2020-10-26 農研機構
ポイント
大きさの異なる3つの小さな球の温度から、日射などの影響を計算で除去して正確な気温を求める新しい温度計を開発しました。本温度計を用いることで、野外でも日よけや通風装置を使わずに信頼性の高い気温データを取得することができ、データに基づいた農作物の管理などに役立ちます。
概要
気温は、地球上の最も基礎的な物理量のひとつで、多くの生物の活動に影響を及ぼすため、農業においても作物栽培や温室、畜舎の管理の指標となる基本的な情報です。近年、データ活用型農業への取組が進んでおり、様々な場面での気温測定のニーズが高まっています。
通常、野外での正確な気温測定には、日射(太陽放射)など放射の影響を避けるために百葉箱や通風筒(日よけと通気ファンを組み合わせた装置)が用いられます。しかし、農地のスペースあるいは電源の制約からそれらを使用しない場合、放射の影響を適切に除去できず、日中に気温を実際よりも高く測定してしまうという問題がありました。
そこで農研機構では、放射の影響を計算で除去することで正確に気温を求めることができる多球温度計の原理を新しく考案しました。この原理は球体の熱収支理論に基づいており、大きさの異なる複数の小さな球の温度から正確な気温を計算します。野外実験から最適な球の数と大きさの組み合わせを調べ、その結果をもとに、3つの小さな球形センサ(直径0.25mm、1mm、4mm)から構成される三球温度計(写真)を開発しました。
本温度計を用いることで、野外において百葉箱や通風筒などの設置が困難な場合にも、放射の影響を受けない正確な気温データを取得できます。本温度計は、データを活用した農作物の管理に役立つと同時に、通気ファンなどの電源が不要なため、商用電源が確保できない場所での気温測定など、農業以外の分野でも活用が期待されます。
本成果は、2020年10月15日発行の国際科学誌Agricultural and Forest Meteorology第292号に掲載されました。
*三球温度計の実物を、文部科学省研究交流センター1Fエントランスホール(茨城県つくば市)にて展示中です(本日~11月25日まで)。
関連情報
予算:科学研究費「高温環境下における植物群落内の局所的な熱動態の計測手法の開発」、科学研究費「領域気象モデルを活用した農地動態の広域熱環境への影響評価」
特許:特許第6112518号
詳細情報
開発の社会的背景と経緯
気温は農作物や家畜を含めた地球上の多くの生物に影響を及ぼす重要な物理量ですが、その正確な測定には、日射による温度センサの昇温など放射の影響を軽減するための装置が必要です。例えば、通風筒は、センサが受ける日射を遮り、風によってセンサと大気の熱交換を活発にすることで、筒内のセンサの温度を限りなく気温に近づけています。
一方で、この放射の影響を物理的に軽減する代わりに、その影響を何らかの方法で見積もって取り除くことができれば、野外において特別な装置のための電源やスペースを気にしない、これまでになかった形での気温計測を実現することができます。
そこで農研機構は、複数の小さな球形のセンサの温度から、放射の影響を計算で除去して正確な気温を求めることのできる新しい温度計を開発しました。
研究の内容・意義
1.温度計の原理
開発した温度計の原理は、球体と大気の熱交換および球表面の熱収支の理論に基づいています。これらの理論から、球形のセンサで測定された温度と実際の気温との差が、球の直径の累乗に比例する性質1)が導かれます。この性質を利用することで、2つ以上の異なる直径の球形のセンサの温度から、回帰直線の切片を求める簡単な計算2)によって気温を求めることができます(図1)。
2.温度計の構造
野外実験をもとに、様々な直径の球形のセンサについて、どのような組み合わせが適当か調べた結果、試した20種類の組み合わせの中で、直径が0.25mm、1mm、4mmの3つの組み合わせの場合に測定誤差が最も小さくなることが分かりました(表1)。
そこで、開発した温度計は、これら3つの大きさの球形のセンサを同心円状に等間隔で配置した構造としています。センサには熱電対3)とステンレス球を用いており、球部以外からの伝導熱の影響を避けるため、クランク形状の保護管を利用して3つのセンサをグリップで束ねています。そのため、センサ部の折り畳みができて可搬性に優れており、作物の生育期間中のデータ取得などに適しています(図2)。
3.温度計の精度
野外実験から得られた三球温度計の精度は平均で0.2°C以内(器差を含まない値4))です。従来の温度計に日よけを付けずに設置すると、昼間に日射の影響を受けて気温を2°Cほど実際より高く評価しますが、三球温度計ではそのような誤差がみられませんでした。また、夏季と冬季の実験から、-3°Cから34°Cまでの広い温度範囲にわたって三球温度計による計測値が基準温度計の値とよく一致することが確認されています(図3)。
今後の予定・期待
1.産業上の効果と期待
開発された温度計は、まずは農業試験場や大学等で試験研究に利用される予定ですが、将来的には製品化や改良を通じて、作物の栽培管理やハウス、畜舎の管理など農業分野で活用されることが期待されます。また、本温度計は通風装置を使用しないため、電源を敷設するのが困難な湿地や山地、あるいは自宅の庭や学校など、様々な場所で気温の測定が容易となり、さらにICT(情報通信技術)を活用した気温データの利用など、多くの分野で活用されることを期待しています。
2.科学技術上の効果と期待
開発した温度計は、小型で通風を行なわないため環境を乱さずに正確な気温を測定することができます。そのため、これまで観測不可能だった弱風時の作物体や建築物あるいは人体の周辺気温が測定できるようになり、その熱動態の解明を通じた農作物の高温障害や熱中症等の分野の研究が進展することも期待されます。
用語の解説
- 1)球の直径の累乗に比例する性質
- 球形のセンサは、その体積が大きいほど風で冷えにくいため、昼間の場合は日射によりセンサが余分に温まってしまい、気温よりもセンサの温度が高くなります。この温まりの程度は、センサが受ける日射や風の強さによっても変化しますが、複数のセンサに対してそれらの強さが変わらない場合、温まりの程度は球の大きさ(直径)のみに左右されます。そこで、直径の異なる複数の小さな球形のセンサを近傍に配置し、それぞれのセンサから温まりの程度を見積ることで、その分を差し引いた実際の気温を求めることができます。
- 2)簡単な計算
- 球の数が3つで、その直径の比率が真に1:4:16となる場合には、気温は三球の温度から以下の簡易式で求めることができます。
Taは気温、T1は最小の球の温度、T2は中間の球の温度、T3は最大の球の温度です。ただし、実際には球の大きさに製造時の環境条件によって若干の誤差が生じます。直径の比率が上記以外の場合や球の数が3つ以外の場合は、厳密式を用いる必要がありますが、その計算は基本的な四則演算のみで可能です。
- 3)熱電対
- 2種類の金属線を両端で接合すると、2つの接合部の温度差に応じて起電力が生じます。その起電力と温度差との関係を利用することで、結合部をセンサとした温度計を作成することができます。2種類の金属線の組み合わせには、利用用途に応じて様々なタイプがありますが、本成果では、常温範囲(-40~60 ° C)での精度が高く比較的安価なことから農業分野で多用されるTタイプ(銅―コンスタンタン)を使用しています。
- 4)温度計の精度および注意点
- 温度計の誤差は一般的にセンサの製品ごとの誤差および計測回路の誤差を含みますが、ここでの値は、センサの温度から気温を決定する方法の誤差、すなわち三球温度計の原理そのものの精度を意味します。3つのセンサは風速と放射量が同じ場所に設置し、これらが異なる空間に設置しないことが重要です。