従来のスキルミオン相とは別の安定な存在領域
2018/09/19 理化学研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物質研究グループの軽部皓介特別研究員、田口康二郎グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクターらの国際共同研究グループ※は、三次元的に乱れた新しいスキルミオン[1]状態が安定に存在することを発見しました。
本研究成果は、スキルミオンの新しい形態および安定条件が存在することを実証し、今後のスキルミオンの基礎研究および応用に貢献すると期待できます。
スキルミオンは、固体中の電子スピン[2]によって形成される数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)~数百nmの大きさの渦状の磁気構造体であり、基礎研究の対象としてだけでなく、高性能の磁気記憶媒体として応用する観点からも注目を集めています。スキルミオンはこれまでに、キラル[3]な結晶構造を持つ磁性体において、磁気転移温度[4]直下の狭い温度範囲でのみ、二次元的に三角格子を組んだ結晶状態として観測されてきました。
今回、国際共同研究グループは、キラルな結晶構造を持つと同時に、「磁気フラストレーション[5]」が内在する磁性体「Co7Zn7Mn6(Co:コバルト、Zn:亜鉛、Mn:マンガン)」という物質に着目し、交流磁化率[6]、中性子小角散乱測定[7]およびローレンツ透過型電子顕微鏡[8]観察を行い、その磁気構造を詳しく調べました。その結果、これまでスキルミオンは安定に存在できないと考えられてきた温度領域に、三次元的に乱れたスキルミオンが安定して存在することを発見しました。
本研究は、米国のオンライン科学雑誌『Science Advances』(9月14日付け:日本時間9月15日)に掲載されます。
図 (a)従来のスキルミオン相図と(b)本研究で発見した新しいスキルミオン相図の模式図
※国際共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物質研究グループ
特別研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
技師 吉川 明子(きっかわ あきこ)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
強相関量子構造研究チーム
特別研究員(研究当時) 森川 大輔(もりかわ だいすけ)
チームリーダー 有馬 孝尚(ありま たかひさ)
(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)
電子状態マイクロスコピー研究チーム
チームリーダー 于 秀珍(ウ・シュウシン)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
准教授 徳永 祐介(とくなが ゆうすけ)
スイスポール・シェラー研究所
研究員 ジョナサン・ホワイト(Jonathan S. White)
フランスラウエ・ランジュバン研究所
研究員 チャールズ・デゥーハースト(Charles D. Dewhurst)
研究員 ロバート・キュービット(Robert Cubitt)
スイス連邦工科大学ローザンヌ校
教授 ヘンリック・ロノー(Henrik M. Ronnow)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究S「磁性体における創発電磁気学の創成(研究代表者:永長直人)」、同若手研究B「高温カイラル磁性体における新奇スキルミオン状態の探索と解明(研究代表者:軽部皓介)」による支援を受けて行われました。
背景
スキルミオンは、固体中の電子スピンによって形成される数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)~数百nmの大きさの渦状の磁気構造体です(図1(a))。最近の研究では、スキルミオンは一度生成されると安定に存在し、低い電流密度で駆動できるなどの特性も発見されており、新しい磁気記憶媒体への応用の観点からも注目されています。
スキルミオンはこれまでに、キラルな結晶構造を持つ物質において精力的に研究されてきました。通常、スキルミオンは、磁気転移温度直下の狭い温度範囲でのみ、二次元的に三角格子を組んだスキルミオン結晶[1]状態(図1(b)上)として安定に存在します。それ以外の低温領域では、スキルミオンとは全く別の(連続変形でつながらない)磁気構造であるヘリカル磁性[9]またはコニカル磁性[9]が安定になります。このように、スキルミオンが安定に存在できるのは熱揺らぎ[10]の大きい磁気転移温度近傍のみであり、この非常に狭い安定領域が技術応用上の課題の一つでした。
国際共同研究グループは、コバルト(Co)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)の三元合金に着目しました。これらの物質はキラルな結晶構造を持つと同時に、磁気フラストレーションという複雑な相互作用が存在する珍しい磁性体です。その中でもヘリカル磁性と磁気フラストレーションが共存すると考えられる「Co7Zn7Mn6」という組成に着目し、磁気フラストレーションがスキルミオンの構造や安定領域にどのような影響を及ぼすかを調べました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、Co7Zn7Mn6の単結晶バルク試料を作製し、交流磁化率測定およびフランスのラウエ・ランジュバン研究所の中性子ビームラインD33を用いて中性子小角散乱測定を行いました。その結果、まず磁気転移温度直下の146ケルビン(K、0℃が約273ケルビン)で、スキルミオン結晶に対応する12スポットパターンが観測されました(図2(a))。驚くべきことに、より低温の50K付近では、球殻状に分布した新たなパターンが観測されました(図2(b))。この球殻状のパターンは、三次元的に乱れたスキルミオン(図1(b)下)に対応することが分かりました。
また、薄片試料に対しローレンツ透過型電子顕微観察を行い、高温ではスキルミオン結晶(図2(c))を、低温では乱れたスキルミオン(図2(d))をそれぞれ直接観察することに成功しました。
これらの結果を図3の温度-外部磁場相図にまとめると、高温側の通常のスキルミオン結晶相とは別に、これまでスキルミオンは安定に存在できないと考えられてきた低温側に三次元的に乱れた新しいスキルミオン相が存在することが分かりました。この物質では磁気フラストレーションによる影響が、90K付近のクロスオーバー領域(図3の灰色の斜線)以下で顕著に表れることが分かっています。今回発見した新しいスキルミオン相は、これまでに考えられてきた熱揺らぎによってではなく、磁気フラストレーションが関与する新しいメカニズムによって安定化したと考えられます。
今後の期待
本研究成果は、キラルな結晶構造を持つ磁性体に磁気フラストレーションを導入することで、これまでにない新しいスキルミオン状態やその安定条件を作り出すことができることを実証しました。これは、スキルミオンの基礎特性の理解や今後のスキルミオン物質の探索に大いに貢献すると期待できます。また、磁気フラストレーションを利用することで、より広範囲の温度-磁場領域にスキルミオンを作り出せることを確認した本研究成果は、これまでのスキルミオンの狭い安定領域の課題を克服し、スキルミオンを使った超低消費電力の磁気記憶媒体の実現につながると期待できます。
さらなる応用上の課題として、スキルミオンの発現温度が室温より低いことが挙げられます。今回の発見に基づき、室温を含む広範囲の温度-磁場領域にスキルミオンが安定に存在する材料の研究開発を行います。
原論文情報
K. Karube, J. S. White, D. Morikawa, C. D. Dewhurst, R. Cubitt, A. Kikkawa, X. Z. Yu, Y. Tokunaga, T. Arima, H. M. Ronnow, Y. Tokura, and Y. Taguchi, “Disordered skyrmion phase stabilized by magnetic frustration in a chiral magnet”, Science Advances, 10.1126/sciadv.aar7043
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ
特別研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- スキルミオン、スキルミオン結晶
- 電子は、自転に相当する「スピン」と呼ばれる自由度を持つ。さらに、このスピンの大きさに比例し向きがスピンの向きと逆向きの「磁気モーメント」と呼ばれる性質を持つ。固体中の個々の電子の持つ磁気モーメントが一方向にそろった物質が通常の磁石(強磁性体)である。同様に、固体中の電子の持つ磁気モーメントが渦を巻くように整列することがあり、この渦状の磁気構造体を「スキルミオン」と呼ぶ。その渦の直径は、数nm~数百nm程度である。また、多数のスキルミオンが規則正しく並んだ状態を、「スキルミオン結晶」と呼ぶ。スキルミオン結晶は通常、二次元平面を最密充填できる三角格子を形成する場合が多い。なお、スキルミオンは元々、イギリスの物理学者トニー・スカームによって素粒子物理学の理論モデルとして考案されたことによりこの名が付いた。
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- スピン
- 電子は原子核の周りを回転運動していると共に、自転していると考えられている。この自転に対応する物理量を「スピン」と呼ぶ。電荷を帯びた物体が動くと磁気が発生するので、スピンにより電子は小さな磁石となる。
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- キラル
- 右手と左手の関係のように、鏡に映して得られる構造が、元の自分自身の構造と重ならない結晶構造を「キラル」な結晶構造と呼ぶ。キラルな結晶構造を持つ強磁性体では、一様にそろった磁気モーメントを徐々にねじろうとする相互作用が働くため、らせん状のヘリカル磁性や渦状のスキルミオンが発現する場合がある。
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- 磁気転移温度
- 通常、物質は十分高温では常磁性という磁性を持たない状態であるが、ある温度以下で強磁性などの磁性を示すようになる。磁性を示すようになった温度を「磁気転移温度」という。
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- 磁気フラストレーション
- 例えば、正三角形の各頂点に反強磁性的に相互作用する(互いに反平行に向こうとする)磁気モーメントを並べるとき、二つの磁気モーメントを反平行に並べると、残り一つの向きが定まらない。このように、相互作用が拮抗し、安定な磁気状態が一つに定まらない状態を「磁気フラストレーション」と呼ぶ。本研究対象のCo-Zn-Mn合金の結晶構造には、正三角形が三次元的に頂点を共有して連なったネットワークが存在し、さらにMnの磁気モーメント間の相互作用が反強磁性的であるため、強い磁気フラストレーションが発生する。
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- 交流磁化率
- 物質に磁場をかけたとき、外部磁場に対してどれだけ大きな磁化(物質中の全ての磁気モーメントの足し算)を示すかを表した物理量を「磁化率」と呼ぶ。特に、周期的に時間変化する交流磁場をかけたときの磁化率を「交流磁化率」と呼び、外部磁場の変化に対して物質中の磁気モーメントがどれだけ素早く追従できるかを知ることができる。
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- 中性子小角散乱
- 磁性体中のスピンの情報を得るため、一般的に中性子を使った散乱実験が行われる。中性子は磁気モーメントを持っており、これを磁性体に照射すると、磁性体中で整列したスピンの長さ・周期とその向きに応じて、散乱される。本研究のような100nm程度の周期のスピンの秩序を観測するには、物質中を通った中性子がほんの少しの角度だけ曲げられて散乱される過程を調べる必要がある。このような散乱過程は「中性子小角散乱」と呼ばれる。
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- ローレンツ透過型電子顕微鏡
- 磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、nmオーダーの磁化状態の観察に適している。一般の電子顕微鏡では試料に約2万ガウスの磁場がかかる磁界型レンズが使われるため、より小さな磁場中で生成されるスキルミオンなどのスピン構造を見ることはできない。これに対してローレンツ電子顕微鏡では、試料にかかる磁場をゼロから数千ガウスの範囲で制御できるため、スキルミオンの直接観察が可能である。
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- ヘリカル磁性、コニカル磁性
- 磁気モーメントが、長周期で徐々に回転しながららせんを巻いた磁気状態を「ヘリカル磁性」という。また、外部磁場中で磁気モーメントの方向が磁場方向に傾き、円錐面に沿うように回転しながららせんを巻いた磁気状態を「コニカル磁性」という。十分大きな外部磁場中では、全ての磁気モーメントが磁場と同じ方向にそろった強磁性となる。
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- 熱揺らぎ
- 一般に磁性体は、低温で磁気モーメントがある秩序状態を形成することで全体のエネルギーが下がり安定になる。温度を高くしていくと、熱エネルギーによって磁気モーメントに揺らぎが生じ、最終的に磁気転移温度以上で秩序状態が壊れる。この熱エネルギーを起源とする磁気モーメントの揺らぎを「熱揺らぎ」と呼ぶ。磁気転移温度直下では熱揺らぎが大きいため、低温では実現しない磁気秩序状態に移り変わる場合がしばしばあり、スキルミオン結晶の発現はこの一つの例である。
図1 スキルミオンおよびスキルミオンの集合体の模式図
(a):スキルミオンの模式図。各矢印は、スキルミオン内の磁気モーメントの向きを示す。外側の磁気モーメントは外部磁場と同じ方向を向くが、中心に向かうにつれ渦を描きながら徐々に反対方向に向いていく。三次元系のスキルミオンは、薄い青色の円柱で示すように、各磁気モーメントが外部磁場方向に沿って全て同じ方向にそろった非常に長いチューブのような状態になっている。
(b):スキルミオンの集合体の模式図とそれに対応する中性子散乱パターン。通常の三角格子を組んだスキルミオン結晶状態(上)では垂直磁場配置で12スポットパターン(左)が、横磁場配置で12スポットのうちの上下の2スポットのみ(右)がそれぞれ観測される。一方、三次元的に乱れたスキルミオン状態(下)では三次元的な球殻状のパターン(垂直・横磁場どちらの配置でもリング状のパターン)が観測される。
図2 Co7Zn7Mn6で観測された中性子小角散乱パターンとローレンツ透過型電子顕微鏡イメージ
(a, b):バルク試料において垂直磁場と横磁場の配置で観測された中性子小角散乱パターン。(a)146Kでは12スポットが、(b)50Kでは三次元的な球殻状のパターンが観測された。
(c, d):薄片試料おいてローレンツ透過型電子顕微鏡で観察された磁気コントラストイメージ。明るい点がスキルミオンに対応する。(c)135Kでは三角格子状に並んだスキルミオン結晶が、(d)50Kでは乱れたスキルミオンが観察された。
図3 交流磁化率および中性子小角散乱測定で決定したCo7Zn7Mn6の温度-外部磁場相図
通常のスキルミオン結晶の安定相(青色の領域)は、熱揺らぎの大きい160K付近の磁気転移温度直下にのみ存在する。90K付近のクロスオーバー(灰色の斜線)以下では、磁気フラストレーションの影響により、ヘリカル磁性が乱れ、30K付近でスピングラス転移(スピン凍結現象)を示す。この低温領域の磁場中で、三次元的に乱れたスキルミオンの新しい安定相(赤色の領域)が出現する。