粒子線治療での治療中リアルタイムモニタの開発

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革新的ガンマ線撮像装置:電子飛跡型コンプトンカメラの応用

2018/10/24  東北大学,株式会社京都Space Gamma,山形大学,京都大学,東北大学,日本医療研究開発機構

  • 粒子線治療時に非常に近い照射流量条件でのガンマ線の撮像に成功した。
  • 予想されるガンマ線分布通り、ブラッグピークよりもビーム上流側にガンマ線の分布(ピーク)を観測することができた。
  • これにより粒子線治療中でも体内のどの深さに粒子線を照射しているかがリアルタイムにわかるようになった。
  • 本技術により、より信頼性の高いがん治療が期待できる。
概要

東北大学未来科学技術共同研究センターの黒澤俊介准教授(兼山形大学学術研究院助教(理学部担当))らのグループは、京都Space Gamma社の谷森達顧問(兼京都大学理学研究科教授)、山形大学学術研究院の根本建二教授(大学院医学系研究科担当/医学部附属病院長)、岩井岳夫教授(同研究科担当)、門叶冬樹教授(理学部担当)、および東北大学金属材料研究所吉野将生助教、京都大学大学院理学研究科高田淳史助教らの協力の下、粒子線治療時の照射量に近い環境下(290 MeV/u 炭素線2×106 cps)でのガンマ線の撮像に成功しました。

本研究成果は、2018年9月21日に名古屋国際会議場で行われた2018年第79回応用物理学会秋季学術講演にて発表されました。本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医療分野研究成果展開事業・先端計測分析技術・機器開発プログラムによって支援されました。

研究内容

粒子線治療はがんを治す放射線治療の1つの方法です。粒子線治療に用いられる陽子や炭素の原子核などの荷電粒子は体内をある一定の距離(ブラッグピーク)(注1)まで進むと、そこで集中的にエネルギーを体内の物質に与え、止まる性質があります。ここでエネルギーを与えられた物質は、電子やガンマ線(注2)などさまざまな粒子や光子のような放射線の形でエネルギーを放出し、がん細胞のDNAを破壊します。粒子線治療ではこのブラッグピークの位置を体内のがんの深さに合わせることによって、体内深部のがんのみをねらい撃ちすることが可能で、放射線が正常組織に当たることによる副作用を減らすことができます。これが従来のX線やガンマ線を用いる放射線治療に比べて大きな利点となっていることから、日本国内のみならず世界的にも、その治療施設数、治療症例は増えています。さらに、国内では一部(部位)で粒子線治療が保険適応となり、今後も適応部位が広がれば治療症例は飛躍的に増えると予測されています。

この治療法で重要な点は、ブラッグピークの位置を体内のがんの深さと正確に一致させることです。ブラッグピークの位置は入射する粒子線のエネルギーや、相互作用する物質(脂肪、筋肉、骨といった組織)に依存するため、治療前に撮影したX線コンピュータトモグラフィー(X線CT)上での体内のがんの位置に基づいて最適な粒子線エネルギーや粒子線ビームの形を決めています。

その一方で、実際に粒子線治療中のブラッグピークの位置が計算で見積もられた位置と一致しているかどうかは、これまで分かりませんでした。これでは、実際のがんの位置とのずれが生じた場合に、過少照射のおそれがあることから、広めの領域で治療をしていました。もしも、がんとのずれが少なくなれば、これまでは、正常臓器が腫瘍に近接しているために粒子線治療の適用が難しかった部位についても治療が可能になることが期待できます。また、照射回数の減少も期待でき、患者さん・医療機関双方にとっての利益になり得ます。そのため、照射中、つまり、リアルタイムにブラッグピークの位置をモニタできる方法の開発が望まれています。

ただ、ブラッグピークの位置は、患者さんの体内にあることから、直接粒子線を検出器で観測することは極めて困難です。そこで、粒子線から生み出されたガンマ線を利用して、ブラッグピークをトレースする方法の開発が進められてきました。ガンマ線は、体内も透過することができるため、体内の様子が外からモニタできます。しかしながら、既存のガンマ線撮像カメラを用いた場合、治療中は、ガンマ線が体内だけでなく、粒子線に由来する二次粒子やガンマ線が部屋全体からも飛来するなど、ブラッグピークをトレースする「信号」となるガンマ線を選択して撮像することが難しいという課題がありました。

この課題を解決するために私たちの研究グループは、電子飛跡型コンプトンカメラという新しい撮像カメラを開発しました(図1)。これにより粒子線治療中でも体内のどの深さに粒子線を照射しているかがリアルタイムにわかるようになりました。この電子飛跡型コンプトンカメラ(注3)は、これまでのガンマ線撮像カメラでは原理的に不可能だった、ガンマ線1光子ごとに到来方向とそのエネルギーの測定が可能で、ノイズに強いという特長があります。

今回、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所にある重粒子線がん治療装置(HIMAC)にて、290 MeV/uの炭素線を、実際の治療時の照射条件に近づく非常に高い照射流量条件(2×106 cps)で、人体に見立てたアクリル容器に照射させ、そこから放出するガンマ線の撮像を行いました。その結果、図2のように、電子飛跡型コンプトンカメラを用いたガンマ線の撮像に世界で初めて成功しました、予測では、ビームが入射した側からブラッグピーク位置でガンマ線の発生が多くなり、特にブラッグピーク手前で大量のガンマ線が放出されます。得られた図はその予測とよく合うものになりました。

現在、画質の向上(高解像度化)を図るために、電子飛跡型コンプトンカメラの部品であるシンチレータ(注4)の改良を進めています。これは、シンチレータでのガンマ線のエネルギーを測定する精度(エネルギー分解能)の向上が、電子飛跡型コンプトンカメラの高解像度化に有効だからです。私たちの研究チームで、新材料開発を行ったところ、(Gd, La)2 Si2O7(Ce) (略称 La-GPS(ランタン ジーピーエス))とよばれる新しい国産シンチレータが、既存のシンチレータよりも優れたエネルギー分解能を持つことが分かりました。そこで、この新しい結晶を今後は量産化して電子飛跡型コンプトンカメラに搭載する予定です。

用語説明
注1.ブラッグピーク:
荷電粒子が物質の中を進むときには、エネルギーを連続的に物質に付与しながら進みます。単位長さあたりにどのくらいのエネルギーを付与するかはベーテ・ブロッホ方程式とよばれる式にまとめられており、図3のようにある程度進むと一気にエネルギーを付与します。そしてエネルギーがなくなると荷電粒子が止まります。この図3の曲線のことをブラッグカーブと言い、一気にエネルギーを付与する部分、つまりカーブの極大値の位置をブラッグピークと言います。
注2.ガンマ線:
電磁波(光)のひとつで、紫外線のおおよそ10万倍以上のエネルギーをもったものです。励起された原子核がもとの状態に戻る時に放出されます。
注3.電子飛跡型コンプトンカメラ:
コンプトンカメラはコンプトン散乱を利用したガンマ線の撮像装置です。従来型のコンプトンカメラでは、元のγ線の飛来方向がevent circle(図1中に図示)という円上というところまでは特定できますが、これでは画像を得るのに相当な数のイベント数を必要とします。電子飛跡型コンプトンカメラでは、コンプトン効果で散乱される電子の飛跡を3次元追跡することにより、event circle上のさらにどの方向から飛来したかまでわかるようになります。このようにして、コンプトン散乱で必要なパラメータ(位置、エネルギー情報)をすべて測定することで、原理的には入射したガンマ線1光子ごとに、到来方向とエネルギーを測定できます(図4)。なお、この電子飛跡型コンプトンカメラはガンマ線天文学や福島県での環境モニタなど「信号」となるガンマ線を多くのノイズと識別して定量的な評価を実現した唯一のカメラで、今後の活躍が期待されています。
注4.シンチレータ:
ガンマ線などの放射線を光検出器で読み出し可能な紫外線や可視光に変換する素子で、光検出器と組み合わせることでガンマ線の検出ができます。通常は光電吸収によって入射ガンマ線のエネルギーを測定しますが、それだけでは位置情報が得られないため、ピクセル状にしたシンチレータを2次元に並べたアレイカメラを電子飛跡型コンプトンカメラには搭載します。


図1.ガンマ線撮像による粒子線治療モニタの概念図


図2.粒子線照射時に得られたデータ

本実験の簡単なセットアップの概念図(a)とその写真(b)、および、ガンマ線の分布とブラッグピークとの関係(シュミレーション)(c)と実際のHIMACで行った撮像データ(d)


図3.ブラッグカーブとピークの概念図
入射する粒子のエネルギーによってピーク位置の調節が可能


図4.電子飛跡型コンプトンカメラの概念図

謝辞

なお、HIMACでの実験にあたっては、量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所の山谷泰賀氏および錦戸文彦氏からのサポートを受けましたので御礼申し上げます。

お問い合わせ先
研究に関すること

黒澤俊介
・東北大学 未来科学技術共同研究センター

・山形大学 理学部

取材に関すること

東北大学 未来科学技術共同研究センター
吉川研究室

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
産学連携部 医療機器研究課

2004放射線利用
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