核(4He、陽子数2、中性子数2)で、アルファ粒子[6]またはアルファクラスター[6]と呼ばれています。

アルファクラスターは、質量数10程度の軽い原子核でよく発達することが知られており、特にエネルギーの高い励起状態で顕著に見られると考えられていました。中でも有名なのは、宇宙における炭素の合成過程の鍵となる、三つのアルファ粒子が融合して作られるホイル状態[7]です。ホイル状態が存在しなければ、宇宙における炭素の生成量は激減し、生命も現在の形では存在しなかったと考えられています。この例だけでなく、軽い原子核におけるアルファクラスターは宇宙での元素合成を理解する上で大変重要であり、多くの実験研究・理論研究がなされてきました。

その一方、これまで原子核の最低エネルギー状態(基底状態)におけるアルファクラスターの実験情報は極めて限られていました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、RIBFの加速器群を用いて、酸素-18原子核(18O、原子番号8)ビームを光速の約60%に相当する、核子当たり2.3億電子ボルトまで加速し、それをベリリウム製の生成標的に照射することにより10Be原子核の二次ビームを生成しました。超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」[8]を用いて、10Be原子核ビームを分離・輸送し、二次標的である固体水素標的に照射しました。

図1に実験概要を示します。固体水素標的(陽子)とのノックアウト反応により、10Be核中のアルファ粒子をたたき出しました。ノックアウト反応は、10Be核内でのアルファ粒子の運動に関する状況を正確に取り出すことのできる優れた方法であり、これまでテトラ中性子の生成実験注)などでも使われています。本研究では、反跳陽子分析装置と、ノックアウトされたアルファ粒子検出用のシリコン検出器およびヨウ化セシウム検出器を組み合わせることにより、10Be核からアルファ粒子がたたき出されたイベントを高い純度で選び出すことに成功しました。さらに、アルファ粒子を取り除かれた後に残るヘリウム-6原子核(6He)およびヘリウム-6原子核の崩壊生成物であるヘリウム-4(4He)原子核を大口径の多粒子分析装置「SAMURAIスペクトロメータ」を用いて同定し、反応経路を不定性なく決定しました。

実験の概要図
図1 実験の概要
図2に、陽子とアルファ粒子のエネルギーと散乱角度の測定から得られた、残留ヘリウム同位体の励起エネルギースペクトルを示します。今回の研究で注目した6He原子核の基底状態に対する実験結果は、ただ一つのピーク構造として精度よく分離観測されたことが分かります。

ノックアウト反応後に生じた6He原子核の励起エネルギースペクトルの図
図2 ノックアウト反応後に生じた6He原子核の励起エネルギースペクトル
陽子とアルファ粒子のエネルギーと散乱角度の測定により得られた、残留ヘリウム同位体の励起エネルギースペクトル。赤で示すのが、残留ヘリウム同位体が6Heの基底状態である場合、青で示すのが、6Heの励起状態が4Heと二つの中性子に崩壊した場合。


上述した手法で得た6Heの基底状態に対するアルファ・ノックアウト反応率[9]を示したのが図3です。横軸は散乱陽子の運動エネルギーを百万電子ボルト(MeV)単位で示したものであり、たたき出されたアルファ粒子が10Be原子核中で持っていた運動量に対応しています。この実験結果を、最先端の原子核理論である反対称化分子動力学理論[10]および東崎-堀内-シュック-レプケ(THSR)理論[10]の予言値と比較しました。これらの理論と実験データを比較する際、ノックアウト反応を精度よく記述できるインパルス近似理論[11]を用い、原子核の構造計算結果を反応率に変換しています。

10Be原子核からのアルファ・ノックアウト反応率の図
図3 10Be原子核からのアルファ・ノックアウト反応率
散乱実験では反応率を、「断面積」と呼ぶ面積の単位を持つ量で表すことが一般的である。縦軸は、反応率が陽子の散乱方向、陽子の運動エネルギー、アルファ粒子の散乱方向という三つの量に依存していることを明示的に表した量である三重微分散乱断面積の形式で示したアルファ・ノックアウト反応率で、10Be原子核内でのアルファ粒子存在率に対応している。横軸は散乱陽子の運動エネルギーを百万電子ボルト(MeV)単位で示したものであり、たたき出されたアルファ粒子が10Be原子核中で持っていた運動量に対応している。実線は反対称化分子動力学理論(赤)、THSR理論(青)と反応を記述するインパルス近似理論による予言値、破線は独立粒子構造を仮定した理論値を示す。グラフ上の挿入図は、それぞれの仮定における10Be原子核の構造を示す。


実験と理論の比較の結果、今回の実験データから、図3挿入図(b)にある二つのアルファ粒子がダンベルの重りのように十分離れ、その周りの分子軌道を中性子が運動するということが分かりました。この構造はアルファ粒子を窒素原子、中性子をπ軌道[12]電子とみなすと、窒素分子によく似通っています。一方、分子構造を持たない独立粒子構造を仮定した理論計算では、実験結果を約5倍過小評価します。安定原子核であるベリリウム-9(9Be)より中性子が多い不安定ベリリウム同位体(10Be)の基底状態で分子構造が発達することは、20年ほど前から活発な理論的議論がなされてきましたが、今回の研究により初めて実験的に確認されたことになります。

注)2022年6月23日プレスリリース「4個の中性子だけでできた原子核を観測

今後の期待

今回の研究ではノックアウト反応という手法を用い、原子核の基底状態においてアルファ粒子が発達する構造を発見することに成功しました。このような構造は、重い星の中で原子核がアルファ粒子を捕獲してより重い原子核を生成する元素合成過程に大きな影響を与えることが知られています。従来、原子核の励起状態におけるアルファ粒子の寄与を明らかにする実験手法はありましたが、本研究は、低い温度の元素合成で重要な基底状態について実験研究を行う道筋を開きました。

今後、より中性子過剰なベリリウム同位体や、炭素、酸素同位体と研究を進めることにより、宇宙における元素の起源がより明らかになると期待されます。

補足説明

1.重イオン
原子が電子を失う、または得ることにより電荷を持ったものをイオンといい、このうち、リチウムもしくは炭素より重い元素のイオンを重イオンという。イオン源により原子から電子を剝ぎ取ると、原子核の陽子数に比べて電子の数が少なくなり、全体としてプラスの電荷を持つ。すると、加速器で電気的に加速することが可能となる。

2.RIビームファクトリー(RIBF)
水素からウランまでの全元素のRI(Radioactive Isotope:放射性同位元素)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な加速器系、RIビーム分離生成装置(BigRIPS)で構成されるRIビーム発生系施設、および生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う基幹実験装置群で構成される。これまで生成不可能だったRIも含めて約4,000種類のRIを生成できると期待されている。

3.SAMURAIスペクトロメータ
大型超伝導双極電磁石と、原子核反応を観測するための多様な検出器群から構成される。RIビームがターゲットと反応して発生した多種粒子の種類や運動量、軌跡を同時に測定することで、原子核の構造や反応を研究する。特に中性子検出器NEBULAにより、反応前方に放出される複数の高エネルギー中性子を検出・分析できるという特長を持っている。

4.基底状態
原子、分子や原子核においてエネルギーが最も低く、最も安定な状態。

5.ノックアウト反応
高エネルギーで粒子と原子核を衝突させ、原子核から陽子や中性子などをたたき出す反応。反応粒子としては、陽子や電子が用いられることが多いが、今回の実験では陽子を用いた。

6.アルファ粒子、アルファクラスター
陽子二つと中性子二つより成るヘリウム-4原子核はアルファ粒子と呼ばれる。原子核中の陽子二つと中性子二つがある確率でアルファ粒子の塊となり、部分系を構成したものをアルファクラスターという。軽い原子核においては、その存在が理論・実験的に予言・実証されてきたが、重い原子核では現在までよく分かっていなかった。

7.ホイル状態
炭素の励起状態で、主として三つのアルファ粒子により構成されていると考えられている状態。99.95%の確率で三つのアルファ粒子に崩壊するが、0.05%の確率でガンマ線を放出し炭素の基底状態に崩壊する。フレッド・ホイル博士が宇宙における炭素合成を説明するためにその存在を予言し、その後実験で確認されたことで知られている。

8.超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」
ウランやキセノンなどの一次ビームを生成標的に照射することによって生じる大量の不安定核を集め、必要とするRIを分離し、RIビームを供給する装置。RIの収集能力を高めるために、超電導四重極電磁石が採用されており、ドイツの重イオン研究所(GSI)など他の施設に比べて約10倍の収集効率を持つ。

9.アルファ・ノックアウト反応率
原子核と陽子が高速で衝突した際、アルファ粒子がたたき出される確率。原子核内にアルファクラスターが存在する確率と関係付けることができる。

10.反対称化分子動力学理論、東崎-堀内-シュック-レプケ(THSR)理論
陽子や中性子を出発点として、アルファクラスター状態などの性質を説明することのできる最先端の原子核理論。いずれも日本の理論研究者がその発展に大きな貢献をしている。

11.インパルス近似理論
アルファ・ノックアウト反応を、原子核内で運動するアルファクラスターと陽子との散乱を用いて記述する反応理論。陽子ビームによる強い衝撃(インパルス)をアルファクラスターのみに与えるという仮定に基づいている。

12.π軌道
分子軌道の一種。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
核反応研究部
部長 上坂 友洋(ウエサカ・トモヒロ)
研究員 久保田 悠樹(クボタ・ユウキ)
専任研究員 笹野 匡紀(ササノ・マサキ)
多種粒子測定装置開発チーム
チームリーダー 大津 秀暁(オオツ・ヒデアキ)

中国科学院 近代物理研究所
研究員 ペンジー・リー(Pengjie Li)

パリ・サクレー大学(フランス)イレーヌ・ジョリオ・キュリー研究所
上級研究員 ディディエ・ボーメル(Didier Beaumel)

香港大学
教授 ジェニー・リー(Jenny Lee)

京都大学 理学部
准教授 銭廣 十三(ゼニヒロ・ジュウゾウ)
准教授 金田 佳子(カナダ・ヨシコ)

九州大学大学院 理学研究院
教授 緒方 一介(オガタ・カズユキ)

日本原子力研究開発機構 先端科学研究センター
研究員 吉田 数貴(ヨシダ・カズキ)

東京工業大学 理学院 物理学系
教授 中村 隆司(ナカムラ・タカシ)
助教 近藤 洋介(コンドウ・ヨウスケ)

本研究は、理化学研究所、中国科学院近代物理研究所、パリ・サクレー大学、香港大学、京都大学、九州大学、日本原子力研究開発機構、カーン研究所(フランス)、大阪大学、東京大学、立教大学、東京工業大学、ダルムシュタット工科大学(ドイツ)、原子核物理国立研究所(INFN)(イタリア)、ホリアフルバイ国立研究所(ル―マニア)、北京大学、東北大学に所属する61名の研究者が参加する国際共同研究グループにより行われました。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「核物質内クラスター生成機構の総合的解明(JP21H04975、研究代表者:上坂友洋)」、同基盤研究(A)「不安定核反応でさぐる高運動量の近接核子対の研究(JP21H04465、研究代表者:中村隆司)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「エキゾチック核子多体系で紐解く物質の階層構造(JP18H05404、研究代表者:中村隆司)」「ノックアウト反応の正確な描述に基づく核内重陽子・ダイニュートロンクラスターの実証(JP21H00125、研究代表者:緒方一介)」、同基盤研究(B)「中性子星元素合成解明のための新手法を用いた中性子捕獲反応率決定(JP21H01114、研究代表者:栂野泰宏)」、JSPS外国人研究者招へい事業(L11707)、中国博士研究員科学財団(YJ20210186、研究代表者:ペンジー・リー)、中国香港特別行政区研究財団(RGC/GRFおよびHKU 17304918、研究代表者:ジェニー・リー)、中国科学院戦略的優先研究プログラム(XDB34010300、研究代表者:シンシン・シュー)、中国National Key R&Dプログラム(No. 2022YFA1605100および No. 2023YFE0101500、研究代表者:ザイホン・ヤン)、中国国家自然科学基金(No. 12275006、研究代表者:ザイホン・ヤンおよびNo. 12105141、研究代表者:メンジャオ・リュー)、江蘇省自然科学基金(No. BK20210277、研究代表者:メンジャオ・リュー)、韓国基礎科学研究院(IBS-R031-D1、研究代表者:ラツロー・スツール)の助成を受けて行われました。

原論文情報

P.J. Li, D. Beaumel, J. Lee, M. Assie, S. Chen, S. Franchoo, J. Gibelin, F. Hammache, T. Harada, Y. Kanada-En’yo, Y. Kubota, S. Leblond, P.F. Liang, T. Lokotko, M. Lyu, F. M. Marques, Y. Matsuda, K. Ogata, H. Otsu, E. Rindel, L. Stuhl, D. Suzuki, Y. Togano, T. Tomai, X.X. Xu, K. Yoshida, J. Zenihiro, T. Aumann, L. Achouri, H. Baba, G. Cardella, S. Ceruti, A. Chilug, A. Corsi, A. Frotscher, J. Gao, A. Gillibert, K. Inaba, T. Isobe, T. Kawabata, N.Kitamura, T. Kobayashi, Y. Kondo, A. Kurihara, H.N. Liu, H. Miki, T. Nakamura, A. Obertelli, N.A. Orr, V. Panin, M. Sasano, T. Shimada,Y.L. Sun, J. Tanaka, L. Trache, D. Tudor, T. Uesaka, H. Wang, H. Yamada, Z.H. Yang, and M. Yasuda, “Validation of the 10Be Ground-State Molecular Structure Using 10Be(p, pα) 6He Triple Differential Reaction Cross-Section Measurements”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.131.212501

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 核反応研究部
部長 上坂 友洋(ウエサカ・トモヒロ)
多種粒子測定装置開発チーム
チームリーダー 大津 秀暁(オオツ・ヒデアキ)

中国科学院 近代物理研究所
研究員 ペンジー・リー(Pengjie Li)

パリ・サクレー大学 イレーヌ・ジョリオ・キュリー研究所
上級研究員 ディディエ・ボーメル(Didier Beaumel)

香港大学
教授 ジェニー・リー(Jenny Lee)

京都大学 理学部
准教授 銭廣 十三(ゼニヒロ・ジュウゾウ)
准教授 金田 佳子(カナダ・ヨシコ)

九州大学大学院 理学研究院
教授 緒方 一介(オガタ・カズユキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 渉外部広報課 国際広報室
九州大学 広報課

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