CO2濃度などを測定する自立駆動型センサーの開発に利用
2019-09-24 農研機構,旭化成エレクトロニクス株式会社
ポイント
水田や池に設置できる安価で実用的な微生物燃料電池、およびその電力を効率的に回収するエナジーハーベスタを開発しました。この2つを組み合わせた微生物燃料電池システムは、気温やCO2濃度などを測定するセンサーの駆動に利用できます。
概要
農研機構は旭化成エレクトロニクス株式会社と共同で、微生物燃料電池(Microbial fuel cell; MFC)を電源としてセンサーを駆動できるMFCシステムを開発しました。 MFCは、 発電細菌1)が環境中に存在する有機物を分解して発電する新しいバイオ電池です。従来型のMFCは高価な部材が使われているので作製コストが高く、さらに電極などが劣化しやすい欠点がありました。そこで農研機構は、ステンレス鋼の表面を炎で酸化した電極をMFCの負極として使用することで、低コスト(従来よりも1/10以下)かつ長期の使用に耐えるMFCを開発しました。このMFCは水田や池など水がある環境に設置して利用できます。
MFCでセンサーを駆動させるためには、電気エネルギーを効率的に回収して出力電圧を上昇させるエナジーハーベスタが必要です。しかし従来型のエナジーハーベスタの回収効率は低く、実用化の障害になっていました。そこで、旭化成エレクトロニクス株式会社は、新しい超低消費電力型エナジーハーベスタを開発して、従来型では電力を回収することができなかった低出力のMFC(2 μW)からでもエネルギーを回収できることを実証しました。
今回、炎酸化ステンレス鋼電極を用いたMFCと、新規エナジーハーベスタを組み合わせたシステムにより、CO2センサーを駆動させることに初めて成功しました。CO2センサーは温度センサーなどと比較して大きな電力を消費するので、これまでMFC電源によりCO2を測定できませんでした。データ駆動型のスマート農業では気温や湿度、CO2濃度といった環境因子を多くの地点で測定することが望まれます。本システムは水田や池などにおいて、MFCを唯一の電源とした自立駆動型センサーの開発に利用でき、スマート農業や地球温暖化の解析に向けた環境モニタリングへの貢献が期待されます。
本成果はJournal of Power Sourcesの8月1日号に掲載されました。エナジーハーベスタのICは、2020年度中の市販化を予定しています。
関連情報
予算:運営費交付金
特許:特許第6429632号
問い合わせ先など
研究推進責任者 :農研機構畜産研究部門 研究部門長 小迫 孝実
研究担当者 :農研機構畜産研究部門 畜産環境研究領域 横山 浩
旭化成エレクトロニクス株式会社
マーケティング&セールスセンター 粟津 督央
広報担当者 :農研機構畜産研究部門 広報プランナー 粕谷 悦子
旭化成株式会社 総務部広報室 報道グループ
詳細情報
開発の背景
データ駆動型のスマート農業では、気温や湿度、CO2濃度などの環境因子を多くの地点で測定することが望まれます。多数の地点で測定を行う場合、測定装置を駆動させる電源の確保が問題になります。MFCは、その電源として注目されています。MFCとは、土壌や池などに含まれている有機物を燃料として発電する新しいバイオ電池です。発電細菌と呼ばれる細菌群がMFCの負極に付着して有機物を分解することで発電します。MFCは既存の発電法と比較して出力が低いので大規模な発電には不向きですが、センサーを駆動する程度の発電力は備えています。また、太陽光や風力発電とは異なり、MFCは天候に依存せずに夜間や無風でも24時間発電する利点があります。しかしながら、電極素材や正極の白金触媒、水素イオン交換膜などMFCの作製には高価な部材が必要であり、さらに材質が劣化しやすいなど実用化に向けて課題が残されていました。一方、MFCの出力電圧は動作状態で0.2~0.6 V程度にとどまるため、温度センサーなど、一般的なセンサーモジュールを駆動するにはエナジーハーベスタを使ってMFCの出力電圧を3.3 Vに上げる必要があります。しかし、既存のエナジーハーベスタはMFCの出力特性に合致していないので、効率的に昇圧することができませんでした。
この2つの課題を解決するために、低コストで実用的なMFC、およびMFCエネルギーを効率的に回収して電圧を上昇させる新しいエナジーハーベスタの開発に取組みました。
微生物燃料電池システムの特徴
1.ステンレス鋼の表面を炎で酸化した電極をMFCの負極として使用すると、MFC出力を増強できることを見出しました。この炎酸化ステンレス鋼負極は既存のカーボン電極よりも高出力で遥かに安価であり、物理的に高い強度を持っています。
2・炎酸化ステンレス鋼負極を用いて水田や湖沼など水がある環境に直接設置できるMFCを開発しました(図1)。このMFCは、白金触媒や水素イオン交換膜など高価で容易に劣化してしまう部材を用いていないので、低コスト(従来よりも1/10以下)であり、長期運転に耐えるので実用的です。負極を土の中に挿入すると周囲に存在している発電細菌が負極に付着して、自然に発電が始まります。
3.低出力な電源からでもエネルギーを抽出できる超低消費電力型のエナジーハーベスタを開発しました(図2)。このハーベスタに組み込まれている制御ICは、MFCから引き出す電流値を常に最適化します。MFC電力を効率的に回収してエネルギーを キャパシタ2)に蓄えながら出力電圧を上昇させます。出力9 μWのMFCを電源としてキャパシタの昇圧実験を行ったところ、トランスホーマを利用した既存のエナジーハーベスタ(既存型1)と最大電力点追従制御(Maximum Power Point Tracking; MPPT)を搭載した既存型2は電圧を3.3 Vまで上昇できませんでしたが、新規エナジーハーベスタは3.3 Vまで昇圧できました(図3)。
4.キャパシタを3.3 Vまで昇圧させるのに必要な最小のMFC電力を解析したところ、わずか2 μWであり、従来型(100~5,000 μW)と比較して非常に低い値です。これは低出力で小型、低コストのMFCからでも利用可能な電力を引き出せる革新的な高性能エナジーハーベスタであることを意味しており、MFCの実用化において重要な成果になります。
5.炎酸化ステンレス鋼負極を備えたMFCと新規エナジーハーベスタを組み合わせてMFCシステムを開発しました。本システムを使うことでCO2センサーの駆動に初めて成功しました(図4)。CO2センサーは温度センサーなどと比較して大きな電力を消費するので、これまでMFC電源による駆動の報告はありませんでした。さらに測定データを10 km以上の長距離に無線送信する LoRa3)モジュールと アイビーコン(iBeacon)4)モジュールも駆動させることができました。
今後の予定・期待
本成果は、MFCを唯一の電源とした自立駆動型センサーの開発に利用できます。水田にセンサーを設置して気温や水温などを測定することで、施肥量、収穫量、作物病害の発生を予想するモデル構築に役立つと期待されます。また、地球上の様々な地点の河川や湖沼にセンサーを設置してCO2濃度を測定すれば、地球温暖化の動態解析や異常気象の発生予想など気象学への貢献も想定されます。本成果はJournal of Power Sourcesの8月1日号に掲載されました。エナジーハーベスタのICは、2020年度中の市販化を予定しています。
用語の解説
- 1)発電細菌
- 酸素がない環境で有機物を分解する際に電流を発生する性質を持つ細菌で、土壌や海底、家畜ふん、活性汚泥、堆肥など様々な自然環境に生息しています。発電細菌は単独の細菌種ではなくGeobacter属細菌など、とても多くの細菌種が知られています。
- 2)キャパシタ
- 電荷(電気エネルギー)を蓄えたり、放出したりする受動的な素子で蓄電器とも呼ばれます。MFCの電気エネルギーを蓄えた後(充電)、そのエネルギーを放出することで大きな電力が得られ様々なセンサーを駆動できるようになります。
- 3)LoRa
- LoRaとは、LPWA(Low Power Wide Area)という少ない消費電力で広い領域をカバーできる無線通信方式の一つです。通信速度は遅いが低消費電力なので、IoT向けの通信ネットワークに用いられています。
- 4)アイビーコン
- ビーコン(Beacon)は、低消費電力の近距離無線技術「Bluetooth Low Energy」(BLE)を利用した位置を特定する無線技術です。ショッピングモールでの施設マップや、店舗からの商品情報の配信などに利用されています。アイビーコンは、Apple社が規格化している短い間隔(0.1 sec)でBLE送信するビーコンです。
発表論文
1)Takahiro Yamashita, Teppei Hayashi, Hirofumi Iwasaki, Masao Awatsu, Hiroshi Yokoyama 2019. Ultra-low-power energy harvester for microbial fuel cells and its application to environmental sensing and long-range wireless data transmission, Journal of Power Sources, 430:1-11. https://doi.org/10.1016/j.jpowsour.2019.04.120
2)Takahiro Yamashita, Mitsuyoshi Ishida, Shiho Asakawa, Hiroyuki Kanamori, Harumi Sasaki, Akifumi Ogino, Yuichi Katayose, Tamao Hatta, Hiroshi Yokoyama 2016. Enhanced electrical power generation using flame-oxidized stainless steel anode in microbial fuel cells and the anodic community structure. Biotechnology for Biofuels, 9: 62. https://doi.org/10.1186/s13068-016-0480-7. eCollection
参考図
図1 微生物燃料電池システムの概要図
図2 エナジーハーベスタのブロック図(左)と写真(右)
図3 新規エナジーハーベスタによるキャパシタの充電
トランスホーマを利用した既存のエナジーハーベスタ(既存型1)と最大電力点追従制御(Maximum Power Point Tracking ; MPPT)を搭載した既存のエナジーハーベスタ(既存型2)との充電性能を比較した結果。
図4 微生物電池システムによるCO2センサーの駆動
センサー駆動時のキャパシタとMFCの電圧変化(上)と駆動したセンサーにより測定されたCO2濃度データ(下)。