野外環境における植物の開花メカニズムを解明

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作物のより正確な開花・収穫時期の制御へ前進

2018/09/25  横浜市立大学,ワシントン大学,チューリッヒ大学,科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • 開花を誘導する鍵であるフロリゲンFT遺伝子は、従来の実験室内での研究から夕方に機能すると考えられていたが、野外環境で調べたところ、朝に機能していることが分かった。
  • 現在全世界の研究室で用いられている実験環境の見直しを行い、より野外の生育環境に近い実験環境を確立した。
  • 作物はほとんどが野外環境で栽培されるため、作物の開花・収穫時期の制御のための重要な知見である。

横浜市立大学 木原生物学研究所の清水 健太郎 客員教授のグループは、アメリカ ワシントン大学およびスイス チューリッヒ大学との多国間国際共同研究により、野外環境において植物が開花を制御する分子機構を解明し、野外では室内環境とは異なる時間に開花を誘導する遺伝子が働いていることを発見しました。

開花の時期は穀物や果実の収量に直接影響するため、作物の品種改良において重要な形質です。これまで開花の分子機構については、モデル植物のシロイヌナズナを用いた分子遺伝学的手法によって詳細な解析が行われてきました。しかしシロイヌナズナを用いた分子遺伝学では、再現性が高くなるように実験を行うため、光環境や温度などの栽培条件が安定している実験室内の植物栽培装置を用いて行われます。これまでの研究からは、日が長くなるとFT遺伝子が夕方に活性化して開花を誘導する鍵分子“フロリゲン注1)”をつくり、それによって開花が始まると考えられていました。しかしながら、今回初めて、シロイヌナズナを実際に野外で育ててFT遺伝子の発現を調べたところ、予想を覆し、夕方ではなく朝に最も遺伝子が機能していることを発見しました。

今回、発見した野外と実験室内でのFT遺伝子の発現時期の違いは、現在世界中の研究室で用いられている栽培条件が野外の実際の条件を正確には反映していないことを示しています。そこで本研究では、これまでの標準的な室内栽培条件の見直しを行い、野外でのFT遺伝子の振る舞いを実験室内で再現することに成功しました。この条件を用いて野外での開花メカニズムをつかさどる因子の解析を進めた結果、赤色・遠赤色光受容体であるフィトクロムAなどが植物の開花に特に重要であることが新たに分かりました。

作物の大部分は野外変動環境で栽培されているため、今後、本研究を通して野外環境を反映した実験環境を用いて世界中で遺伝子機能を解析することにより、正確な開花・収穫時期の制御を実現できるものと期待されます。

本研究成果は、国際学術雑誌「Nature Plants」にオンライン掲載されます(日本時間2018年9月25日午前0時付)。

本研究は、科学技術振興機構(JST) CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」、文部科学省 科研費 新学術領域研究「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」の支援を受けて遂行しました。

<研究の背景>

これまで遺伝子機能の研究は、そのほとんどが実験室内の安定かつ単純化した制御環境で行われてきました。これは栽培条件を一定に保つことで実験の再現性を得ること、遺伝子機能の変化がもたらす影響を明確にできるなどの長所があります。特に、モデル植物のシロイヌナズナは実験室で容易に育てられることから、世界中の研究者が協力して研究を行い、FT遺伝子からつくられる開花誘導の鍵分子“フロリゲン”がどのような実験条件で誘導されるかなどの解析を進めてきました。シロイヌナズナで解明された開花のメカニズムは、イネやコムギなど重要な作物を含めた多くの植物種でも同様に保存されていることがすでに分かっています。

しかしながら、実験室で得られた知見が野外(複雑に変動する環境)で育つ野生植物や作物には適用できない場合も少なくありません。そこで、横浜市立大学 木原生物学研究所の清水客員教授らは、実験室での試験管内(in vitro)と生体内(in vivo)に加えて、野外変動環境(in natura)で遺伝子機能を研究する重要性を提唱してきました。

<研究の内容と成果>

ワシントン大学の今泉 貴登 教授を中心としたアメリカ・日本・韓国・スイス・イギリスの国際共同研究グループは、野外で日の長い条件(長日条件)でシロイヌナズナが開花する分子メカニズムの研究を行いました。まず、Young Hun Song 博士、久保田 茜 博士を中心としたワシントン大学(アメリカ シアトル)の研究グループは野外で4時間ごとに24時間にわたって遺伝子解析用サンプルを採取しました。採取したサンプルを用い、フロリゲンFT遺伝子の発現量(働き度合い)を調べたところ、これまでの実験室での解析では、夕方にピークが見られていたのが、今回の野外の解析では、予想外にも、朝に発現のピークが見られました。この朝の遺伝子発現ピークは、シロイヌナズナが近年移入されたアメリカ シアトルだけでなく、チューリッヒ大学の秋山 玲子 博士によってシロイヌナズナの野生分布地域であるスイス チューリッヒなどでも観察されたことから、植物本来が持つ性質であると考えられます(図1)。

今回、発見した野外と実験室内でのFT遺伝子の発現時期の違いは、現在世界中の研究室で用いられている栽培条件が野外条件を反映していないことを示しています。そこで、標準的な安定した室内栽培条件を変更して、野外の朝の遺伝子発現ピークを再現できる条件を探索しました。その結果、赤色光と遠赤色光の比率を野外と同様に1:1に近づけ、また、昼夜の温度変動を加えることで遺伝子発現の朝のピークを再現することに成功しました。この栽培条件で開花メカニズムをつかさどる遺伝子の解析を進めたところ、遠赤色光受容体フィトクロムAなどが野外での植物の開花に特に重要であることが新たに分かりました(図2)。さらに、これまでの栽培条件よりも開花が早まることも分かりました。

従来、実験室内では、実験結果を導いた原因をはっきりさせるため、安定した栽培条件が用いられます。しかしながら、今回の結果から、これまで用いられてきた標準的な室内栽培条件下での解析では見落とされてきた、野外における開花制御の分子機構があることが分かりました。開花制御の分子機構の研究では、実験室内ではなく、複雑に変動する野外において植物がどのように環境情報を取捨選択し開花の時期を制御しているかを解明することが最終的な目的です。本研究では、野外での解析の知見をもとに、従来の実験室内での栽培条件の見直しを行うことで、野外環境の植物体で実際に起きていると考えられる開花の分子機構の解明に成功しました。

<今後の展開>

開花の時期は穀物や果実の収量に直接影響するため、品種改良において重要な形質です。より正確にかつ効率良く品種改良を行うためには開花を制御するメカニズムの解明は大変有用です。作物の大部分は野外で栽培されています。この作物を含めた植物を取り巻く地球環境は劇的に変動が進み、さらに世界人口が増加の一途をたどる現在、植物を最適な時期に開花させ、高収量で収穫できるようにするためには、実験室内より現在の野外環境に近い条件を用いて開花の制御の分子機構を解明することが急務です。本研究で明らかにした開花の分子メカニズムの知見を用いることによって、現在進行中である大規模な地球環境変動がどのように植物の開花に影響するのかを推定することも可能になります。今後、本研究成果を用いて世界中で遺伝子機能の解析を進めることにより、正確な開花・収穫時期の制御を実現できるものと期待されます。

<参考図>

図1 チューリッヒ近郊で自生するシロイヌナズナ

図1 チューリッヒ近郊で自生するシロイヌナズナ

(写真撮影・清水健太郎)

図2 FT遺伝子の制御機構

図2 FT遺伝子の制御機構

室内(左)と野外(右)における光・温度条件とCOタンパク質蓄積量とFTmRNAの発現量。室内栽培環境において、赤色光と近赤外光の比率を野外と同様に1:1に近づけ、昼夜の温度変動を加えると、遺伝子発現の朝のピークを再現することに成功。

<用語解説>
注1)フロリゲン
ホルモンのような働きをする、開花を誘導するシグナル分子で、「花咲かホルモン」と呼ばれています。1936年に提唱されて以来、長く存在が突き止められませんでしたが、最近の研究でFT遺伝子からつくられるタンパク質がフロリゲンの有力候補と報告されています。
<論文情報>

タイトル:“Molecular basis of flowering under natural long-day conditions in Arabidopsis

DOI:10.1038/s41477-018-0253-3

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

清水 健太郎(シミズ ケンタロウ)
横浜市立大学 木原生物学研究所 客員教授
(スイス チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 兼任)

<JST事業に関すること>

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠

科学技術振興機構 広報課

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