プロスタグランジン受容体の立体構造を世界初解明

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アスピリンより有効で、副作用の少ない「スーパー・アスピリン」開発に道

2018/12/04  関西医科大学,京都大学,熊本大学,株式会社エヌビィー健康研究所,日本医療研究開発機構

概要

学校法人関西医科大学(大阪府枚方市 理事長・山下敏夫、学長・友田幸一)医化学講座清水(小林)拓也教授、豊田洋輔研究員、森本和志研究員らの研究グループは、国立大学法人京都大学大学院医学研究科分子細胞情報学分野岩田想教授、同大学医学研究科創薬医学講座成宮周特任教授、国立大学法人熊本大学大学院生命科学研究部薬学生化学分野杉本幸彦教授らとの共同研究により、急性炎症の痛みや腫れ、発熱、さらに動物のストレス行動、慢性炎症※1やがんにも関与するプロスタグランジン(PG)※2の、受容体の立体構造を世界で初めてX線結晶構造解析※3によって解明しました。本件成果は、多くの薬物の開発が期待されている標的分子・プロスタグランジン受容体の「形」が原子レベルで明らかになったことで、今後その立体構造を基に慢性炎症、がん、精神疾患などに対して、より有効性が高く副作用の少ない治療薬の探索・設計が可能になると期待されます。

なお、本件研究成果をまとめた論文二報が、米国科学誌「Nature Chemical Biology」(インパクトファクター:13.843)に12月3日(月)11時(米国東部標準時)付で掲載されます(日本時間12月4日(火)午前1時)。

本件リリースのポイント
  • 急性炎症だけでなく慢性炎症やがんにも深く関与することが知られているプロスタグランジン受容体の、X線結晶構造解析に世界で初めて成功した。
  • 生理活性物質※4であるPGE2受容体(EP4)の拮抗薬※5はこれまでの薬物とは異なった機序でがんの免疫回避を抑制する。この治療薬(EP4拮抗薬)が結合したEP4の立体構造を解明した。
  • PGE2-EP4シグナルを阻害する抗体は、EP4の細胞外領域(アロステリック部位※6)に結合していた。
  • 生理活性物質であるPGE2がPGE2受容体(EP3)に結合した立体構造を解明した。
研究の背景

解熱鎮痛剤として知られるアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、PG合成酵素を阻害することで、生理活性物質である一連のPGの生合成を抑えて効果を発揮します。PGは、各々に特異的な受容体に結合することで急性炎症の発赤や熱感、腫脹、痛みなどの局所反応から、発熱、倦怠感、食欲不振などの全身反応まで、幅広く関与しています。PGの一つであるPGE2に応答する細胞は、異なるPGE2受容体(EP1, EP2, EP3, EP4)を介して、複数の異なるシグナルを伝達します。いずれもGたんぱく共役受容体(GPCR)※7と呼ばれる膜たんぱく質で、創薬の標的として世界中から注目されています。

近年はPGの、慢性炎症作用やがんへの作用も注目されています。アスピリンは種々の基礎研究において様々ながんの発症・進展を抑制することが報告されていますが、その機序は不明でした。例えば最近の研究では、炎症を伴う大腸がんにおいて、PGE2が異なるPGE2受容体を介して炎症を悪化あるいは改善し、がんの進展に影響を与えることが分かりました。今回の研究の対象となったEP4の拮抗薬は、がんの免疫抑制を解除する薬物として複数の製薬会社で治験が行われています。また、PGE2はEP3介してがんの進展を抑えることが分かりました。そのいずれも、受容体を基盤にPGの良い作用を促進し、悪い作用を抑制する選択的な薬物「スーパー・アスピリン」の開発が期待されているのです。そこで我々は、PGE2受容体の立体構造を基盤として、受容体選択性の高い薬物の開発を目指したいと考えました(図1)。

プロスタグランジン受容体の立体構造を世界初解明
(図1)プロスタグランジンの働き

成果の要点

本研究では、まず昆虫細胞を用いてPGE2受容体(EP3とEP4)を大量に発現しました。次に、EP4に対してはPGE2-EP4シグナルを阻害する抗体をEP4に結合させ、各々を膜たんぱく質の結晶化で効果を上げている脂質立方相法※8を用いて結晶化しました。ただ、初めに得られたEP4の結晶は分解能が高くなかったため、共同研究者である京都大学エネルギー理工学研究所の木下正弘教授および千葉大学大学院理学研究科の村田武士教授のグループが開発した理論的耐熱化予測法※9を利用してさらに安定的なアミノ酸変異体を探索しました。その結果、結晶の分解能を向上させることに成功し、EP4拮抗薬(ONO-AE3-208)が結合したEP4と抗体の複合体の立体構造とPGE2が結合したEP3の立体構造を解明しました(図2-1、図3)。


(左・図2-1)本研究で決定したEP4拮抗薬の結合した受容体の立体構造
(右・図2-2)立体構造から明らかになった3つのポイント

EP3とEP4の全体構造は、これまでに報告されているGPCRと同様に7本の膜を貫通したらせん構造を持っていました。2番目の細胞外ループがβヘアピン構造※10を取り、オルソステリック部位※11に蓋をするように覆っていました(図2-2、図3)。そのため、ONO-AE3-208は細胞の外側からダイレクトに受容体に結合するのではなく、一旦細胞膜の中に入り、脂質二重層との境界面に結合することが示唆されました(図2-2)。

PGE2はONO-AE3-208よりもさらに受容体の奥に入り込み完全に閉じ込められていました(図3)。さらに、EP3はダイマーを形成し、脂質二重層の成分であるリン脂質がダイマーを安定化していることが示唆されました。これは、新しい薬剤の設計に繋がる重要な構造情報として注目しています。加えて、PGE2-EP4シグナルを阻害する抗体は、EP4の細胞外領域(アロステリック部位)に結合し、PGE2の結合を阻害していることが分かりました(図2-2)。脂質受容体をターゲットにした抗体医薬の開発につながると考えられます。


(図3)PGE2が結合したEP3の、3つのポイント

アスピリンはプロスタグランジン合成酵素を阻害することで、PGの生合成を抑えます。PGは受容体に作用することで、様々な作用を呈します。例えば、PGE2が結合しEP4の作用が発揮されると骨形成、腸管バリアーが亢進し、抑制されるとがんによる免疫抑制を解除します。また、近年は免疫チェックポイント阻害薬とEP4拮抗薬の併用効果が注目されています。本研究によってPGE2とEP3、EP4拮抗薬とEP4の結合様式が明らかになったことで、作用の発揮と抑制に関わる受容体の立体構造を基に、より有効性の高く副作用の少ない治療薬の開発が期待されます。

今後の展開

現在、PGE2-EP4シグナルを発揮すると骨形成が促進され、腸管バリアーが亢進することがわかっています。一方、PGE2-EP4シグナルを阻害するEP4拮抗薬は、免疫チェックポイント阻害薬との併用効果が注目されており、がんによる免疫抑制を解除すると期待されています(図2-1)。エーザイのEP4拮抗薬(E7046「PGE2受容体タイプ4拮抗剤」)は抗がん剤として臨床治験が進んでいます。本研究で明らかになった拮抗薬が結合したPGE2受容体の立体構造と、PGE2が結合したPGE2受容体の立体構造を明らかにしたことで、これらの立体構造をモデルとして複雑なPGの作用をある程度狙い通りに操作できるのでは、と期待しています。

用語解説
※1.慢性炎症
ケガをすると充血して赤くなり、腫れて痛みを感じるようになる。これが炎症と呼ばれる状態で、比較的早期に収まる炎症を急性炎症とよび、なかなか終息しない炎症を慢性炎症とよぶ。最近では、慢性炎症と病気についての因果関係が徐々にわかってきた。
※2.プロスタグランジン(PG)
体内の受容体に結合することで発赤や熱感、腫脹、痛みなどの局所反応から、発熱、倦怠感、食欲不振などの全身反応までを引き起こす生理活性物質の一つ。解熱鎮痛剤として知られる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、PG合成酵素を阻害することで一連のPG(PGD, PGE, PGF, PGI)の生合成を抑え、効果を発揮する。
※3. X線結晶構造解析
解析対象のたんぱく質を結晶化し、X線照射によって得られる回折データから、たんぱく質の原子レベルでの立体構造を決定する手法。
※4.生理活性物質
人や動物の体内で生理的調節機能に働きかける化学物質のこと。病気の治療に用いられる薬や殺虫剤・防虫剤、農薬、植物の成長促進剤など、身近なところで活用されている。
※5.拮抗薬
体内の受容体(化学物質と結合して何らかの作用を起こすきっかけとなる部位)に結合することで、受容体の本来の働きを阻害する物質のこと。花粉症の症状緩和に使われる抗ヒスタミン薬(商品名「アレグラ®」)などが著名。
※6.アロステリック部位
受容体の基質(内在性リガンド)が結合する場所とは異なる場所で、そこに結合する物質によって受容体機能が影響を受ける場所。リガンドとは、特定の受容体に特異的に結合する物質のこと。近年、アロステリック制御因子(リガンド)は新しいクラスの医薬品として注目されている。
※7.Gたんぱく共役受容体(GPCR: G protein coupled receptor)
細胞の増殖や分化の制御、細胞内物質輸送など様々なものに関わっているGたんぱく質(グアニンヌクレオチド結合たんぱく質)と相互に反応して、細胞外の情報を細胞内へ情報伝達する受容体ファミリー。多くの薬の標的となっている。
※8.脂質立方相(Lipidic cubic phase)法
脂質(モノオレインなど)からなる脂質二重層内にたんぱく質を存在させ、生体膜に近い環境で結晶化を行う方法。膜たんぱく質の結晶化に有効な手法として知られている。
※9.理論的耐熱化予測法
膜たんぱく質は一般に立体構造が崩れ易い(立体構造安定性が低い)ため取り扱いが難しく、大量調製が困難だったことをうけて開発された、膜たんぱく質を耐熱化させて立体構造を崩れ難くするアミノ酸置換を統計熱力学理論に基づいて短時間で予測する手法(Yasuda et al., J. Phys. Chem. B 2016)。
※10.βヘアピン構造
2つのβシート(たんぱく質の二次構造の1種)を使ってヘアピンのような形状を作る、最もシンプルなたんぱく質モチーフのひとつ。たんぱく質の、折りたたみ構造の核となっている可能性が指摘されている。
※11.オルソステリック部位
受容体の基質(内在性リガンド)が結合する場所。PG受容体の場合、PGE2の結合する場所を意味する。
本研究への支援

本研究は、以下の研究事業の支援を受けて行われました。

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)
  • 『画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明』領域
    (研究開発総括:横山信治)
    「プロスタグランジン受容体の立体構造を基盤とした創薬開発を目指す革新的技術の創出」
    (研究代表者:小林拓也)
  • 『炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出』領域
    (研究開発総括:宮坂昌之)
    「プロスタグランジンを引き金とする炎症慢性化機構の解明」
    (研究代表者:成宮周)
  • 『疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出』領域
    (研究開発総括:清水孝雄)
    「PLA2メタボロームによる疾患脂質代謝マップの創成とその医療展開に向けての基盤構築」
    (研究代表者:村上誠、研究分担者:杉本幸彦)
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 研究成果展開事業(JST-A-STEP)
  • 「機能性抗EP4受容体抗体による重症自己免疫疾患治療薬の創製」
    (研究責任者:杉本幸彦、企業責任者:高山喜好)
書誌掲載情報
掲載誌:「Nature Chemical Biology」 NCHEMB-A171206880B
論文タイトル:Ligand binding to human prostaglandin E receptor EP4 at the lipid-bilayer interface
共著者情報:Yosuke Toyoda; Kazushi Morimoto; Ryoji Suno; Shoichiro Horita; Keitaro Yamashita; Kunio Hirata; Yusuke Sekiguchi; Satoshi Yasuda; Mitsunori Shiroishi; Tomoko Shimizu; Yuji Urushibata; Yuta Kajiwara; Tomoaki Inazumi; Yunhon Hotta; Hidetsugu Asada; Takanori Nakane; Yuki Shiimura; Tomoya Nakagita; Kyoshiro Tsuge; Suguru Yoshida; Tomoko Kuribara; Takamitsu Hosoya; Yukihiko Sugimoto; Norimichi Nomura; Miwa Sato; Takatsugu Hirokawa; Masahiro Kinoshita; Takeshi Murata; Kiyoshi Takayama; Masaki Yamamoto; Shuh Narumiya; So Iwata; Takuya Kobayashi
掲載誌:「Nature Chemical Biology」 NCHEMB-BC180708054A
論文タイトル:Crystal structure of the endogenous agonist–bound prostanoid receptor EP3
共著者情報:Kazushi Morimoto; Ryoji Suno; Yunhong Hotta; Keitaro Yamashita; Kunio Hirata; Masaki Yamamoto; Shuh Narumiya; So Iwata; Takuya Kobayashi
本件研究に関するお問い合わせ先

学校法人関西医科大学 医化学講座
教授 清水(小林) 拓也

国立大学法人京都大学 総務部広報課 国際広報室

国立大学法人熊本大学 総務部総務課 広報戦略室

株式会社エヌビィー健康研究所 経営管理部

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課

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