ターゲットとする特性を発揮する分子構造を機械学習から特定
2020-09-16 産業技術総合研究所
ポイント
- 材料の分子構造パラメーターと大変形シミュレーション結果の両データの相関を機械学習で解析
- 必要なパラメーターを約1/10に絞り込み、所望の大変形をする分子構造を短時間で提案可能に
- 革新的なソフトアクチュエーター材料やその他特徴的な大変形を示す材料の選定の高速化に期待
概要
本手法は、ソフトアクチュエーター材料として研究開発競争が活発な液晶エラストマーに適用されました。分子構造を表す多数のパラメーターとその材料変形のシミュレーション結果をデータベース化し、機械学習を用いて解析することで、大変形の特徴を決定する分子構造パラメーターを特定し、約1/10に絞り込むことに成功しました。これにより、ソフトアクチュエーター材料の大きな特徴である、抵抗(出力のロス)のない大変形”Soft-Elasticity”が発現する分子構造の有力候補をごく短時間で提案可能になり、革新的なソフトアクチュエーター材料の開発期間の大幅な短縮が期待できます。さらに、本手法はエラストマー、ゲルなどの大変形を特徴とするさまざまな材料開発への応用が期待できます。
なお、本手法の詳細を2020年9月16日から18日まで公益社団法人高分子学会がオンラインで開催する「第69回高分子討論会」で発表する予定です。
開発の社会的背景
研究の経緯
研究の内容
今回の手法は、分子構造とシミュレーションにより得られる材料変形との関係に焦点を当て開発しました。本プロジェクトで開発した要素技術の一つである液晶エラストマー粗視化分子動力学シミュレーターでは、高分子を一次構造のレベルからデザイン可能であり、さまざまなパターンの液晶エラストマー分子構造を表現できます。例えばこれら一つ一つに対して一軸伸長シミュレーションを行うことで、ミクロな材料変形を反映した応力-ひずみ曲線が得られます。同じ液晶エラストマーであっても、その分子構造が変化すれば材料変形の様態は大きく異なります。特に、液晶エラストマーの特質ともいえる抵抗(出力のロス)のない大変形”Soft-Elasticity”発現の有無も分子構造の変化に左右されることがこれまでの産総研とADMATの研究から明らかになっています(図1)。
図1 主鎖型(左上)・側鎖型(左下)液晶エラストマー(LCE)の分子構造、および一軸伸長シミュレーションから得られた応力-ひずみ曲線(右上)と配向度-ひずみ曲線(右下)
※主鎖型LCEでは十分なメソゲン基配向とSoft-Elasticityの発現が確認される一方(右上図着色部分)、側鎖型ではメソゲン基が十分に配向せず、Soft-Elasticityが発現していません。
(2)材料変形のデータと分子構造を決める多数のパラメーターをデータベース化し、機械学習で解析
しかし、分子構造の違いを生み出す設計パラメーターの組み合わせは数百種以上となり、加えてシミュレーション条件の違いも関与するため、これら多数の要素のうちどれが実際の違いに結びついているかを洞察することは困難です。そこで産総研、ADMATは、数値化可能なすべての設計パラメーターおよびシミュレーション条件をデータ記述子として扱い、これらがメソゲン基配向の温度依存性や、応力-ひずみ曲線などの材料変形の結果を応答変数として予測しうるという仮定のもとで、機械学習を実行しました。その結果、変形前の材料の特徴を示すメソゲン基配向の温度依存性は非常に高い精度で回帰分析が可能であることが示されました(図2)。
図2 メソゲン基配向の温度依存性を示す曲線(左)、各曲線のデータベース登録値と機械学習予測値との相関関係(中)、および予測値算出における設計パラメーターの重要度ランキング(右)
※各曲線は機械学習を用いて高い精度で予測(回帰分析)可能であること、予測の際に重要な役割を果たした設計パラメーター(右表ランクの順位)を特定できることがわかります。
特に、主鎖に含まれるLennard-Jones(LJ)粒子(配向に関与しない球形粒子)の数、側鎖に含まれるLJ粒子の数、架橋の長さ、メソゲン基間の間隔の4つの記述子がそれぞれ30%、29%、15%、12%の寄与率で、この物性の大半を決定づけていることが示されました。また、応力-ひずみ曲線についても高い精度で回帰分析が可能であることが示され、伸長前のメソゲン基の配向方向、高分子鎖密度、架橋密度、メソゲン基間の間隔の4つの記述子がそれぞれ26%、18%、17%、9%の寄与率で物性を決定づけることが判明しました(図3)。
図3 応力-ひずみ曲線(左)、各曲線のデータベース登録値と機械学習予測値との相関関係(中)、および予測値算出における設計パラメーターの重要度ランキング(右)
※メソゲン基配向の温度依存性と同様、各曲線は機械学習を用いて高い精度で予測可能です。また予測の際に重要な役割を果たした設計パラメーター(右表ランクの順位)が特定できます。
これら二つの独立した機械学習において共通して重要視された設計変数パラメーター「メソゲン基間の間隔」は、少なくとも温度変化によるメソゲン基配向と一軸伸長シミュレーションによる応力とひずみの変化の双方に影響を与えます。これはメソゲン基間の間隔が液晶エラストマーの大変形を大きく左右する設計パラメーターであることを意味しています。実際のアクチュエーター材料開発にとっても、分子設計において、まずメソゲン基間の間隔に着目するという分かりやすい指針を立てることが可能であり、重要な手掛かりとなります。
今後の予定
用語の説明
- ◆アクチュエーター
- 外場や電気信号などの外部からの入力を物理的な運動に変換する機械要素のことです。モーターやエンジン、油圧シリンダーなどが一例として挙げられるほか、筋肉も化学エネルギーを運動に変換するアクチュエーターとみなされる場合があります。
- ◆液晶エラストマー、Soft-Elasticity
- 高分子の柔らかな主鎖または側鎖に液晶分子に類似した剛直な分子単位を含む架橋高分子のことです。比較的弱い外場に対して素早く応答し大変形する特徴的な物性“Soft-Elasticity”をもつことから、新規ソフトアクチュエーター材料として開発競争が行われています。
- ◆液晶エラストマー粗視化分子動力学シミュレーター
- 主鎖型、側鎖型に大別される液晶エラストマーのさまざまな分子構造を粗視化分子モデル(官能基や残基などの原子集団をひとつの粒子に見立てたモデル)の範囲内で再現し、分子動力学シミュレーションを実行可能なシミュレーターです。
革新的機能性材料開発のためのシミュレーターを公開(2019年4月1日NEDOニュースリリース)
- ◆一次構造
- 高分子鎖の構造です。高分子を構成するユニット(モノマー)の数、分岐の有無、複数のモノマーからなる場合の並び方などを示します。
- 配向度-ひずみ曲線
- メソゲン基の配向状態(オーダーパラメーター)が、変形に従いどのように変化するかをプロットした曲線です。
- ◆メソゲン基
- ここでは特に、液晶エラストマー分子内に組み込まれた液晶分子に類似した剛直な分子単位のことを指します。
- ◆データ記述子
- データの特徴を端的に表現する値です。データの性質の一部が何らかの数値に変換されると、データ記述子として利用可能になります。機械学習はこのデータ記述子同士の相関関係を明らかにする手法です。
- ◆応答変数
- 目的変数とも呼ばれます。データ記述子の中で特別に注目したい(=回帰分析や予測、分類の主体となる)記述子を指します。