国際宇宙ステーション搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)による電子スペクトル測定

ad
2年間のデータ蓄積により観測領域を拡張,4.8テラ電子ボルトまでの高精度電子識別に成功

2018/06/27 早稲田大学 JAXA

早稲田大学理工学術院教授・CALET代表研究者鳥居 祥二(とりい しょうじ)、同主任研究員浅岡 陽一(あさおか よういち)と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関、イタリア、米国の国際共同研究グループは、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(CALET:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、これまで困難であったテラ電子ボルト領域において、4.8テラ電子ボルトまでの高精度エネルギースペクトルの測定に成功しました。

CALETは宇宙線の観測のうち、特に重要な全電子(電子+陽電子)スペクトルの観測を目的として、2015年8月に国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」に設置され、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験を長期にわたって行っています。高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)は、まだ充分にはわかっておらず、宇宙に残された未解明の問題の一つとされています。観測対象である高エネルギーの宇宙線のうち最も重要なものの一つが電子です。これまで1テラ電子ボルトを超えるエネルギーを持つ電子を計測することが困難とされていましたが、従来の観測装置より高度な機能を有するCALETの検出装置「カロリメータ」は、その特徴を活用し、かつ国際宇宙ステーション搭載によって可能になる長期観測という条件を組み合わせることで、テラ電子ボルト領域にわたる高エネルギー電子スペクトルの精密測定を可能としています。

今回の測定では、2017年11月に論文掲載された3テラ電子ボルトまでの高精度エネルギースペクトルの測定に引き続き、これまで精密な結果を得ることが困難であった、測定器の側面を通過するイベントに対する新たなデータ解析手法の開発等により、その時の約2倍の統計量データを取得し、観測領域の拡張を実現しました。

今後、5年間以上の観測データを蓄積し全データを解析することで、今回の結果の約3倍以上の統計量を達成することができます。検出器のより深い理解による系統誤差の削減とあわせて、観測エネルギー範囲を拡大し、20テラ電子ボルトまでの全電子スペクトルをかつてない精度で測定することが目的です。これらの電子スペクトルの測定により、近傍加速源を発見し、暗黒物質の正体を解明していくことが大きく期待されています。

本研究成果は、国際学術雑誌『Physical Review Letters』オンライン版に2018年6月25日(現地時間)に掲載され、6月29日(現地時間)に紙面掲載される予定です。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

高エネルギー宇宙線の直接観測は、学術上重要にもかかわらず、測定上の困難さから宇宙科学に残されたフロンティアの一つとなっていましたが、2000年代になって宇宙環境でも利用可能な高性能な粒子検出技術の開発により大きく進展しました。とくに運動量の測定に加えて電荷の正負が判別可能な、マグネットスペクトロメータを備えたPAMELA衛星や、ISS搭載のAMS-02は、通常の加速伝播モデルでは説明が不可能な陽電子比(陽電子/電子)の高エネルギー領域での上昇を観測しました。この結果は、これまで想定されていなかった未知の陽電子源の存在を示唆しており、パルサーや暗黒物質による電子・陽電子対生成を議論する多くの論文が発表されています。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

CALETは宇宙線の観測のうち、特に重要な全電子(電子+陽電子)スペクトルの観測を目的として、2015年8月に国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」に設置され、同年10月より宇宙線観測を開始しました。そして、すでに2017年11月に論文掲載された「1テラ電子ボルトを超えるエネルギーをCALETが高い精度をもって直接測定、3テラ電子ボルトまでの高精度エネルギースペクトルの測定」に引き続き、その時の約2倍の統計量データを用いて、観測領域を4.8テラ電子ボルトまで拡張しました。

陽電子異常の起源探求においては、陽電子源の最高エネルギー領域におけるスペクトル構造を捉えることが鍵となります。CALETは陽電子と電子を分離する観測ではありませんが、一次陽電子源においては、電子陽電子対が生成されているのが最も自然なため、CALETが測定する全電子スペクトルも一次陽電子の起源に対応するスペクトル構造が現れることが期待されます。今回よりさらに高精度な観測により、例えばパルサーの加速限界や暗黒物質の質量に対応して期待されるスペクトル構造の検出を目指しています。さらに、1テラ電子ボルト以上のエネルギーを持つ電子は、太陽系のそばで比較的最近に起きた超新星爆発による加速によるものだけが地球に到達できることが理論的にわかっており、その加速源を直接特定できるというユニークな成果を挙げることも期待されています。

(3)そのために新しく開発した手法

宇宙線電子望遠鏡「CALET」は、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置です。CALETはいくつかの異なる機能を持つ3種類の検出装置から構成されています。最初に粒子が入射する第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、原子番号を調べます。第2の層(IMC)では、粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線について知るべきことがほとんどわかります。

国際宇宙ステーション搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)による電子スペクトル測定

図1:左図はCALETの側面から見た概念図と1テラ電子ボルトの電子によるシャワー粒子のシミュレーション例。右図は、実際に観測された3テラ電子ボルトの電子の観測例(X-Z面とY-Z面から表示)。

図1は、1テラ電子ボルトのエネルギーを持つ電子のシミュレーション計算例と、3テラ電子ボルトの実際に観測された電子事象の候補です。上層から入射した粒子が検出器内で相互作用してシャワーを起こし、ほぼ全てのエネルギーが検出器によって吸収されています。これによりテラ電子ボルト領域でも高いエネルギー分解能が達成でき、また得られたシャワー像を解析することで、電子観測のバックグラウンドとなる陽子を強力に除去します。 この点において、CALETは世界でも最高クラスの性能を持っています。

今回は、新たなデータ解析手法の開発により、前回の観測では採用されなかった測定器側面を通過する観測データを用いることにより、短期間で約2倍の統計量の結果を取得しています。

(4)今回の研究で得られた結果及び知見

図2:CALETにより11ギガ電子ボルトから4.8テラ電子ボルトの範囲で測定された全電子スペクトル。これまでの観測のうち、宇宙空間での測定結果 (DAMPE, Fermi-LAT, AMS-02, PAMELA) と、地上からの測定結果 (HESS) を比較のため共に示した。

科学観測開始直後の2015年10月13日から2017年11月30日までのデータを用いて、CALETにより測定された全電子スペクトルを図2に示しました(赤点の四角)。宇宙からの直接観測として初めて観測する最大のエネルギーも4.8テラ電子ボルトへと拡大しています。網掛けのバンドはCALETの観測に伴う現時点での系統誤差です。系統誤差とは、検出器に起因するバイアスの大きさを見積もったものです。宇宙を理解するためには、多数の観測データを縦横に使ってモデルとの整合性を議論することが必須であるため、実験間の整合性は特に重要です。同種の観測結果を得ている中国のDAMPEとの比較を含む、今回の結果及び知見は以下のようにまとめられます。

  1. テラ電子ボルト以上の領域で、 CALETにより観測されたスペクトルは0.9テラ電子ボルト付近で折れ曲がりを検出したDAMPEの結果と合致する流束の減少を示しています。電子のエネルギー損失の影響に加えて陽電子の過剰がなくなっていることが示唆されています。
  2. 系統誤差を含めたエラーの範囲で有為とは言えないものの、前回の結果をより増強する形でスペクトルの微細構造が見られます。特に、300ギガ電子ボルトからのスペクトル冪の変化は陽電子の一次起源成分と対応している可能性があります。
(5)研究の波及効果や社会的影響

CALETの観測には、国内外から多くの興味が寄せられ、特に観測項目の一つである暗黒物質は宇宙における最大の謎の一つとして、新聞雑誌だけでなくNHK BSや国際版ナショナルジオグラフィックスにおいて放映されています。このことにより、CALETの科学成果だけでなく国際宇宙ステーションにおける日本実験棟の意義が再認識されるという成果も上がってきています。

(6)今後の課題

今回のスペクトルは、前回の結果発表では使用しなかったデータも解析することで約2倍の統計精度を達成しました。本研究グループは今後5年間以上の観測データを蓄積し解析することで、今回の結果の3倍以上の統計量を達成することができます。検出器のより深い理解による系統誤差の削減と合わせて、観測エネルギー範囲を拡大し、20テラ電子ボルトまでの全電子スペクトルをかつてない精度で測定することが目的です。この観測によりスペクトルの微細構造の検出を達成し、近傍加速源の直接的検出や、暗黒物質の正体に迫ることを目指しています。さらに、ここでは紹介できなかった、陽子・原子核成分の観測により、宇宙線の加速・伝播機構の高精度な解明を目的としています。

(7)100字程度の概要

国際宇宙ステーション搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)の電子スペクトル最新結果を直接測定としては世界最高レベルの4.8テラ電子ボルトまで達成し、未知の電子・陽電子源の謎にせまる。

(8)用語説明
  • 宇宙線
    宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。
  • 電子ボルト
    エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。
  • スペクトル
    本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。また、スペクトルに構造があるというのは、単純なべき構造からのずれが見られるということを意味しています。
  • 宇宙線加速
    高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。
  • 近傍加速源
    1テラ電子ボルトを超えるエネルギーを持つ電子は、太陽系のそばで比較的最近起きた超新星爆発による加速によってしか地球に到達できないことがわかっています。その候補となる天体(超新星残骸)は3つしかないため、そのような高エネルギーの電子を高精度で観測することができれば、その加速源となる天体を直接特定することができます。その特定ができれば宇宙線の直接観測としては世界で初めてのことです。このためには、テラ電子ボルト領域での (1) 高精度エネルギー測定、(2) 非常に小さい電子流束を検出する感度、(3) 同じエネルギーで1000倍以上となる陽子からの識別、が必要となります。専用の検出器を新しく開発して宇宙から観測を行うことで、近傍の電子加速源特定を実現することが、本研究 ―CALET― の第1の目的となっています。
  • 陽電子異常
    通常の加速伝播モデルの予想に反して高いエネルギーで陽電子比が上昇するというもので、これまで想定されていなかった新たな陽電子源(一次陽電子源)の存在を示唆しています。これらの結果をもとに、その起源に関する論文が1000篇以上出版されました。暗黒物質の対消滅もしくは崩壊、パルサー内での電子陽電子対生成とその加速等の説が議論されています。この起源探求においては、陽電子源の最高エネルギー領域におけるスペクトル構造を捉えることが鍵となります。暗黒物質やパルサーがそれぞれ特徴的なスペクトルを示すためです。一次陽電子源においては、電子陽電子対が生成されているのが最も自然なため、CALETが測定する全電子スペクトルにも一次陽電子の起源に対応するスペクトル構造が現れると期待されます。例えばパルサーの加速限界や暗黒物質の質量に対応する高エネルギー領域に特徴的なスペクトル構造が見られるかもしれないのです。従って、高エネルギー電子(電子+陽電子;全電子)の高精度測定は、陽電子異常の起源探求に対しても強力な手段となります。
(9)論文情報

宇宙からの直接観測で3テラ電子ボルトまでの高精度電子識別に初めて成功
国際宇宙ステーション搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)による電子スペクトル測定

0303宇宙環境利用
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました