ヤングの干渉実験で、光の粒「光子」の渦巻きの観測に成功!

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2024-01-18 分子科学研究所

【本研究成果のポイント】
・ 渦を巻きながら進行する特殊な光「光渦」。それを構成する光の粒「光子」の一つ一つが、渦の特性を持つことを実証しました。
・ 本研究は、らせん運動する高エネルギー電子が発する光渦に対して行われました。このような運動をする電子は自然界に普遍的に存在します。渦の性質を持つ光子も普遍的に存在する可能性が期待されます。

【概要】
広島大学大学院先進理工系科学研究科の和田真一准教授と太田寛之さん(理学部物理学科卒業生)、同大学放射光科学研究センターの加藤政博特任教授(自然科学研究機構分子科学研究所特任教授兼任)、名古屋大学全学技術センターの真野篤志技師、同大学シンクロトロン光研究センターの藤本將輝特任助教、高嶋圭史教授による合同研究チームは、分子科学研究所 極端紫外光研究施設の放射光源UVSOR-IIIを用いて、高エネルギー電子が自発的に放出する光渦と呼ばれる渦を巻きながら進行する特殊な光が、それを構成する光の粒(光子)一つ一つでも渦の性質をもっていることを、ヤングの二重スリット干渉実験(注1)で明らかにしました。光の強度(光子数)を極端に下げ光子が一つずつ二重スリットを通過するような条件では、光は検出器上でランダムな光子スポットとして観察されます。この光子スポットを積算していくと、光渦特有の中央部が暗く歪んだ縞模様が現れることが分かりました。この結果から、らせん運動する高エネルギー電子が自発的に放出する光は、単一光子の状態でも、渦巻き状の波面を特徴とする光渦の性質を持つことが分かりました。
本研究成果は、英国の科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました(2023年12月27日 オンライン公開)。本研究は、広島大学理学部物理学科の卒業研究として実施された成果です。

【論文情報】
タイトル:“Young’s double-slit experiment with undulator vortex radiation in the photon-counting regime”(「光子計数領域におけるアンジュレータ渦放射を用いたヤングの二重スリット実験」)
著者:Shin-ichi Wada*, Hiroyuki Ohta, Atsushi Mano, Yoshifumi Takashima, Masaki Fujimoto & Masahiro Katoh*
*責任著者
掲載誌:Scientific Reports, 13, 22962 (2023).
掲載日:2023年12月27日 オンライン公開
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-023-49825-4

【背景】
穏やかな水面に石を投げるとその着地点から幾重もの波が円形に広がります。このような曲線を波紋と呼んでいます。光の波が三次元の空間で広がる場合は、波紋は波面と呼ばれる面の広がりでとらえることができます。この面は球の表面であることから球面波と呼ばれています。また、波の発生源が非常に遠い場合はこの球面は平面で近似でき、平面波と呼びます。光の波長に対応する波の山や谷が形づくる球面波(ランプ光源が近い場合)や平面波(ランプ光源が非常に遠い場合やレーザー光の場合)で、光の伝搬を表現することができます(図1(a))。
一方、このような通常の平坦なもしくは球状の波面とは異なり、らせん状の波面を示す特殊な光「光渦」と呼ばれる光が存在することが分かりました(図1(b))。通常の光では中心軸の右側が波の山になっていれば左側も山になっています。ところが光渦では右側が山なのに左側は谷であったりします。そして、中心軸上は山でも谷でもないという位相特異点と呼ばれる奇妙な状態になっています。通常の光では波の山が平面(あるいは球面)をなすのに対し、光渦では中心軸の周りをぐるぐると渦を巻くらせんになっています(注:光の偏光方向が回転する円偏光とは異なります)。
光渦は1992年に理論的に存在が示され、その後実験的にも様々な方法でこの光渦が発生できるようになりました。その一つの方法として私たちは、ヘリカルアンジュレータ(注2)を通過することで高速でらせん運動する電子が発生する光に着目しました。大きな磁石の中で高速で円運動する電子から、放射光(注3)と呼ばれる指向性の高い光が発生します。この仕組みを応用し、アンジュレータと呼ばれる小さな磁石を順番に並べた装置を利用することで、電子をらせん運動させることができます。そのような電子から放射される光には電子のらせん運動が光の渦として転写された光成分も含まれることになります。


図1.(a)通常の光(平面波)と(b)渦を巻きながら進行する光渦の概念図。


このように1つの電子の運動から生じた光子(粒子としてとらえた光)一つ一つでも渦巻きの性質を持つことを調べるために、ヤングの二重スリット干渉実験を行いました。穏やかな池の中の少し離れた場所に同じタイミングで2つの石を投げ入れると、2カ所で波紋が発生し、それらの波が重なる場所ではきれいな波の模様が生じます。これは干渉と呼ばれる現象で、波の山や谷がある条件のもとで強め合ったり弱めあったりするために生じます。ヤングの二重スリット干渉実験は、この池の波と同じ現象を、光を使って行う実験になります。ヤングの実験は光の波動性を検証する実験として有名な方法ですが、通常は十分に明るい光源を用いて行うところを、本研究では光子一つ一つが検出できる程度に極端に光の強度を下げて実施しました。このような極めて弱い光を用いた単一光子状態の実験では、光子は波動であると同時に粒子でもあるという光の二重の性質を示します。1個の光子が2つのスリットを同時に通過し、自分が自分と干渉する様子を観測することができます。このような実験は光子計数領域での干渉実験と呼ばれます。私たちは、世界で初めて、このような実験を光渦の光子に対して行いました。

【研究成果の内容】
実験は、分子科学研究所の放射光源UVSOR-III電子蓄積リングのBL1Uアンジュレータビームラインで実施しました(図2)。アンジュレータを通過する電子から発生した放射光のうち、波長フィルターで波長選別することで光渦の性質を持つ成分だけを抽出し、さらに減光フィルターで光子が一つずつ二重スリットを通過する条件を作り出し、その干渉の様子を超高速カメラで撮影しました。


図2.実験の概略図。ヘリカルアンジュレータと呼ばれる磁石の配列で、高速な電子をらせん運動させることで光渦を発生させ、二重スリットを通過して干渉した結果をカメラで撮影。光子一つ一つが持つ渦特性を検証した。


図3にその実験結果を示します。図3(a)は、非常に短い時間の間だけ撮影した場合の干渉結果です。およそ130個の輝点が撮影されており、これら一つ一つがこの短時間の間に検出された光子に対応します。この画像では輝点の分布に規則性はなく、光子は一見ランダムに散乱しているように見えます。しかしながらこのような個々の撮像画像を積算していくと、干渉縞が徐々に形成されていく様子が視覚的に確認できます。画像を5000枚重ねた結果を図3(b)に示します。ここでは、二重スリットの干渉で生じた幾本もの横縞に加えて、中央部の暗い領域が観測されました。この領域を、画像のコントラストを変えて拡大したものが図3(c)になります。横縞の干渉線が、中央の暗部で歪んでいることが分かります。通常の光ではこのような結果は観測されず、波面が渦を巻きながら進行する光の特徴を反映しています。この結果は、本実験条件で干渉した場合の理論縞(図3(b,c)中の実線)と良い一致を示していることも分かります。単一光子であっても、光渦の性質を持つ強力な証拠です。


図3.渦を巻きながら進行する光渦における、ヤングの二重スリット干渉実験の結果。(a)は短時間の間で撮影した1枚の撮像画像であり、これを5000枚重ねると(b)の結果を得る。中央部の暗部を見やすくした(c)では、通常の光では観測されない干渉縞の歪みが観測されている。

【今後の展開】
本研究の結果は、らせん運動をする高エネルギー電子から自発的に放出される光子一つ一つが、渦巻き波面の性質を本質的に持ち得ることを示しています。このような高エネルギー電子のらせん運動は、自然界に普遍的に存在する現象です。したがって、光渦は特別な光ではなく、普遍的な存在の可能性を秘めていると考えられます。
また、アンジュレータを利用することで、光渦が発生する波長領域を大きく拡張することができます。特に放射光が得意とする極端紫外領域やX線領域では、光渦の渦巻きの間隔が桁違いで短くなります。物質との相互作用がより顕著になるこの波長領域での、新しい物理現象や材料加工技術、計測技術への展開が期待されます。

【参考資料】
注1)ヤングの二重スリット干渉実験
イギリスの物理学者Thomas Youngが示した光の波動性を示す実験。2つのスリット(狭い隙間)に、波がそろった光を同時に照射することで、その先に、光の干渉による光の明暗縞が生じることを示した実験。

注2)ヘリカルアンジュレータ
放射光(注3)の発生装置の一種。細かな磁石を磁場の向きが交互になるように電子の進行方向の前後・上下に配列し、電子の蛇行運動によって強力な放射光を発生させる装置を、アンジュレータと呼ぶ。電子の蛇行運動を水平方向だけでなく上下方向にも加えて、らせん運動するように磁石列を配置した装置をヘリカルアンジュレータと呼んでいる。主に、光の波の振動方向(偏光方向)が進行しながら回転する円偏光を発生させる場合に使用する。

注3)放射光
光速に近い高エネルギーの電子等が、磁場中で力を受けて曲がるときに放射する電磁波。

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科
准教授 和田 真一 (わだ しんいち)

広島大学放射光科学研究センター
特任教授 加藤 政博 (かとう まさひろ)
(分子科学研究所 特任教授)

<報道に関すること>
広島大学広報室
名古屋大学広報課
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

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