自己整合成膜技術によるテラヘルツカメラパッチシートの実現
2021-02-03 東京工業大学
要点
- カーボンナノチューブ膜の自立膜を任意の位置に配列させる自己整合成膜技術を開発
- テラヘルツカメラパッチシートを開発し、自由度の高い非破壊検査応用を達成
- 未来のセンサーネットワーク用コンポーネントとして期待
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院の河野行雄准教授、理化学研究所 創発物性科学研究センターの鈴木大地基礎科学特別研究員の研究グループは、カーボンナノチューブ膜[用語1]を材料としたテラヘルツカメラパッチシート[用語2]を開発し、測定環境に制限されずに様々なモノに適用でき、あらゆる場所で品質情報を取得できる自由度の高いフレキシブル非破壊検査を実現した。
モノのインターネット(IoT)化が進み、製品の安心・安全といった信頼性への要求は日増しに高くなっている。そのなかで、テラヘルツ帯[用語3]を活用した検査技術は、測定対象内部の形状・材質の情報を非破壊で計測できることから、製品の信頼性保証の有力な検査手法として実用化が期待されている。しかし、従来のテラヘルツ検査技術は大掛かりな測定系が必要で、ロボットやインフラ設備を稼働現場に持ち込む実地検査には不向きだった。
河野准教授らは、カメラパッチの開発に必要な技術「検出器の小型化」と「検出器の二次元配列化」を、「熱デバイス設計」及び「自己整合成膜技術」により解決し、様々なモノに適用可能なテラヘルツカメラパッチシートを作製、配管の詰まり検査や水道管のリアルタイムモニタリングを達成した。本技術により、インフラ設備に組み込んでのビルトインテラヘルツ検査や、人の手やロボットアームに取り付けてのウェアラブル・ポータブルテラヘルツ検査が実現でき、未来のIoT社会を支えるセンサーネットワークの1つとしての活躍が期待される。
本研究成果は、2021年1月29日付で「Advanced Functional Materials」に掲載された。
図1. 開発したフレキシブル非破壊検査シート
背景と経緯
機械同士が自動で通信し、人の代わりにロボットが製造を行うといった超スマート社会の実現に向け、産官学において様々な研究開発が精力的に行われている。これら革新技術の実用化に必要となるのがモノの“安心・安全”であり、ゆえにモノの安全性を保証するための検査技術の開発と超スマート社会の勃興は不可分の関係にある。そのなかで、テラヘルツ帯電磁波を活用した検査技術は、物質に対する高い透過率と異物を認識するのに十分な解像度を併せ持つこと、及び指紋スペクトル[用語4]を利用した分子解析が行えることから、製品の信頼性を保証するための有力な検査手法として実用化が期待されている。
テラヘルツ検査技術の社会実装に向けた1つの課題が、複雑な光学系や冷却槽を必要としない簡便で測定自由度の高い検査デバイスの開発である。河野准教授らはカーボンナノチューブ膜が有する優れたテラヘルツ吸収特性と吸収した熱量を電気信号へと変換する高い熱電性能に着目し、カーボンナノチューブ膜を材料としたフレキシブルテラヘルツスキャナー(D. Suzuki, et al., Nature Photonics 10, 809-813, 2016)およびウェアラブル非破壊検査デバイス(D. Suzuki, et al., ACS Applied Nano Materials 1, 2469-2475, 2018)を開発してきた。本研究では、先行研究におけるデバイス作製プロセスを抜本的に改善した自己整合成膜技術を新たに構築し、様々なモノに適用可能なテラヘルツカメラパッチシートを開発することに成功した。
研究の内容
カメラの作製に向けては、単一の検出器を小型化する技術と検出器を2次元に精度良く配列する技術が求められる。そこで本研究ではまず、フレキシブルテラヘルツ検出器の小型化・高感度化に着手した。テラヘルツ光の検出原理には、カーボンナノチューブ膜で発生する光熱起電力効果[用語5]を利用しており、先行研究では材料の熱電特性を高めるために化学ドーピング法[用語6]によるフェルミ準位[用語7]の制御を施してきた。しかしながら、この手法は液体を用いるため、小型化及び均一性の観点から複数素子により構成されるカメラのようなデバイスには不向きな作製プロセスであり、性能のばらつきを抑えた作製プロセスを新規に構築する必要があった。そこで熱デバイス設計の観点からデバイス構造の最適化に取り組み、電極のアシンメトリー構造化とカーボンナノチューブ膜の発熱部の架橋構造化を行うことで、高い検出感度を保持したままテラヘルツ光の波長サイズまで素子サイズを小型化することができた(図2)。
図2. 熱デバイス設計によるフレキシブルテラヘルツ検出器の小型化・高感度化
次にカメラの作製に向けたデバイス作製プロセスの抜本的改善に取り組んだ。図3が本研究で創出した自己整合性膜技術の概要図である。まず支持基板となるポリイミドフィルムにナノ秒パルスレーザーを使用してマーキングを行う。その後レーザー加工済みのポリイミドフィルム越しにカーボンナノチューブの分散液を滴下することで、マーキング箇所のみ濾過が行われ、自己整合的にカーボンナノチューブ自立膜の2次元アレイ[用語8]を成膜することができる。本新規技術を用いて成膜したカーボンナノチューブ自立膜2次元アレイを元に、テラヘルツカメラパッチシートを作製した。図4に示すように本カメラパッチは対象の形状に合わせて自由に切り貼りすることができ、指先やロボットアームに取り付けてのウェアラブル/ポータブルテラヘルツカメラや、検査対象や構造物に貼り付けてのビルトイン/インラインテラヘルツカメラとして使用することができる。実際に、開発したデバイスを使用した樹脂製品の品質検査やインフラ設備のリアルタイムモニタリングを達成しており、既存のテラヘルツ検査技術の適応範囲を大幅に拡大することができる自由度の高い非破壊検査応用を実証することができた。
図3. 自己整合性膜技術の概要図とカーボンナノチューブ自立膜2次元アレイ
図4. 開発したテラヘルツカメラパッチシート
今後の展開
本研究ではカーボンナノチューブ膜の自立膜を任意の位置に配列させる自己整合成膜技術を開発することでテラヘルツカメラパッチシートを作製し、自由度の高い非破壊検査応用を達成した。今後は本フレキシブル非破壊検査シートならではの非破壊検査応用の実証に取り組むことで、安心・安全で快適な超スマート社会を支える基盤的検査技術としての実用化を目指す。
付記
本研究は科学技術振興機構 未来社会創造事業、COI『サイレントボイスとの共感』地球インクルーシブセンシング研究の支援、東京工業大学 DLab Challengeの支援及び日本ゼオン株式会社の試料提供を受けて実施した。
用語説明
[用語1] カーボンナノチューブ膜 : 筒状構造体であるカーボンナノチューブを積層した膜のこと。
[用語2] カメラパッチシート : 貼り付けて使用することができるシート状のカメラデバイスのこと。
[用語3] テラヘルツ帯 : 周波数100 GHzから10 THz程度の領域に位置する電磁波のこと。
[用語4] 指紋スペクトル : 電子振動、分子回転・振動、分子間振動等のモードに起因する特徴的な周波数スペクトルのこと。この指紋スペクトルを分析することで物質の化学種や構造を特定することができる。
[用語5] 光熱起電力効果 : 物質に光を照射した際に物質内で温度勾配が発生し、その温度勾配が電圧に直接変換される現象のこと。
[用語6] 化学ドーピング法 : 化学的プロセスを用いて半導体に電子ないし正孔を注入する方法のこと。
[用語7] フェルミ準位 : 電子の全化学ポテンシャルのこと。フェルミ準位の位置によって半導体材料の電子・光物性は劇的に変化するため、デバイスの性能を決定づける重要な因子の一つである。
[用語8] 2次元アレイ : 多素子が2次元状に規則正しく配列された構造体のこと。
論文情報
掲載誌 :
Advanced Functional Materials
論文タイトル :
A terahertz video camera patch sheet with an adjustable design based on self‐aligned, 2D, suspended sensor array patterning
著者 :
Daichi Suzuki, Kou Li, Koji Ishibashi, and Yukio Kawano
DOI :
お問い合わせ先
東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所
准教授 河野行雄
理化学研究所 創発物性科学研究センター 量子効果デバイス研究チーム
基礎科学特別研究員 鈴木大地
取材申し込み先
東京工業大学 総務部 広報課
理化学研究所 広報室 報道担当