~絆創膏のような装着型ウェアラブル健康パッチに一歩前進~ (電荷結合素子・転送・蓄積技術を応用)
2018/11/13 大阪府立大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 電荷結合素子(CCD)・転送・蓄積構造を世界で初めてフレキシブルフィルム上に実現したことにより、通常の4倍以上の感度のpHセンサーを薄く柔らかく作ることに成功。
- 温度センサーとの集積により、皮膚温度および汗のpH値のリアルタイム計測を実証。次世代健康管理パッチの開発に期待。
- 糖尿病の予防および診断、熱中症予防など予防医学や健康管理のためのデジタルヘルスのツールへの展開が期待でき、医療費削減、孤独死予防、医師・看護師の負担軽減など、さまざまな社会問題の解決につながる可能性。
大阪府立大学(学長:辻 洋) 大学院工学研究科 竹井 邦晴 准教授の研究グループは、JST 戦略的創造研究推進事業などの研究において、世界で初めてフレキシブルフィルム上にCCD構造を作製することに成功しました。またこれを用いて、汗のpH値(水素イオン濃度)を高感度に計測できる、柔らかいウェアラブルデバイスのプロトタイプを開発しました。人の健康状態の指標となる汗のpH値と皮膚温度を計測することが可能になり、日常健康管理ツールへの展開が期待されます。
電荷転送・蓄積技術を用いることで、非常に高感度なフレキシブルpHセンサ-注1)を世界で初めて実現しました。また同時に安定なフレキシブル温度センサーも集積しました。
これによって、市販されているpHセンサーと比べ感度が4倍以上と高くなり、また柔らかいセンサ-構造により絆創膏のように皮膚に貼ることで汗中のpH値を常時計測することが可能になりました。この技術は、将来、汗中に含まれる低濃度の化学物質(例えば、糖成分やナトリウムイオン、カリウムイオンおよびそれらに起因する化学物質)または皮膚ガスに含まれるにおい物質などの濃度変化の計測を実現するための基礎技術ともなります。
本研究成果は2018年11月13日(日本時間)に、英国科学誌「Nature Electronics」のオンライン速報版で公開されます。
本研究の一部は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR17J5)、科学研究費助成事業(科研費) 若手研究A(JP17H04926)、東電記念財団研究助成(基礎研究)からの支援を受けて行われました。
<概要>
一般的なSi半導体技術で知られている電荷結合素子(CCD)・転送・蓄積技術注2)を応用し、新たな構造を提案することで初めてフレキシブルフィルム上にCCD構造を作製することに成功しました。またその構造を用いて、汗を含む溶液のpH値をリアルタイムかつ高感度(通常のpHセンサーの4倍以上)で計測可能なフレキシブルpHセンサーを開発しました。本研究では、さらにフレキシブル温度センサ-を搭載して、皮膚温度と汗中pH値を同時に計測することを可能にしました。今後この技術を発展させることで、装着感なく日常的に健康状態の変化を計測することができるようになると期待できます。
<背景>
人々の健康管理への関心および近年の電子デバイス技術の発展から、ウェアラブルデバイスによる健康状態の常時計測・管理が注目を集めています。現在は、硬い電子部品によって構成された時計型、ブレスレット型などのウェアラブルデバイスが普及していますが、次の爆発的普及には、次世代技術を取り入れたブレークスルーが必要不可欠と言われています。
その1つとして、絆創膏のように柔らかいウェアラブルデバイスが実現できれば、服の中に装着することで外見が気にならず、装着感の少ない快適な日常計測が実現できます。その実現に向け、健康管理用として、これまで「心電」「脈拍」「皮膚温度」「活動量」「汗中の物質」を常時計測する柔らかいデバイスが、本グループを含め世界的に研究開発されています。その中でも「汗」には体内部の情報(例えば糖尿病診断に重要な血糖値、熱中症対策に役立つナトリウムイオンやカリウムイオン、ストレスに関係があるとされるpH値など)が多く含まれており、汗中の化学物質を電気化学法で計測する柔らかいウェアラブルデバイスの開発が盛んになってきています。しかし、一般的な電気化学法で計測する方法では、その感度は室温で約60mV/pH(汗中のpH濃度の場合)が理論限界となっており、汗中の微量の化学物質の濃度やその変化を計測するのには制限がありました。pHセンサーの高感度化には、これまでSi半導体基板を用いた電荷転送型が報告されていますが、ウェアラブル用途に注目した柔らかいセンサーの報告はありませんでした。
従来の硬い半導体デバイスの技術と原理を応用し柔らかいフレキシブルフィルム上でも実現することで、同様の機能を有した高性能なウェアラブルデバイスの実現が期待できます。
<研究手法と成果>
本研究では、汗pHセンサーの高感度化およびフレキシブル化を目指し、薄く柔らかいプラスチックフィルム上に高感度なpHセンサーを形成する技術を開発しました。さらに、温度センサーと集積化させることで、皮膚温度の計測やpHセンサーの温度依存の補正を行えるデバイスのプロトタイプの開発も行いました。特に、汗中の化学物質の計測に、これまでのpHセンサーを超える高感度化として電荷結合素子(Charge-Coupled Device:CCD)・転送・蓄積技術を応用したフレキシブルpHセンサーを提案しました。
これまでのCCD構造では、半導体中の一部分に異なる不純物を添加することでダイオード構造を形成する必要があり、フレキシブルフィルム上ではそれが困難でした。そこで、デバイス構造を工夫することで、材料への不純物添加なしでCCD構造を形成できるように改良し、フレキシブルなCCD構造を実現しました。特にトランジスタ材料と電極のショットキー接合障壁注3)を電圧により調整する構造を取り込むことで、世界で初めて電荷転送型のフレキシブルpHセンサーの作製に成功しました(図1)。電気化学手法による化学センサ-は、皮膚温度や室内温度の変化により出力結果が変動してしまうため温度に応じて結果を補正する必要があります。そこで、塗布形成で作製可能なフレキシブル温度センサ-の集積化も行いました。
まず基礎的な特性として、電荷転送を繰り返し行うことにより出力電圧がほぼ比例して増加していることを確認しました(図2)。またウェアラブルデバイスでは連続的な計測を目的としますが、リセット電圧(VRST)を印加することで、それまで蓄積した電荷を除去することができ、連続的に改めて溶液のpH値を計測可能であることを確認しました。
次に実際に異なるpH値の溶液(pH11.2:アルカリ性、pH6.9:中性、pH2.8:酸性)を変化させることで出力電圧が蓄積回数によってどのように変化するか確認しました。図3上に示すように、蓄積回数(図中では時間)を増やすことでpH値に応じて出力電圧差が大きくなっています。これは化学センサ-の感度が大きくなっていることを意味しています。その蓄積回数に対するpH値計測の感度は図4のように線形的に上昇することが分かっています。これは電荷転送を繰り返し行うことでpH値に応じた電荷を集積したコンデンサーに蓄積し、その値を読み出しているからです(図2)。蓄積回数に応じて感度は異なりますが、今回の研究では100回の蓄積で約240mV/pHの感度、すなわち通常のpHセンサーの4倍以上の感度を実現しました。駆動電圧または測定するpH範囲を限定することで感度をさらに向上させることも可能になります。
また汗中にはpH値以外に異なるイオン(例えばナトリウムやカリウムイオン)が含まれています。本イオン濃度はpH値とは独立して変化するため、これらイオンの影響なくpH値を測定する必要があります。図3下に示すように汗中に含まれるイオン濃度以上の溶液を滴下しても本センサ-の出力変化はなく、pH溶液のみに反応することを確認しました。これは材料表面と溶液中の水素イオンの化学反応によるものです。今回は、シリコン酸化膜を反応層として用いたため、pH値の測定が可能になりましたが、この反応層を他の材料に置き換えることで、グルコース(糖)、ナトリウム、カリウムなどを同様の原理で高感度計測できます。
健康管理デバイスとして重要となるのは、さまざまな情報を一括管理することでより正確な診断を行うことです。その1つとして皮膚温度を計測する温度センサーの開発も同時に行いました。本温度センサーは皮膚温度を計測するのみではなく、pHセンサーの温度補正をするのにも必要になります。本研究では、酸化スズとカーボンナノチューブの混合溶液を生成し、それを塗布形成することにより非常に安定した温度センサーの作製に成功しました。まだ完璧ではありませんが、約1週間の長期温度計測において±0.3℃以下の誤差で計測が可能であることを確認しました(図5)。結果は示していませんが、プロセスや材料形成方法などを工夫することでさらに安定した温度センサーが形成可能であることを確認しています。
最後に、高感度pHセンサーと温度センサーを集積させることで図6に示すように汗のpH値と皮膚温度の情報をリアルタイム計測する実証試験に成功しました。また同時に皮膚温度とpHセンサーの温度補正を安定して行うことも可能になりました。現状、開発したデバイスには信号処理回路、無線回路、電源などが搭載されていないため、計測は全て有線で装置に接続して行っています。
<今後の期待>
上述したように、本研究は高感度なフレキシブルpHセンサーと高い安定性を有した温度センサーの開発、さらに汗中のpH値と皮膚温度のリアルタイム計測の実証試験を行ったものであり、まだ実用化には、電源、無線回路、プロセッサー回路などが必要になります。よって絆創膏のように添付するだけで健康状態を監視するデバイス実現には、さらなる研究開発が必要になります。現在、このようなシステム開発を含め研究開発を行っています。本研究は医療費削減、孤独死予防、医師・看護師の負担軽減など、現在のさまざまな社会問題の解決につながる基礎技術になると期待しています。またその他イオン感応膜を新たに開発し、本電荷転送・蓄積型の化学センサ-で高感度にグルコースやナトリウム、カリウムイオンなどを計測可能にすることで、高齢化社会および健康社会、さらには予防医学へと発展できるのではと考えられます。今後は、開発したセンサーによりさまざまな状況でのデータを計測し、ビッグデータ化、解析を行うことで、常時健康管理による「予防医療」および「未病の発見」へと発展させたいと考えています。これにより、添付型の常時健康管理パッチを使うのが当たり前となるような行動変容へと発展できるのではと期待しています。そして、健康で安全・安心な社会が実現でき、より活気ある社会へと成長するといった正のサイクルが構築され、それによる幸福感の向上が大いに期待できます。
<参考図>
図1 開発した電荷転送型高感度フレキシブルpHセンサーとフレキシブル温度センサーデバイス
図2 電荷転送および電荷蓄積の過程および出力電圧(Vout)
図3 作製したpHセンサーの異なるpH溶液による出力電圧の変化と、汗中に含まれる異なるイオン(ナトリウム、カリウム)とpH溶液とのセンサー反応の選択性解析結果
図4 蓄積回数に対するpH感度の変化を解析した結果
図5 新たに開発した印刷形成によるフレキシブル温度センサ-
図6 フレキシブル高感度pHセンサーと温度センサー集積デバイスによる汗中のpH値と皮膚温度の計測結果
<用語解説>
- 注1)pHセンサー
- pHとは溶液の酸性・中性・アルカリ性の強さを表した指標であり、それを測定するセンサーを一般的にpHセンサーと呼ぶ。
- 注2)電荷結合素子(CCD)・転送・蓄積構造
- 電極に印加された電圧により絶縁体を挟んだ半導体中に電荷が発生し、その電荷を入力から出力へ連続的に転送する技術。またその転送された電荷をコンデンサーに蓄積することで出力電圧が電荷転送回数に応じて変化するデバイス構造を意味する。
- 注3)ショットキー接合障壁
- 金属と半導体を接触させると、それぞれの材料が持つ物性特性に応じて金属と半導体の接合部分には壁が生じる。その壁をショットキー接合障壁と呼ぶ。
<論文情報>
タイトル | “A wearable pH sensor with high sensitivity based on a flexible charge-coupled device” |
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DOI | 10.1038/s41928-018-0162-5 |
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
竹井 邦晴(タケイ クニハル)
大阪府立大学 工学研究科 准教授
<JST事業に関すること>
松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課