機能分子を簡単につなげられる「結合の手」を もつシルクの高効率生産を実現

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シルクの性質をより簡便・柔軟に改変可能に

2018年3月 1日 農研機構

ポイント

農研機構は遺伝子組換えカイコ1)を用いて、機能分子を簡単につなげられる「結合の手」を組み込んだシルクを開発しました。「結合の手」に色素や薬剤などの望みの機能分子をつなげることで、簡便・柔軟にシルクの性質を改変できます。2014年に基礎技術を開発しましたが、今回、理化学研究所(以下、理研)ライフサイエンス技術基盤研究センターとの共同研究により、「結合の手」のシルクへの組み込み効率を約30倍に高めることに成功し、実用生産への道を開きました。本成果により、繰り返し洗濯しても色落ちしにくいカラーシルクや、薬剤を付加した医療用シルク素材の開発が可能になります。

概要

  • 農研機構生物機能利用研究部門は、様々な分野・用途へのシルクの利用拡大を目指し、新しい機能をもったシルクの開発に取り組んでいます。2014年には、遺伝子組換えカイコを用いて、機能分子を簡単につなげられる「結合の手」として機能する非天然型アミノ酸2)が組み込まれたシルクを開発しました。「結合の手」に色素や薬剤などの機能分子をつなげることで、単一のシルクから様々な性質をもつシルクを作出できます。
  • 開発当初は高価な非天然型アミノ酸をカイコのエサに大量に混合する必要があり、コスト面で大きな問題がありました。今回、理研との共同研究により、「結合の手」のシルクへの組み込み効率を約30倍に高めることに成功しました。その結果、まゆの生産に必要な非天然型アミノ酸のコストが大幅に低減され、実用生産への道が開けました。「結合の手」をもつシルクは、通常の遺伝子組換えまゆに対して10~50%程度のコスト増で生産できます。
  • 「結合の手」をもつシルクを利用すれば、まゆや生糸だけでなくフィルムやスポンジに加工したあとでも、ペアとなる「結合の手」をもつ機能分子の溶液に浸すだけで簡便・迅速に多種類の機能化したシルクを作出できます。特に、ペアとなる「結合の手」を組み込みやすい合成色素や薬剤、合成ポリマーなどによる機能化に適していると言えます。これらは通常の遺伝子組換えでは導入が不可能なため、通常の遺伝子組換えと使い分けることによってより多様な機能化が可能です。
  • 本成果により、繰り返し洗濯しても色落ちしにくいカラーシルクや、創傷治ゆフィルムなどの薬剤を付加した医療用シルク素材の開発が可能になります。
  • 本成果は米国化学会が発行する「ACS Synthetic Biology」(2018年2月26日発行)のオンライン版に掲載されました。
関連情報

予算:運営費交付金、JSPS科研費(15K07800)
特許:特願2017-079294

お問い合わせ

研究推進責任者 :
農研機構生物機能利用研究部門 部門長 門脇 光一

研究担当者 :
農研機構生物機能利用研究部門 新産業開拓研究領域
新素材開発ユニット 寺本 英敏、小島 桂
理研ライフサイエンス技術基盤研究センター
非天然型アミノ酸技術研究チーム 坂本 健作

広報担当者 :
農研機構生物機能利用研究部門 広報プランナー 高木 英典

詳細情報

開発の社会的背景と経緯

シルクは、カイコによって産生される天然タンパク質で、衣料用としての利用に加え、縫合糸として医療現場でも利用されています。農研機構は、衣料用素材に加えて、インテリア素材・産業資材・医療素材・電子材料などへのシルクの利用拡大を目指し、新しい機能をもったシルクの開発に取り組んでいます。シルクの性質を改変・制御する既存の手法には、化学修飾法3)と遺伝子組換え法4)がありますが、化学修飾法には副反応や残留毒性の懸念がある、遺伝子組換え法には時間・労力がかかる、またペプチド・タンパク質成分しか付加できないという問題があります。
そこで農研機構は、シルクの性質をより簡便・柔軟に改変する新たな手法の開発に取り組み、2014年に、様々な機能分子を簡単につなげられる「結合の手」をもったシルクを開発しました(図1)。しかし、開発当初はシルクへの「結合の手」の組み込み効率が低く、コスト面で問題がありました。そこで今回、理研との共同研究により、「結合の手」のシルクへの組み込み効率アップを図りました。

研究の内容・意義

2014年に開発したシルクには、「結合の手」として機能する非天然型アミノ酸4-アジドフェニルアラニン(AzPhe)が組み込まれています。このようなシルクは、AzPheを基質として認識する改変タンパク質(PheRS変異体5))の遺伝子を導入した遺伝子組換えカイコに、AzPheを含む飼料を与えることで得られます(図2)。
今回、AzPheの認識効率が高くなるPheRS遺伝子の変異部位を見出し、その変異をもつ遺伝子をカイコに導入することで、「結合の手」であるAzPheのシルクへの組み込み効率を約30倍に高めることに成功しました(表1; H06及びH07系統)。

本技術の特長
  • 「結合の手」に、副反応がなく安全性の高い化学反応(クリック(click)反応6))を用いて機能分子をつなげることで、単一のシルクから様々な性質をもつシルクを簡便・迅速に作出できます(図1)。
  • 通常の遺伝子組換えでは不可能な、合成色素や薬剤、合成ポリマーなどタンパク質以外の物質を結合できるため、より多様な機能化が可能です。
  • 「結合の手」のシルクへの組み込み効率アップにより、大幅なコストダウンが達成されました。
  • 「結合の手」をもつシルクのまゆは、通常の遺伝子組換えまゆに対して10~50%程度のコスト増で生産が可能です。
今後の予定・期待

本研究により、シルクの性質を改変・制御する新たな手法が開発できました。本手法を用いれば、例えば、繰り返し洗濯しても色落ちしにくいカラーシルク、保湿成分や抗菌成分などを安定的に結合させたシルクなど衣料用やインテリア用の素材や、薬剤を付加した創傷治癒フィルムなど医療分野への展開が期待されます。今後は、民間企業との共同研究や外部資金の活用により、本研究の成果を社会に還元するための取り組みを積極的に進めます。

用語の解説

1)遺伝子組換えカイコ
カイコが紡ぎ出すシルクはタンパク質でできています。一頭で300 mgものシルクを作り出すカイコの優れたタンパク質生産能力が注目され、2000年にカイコでの遺伝子組換え技術が開発されました。この技術により、目的とする機能をもつペプチドやタンパク質の遺伝子をシルク遺伝子に融合・改変し、これを遺伝子組換えカイコで発現させることによってシルクの性質を改変したりすることができるようになりました。

2)非天然型アミノ酸
タンパク質は20種類の標準アミノ酸が連なってできています。一部の例外を除いて、それら以外のアミノ酸がタンパク質合成に用いられることはありません。非天然型アミノ酸とは、通常はタンパク質合成に用いられることのないアミノ酸を指し、天然のアミノ酸には存在しない様々な官能基をもつものが知られています。

3)化学修飾法
アミノ基やチオール基などタンパク質中の官能基に対する化学反応により、目的とする機能分子をタンパク質に結合させる方法です。様々な反応が開発されてきていますが、タンパク質中の狙った部分だけを選択的に反応させるのは一般的に困難です。

4)遺伝子組換え法
ある生物由来のタンパク質の遺伝子を取り出し、必要に応じて改変し、それを宿主となる生物(大腸菌・酵母・カイコなど)に導入して発現させることにより目的のタンパク質を生産する方法です。

5)PheRS変異体:フェニルアラニル-tRNA合成酵素変異体
PheRSは、tRNAと呼ばれる細胞内の運び屋にアミノ酸を結合させる働きをもつアミノアシル-tRNA合成酵素の一種です。20種類の標準アミノ酸のうちフェニルアラニン(Phe)のみを選択的に認識し、Phe専用のtRNAに結合させます。Pheの選択的認識に関与する領域を改変することによって、AzPheなどのPheに構造が類似した非天然型アミノ酸を認識できる変異体を作出することができます。

6)クリック(click)反応
シートベルトのバックルなどが「カチッと音を立てて(clicking)」つながるさまをたとえて命名された、どのような条件下でも特定の相手とのみ高効率に結合する化学反応の総称です。その代表例が、アジド基とアルキン基との間で起こる選択的な反応です。穏和な条件下で進行し、副反応や副生成物のないクリーンな反応のため、生きた細胞内で行うこともできます。

発表論文

Teramoto H, Amano Y, Iraha F, Kojima K, Ito T, Sakamoto K “Genetic code expansion of the silkworm Bombyx mori to functionalize silk fiber”ACS Synthetic Biology (DOI: 10.1021/acssynbio.7b00437)

参考図


図1. 「結合の手」をもつシルクへの機能分子の付加
(A) クリック反応の模式図
(B) 蛍光色素を結合させた例:「結合の手」に色素や薬剤など望みの機能分子をつなげることで、単一のシルクから様々な性質をもつシルクを作出できます。


図2. 非天然型アミノ酸を組み込んだシルクの生産


1) 乾燥状態の飼料に対する重量%
2) シルク1分子あたりに組み込まれるAzPheの数
3) カイコ1頭あたりのシルク(フィブロイン)生産量(mg)

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1204農業及び蚕糸
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