「双子の半導体ポリマー」で分子レベルの混合状態を明らかに
2018-04-26 理化学研究所 日本電子株式会社
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発機能高分子研究チームの但馬敬介チームリーダーらと科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム理研-JEOL連携センター[1]ナノ結晶解析連携ユニットの西山裕介ユニットリーダーらの共同研究チーム※は、有機太陽電池[2]中の半導体分子の混合状態における界面構造を、分子設計によって制御できることを見いだし、固体核磁気共鳴(NMR)法[3]によって分子レベルでの界面構造を明らかにしました。
本研究成果は、有機太陽電池の効率化に向けた新たな材料開発に貢献すると期待できます。
今回、共同研究チームは、π共役系[4]主鎖骨格が同じでアルキル側鎖の置換パターンだけが異なる2種類の「双子の半導体ポリマー[5]」を設計・合成し、固体NMR法を用いてポリマー周辺のフラーレン[6]の位置を解析しました。その結果、アルキル側鎖の置換パターンを変えることによって、混合薄膜中での電子受容体であるフラーレンの位置を分子レベルで制御できることを見いだしました。さらに、フラーレンの位置の違いによって有機太陽電池における電流発生効率に差が生じることも分かりました。
本研究は、ドイツの科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』に掲載されるのに先立ち、オンライン版に近日掲載予定です。
図 「双子の半導体ポリマー」が示す異なるフラーレン配置の模式図
※共同研究チーム
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 但馬 敬介(たじま けいすけ)
特別研究員 ワン チャオ(Chao Wang)
基礎科学特別研究員 中野 恭兵(なかの きょうへい)
テクニカルスタッフII チェン ユジャオ(Yujiao Chen)
研究支援パートタイマー(研究当時)リ シャオ ファン(Hsiao Fang Lee)
科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラム 理研-JEOL連携センター
ナノ結晶解析連携ユニット
ユニットリーダー 西山 裕介(にしやま ゆうすけ)
訪問研究員(JSPS外国人研究員)ホン ユーリー(You-lee Hong)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金特別研究員奨励費「固体NMRを用いた原子レベルでの炭素繊維の解析(研究代表者:西山裕介)」の支援を受けて実施されました。
背景
有機太陽電池は極薄の有機薄膜で形成されているため、その軽量性・フレキシブル性などによって、さまざまな用途へと応用できる次世代太陽電池として注目を集めています。
現在の有機太陽電池の構造は、電子供与体と電子受容体の2種類の有機半導体の混合物の薄膜(混合バルクヘテロ接合[7])が用いられています。まず、薄膜中に入ってきた光が有機半導体によって吸収されることで、分子の励起状態(励起子)を作り出します。生成した励起子は材料中をごく短い距離(数十ナノメートル)を拡散して、電子供与体と電子受容体の界面に到達すると、正電荷と負電荷の対に分離し、電流を発生します。典型的な材料としては、電子供与体として半導体ポリマーが、電子受容体としてフラーレン化合物が用いられています。材料を溶液中で混合して塗布するという簡単な作製法にもかかわらず、これまでに10%を超える比較的高い太陽光変換効率(太陽光エネルギーを電力に変換する効率)が達成されています。さらなる効率化を目指して、世界中で新しい材料開発の研究が盛んに行われています。
有機太陽電池中で光を電気に変換する過程は、電子供与体分子と電子受容体分子の間で起こるため、薄膜中での分子レベルの構造、特に材料の界面における分子間の距離や分子の向きなどがその効率に大きく影響することが予想されています。しかし、混合薄膜中で電子供与体と電子受容体が分子レベルでどのように配置されているのかはこれまで全く明らかになっておらず、それを制御する有効な手法もありませんでした。これらの制限が有機太陽電池の動作原理の解明を難しくし、さらなる電流発生効率の向上を追求する上での妨げとなっていました。
研究手法と成果
共同研究チームはまず、非常によく似た構造を持つ「双子の半導体ポリマー」を設計・合成しました(図1)。このポリマー1とポリマー2の構造は、有機半導体の電子的な特性を決めるπ共役系の主鎖骨格(図中の黄色網掛け)は全く同じであり、ポリマーに溶解性を与えるために導入された直鎖アルキル側鎖と分岐アルキル側鎖(それぞれ図中の青と赤の網掛け)の長さや数も同じです。唯一の違いは、主鎖骨格に導入した2種類のアルキル側鎖の位置が入れ替わっていることです。
薄膜中におけるポリマー1とポリマー2の性質を調べたところ、光吸収性や結晶性、電気特性はほとんど区別できないほど同じでした。また、さまざまなフラーレン化合物との混合状態も、ほぼ同じであることが確かめられました。
一方で、これらのポリマーとC60の混合バルクヘテロ接合を用いた有機太陽電池では、太陽光の照射化でポリマー1の方がポリマー2よりも高い電流が発生し、その結果高い太陽光変換効率が得られました(図2左)。光の波長による電流発生効率の変化(外部量子収率、図2右)を見ると、ポリマー1がすべての波長領域で高い効率を示しました。さまざまなフラーレン化合物を電子受容体に用いた場合にも同じ傾向を示し、どの組み合わせにおいてもポリマー1の方がポリマー2よりも14~58%高い電流値を与えました。この結果は、電子供与体の半導体ポリマー周辺での電子受容体であるフラーレンの分子レベルにおける界面構造が両者で異なり、電流発生効率が変化していることを示しています。
分子レベルでの構造解析に広く用いられているX線回折法[8]では、混合薄膜のような不均一な試料の構造解析ができません。そのため、固体核磁気共鳴(固体NMR)法が有望な測定法として考えられますが、通常の固体NMR法では50mg程度の大量の試料が必要となり、有機太陽電池のように薄膜で用いられる微量試料の解析は困難です。
そこで、超小型のNMR試料管[9]を用いて1mg以下の微量試料によるマジックアングル試料回転固体NMR法(MAS固体 NMR法)[10]解析に取り組みました。ポリマーとフラーレンの界面構造を直接観測するため、2次元相関固体NMR[11]を用いて混合薄膜の構造を解析しました。その結果、ポリマー2においては主鎖のメトキシ基(-O-CH3)とフラーレンとの相関ピークが明確に観測されました(図3右上)。この結果は、ポリマー2とフラーレンの混合薄膜では、電子受容体のフラーレンはポリマーの主鎖骨格のうち、より電子供与性の高いジメトキシベンゾジチオフェン(青の構造)の近くに存在していることを示しています(図3右下)。
一方で、ポリマー1ではこのような相関は観測されませんでした(図3左上)。ポリマー周辺構造の類似性から、ポリマー1とフラーレンの混合薄膜では、フラーレンはベンゾジチオフェンジオン(赤の構造)の近くに存在していると考えられます(図3左下)。半導体ポリマーの励起状態では、電子はより電子受容性の高いベンゾジチオフェンジオン(赤の構造)に存在していることが分かっており、電子の流れはポリマー1でより効率的に起こることが予想されます(図下の矢印)。このような半導体ポリマー主鎖周辺でのフラーレンの位置の違いによって、有機太陽電池の電流発生効率に差が生じていることが分かりました。
今後の期待
これまでの有機太陽電池の材料開発においては、有機半導体のアルキル側鎖は材料の溶解性と結晶性を制御する目的で導入されており、混合薄膜中の分子配置を制御するという観点はありませんでした。また、分子の配置と電流発生効率の関係についてはほとんど知見がなく、分子構造の改変と太陽電池の試作を繰り返すトライアンドエラーの方法で、材料の最適化を行っていくしかありませんでした。
今回、分子設計によって分子レベルの界面制御が可能であることを示したことは、今後の有機太陽電池の効率化に向けた材料開発に新しい指針を与えるものと期待できます。
原論文情報
Chao Wang, Kyohei Nakano, Hsiao Fang Lee, Yujiao Chen, You-lee Hong, Yusuke Nishiyama, and Keisuke Tajim, “Intermolecular Arrangement of Fullerene Acceptors around Semiconducting Polymers in Mixed Bulk Heterojunctions”, Angewandte Chemie International Edition
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 伹馬 敬介(たじま けいすけ)
バトンゾーン研究推進プログラム 理研-JEOL連携センター ナノ結晶解析連携ユニット
ユニットリーダー 西山 裕介(にしやま ゆうすけ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- 理研-JEOL連携センター
- 理研と日本電子株式会社(JEOL)が共同で設立した連携センター。分析・診断機器分野における独自技術の創出を目指し、2014年11月に開設された。
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- 有機太陽電池
- 有機半導体を光電変換層として用いた太陽電池のこと。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。
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- 固体核磁気共鳴(NMR)法
- 原子核には核スピンがあり、これがゼロではない水素や炭素原子の一部は強い磁場の中に置かれると、複数のエネルギー状態に分かれることが知られている。このエネルギー差に相当する電磁波を当てると共鳴現象が起きて電磁波が吸収・放出される。その振動数は原子核の種類と磁場の強さで決まるが、原子核の周りの電子の状態に影響されるので周辺の電子の分布や原子の結合状態を知る手がかりになる。したがって、核磁気共鳴(NMR)法は分子構造の決定手段として利用される。測定対象となる物質を溶媒に溶かす溶液NMR法に対し、固体状態の物質を測定するNMR法を固体NMR法と呼ぶ。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
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- π共役系
- ベンゼン環などの平面的な芳香族化合物を骨格として持つ有機化合物群で、電子が分子に緩く結合していることから、電子の移動や授受を行いやすい。また、異なった電子供与性、電子受容性のパーツをさまざまに組み合わせることで、分子の電子特性を制御することが可能である。ほとんどの有機半導体はπ共役系分子である。
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- 半導体ポリマー
- 半導体の性質を持つポリマー(高分子の有機化合物)材料。可視光を吸収することができ、有機溶剤に溶けるため、塗ることができる半導体として、有機太陽電池をはじめとした有機デバイスに応用されている。
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- フラーレン
- ほとんど炭素の、閉じたかご状の分子。C60はサッカーボールの形をしているため特に有名で、さまざまな機能性材料に応用されている。また、さまざまな修飾を施すことで溶媒への溶解性が向上する。最近では、有機太陽電池が有名。1996年のC60の発見に対して、米・英国の科学者にノーベル化学賞が与えられた。
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- 混合バルクヘテロ接合
- 高効率な有機太陽電池において広く用いられている構造で、電子受容体、電子供与体の2種類の有機半導体分子を混合して作成する。2つの分子の界面(ヘテロ接合)を薄膜全体(バルク)に存在させることで、界面の面積を増大することができ、電流発生効率が大きく向上した。1991年に平本昌宏(分子科学研究所)らによって分子系が、1995年にA. J. Heeger(2000年ノーベル賞受賞)らによって高分子系がそれぞれ報告された。
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- X線回折法
- 1Å程度のX線の波長は、タンパク質などの物質中の原子と原子の距離と同程度の長さで、物質が規則正しく並んだ結晶によって回折される。回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、金属や無機物質、タンパク質などの結晶内の分子構造を解明することができる。
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- NMR試料管
- マジックアングル試料回転固体NMR法で用いられる試料管は、一般的にセラミクスで作られており、表面速度が音速に近い超高速で回転される。同じ表面速度でも試料管外径を小さくすると、より回転周波数(速度)を高めることができる。そのため、より高速の試料回転を求めて試料管の小型化競争が起きている。また、同時に1mg以下の微量試料での解析を可能とする。本研究では、外径1 mmの超小型試料管を用いた。
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- マジックアングル試料回転固体NMR法(MAS固体 NMR法)
- 固体サンプルのNMR信号は、分解能が非常に低いが、磁場方向に対して試料を54.7°傾けて高速回転させて計測するマジックアングル試料回転(MAS)法を用いることにより、分解能・感度ともに向上させることができる。固体サンプルの測定に広く用いられているNMR法。
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- 2次元相関固体NMR
- 1次元固体NMR法では、それぞれの原子核(水素、炭素、窒素など)の置かれた局所的な構造が分かる。2次元相関固体NMR法では、それぞれの原子と原子の間のつながりを明らかにすることができる。例えば、どの炭素原子がどの水素原子に近いのかを明確に示すことができる。
図1 「双子の半導体ポリマー」の構造
主鎖骨格(黄の網掛け)は、ジメトキシベンゾジチオフェン(青の構造)とベンゾジチオフェンジオン(赤の構造)、チオフェンでつないだ交互共重合体で、π共役系の電子構造をしている。アルキル側鎖は、直鎖のC12(青の網掛け)と分岐した鎖C12C8(赤の網掛け)の2種類があり、主鎖骨格にポリマー1と2で導入された位置が入れ替わっている。
図2 ポリマーとフラーレン混合による有機太陽電池の電気特性とスペクトル
(左)疑似太陽光照射下での電流密度―電圧特性。ポリマー1の電流密度(縦軸)がポリマー2よりも大きく、太陽光変換効率も高い。(右)外部量子収率スペクトル。外部量子収率とは、太陽電池に毎秒照射された光子に対して何個の電子を発生させるかを比率で示した値である。全波長領域において、ポリマー1の方がポリマー2よりも高い効率で電流を発生していることが分かる。
図3 ポリマー/フラーレン混合薄膜の2次元固体NMRスペクトル解析
上段が2次元固体NMRスペクトル解析で、下段が予想される分子配置を示す。右のポリマー2では、電子供与性のジメトキシベンゾジチオフェン(青の構造)中のメトキシ基(-O-CH3)とフラーレン(紫のサッカーボール構造)の相関ピークが観測されており、近い距離に存在していることが分かる。一方、左のフラーレンとポリマー1では相関ピークが観測されず、より遠い距離に存在していることが予想される。ポリマーユニットとフラーレンの電子受容性の差から、ポリマー1の方がポリマー2よりも光照射時の電子の流れが効率的と予想される(下段の青矢印)。