2021-03-11 核融合科学研究所
概要
自然科学研究機構 核融合科学研究所(岐阜県土岐市 所長・竹入 康彦)の上原日和助教、安原亮准教授と秋田県立大学(秋田県秋田市 学長・小林 淳一)の合谷賢治助教らの研究グループは、様々な成分分析に利用できる赤外光源の開発に成功しました。この光源は、広い波長範囲(波長2.5~3.7マイクロメートル)の中赤外線※1を高輝度で安定して発生し、小型で安価に作製できます。また、本光源は、次世代の高速・高感度センサーとして開発研究が進められている、赤外線と光ファイバーを利用したセンサーへの適用が可能です。将来の核融合発電所における環境モニタリング、医療分野での呼気診断、工場や各家庭における微量ガス・危険物検知など、幅広い応用が期待される成果です。
本技術は、現在特許出願中「光ファイバおよびASE光源」(特願2020-208308)です。また、本成果は、英国ネイチャー・パブリッシング・グループの科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」(電子版)に3月8日付けで掲載されました。
研究の背景
核融合発電は、次世代の環境にやさしいエネルギー源として早期実現が求められています。核融合発電所のみならず、発電施設、工場施設などの安全かつ安定な運転のためには、それら施設の内外におけるガスや液体等の成分を常時測定する「環境モニタリング」が必須です。また、医療分野では、呼気に含まれる微量のガス成分を検査する「呼気診断」が、コロナ患者の重症化リスクを判断する有効な方法の一つとされています。
このような成分分析の手法の一つが、可視光線よりも長い波長の光である赤外線を用いる方法です。一般的な分子は赤外線を吸収する性質を持ち、それらが吸収する光の波長(吸収波長)は分子の種類によって異なります。そのため、赤外線を物質に照射し、その物質を透過してきた光が、どの波長でどの程度、吸収されて弱くなっているかを計測することで、存在する分子の種類と量が分かります。特に、中赤外線の波長範囲(2~15マイクロメートル)には、炭酸ガス、炭化水素、水蒸気などの様々な分子の吸収波長があるため、中赤外線は様々な成分分析に利用できます。
核融合科学研究所と秋田県立大学の研究グループは、赤外線と光ファイバーを利用した「赤外光ファイバーセンサー」の開発研究を進めています。これは、高速・高精度な成分分析を行うためのものであり、中赤外線を高輝度で安定して発生する光源が必須です。また、赤外線を特殊な構造の光ファイバーに伝送させてセンサーにしますが、そのためには、光源が発する光は、効率良く光ファイバーの中へと送り込めるものでなければなりません。さらに、小型で安価に作製できる実用的な光源が望まれます。そのため、このような条件を全て満たす赤外光源を開発する必要がありました。
研究成果
核融合科学研究所の上原日和助教、安原亮准教授と秋田県立大学の合谷賢治助教らの研究グループは、広い波長範囲の中赤外線を高輝度で安定して発生する光源を新たに開発しました。この光源は、光ファイバーとの相性も良く、小型で安価に作製できます。これにより、様々な成分分析に利用可能で、赤外光ファイバーセンサーに適用できる光源が完成しました。
研究グループは、赤外光源のために新たな材料を開発しました。この材料は、フッ化物ガラスに特殊な元素を添加したもので、安価で小型な半導体光源※2が発する光(波長0.98マイクロメートル)を照射するだけで、広い波長範囲の中赤外線を発します。そして、この新材料を使って特殊な光ファイバーを作製し、半導体と組み合わせた光源を構築しました(図1)。この光源は、半導体の光をファイバーに入射し、そこで強い中赤外線を発生させて外に取り出すという仕組みです。新材料で作製したファイバーは、中赤外線を発するとともに、それを強める役割を担います。この光源は自然放射増幅(ASE)光源※3と呼ばれるレーザーの一種ですが、研究グループは、これを用いて、従来になかった、広範囲な波長(2.5~3.7マイクロメートル)でなおかつ高輝度で安定した中赤外線を発生させることに成功しました(図2)。さらに、発生した光はビーム品質※4が高く、中赤外線を効率良く、伝送用の光ファイバーの中へと送り込めることが分かりました。これにより、開発した光源が、赤外光ファイバーセンサーに適用可能であることを示すことができました。
図1 開発した赤外光源の概略図(左)。シンプルな構成であるため安価に作製できます。
光源から取り出した中赤外線は、伝送用の光ファイバーに送り込みます(右)。
図2 開発した赤外光源が発する光のスペクトル。下段は主なガス分子の吸収波長を示しています。本光源が発する光の波長範囲には多くの分子の吸収波長があります。そのため、本光源は様々な成分分析に利用できます。
成果の意義と今後の展開
広い波長範囲の中赤外線を高輝度で安定して発生する本光源は、小型でシンプルな構成であるため安価で実用的であり、様々な成分分析に利用できます。さらに、本光源を使って、研究グループが開発研究を進めている「赤外光ファイバーセンサー」が実現すれば、高速・高精度な成分分析が可能になり、様々な用途が期待できます(図3)。
例えば、工場施設では、施設内外に光ファイバーを張り巡らせて、窒素酸化物、硫黄酸化物、炭酸ガス等の温室効果ガスを監視できます。将来の核融合発電所では、温室効果ガスは発生しませんが、水蒸気や炭化水素などの測定に利用されます。私たちに身近なところでは、微量なメタン及びブタンを検知するガス漏れ検知器、シックハウス症候群の原因であるホルムアルデヒドの測定への応用も期待できます。さらに、医療分野では、呼気診断に応用されれば、呼気中の一酸化窒素濃度を即時に測定できようになり、コロナ患者の重症化リスクの迅速な判断が可能になります。
図3 本光源の特徴と赤外光ファイバーセンサーの概念図、並びにその応用例。 赤外光ファイバーセンサーは、中赤外線をファイバーで伝送してセンサーにします。一般的に普及している石英ガラス製の光ファイバーは、ガラス材料に赤外線が吸収されてしまうため使えません。そのため、特殊な構造を持った光ファイバーを使う必要があります。今回開発した光源は、そのような光ファイバーとも相性が良く、赤外光ファイバーセンサーに適用可能であり、様々な応用が期待されます。
【用語解説】
※1 中赤外線:波長がおよそ2~15マイクロメートルの光で、人間の目で見ることができる可視光線よりも波長が長い。赤外線の一部であるが、特に、波長3~5マイクロメートルの領域は、大気中で光が弱くならず、様々な分子の吸収波長が多数存在するため、成分分析での利用に適している。
※2 半導体光源:半導体材料を使ったエネルギー源で、高出力で安価なものが入手できる。レーザーのエネルギー源として用いることができれば、装置の大幅な小型化・低コスト化が可能になる。
※3 自然放射増幅(ASE)光源:特殊な原子や分子の発する蛍光を誘導放出という現象を使って増幅したもの。レーザーの一種だが、一般的なレーザー光源と比較して波長の幅が広い性質をもつ。インターネット通信に使われる波長(1.3及び1.5マイクロメートル)のものがよく知られているが、最近、波長2.0マイクロメートルのASE光源が製品化された。2.0マイクロメートルよりも長い波長のASE光源は希少で、製品化されていない。
※4 ビーム品質:レーザー光源が発するビームの形状の整い具合のことを、ビーム品質という。ビーム品質が高いほど、レンズで絞った際に、焦点でのビームのサイズが小さくなる。今回開発した赤外光源は、ビーム品質が極めて高いため、光ファイバーと相性が良く、効率良く赤外線を光ファイバーの中に送り込める。
【特許出願情報】
発明の名称:光ファイバおよびASE光源
出願番号:特願2020-208308
出願人:自然科学研究機構、秋田県立大学
発明者:上原日和1, 安原亮1, 合谷賢治2
1 自然科学研究機構 核融合科学研究所、2 秋田県立大学
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Broadband mid-infrared amplified spontaneous emission from Er/Dy co-doped fluoride fiber with a simple diode-pumped configuration
(広帯域な中赤外ファイバーASE光源の開発)
著者:合谷賢治1,上原日和2,森朗1,時田茂樹3,安原亮2,岸哲生4,西島喜明5,田部勢津久6
1 秋田県立大学、2 自然科学研究機構 核融合科学研究所、3 大阪大学、
4 東京工業大学、5 横浜国立大学、6 京都大学
【研究サポート】
本研究は、核融合科学研究所一般共同研究、並びに科学研究費助成事業(課題番号:20K05374)の支援を受けて行われました。また、令和2年度の自然科学研究機構の産学連携支援事業に採択され、幅広い産業分野への更なる応用展開が図られています。
【本件のお問い合わせ先】
▶ 研究内容について
大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所 ヘリカル研究部
高温プラズマ物理研究系
助教 上原 日和(うえはら ひより)