航空機ジェット燃料を直接合成できるオンデマンド触媒の開発

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「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現

2018/09/18  富山大学,科学技術振興機構(JST)

富山大学 大学院理工学研究部の椿 範立 教授らは、Fischer-Tropsch(FT)合成注1)を用いて、航空機ジェット燃料を直接合成することに成功しました。

FT合成は、合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)を用いて、軽油あるいは軽質オレフィンを合成する触媒反応です。合成ガスは、天然ガス(シェールガス、メタンハイドレートを含む)、バイオマス、石炭、可燃性ゴミ、重質油などの広範な原料を熱分解して得られるため、工業的に極めて重要な製造法となっています。実際に、各石油メジャーは主に天然ガスあるいは石炭から合成軽油を製造しています。

椿教授らは、約10年前にカプセル触媒の開発に着手し、数年前、本触媒を用いたFT合成によりガソリンを直接合成することに成功しました。しかし、ジェット燃料の直接合成は本触媒では困難でした。ジェット燃料に求められる高発熱量・燃焼性の良さ・安定性などの基準を満たすためには分岐の多い炭化水素構造(イソ体炭化水素)が適していますが、本触媒ではその選択率が極めて低かったためです。

椿教授らの研究グループは、この課題を解決するために触媒設計を見直し、酸点と細孔構造を精密制御したゼオライト注2)上に、希土類元素であるランタンと金属コバルトを担持した新しい酸性ゼオライト担持触媒の開発を行いました。この触媒を用いると、FT合成におけるイソ体炭化水素の選択率が格段に向上し、ジェット燃料の選択率が72%と非常に高い触媒性能を達成しました。また、二酸化炭素と水素を用いても高い反応成績が得られました。

さらに、この触媒の担持金属をランタンからセリウムに変えるとガソリンが、カリウムに変えると軽油が合成できることも見いだしました。このことから、本触媒系は「オンデマンド触媒」として各種燃料製造に極めて有用といえます。

EUによる2020年からのバイオジェット燃料の商業使用の決定を背景に、航空業界では、バイオジェット燃料もしくは二酸化炭素由来のジェット燃料の実用化が大きな課題となっています。今回開発に成功したジェット燃料製造法は、バイオマスあるいは二酸化炭素をも原料として使用できるため、航空業界の要望に速やかに対応できると期待されます。

本研究は、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 彭 小波 研究員、阿部 英樹 主席研究員、厦門大学 王 野 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、2018年9月17日(英国時間)に英国科学誌「Nature Catalysis」のオンライン速報版で公開されます。

本研究成果は、科学技術振興機構(JST) 未来社会創造事業 探索加速型「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域(運営総括:橋本 和仁)の研究開発課題「二酸化炭素からの新しいGas-to-Liquid触媒技術(研究開発代表者:椿 範立)」の一環として行われました。

<研究の背景と経緯>

椿教授と三菱重工業(株)、新日本石油(株)(現JXエネルギー)らは、NEDOの事業(バイオマスエネルギー技術研究開発、2012年-2016年)において、バイオマスからMRJ飛行機用バイオジェット燃料を製造するためのFT合成パイロットプラントを長崎市三菱重工業(株)構内に立ち上げました。しかし、得られたジェット燃料はそのままでは使えず、厳しいジェット燃料基準をクリアするために、製油所で再度水素化精製する必要がありました。米国Boeing社、欧州Airbus社が開発したプロセスも類似のもので、ステップは複雑です。合成ガスに代わって二酸化炭素と水素を原料とするジェット燃料製造もFT合成と同じ触媒反応ルートで行われますが、多段階の製造プロセスを採用しています。

以上の課題を鑑み、椿教授らは、FT合成によるジェット燃料の直接合成に取り組んできた結果、独自のカプセル型触媒によりガソリンの直接合成に成功しています。しかし、より難易度の高いジェット燃料の直接合成には至りませんでした。

<研究の内容>

ジェット燃料に適した分岐構造の多い炭化水素(イソ体炭化水素)を選択率良く合成するために、すでに開発したガソリン直接合成用のFT触媒設計を見直しました。

担体および酸触媒としての機能を持つゼオライトに関しては、酸点(酸性を示すOH基など)を増やすとともに、ナノ空間構造、メソ細孔注3)構造、および、酸点分布を精密に制御しました。その上で、この新規酸性ゼオライトに、希土類元素ランタンと金属コバルトを担持して、新たなFT合成用金属担持ゼオライト触媒を開発しました。これを用いてFT合成を行うと、炭素-炭素結合生成と炭素骨格の異性化が効率良く進行し、狙い通りにイソ体炭化水素を多く含むジェット燃料を72%という非常に高い選択率で得ることができました。また、本反応は、合成ガスのみならず、二酸化炭素と水素にも適用可能なことを実証しました。

本触媒系は、担持金属をランタンからセリウムに変えるとガソリンが合成でき、カリウムに変えると軽油が合成できるという「オンデマンド触媒」としての特徴も有します。

なお、従来のFT合成の炭素連鎖成長に関する数学モデルではこれらの現象を十分には解釈できないため、本研究では触媒酸点の寄与を定量的に計算できる新規数学モデルを考案し、これらの現象の発生理論を確立しました。

<今後の展開>

現在のバイオジェット燃料の合成プロセスは、いずれも製造ステップが多く、全プロセスが複雑であり、出口製品コストが高いことが課題です。これに対し、本研究が新規樹立した製造方法はプロセスを簡素化でき、コスト競争に極めて有利であると思われます。

また、二酸化炭素と水素に対しても同様の触媒が適用できるので、従来のバイオマスからのジェット燃料合成ルートと全く異なる新しいジェット燃料製造ルートを確立し、航空業界の二酸化炭素削減目標に大きく貢献できます。

<参考図>

合成ガス(syngas)が、コバルト(Co)を担持したメソ細孔を持つY型ゼオライト触媒を通過し、各種液体燃料に転換されます。触媒上にランタン(La)が共存すると、ジェット燃料になり、セリウム(Ce)が共存すると、ガソリンになります。カリウム(K)が共存すると、軽油になります。

<用語解説>
注1)Fischer-Tropsch(FT)合成
合成ガス(一酸化炭素と水素の混合ガス)から合成軽油など石油代替燃料およびアルコール、オレフィンなど基礎化学品を合成する触媒反応。合成ガスは天然ガス(シェールガス、メタンハイドレートを含む)、バイオマス、石炭、可燃性ゴミ、重質油などから簡単に製造できる。各石油会社は主に天然ガスや石炭から合成軽油を製造している。石油価格が高騰すると、FT合成の経済性は良くなる。
注2)ゼオライト
天然あるいは人工合成された粘土類。豊富なナノ細孔と大きな比表面積を有し、高温でも安定しているので、触媒材料として広く応用されている。表面搭載されているイオンの種類によって、固体酸あるいは固体アルカリになる。
注3)メソ細孔
直径2ナノメートルから50ナノメートルまでの細孔。
<論文タイトル>

タイトル:“Integrated tunable synthesis of liquid fuels via Fischer–Tropsch technology”
(フィッシャー・トロプシュ技術による液体燃料の自在合成)
DOI:10.1038/s41929-018-0144-z

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

椿 範立(ツバキ ノリタツ)
富山大学 大学院理工学研究部 工学系 教授

<JST事業に関すること>

江森 正憲(エモリ マサノリ)
科学技術振興機構 未来創造研究開発推進部

<報道担当>

富山大学 総務部 総務・広報課

科学技術振興機構 広報課

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