ナノマシンにできないことを表現する不等式を発見~応答の基本的限界をゆらぎであらわす~

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2020-04-06 京都大学

 Andreas Dechant 理学研究科特定研究員と佐々真一 同教授は、ゆらぐ機械が本質的にできないことを表現する新しい不等式を見出しました。機械が作動する条件を変えたときの応答の限界がゆらぎとエントロピーによってあらわされます。

 空気や海にある膨大なエネルギーを熱として取り出して仕事をしつづける機械はつくれません。これは科学技術がどんなに進歩しても絶対にできない宇宙の規則です。熱力学により、この規則はエントロピーとよばれる物理量を使った不等式として表現されます。近年、生体内で働く大きさ10ナノメートル(ナノは10億分の1)くらいの小さな機械に関する物理法則が議論されてきました。特に、小さな機械では周りの分子の影響を受けて相対的に大きくゆらぎながら作動するので、ゆらぐ機械の本質的限界を明らかにすることが問題になっていました。

 今後、新しい不等式を使って、個々のゆらぐ機械の性能を特徴づけることにより、生体内分子機械の設計原理が不等式によって解き明かされることが期待されます。

 本研究成果は、2020年3月9日に、国際学術誌「PNAS」のオンライン版に掲載されました。

図:本研究のイメージ図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1073/pnas.1918386117

Andreas Dechant and Shin-ichi Sasa (2020). Fluctuation-response inequality out of equilibrium. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 117(12), 6430-6436.

詳しい研究内容について
ナノマシンにできないことを表現する不等式を発見

― 応答の基本的限界をゆらぎであらわす ―

概要

 空気や海にある膨大なエネルギーを熱として取り出して仕事をしつづける機械はつくれません。これは人類の努力が足りないのでなく、科学技術がどんなに進歩しても絶対にできない宇宙の規則です。熱力学により、この規則はエントロピー注1とよばれる物理量を使った不等式として表現されます。近年、生体内で働く大きさ10 ナノメートル(ナノは 10 億分の1)くらいの小さな機械に関する物理法則が議論されてきました。特に、小さな機械では周りの分子の影響を受けて相対的に大きくゆらぎながら作動するので、ゆらぐ機械の本質的限界を明らかにすることが問題になっていました。東北大学材料科学高等研究所(AIMR)Andreas Dechant 助教(2020 年 4 月 1 日より京都大学大学院理学研究科特定研究員)と京都大学大学院理学研究科 佐々真一 教授は、本研究において、ゆらぐ機械が本質的にできないことを表現する新しい不等式を見出しました。機械が作動する条件を変えたときの応答の限界がゆらぎとエントロピーによってあらわされます。今後、新しい不等式を使って、個々のゆらぐ機械の性能を特徴づけることにより、生体内分子機械の設計原理が不等式によって解き明かされることが期待されます。

 本研究成果は、2020 年 3 月 9 日、に米国の国際学術誌「PNAS」のオンライン版に掲載されました。

1.背景

 科学技術がどんなに発展しても絶対にできないことがあります。例えば、空気や海にある膨大なエネルギーを熱として取り出して仕事をしつづける機械をつくれないことは 19 世紀に確立しました。それは熱力学第2法則として体系化され、その理論で中心的な役割を果たしたのが、乱雑さを特徴づけるエントロピーです。熱的に孤立した系においては決してエントロピーを減らすことができない、という普遍的な不等式によって表現することができます。

 近年では、熱力学とエントロピーは、その適用範囲がマクロな機械を超えて、生体内で作動している分子機械をも対象とするようになってきています。例えば、大きさが 10 ナノメートル程度の分子モーターは、周りにあるたくさんの分子との衝突により、モーターの作動には大きなゆらぎが伴います。このようなゆらぐ機械であっても、熱力学法則の適用を受け、環境のエネルギーを無尽蔵に使うことはできません。さらに、ゆらぎを伴う機械には、その確率的な性質のために、新たな法則も存在することが分かってきました。これらの新しい法則を発見すべく多くの研究が行われています。熱力学第2法則よりも強い制限を与える普遍的な不等式を見出そうとする研究は、その中に位置づけられます。それらの不等式は、ゆらぐ機械では絶対に達成できないことを表現しています。天然の分子機械もその制約の中で進化して実現されたと考えられるので、ありえないことの全貌を理解することは、ゆらぐ機械の分類を考える上でも基本的な事項になります。

2.研究手法・成果

 本研究では、ゆらぎを伴う機械の性能について、その基本限界を定式化しました。鍵となるのが、ゆらぎと応答の関係です。一般に、ゆらぎの大きさと応答の大きさには相関があります。例えば、水に大きさ 100 ナノメートル程度の小さな粒子が浮かぶとき、粒子は水分子との衝突により右往左往します。ゆらぎの大きさは単位時間あたりの平均2乗変位(拡散係数注2)によって特徴づけられます。この粒子に力を加えて応答をみると、小さな粒子は平均的にはある速さで動くので、力の大きさに対する速度の大きさ(易動度)がその応答を特徴づけます。この例では、ゆらぎが応答に比例し、その比例係数に絶対温度、気体定数、アボガドロ定数があらわれます。これは「アインシュタインの関係式」とよばれ、ゆらぎと応答の普遍的な関係の最初の例になっています。ただし、この普遍的な関係は、応答を与える前は「巨視的な流れ」がない状態(平衡状態)にあることを前提にしています。しかしながら、問題にしているゆらぐ機械については、エネルギーの注入と出力がバランスしている非平衡定常状態で作動しているので、アインシュタインの関係式は成立しません。そこで、その破れ方からエネルギー散逸を評価することを可能にする有用な公式が見出されたりするなど、ゆらぎと応答の関係からシステムの特徴を捉える試みがなされてきました。本研究では、応答の基本的限界を表現する不等式をゆらぎに着目して導きました。

 理論的には、系の条件をわずかに変えたときの確率分布の変化を「(相対エントロピー注3」とよばれる情報論的な量によって定量化することを出発点にとります。この量は二つの意味で重要になります。第1に、その操作に対する測定量の変化(応答)とゆらぎを相対エントロピーによって不等式で結びつけることができます。第2に、「物理的な問題」においては、その相対エントロピーが熱力学エントロピーの変化と関係づけられます。この二つを組み合わせると、ゆらぎ、応答、エントロピー変化が不等式で関係づけられます。特に、変化させる条件と測定量に応じて様々な形の不等式を導くことができます。近年見出されてきた関係式を含むだけでなく、新しい不等式を見つけるための基本的な道具になっています。

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