光で応答するタンパク質の超高速反応の仕組み
2018/06/16 理化学研究所 京都大学
ポイント
理化学研究所(理研)放射光科学研究センターSACLA利用技術開拓グループの岩田想グループディレクター(京都大学大学院医学研究科教授)、イメージング開発チームの南後恵理子研究員らの国際共同研究グループ※は、光に応答するタンパク質がフェムト秒(1,000兆分の1秒)からピコ秒(1兆分の1秒)という超高速で反応する過程をX線自由電子レーザー(XFEL)[1]によって、原子の動きまで克明に動画として捉えることに成功しました。
本研究成果は、ヒトの視覚に関与するロドプシン[2]や光遺伝学[3]に用いられるチャネルロドプシンなどにおける光化学反応の初期過程を理解する上で重要な知見となります。
ヒトの視覚や微生物のイオン輸送に関わる光応答タンパク質は、光をキャッチするためのレチナール[2]を含んでおり、高効率かつ立体選択的に構造を変化させて機能を発現することが知られています。しかし、その光化学反応はフェムト秒からピコ秒という超高速で起こるため、どのように反応し構造変化を起こすのかを知るのに必要な原子レベルの動きを捉えることは非常に困難でした。今回、国際共同研究グループは、レチナールを持つ光応答タンパク質(レチナールタンパク質)がどのように働くかを原子レベルでの動画撮影に成功し、光化学反応初期過程におけるメカニズムを解明しました。
本研究は、米国の科学雑誌『Science』(6月15日号)の掲載に先立ち、オンライン版(6月14日付け:日本時間6月15日)に掲載されます。
※国際共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
利用技術開拓研究部門 SACLA利用技術開拓グループ
グループディレクター 岩田 想(いわた そう)
(京都大学大学院 医学研究科 教授)
XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ イメージング開発チーム
研究員 南後 恵理子(なんご えりこ)
京都大学大学院 医学研究科
特定研究員 田中 智之(たなか ともゆき)
ほか、ポール・シェラー研究所、SLAC国立加速器研究所、ヘブライ大学、ヨーテボリ大学、ドイツ電子シンクロトロン、アリゾナ州立大学、スイス連邦工科大学チューリッヒ校などの大学・研究機関が参加。
※研究支援
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発(代表者:岩田想)」等による支援を受けて行われました。
背景
生物は、外界からの光をエネルギー生産や情報として利用しています。レチナールタンパク質は、その両方に関与する光応答タンパク質として知られており、その代表として、ヒトなどの高等生物の視覚におけるロドプシンや古細菌の光駆動型プロトンポンプであるバクテリオロドプシンがあります。近年では、神経回路機能を光で制御する光遺伝学のツールとしても、チャネルロドプシンなどのレチナールタンパク質が利用されています。
レチナールタンパク質は七回膜貫通型構造を持っており、ビタミンAの誘導体であるレチナールを発色団として含んでいます。光を受けるとレチナールが立体選択的に異性化することによって、タンパク質の構造変化を誘起し、イオンポンプやイオンチャネル、シグナル伝達分子の活性化などの機能発現に至ります。このように、わずか数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の大きさにすぎないタンパク質が、光によるレチナールの構造変化を起点として、巧妙に機能発現を達成することは大変興味深く、その仕組みの解明は多くの研究者の研究対象となってきました。
一般的に、タンパク質の構造変化を原子レベルで可視化するための強力な手段として、X線結晶構造解析[4]が用いられています。従来のX線で観察される構造は静止した状態のみで、素早く動く過程を観察することは不可能でした。しかし、最近になってX線自由電子レーザー(XFEL)の登場により、フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)に至る時間分解能、かつ原子分解能でタンパク質の動きを捉えることが技術的に可能になりました。
岩田グループディレクターらは、XFELを利用して、2016年にバクテリオロドプシンが光を受けてからナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)~ミリ秒(1ミリ秒は1,000分の1秒)後にプロトン(H+)を輸送し、構造変化する様子を動画として捉えることに初めて成功しました注1)。今回は、さらに早い段階である光受容後フェムト秒からピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)において、バクテリオロドプシンが反応する様子を捉えることに挑みました。
注1)2016年12月26日京都大学プレスリリース「タンパク質中の原子の動き、自由電子レーザーにより動画撮影に成功」
研究手法と成果
国際共同研究グループは、米国のXFEL施設LCLS[5]にて、連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)法[6]とポンプ・プローブ法[7]を組み合わせた手法を用いて実験を行いました(図1)。バクテリオロドプシンの結晶に光を照射して反応を開始させた後、フェムト秒から10ピコ秒にかけて測定を行い、時間ごとに変わっていくタンパク質の構造変化を動画撮影しました(図2)。撮影した中間体の構造は、1.5オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)という高い空間分解能で決定することに成功しました。
得られたバクテリオロドプシンの光反応中間体構造を時間経過に沿って見ていくと、光を受けてから200フェムト秒以内にレチナールの電荷分布が変化し、わずかにねじれが形成されました。続いて500フェムト秒後には、レチナールがトランス型[8]からシス型[8]へと異性化を始め、3ピコ秒後にはシス型に変化した様子が観察されました(図3上段)。また、光受容から200フェムト秒後以内に、レチナール上のシッフ塩基[9]に水素結合している水分子、周辺のアスパラギン酸残基が、レチナールの変化に応じて動くことも分かりました(図3下段)。
今回の成果は、タンパク質が光に反応して、超高速で水分子やアミノ酸残基を含めて刻々と変化していく様子を、原子の動きまで捉えた初めての例となりました。
今後の期待
本研究成果は、ヒトの視覚に関与するロドプシンや光遺伝学に用いられるチャネルロドプシンなど、他のレチナールタンパク質における光化学反応初期段階を理解する上で重要な知見となります。また、本成果で用いられた手法は、光で反応する他の種類のタンパク質の構造変化を捉え、仕組みの解明に貢献すると期待できます。
原論文情報
Przemyslaw Nogly, Tobias Weinert, Daniel James, Sergio Carbajo, Dmitry Ozerov, Antonia Furrer, Dardan Gashi, Veniamin Borin, Petr Skopintsev, Kathrin Jaeger, Karol Nass, Petra Båth, Robert Bosman, Jason Koglin, Matthew Seaberg, Thomas Lane, Demet Kekilli, Steffen Brünle, Tomoyuki Tanaka, Wenting Wu, Christopher Milne, Thomas White, Anton Barty, Uwe Weierstall, Valerie Panneels, Eriko Nango, So Iwata, Mark Hunter, Igor Schapiro, Gebhard Schertler, Richard Neutze, Jörg Standfuss, “Retinal isomerization in bacteriorhodopsin captured by a femtosecond X-ray laser”, Science, 10.1126/science.aat0094
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 利用技術開拓研究部門 SACLA利用技術開拓グループ
グループディレクター 岩田 想(いわた そう)
(京都大学大学院 医学研究科 教授)
放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ イメージング開発チーム
研究員 南後 恵理子(なんご えりこ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 総務部 広報課 国際広報室
補足説明
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- X線自由電子レーザー(XFEL)
- X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
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- ロドプシン、レチナール
- レチナールは、下図の構造をした共役アルデヒドである。オプシン(視物質のタンパク質部分)を作っているアミノ酸のリジン残基と反応してロドプシン(光受容器細胞に存在する色素)となる。ロドプシンは、二重結合を巧みに異性化させることにより、視細胞で光を感知する鍵分子である。
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- 光遺伝学
- 光と遺伝子操作を使って、神経回路機能を活性化もしくは抑制させる手法。ミリ秒単位の時間的精度を持った制御を特徴とする。別名はオプトジェネティクス(光を意味するOptoと遺伝学を意味するgeneticsを合わせた言葉)。
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- X線結晶構造解析
- タンパク質が規則正しく並んだ結晶にX線を照射すると回折像が得られる。その回折像を解析して、タンパク質の構造を解明する実験手法。タンパク質を構成する個々の原子の位置を決定できる。
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- LCLS
- スタンフォード大学に設置されているX線自由電子レーザー施設。LCLSはLinac Coherent Light Sourceの略。
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- 連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)法
- 多数の微結晶を含む液体などをインジェクター(噴射装置)から噴出しながら、X線レーザーを照射し結晶の構造を解析する手法。配向の異なる多数の微小結晶からの回折イメージを連続的に収集する。SFXはSerial Femtosecond Crystallographyの略。
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- ポンプ・プローブ法
- 時間分解計測の中で最も広く使われている手法。ポンプ光とプローブ光の2種類の短パルス光を利用して、ポンプ光の照射によって誘起される物質内の過渡的な(超)高速現象をプローブ光で観察する。ポンプ光の照射からプローブ光の照射までの時間差を変化させながら試料の状態を観察することで(超)高速現象の時間発展を調べることができる。
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- トランス型、シス型
- 同じ平面構造式を持ちながら、原子あるいは基が異なった立体配置をとる立体異性の一種。炭素・炭素原子間に二重結合を持つR1R2C=CR1R2の化合物などにおいて、同種の基(R1とR1、R2とR2)が二重結合について、同じ側にある配置をシス型、反対側にある配置をトランス型という。このトランス型とシス型が入れ替わることをトランス-シス異性化と呼ぶ。
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- シッフ塩基
- RR’C=NR” で表わされる化合物。
図1 タンパク質の構造変化を捉える実験方法の概略図
タンパク質の微小結晶をXFEL照射領域に連続的に送り、可視光レーザーを照射して、光によるタンパク質の反応を開始させる。光照射後のタンパク質の変化をXFELによる回折像を得ることによって、調べることができる。
図2 XFELで超高速反応する過程を捉える概念図
光応答タンパク質のバクテリオロドプシンの結晶に光を照射して反応を開始させた後、フェムト秒から10ピコ秒にかけて測定を行い、時間ごとに変わっていくタンパク質の構造変化を動画撮影した。
図3 光照射後数百フェムト秒から3ピコ秒後に観察されたレチナール周辺の変化
光を受けてから200フェムト秒以内に、レチナールの電荷分布が変化し(I中間体の+と-)、わずかにねじれが形成された。続いて500フェムト秒後には、レチナール上の一つの二重結合(13と14の間)がトランス型からシス型へと異性化を始め(J中間体の緑の矢印)、3ピコ秒後にはシス型に変化した(K中間体)。また、光受容から200フェムト秒以内に、レチナール上のシッフ塩基に水素結合している水分子や周辺のアスパラギン酸残基(Asp212)がレチナールの変化に応じて動いた(緑の矢印)。