磁性体に内在するミクロな四重極磁石の空間分布を可視化

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2020-07-09 東京大学

発表のポイント

◆四重極磁石と同様のスピン配列をとる反強磁性体において、四重極の符号の空間分布(ドメイン)を光学顕微鏡という簡便な手法で直接“視る”ことに成功しました。

◆線形電気磁気光学効果と呼ばれる現象により反強磁性体のドメインを可視化したのは初めてです。

◆本手法は、外部刺激に対する反強磁性ドメインの応答を実空間かつ高速で追跡できるため、反強磁性体の性質を明らかにする強力な手法として基礎研究と応用研究に役立つと期待されます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の木村健太助教と木村剛教授らの研究グループは、東北大学金属材料研究所の木村尚次郎准教授らとの共同研究で、四重極磁石をミクロなスピンで置き換えた四極子型スピン配列(図1、注1)を示す反強磁性体について、可視光を通過させたときの透過光の様子を詳細に調べました。その結果、四極子のプラスとマイナスの符号に依存して光吸収が変化する現象を発見し、これが線形電気磁気光学効果(注2)に起因することを明らかにしました。さらに、この現象を利用して、四極子のプラスとマイナスの空間分布(ドメイン、注3)を偏光顕微鏡(注4)により可視化することに成功しました。

本研究は、線形電気磁気光学効果を用いて反強磁性ドメインを実空間で可視化した初めての例です。ドメインは、あらゆる磁性体において自発的に形成される不均一構造であるため、その制御は基礎・応用両面で極めて重要です。今回の偏光顕微鏡を用いた手法は、従来の手法に比べて簡便かつ高速に反強磁性ドメインを可視化できます。そのため、反強磁性体を使った光磁気デバイスの開発や、外部刺激に対する反強磁性ドメインの応答の解明に大きく貢献すると期待されます。

発表内容

①研究の背景・先行研究における問題点

電場によって磁化が、磁場によって電気分極が線形に誘起される線形電気磁気効果は、特定の対称性の要件を満たす磁性体で現れる電気磁気交差現象です。このような磁性体に光を通過させると、光の電場成分と磁場成分に比例した振動磁化と振動分極が物質中に誘起される「線形電気磁気光学効果」が生じ、これが光の伝搬にも影響を与えます。その結果、直線偏光や無偏光の吸収量が光の進行方向の正負で変化する方向二色性といった、従来の線形磁気光学効果(注5)とは質的に異なる非相反光学応答(注6)が現れることが知られていました。またこの効果のもう一つの特徴として、マクロな磁化をもたない反強磁性体においても現れる点があげられます。したがってこの効果は、反強磁性体を使った新しい磁気光学素子の動作原理となり得るほか、反強磁性の性質を探る強力なプローブにもなり得ると期待されます。しかしながら、これまで反強磁性体で報告されていた線形電気磁気光学効果は大変小さく、そのために、同効果をプローブとして活用した反強磁性体の研究は進められていませんでした。

②研究内容

本研究グループは、反強磁性体における線形電気磁気光学効果の研究の舞台として、Pb(TiO)Cu4(PO4)4という物質に着目しました。図1に示すように、この物質では、磁性を担う銅イオンが4つでひとつの磁気ユニットを形成し、これが四重極磁石をミクロなスピンで置き換えた四極子型スピン配列をとります。このスピン配列は、マクロな磁化を生み出さないながらも、線形電気磁気光学効果が現れる条件を満たしています。

本研究グループは、Pb(TiO)Cu4(PO4)4の結晶に可視光を入射し、透過光の様子を詳細に調べました。その結果、互いに直交する二つの直線偏光の吸収量に違いが生じる「線二色性」が現れ、さらには、光の進行方向を反転すると線二色性の符号も反転することが分かりました。これは、非相反線二色性と呼ぶべき新しい光学応答です。また、線二色性による吸収係数の相対的変化が約4%と大きい点も特筆すべき点です。これは従来の反強磁性体における電気磁気光学効果に比べると1~2桁も大きな値です。さらに、四極子のプラスとマイナスを入れ替えることによっても、線二色性の符号が反転することが分かりました。以上の結果から、本研究グループは、試料の各位置での線二色性を調べることで、試料内部における四極子のプラスとマイナスの分布(ドメイン)を可視化できるのではと考えました。そこで、直線偏光を利用した光学顕微鏡(偏光顕微鏡)により結晶の様子を観察したところ、図2に示すように四極子ドメインを明瞭に可視化することに成功しました。線形電気磁気光学効果を活用して、偏光顕微鏡観察という簡便な手法で磁化を持たない反強磁性体の磁気ドメインを可視化したのは本研究が初めてとなります。

③今後の展望

本研究により、線形電気磁気光学効果が、ある種の反強磁性体の磁気ドメインを可視化する有効なツールとなり得ることが実証されました。磁気ドメインは、あらゆる磁性体において自発的に形成される不均一構造であるため、その制御は基礎・応用両面において大変重要です。従来、マクロな磁化を持たない反強磁性体の磁気ドメインの観察には、放射光や高強度パルスレーザーといった先端装置が必要とされ、また、1枚のドメイン像を取得するには数分以上の時間を要することが一般的でした。今回用いた偏光顕微鏡による観察は、従来手法に比べて格段に簡便かつ高速に反強磁性ドメインを可視化できるという利点を有します。そのため、外部刺激に対する反強磁性ドメインの応答の解明や、反強磁性体を使った光磁気デバイス開発の加速に大きく貢献すると期待されます。

本研究は、文部科学省科学技術人材育成費補助金(卓越研究員事業)(研究代表者:木村健太)、科学研究費補助金 基盤研究B「反強磁性体における電気磁気光学特性の電場制御に関する研究」課題番号19H01847(研究代表者:木村健太)、基盤研究A「マルチフェロイック新規物性機能の開拓に向けた物質展開」課題番号17H01143(研究代表者:木村剛)、新学術領域「量子液晶の物性科学」における計画研究「量子液晶物質の開発」課題番号19H05823(研究代表者:大串研也)の支援を受けています。また、本研究で実施した実験の一部は、東北大学金属材料研究所の強磁場超伝導材料研究センターを利用して行われました。

発表者

木村 健太(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 助教)

木村  剛(東京大学大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 教授)

発表雑誌

雑誌名:「Communications Materials」(オンライン版:7月9日)

論文タイトル:Imaging switchable magnetoelectric quadrupole domains via nonreciprocal linear dichroism

著者:Kenta Kimura*, Tsukasa Katsuyoshi, Yuya Sawada, Shojiro Kimura, Tsuyoshi Kimura

DOI番号:10.1038/s43246-020-0040-3

用語解説

注1)四重極磁石及び四極子型スピン配列

2つずつのS極とN極が並んだ磁気的構造を磁気四重極と呼び、例えば4本の棒磁石を図1のように並べることで得られます。また、このような磁石を四重極磁石と呼びます。なお、電磁石を使った四重極磁石は、荷電粒子ビームの収束等に用いられています。四重極磁石の4本の棒磁石を電子の持つミクロな磁石に相当するスピンで置き換えたものを、四極子型スピン配列と呼びます。

注2)線形電気磁気光学効果

磁性体に印加した電場に比例して磁化が誘起される、あるいは、印加した磁場に比例して電気分極が誘起される現象を線形電気磁気効果と呼びます。この現象を光(電磁波)に対して拡張したものが線形電気磁気光学効果であり、光の電場成分と磁場成分によって振動磁化と振動分極がそれぞれ物質中に誘起されます。その結果、光の伝搬や反射といった諸特性が変化します。なお、線形電気磁気(光学)効果が現れるためには、磁性体の空間反転対称性と時間反転対称性を両方とも破っていることが必要です。四極子型スピン配列を取る磁性体は、この対称性の要件を満たしています。

注3)ドメイン

磁性体の内部を詳しく観察すると、一般に、スピンの向きが互いに180度反転した2種類の領域に分かれていることが知られています。これを磁気ドメインと呼びます。もっとも馴染みのある例としては、強磁性体における強磁性磁区(磁化の向きが互い反対の領域)が挙げられます。

注4)偏光顕微鏡

通常の光学顕微鏡に、入射光を偏光させるための偏光子や、透過光(あるいは反射光)の偏光状態を調べる検光子を加えたものを偏光顕微鏡と呼びます。

注5)線形磁気光学効果

強磁性体に直線偏光した光を照射したとき、透過光の偏光面が回転する現象をファラデー効果、反射光の偏光面が回転する現象をカー効果とそれぞれ呼び、これらをまとめて線形磁気光学効果と呼びます。

注6)非相反光学応答

物質の示す光学応答(透過、反射、屈折など)が光の入射方向の正負で異なる現象を、非相反光学応答と呼びます。

9.添付資料:

図1.研究対象物質Pb(TiO)Cu4(PO4)4における四極子型スピン配列。4つの銅イオンのスピンを平面に射影したものは、四重極磁石の棒磁石をスピンに置き換えたものに相当している。

図2.偏光顕微鏡で可視化したPb(TiO)Cu4(PO4)4結晶における四極子ドメイン。青と赤が四極子のプラスとマイナスに対応している。白色部分は、結晶の厚さ方向に沿ってプラスとマイナスが混在していることを意味する。

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