電子相の間の表面張力の存在を初めて実証
2020-05-21 東京大学
東京大学大学院総合文化研究科の上野和紀准教授、早稲田大学理工学術院の勝藤拓郎教授らの研究グループは、無機固体中の電子が、水蒸気と水のような「柔らかい」2つの相をつくり、相の間の表面張力によって核生成-核成長と呼ばれる相転移を起こすことを世界で初めて発見しました。
水蒸気が水になるような相転移では水蒸気の中に水の小さな粒が形成され(核生成)、粒が大きくなる(核成長)ことで全体が水に変化していきます。固体の中で電気を流す電子も様々な相転移を示しますが、核生成からの核成長により転移を起こすような現象は知られていませんでした。
遷移金属を含む酸化物において、遷移金属中の電子の軌道の方向が整列する軌道整列と呼ばれる相転移が存在することが知られています。バナジウム(V)とバリウム(Ba)からなる酸化物BaV10O15という物質において、バナジウムの一部を周期表で左隣のチタン(Ti)に置き換えることで、軌道整列の相転移を精密に制御することに成功しました。この物質の軌道整列相転移における電気抵抗率、磁化率、歪の時間的な変化を解析した結果、Vの電子の軌道が整列していない相(高温相)の中に、整列している層(低温相)の核が生成し、それが成長してすべてが低温相になるような、典型的な核生成-核成長が起きていることがわかりました。さらに、二つの相の間の表面張力を見積もることにも成功しました。これは、酸化物という固い物質の中に、二つの柔らかい相が出現して、その間の表面張力が相転移の過程を支配していることを示しています。
バナジウム-バリウム酸化物における歪の時間依存性
相転移の起きる近傍の温度で、歪を用いて相転移が進む様子を観察した。これらのデータを解析することで核生成の様子や表面張力を見積もることができる。
© 2020 勝藤 拓郎
二つの相を混合することによって望ましい特性を得る方法は、様々な物質やデバイスによって試されていますが、多くの場合、二つの相の体積比や形状を制御することが難しい点が問題とされてきました。今回発見された核生成-核成長する「固体中の柔らかい状態」は従来の方法では難しかった2つの相の体積比や形状の制御を容易にし、物質の特性向上に資することが期待されます。
「BaV10O15の電子が持つ軌道整列相転移はよく知られた現象で、Ti のような類似した性質の元素を混ぜてその性質を精密にコントロールすること自体は研究でよく使われる手法です。このような物質で相転移の様子を長い時間かけて観察することで、驚くべきことに核生成-核成長のような柔らかい状態の界面で起きる相転移が起きていることを実証できました」と上野准教授は話します。「次は他の物質、とくに固体中の方向によって物性が大きく変化する異方的な物質での核生成-核成長過程の実証に挑んでいきたいと考えています」と続けます。
論文情報
Takuro Katsufuji, Tomomasa Kajita, Suguru Yano, Yumiko Katayama, Kazunori Ueno, “Nucleation and growth of orbital ordering,” Nature Communications: 2020年5月11日, doi:10.1038/s41467-020-16004-2.
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