中性子で人工ガラス膜境界面の意外な機能「高い接合性」に迫る

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偏極中性子反射率法によるガラスコーティング膜の非破壊精密分析

2021-09-21 総合科学研究機構,日本原子力研究開発機構J-PARCセンター

総合科学研究機構(CROSS) 中性子科学センターの阿久津和宏技師をはじめとする研究グループは、日本原子力研究開発機構J-PARCセンターの研究メンバーと共同で、大強度陽子加速器施設(J-PARC) 物質・生命科学実験施設(MLF)※1に設置された偏極中性子反射率計(写楽)※2を用いて、樹脂(ポリプロピレン)試料内部に埋め込まれたPHPS※3由来シリカガラス膜(PDS膜※4)の精密構造解析に成功しました。その結果、PDS膜は約10 nmの厚みの高密度シリカガラス層に加え、4 nm程度のシリカガラス/ポリプロピレンの‘混合層’も形成していることが明らかとなりました。この混合層内ではシリカガラスとポリプロピレンの両者がしっかりと噛み合い、簡単には剥がれない状態になっていると推測されます。従って、人工シリカガラス膜の高い接合性の起源は、シリカガラスと樹脂が混合した特別な層を形成するためであるとの結論に至りました。

近年、PHPSはセルロース等の持続的利用可能な天然資源材料へのガラスコーティング材料としての研究が各所で行われています。本研究で得られた知見は、セルロース等の天然資源材料へのPHPSコーティング法の開発・研究にも活用される見込みです。

研究成果のポイント

  • 偏極中性子反射率法※5により、通常では観測が難しい物質内部深くに埋め込まれたPHPS由来シリカガラス膜の精密構造解析に成功した。
  • その結果、PHPS由来シリカガラス膜はその表面に約4 nmの厚みの低密度シリカガラス層を形成しており、その低密度シリカガラス層が異種材料同士の接合性を高める重要な役割を担っていることが見出された。
  • 本研究で得られた知見は、セルロース等の天然資源材料へのPHPSコーティング法の開発・研究にも活用される見込みです。また、本研究で開発した中性子偏極度解析法による試料内部に埋め込まれた膜の精密構造解析技術は他の薄膜試料に対しても有効であり、今後、様々な材料の構造や機能の解明に貢献していくものと期待されます。

(左)実験で使用した試料及び(右)シリカガラス/ポリプロピレン‘混合層’のイメージ図

研究成果の概要:

【研究背景】

シリカガラスは無害かつ再利用が可能な材料であり、広く日常的に利用されています。薄膜状のシリカガラスも広く利用されており、例えばセラミックス前駆体無機高分子を材料表面に塗布し、シリカガラスに転化することで、高品質なシリカガラス薄膜を材料表面に合成できます。中でも、PHPSは自動車や食器といった身近な製品から、フォトレジスト、半導体等の工業材料の表面コーティングにも利用される無機高分子であり、室温・大気中で高純度なシリカガラス膜(PDS膜)へと容易に転化する優れた材料です。これまでにPHPSの基礎科学的・産業的な研究が行われてきましたが、多種多様な材料へのPHPSの利用が可能である理由については謎のままでした。その理由の一つは、試料内部に深く埋没してしまうPDS膜を高精度かつ非破壊的に分析することの技術的困難さでした。

【研究内容と成果】

本研究では、非破壊的な薄膜の構造解析が可能である中性子反射率法に着目しました。中性子は物質を透過する力が高く、試料内部に深く埋め込まれたPDS膜の分析も可能です。一方で、中性子には試料中の水素により非干渉性散乱※6され、中性子反射率データのバックグラウンドを高めてしまう(データの質を低下させる)性質もあります。そこで我々は、中性子偏極度解析法※7を用いてこのバックグラウンドを取り除き、質の高い中性子反射率データを取得する方法を開発しました。測定試料には、半導体絶縁層の状況を模擬したものを準備しました(図1(左))。

図1. (左)半導体絶縁層の状況を模擬した試料のイメージ図。(右)偏極度解析前後の中性子反射率データ。0.1Å-1以上のデータ領域において、偏極度解析後のデータはバックグラウンドレベルが低減し、反射率ピークが鮮明になっています。


図1(右)には、中性子偏極度解析法を用いて取得した中性子反射率データを示します。偏極度解析法を用いると、同方法を用いない場合と比較してバックグラウンドレベルが低減し、高Qz側のピークをより鮮明に捉えられることが分かります。図2には、中性子反射率データを解析して得られたPDS薄膜のナノ構造を示します。高密度シリカガラス層の表面に約4 nmの低密度シリカガラス層が形成されていることが明らかとなりました。4 nmの厚みはPHPS 1分子のサイズとほぼ同等であることから、最表面に出ているPHPS分子はシリカガラスへの転化反応の効率が低く、低密度な層になったと考えられます。さらに、低密度シリカガラス層には、樹脂(ポリプロピレン)が侵入していることも明らかとなりました。これは、低密度シリカガラス層内にポリプロピレン成分が入り込んだ‘混合層’のような領域が形成されていることを意味します。通常のガラス板や高密度シリカガラスには、このような低密度シリカガラス層は存在しないと考えられます。従って、約4 nmという極僅かな厚みの低密度シリカガラス層がPDS膜表面に存在することが、PHPSガラスコーティングと様々な材料との高い接合性の起源であると考えられます。

図2. (左)本研究で解析に成功したPDS膜のナノ構造。中性子散乱長密度は、試料に含まれる元素と密度から計算されるパラーメータである。(右)ポリプロピレン/PDS膜界面に存在する低密度シリカガラス層(混合層)のイメージ図。

【本研究の意義、今後への期待】

材料界面に樹脂/シリカガラス混合層が形成される現象は、PHPSのようなセラミックス前駆体無機高分子を用いたシリカガラス膜に特異的なものであると考えられます。このようなシリカガラスコーティング膜特有の構造的特徴が明らかとなったことで、これまで謎に包まれていたシリカガラスコーティング膜の高い接合性の起源が明らか になり始めています。本研究で得られた知見は、セルロース等の天然資源材料へのPHPSコーティング法の開発・研究にも活用される見込みです。

また、本研究で開発した中性子偏極度解析法による試料内部に埋め込まれた膜の精密構造解析技術は他の薄膜試料に対しても有効であり、今後、様々な材料の構造や機能の解明に貢献していくものと期待されます。

なお、本研究の成果は、2020年9月24日付けで学術誌『Polymers』に掲載され、2021年8月16日付けでPolymersのEditor’s Choice Articlesに選出されました。

【謝辞】

本研究成果は、日本学術振興会 若手研究B(課題番号 16K21615)による支援を受けて行われました。また、測定試料の準備には(株)アート科学 新関氏の協力を賜りました。

論文情報:

雑誌名:Polymers

論文タイトル:Fine-Structure Analysis of Perhydropolysilazane-Derived Nano Layers in Deep-Buried Condition Using Polarized Neutron Reflectometry

著者:阿久津 和宏1, 吉良 弘1, 宮田 登1, 花島 隆泰1, 宮﨑 司1, 笠井 聡1, 山﨑 大2, 曽山 和彦2, 青木 裕之2, 3

所属:1総合科学研究機構 中性子科学センター, 2日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター, 3高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所

DOI番号:https://doi.org/10.3390/polym12102180

共同研究における各研究機関の役割:

総合科学研究機構 中性子科学センター:試料作製、データ測定・解析、論文作成

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター:データ測定、論文作成

用語解説:

※1 大強度陽子加速器施設(J-PARC) 物質・生命科学実験施設(MLF)
J-PARCは日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で茨城県東海村に建設し運用している一大複合研究施設の総称です。その内の一施設であるJ-PARC MLFでは、加速した大強度の陽子ビームを水銀標的に衝突させることで発生する大強度パルス中性子を用いて、物質科学、生命科学、素粒子物理学等の最先端の学術及び産業利用研究が行われています。

※2 偏極中性子反射率計(写楽)
J-PARC MLFのBL17ビームポートに設置された中性子反射率計です。写楽では高精度・大強度の偏極中性子ビームを使用した実験が可能です。試料の表面・界面及び薄膜の構造(試料の厚み、密度、粗さ等)の分析に加えて、磁化分布等の分析も得意としています。

※3 PHPS
Perhydropolysilazaneの略称です(分子構造は図1に示されています)。セラミックス前駆体無機高分子の一つであり、大気中での加水分解・酸化反応により、水素(H)と窒素(N)が抜け出し、シリカガラス (SiO2)膜が生成します。

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