磁気光学効果の新たな起源を解明

ad
ad

-反強磁性金属での磁気光学カー効果を世界で初めて観測-
2018年1月29日 東京大学 東京大学物性研究所 理化学研究所 科学技術振興機構

ポイント

  • 反強磁性金属における自発的な磁気光学カー効果を世界で初めて観測した。
  • 観測した磁気光学カー効果の微視的な起源が、磁気八極子によるものであることを解明し、磁気八極子を持つ反強磁性ドメインのイメージングに室温で成功した。
  • 反強磁性ドメインの非破壊・非接触な直接観察手法の確立は、反強磁体での機能を開拓する上で非常に重要な成果であり、熱電変換素子や磁気デバイス開発の急速な進展が期待される。

東京大学物性研究所(所長:瀧川 仁)の肥後 友也 特任研究員、中辻 知 教授らの研究グループは、理化学研究所 創発物性研究センター 計算物質科学研究チーム、米国の研究グループと協力して、室温において自発的に磁気光学カー効果注1)を示す反強磁性注2)金属の開発に世界で初めて成功しました。

開発したマンガンとスズからなる金属間化合物Mn3Snは、互いを打ち消しあうように配置された複数のスピンから構成される「クラスター磁気八極子注3)」というスピン秩序構造を持つ反強磁性体です。今まで無磁場かつ磁化を持たない反強磁性状態では、光-磁気応答の1つである磁気光学カー効果は現れないと考えられていました。今回この常識を破り、磁気八極子を持つ反強磁性体において、磁場と磁化がゼロの状態においても磁気光学カー効果が現れることを見いだし、磁気八極子が作る磁気ドメインの直接観測にも成功しました。この発見により、磁気光学素子の新たな開発指針が築かれたとともに、今回確立した磁気光学カー効果を用いた非破壊・非接触な反強磁性ドメインの直接観察手法は、近年特に注目が集まっている反強磁性体を用いた熱電変換素子注4)やスピントロニクス素子といった、反強磁性ドメインの制御が重要となる次世代の磁気デバイス研究への広範囲な応用展開が期待されます。

本研究成果は国際科学雑誌「Nature Photonics」の2018年1月26日付けオンライン版に公開される予定です。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域(研究総括:谷口 研二、研究副総括:秋永 広幸)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号JPMJCR15Q5(研究代表者:中辻 知)ならびに文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J-Physics:多極子伝導系の物理」課題番号15H05882(研究代表:播磨 尚朝)における研究計画班「A01:局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号15H05883(研究代表者:中辻 知)の一環として行われました。本研究成果は、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 所長)の助成を通して、海外の研究者との共同研究・交流により研究を展開させていった中で得られたものです。

<研究の背景と経緯>

磁気光学カー効果/ファラデー効果は、磁性体に直線偏光注5)した光を当てた際に、磁性体の磁化の向きに応じて反射光/透過光の偏光面が回転する現象です。これらの線形磁気光学効果は、光磁気ディスクや通信線路などで用いられる光アイソレータをはじめとした磁気光学素子の原理であるほか、磁気特性や電子状態といった基礎物性や磁気ドメイン(スピンが整列した領域)を非破壊・非接触で観察する手段として、物質中のスピンが一様な方向に揃うことで大きな磁化を示す強磁性体で活発に研究が行われています。中でも、磁気光学カー効果は物質表面で起こる現象のため、体積が小さく磁化測定が困難な薄膜形状の強磁性金属での磁気特性評価に適しており、熱電変換素子やスピントロニクスデバイスの研究に広く用いられています。

これらのデバイス開発では、近年、強磁性体だけでなく反強磁性体(とりわけ、電気を流すことが可能な反強磁性金属)にも注目が集まっています。その理由は、反強磁性体には「(1)漂遊磁界注6)がゼロ(非常に小さい)のため、隣接する素子への磁気的な影響が極めて小さい。(2)数ピコ秒(強磁性体の約1/100)の高速なスピン応答が可能である。」という特性があり、熱電変換素子の高集積・大面積化や不揮発性メモリと呼ばれる次世代記憶素子などの高集積・高速化を行う上で非常に有用であるためです。その一方で、反強磁性体では、隣り合うスピン同士が反平行や互いを打ち消しあうように配列することで磁化の総和がゼロ、もしくは非常に小さい値となっています。そのため、強磁性体で一般的に用いられている手法では、光・熱・電気などの外場の反強磁性スピン構造に対する応答の検出・制御は困難であると考えられており、実際に磁化がゼロとなる反強磁性体における磁気光学効果の報告はされていませんでした。反強磁性体を用いたデバイス開発を行う上で、光などの外場に対する巨大な応答の検出とその制御方法に関する技術革新が望まれています。

<研究の内容>

本研究グループでは、これまでにもマンガンとスズの化合物である反強磁性金属Mn3Snに着目して研究を行っており、室温で巨大な異常ホール効果注7)や異常ネルンスト効果注8)が自発的に現れることを観測するなど、反強磁性体における電気-磁気・熱-磁気応答の機構解明につながるような学術的な成果を上げてきました。今回、その一連の物性探索の中で、反強磁性金属において自発的に現れる磁気光学カー効果の室温での検出と制御に世界で初めて成功しました。また、その微視的な起源が、磁化の総和をゼロとするように配置された複数のスピンから構成されるクラスター磁気八極子であり、磁気光学カー効果が現れないと考えられていた無磁場かつ磁化ゼロの反強磁性状態においても巨大なカー回転が現れることを明らかにしました(図1)。

Mn3Snはカゴメ格子と呼ばれるカゴの網目のような格子が2層積層した構造をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点に配置されています(図2a)。この時、隣り合うスピンが互いに反対方向を向こうとする力が働くことで、それぞれが120度傾いた状態で安定になります。また、2層のカゴメ格子に3種類のスピンが6つ配置された単位構造に注目してみると、クラスター磁気八極子と呼ばれる複数のスピンで構成される新しい自由度を持っていることがわかります(図2b、注4)。このスピン構造(磁気八極子)は10ミリテスラ(mT)という非常に小さい外部磁場をかけることで操作が可能で、磁気八極子の反転に伴って、上述の異常ホール効果や異常ネルンスト効果が制御できることが予想されていました。

今回、本研究グループがMn3Snでの磁気光学カー効果を測定した結果、室温・ゼロ磁場下で約20ミリ度という強磁性体にも匹敵するほど大きな反射光の偏光面の回転(カー回転) が現れ、その回転角の符号が10mT程度の磁場で制御できることを観測しました(図3a)。このカー回転角は、レーザー光源として広く用いられているダイオードの発振波長に近い600nm程度で最大値を示します(図3b)。また、Mn3Snは強磁性体の1/1000と非常に小さい有限の磁化を持っていますが、理論計算との比較により、今回観測された磁気光学カー効果はこの微小な磁化の有無によらず、クラスター磁気八極子がその微視的な起源であることを解明しました。さらに、磁気光学カー効果を偏光顕微鏡で観察することにより、磁気八極子を持つ反強磁性ドメイン(≒カー回転角の正負の符号)の反転に伴ったコントラストの変化(灰色⇔黒色)をイメージングすることにも成功しました(図4)。

現在、漂遊磁界がゼロ・高速応答が可能な磁気デバイス開発への期待から、機能性反強磁性体に関する研究が盛んに行われています。中でも、強磁性体に匹敵する電気-磁気応答・熱-磁気応答・光-磁気応答特性の開拓に特に注目が集まっており、これらの特性を創出する起源と考えられているクラスター磁気多極子秩序の機構解明と、その観測・制御方法の確立が望まれています。本研究において行われた反強磁性体での磁気八極子由来の巨大な磁気光学効果の観測や、反強磁性ドメインのイメージングは反強磁性体を用いたデバイス研究への広範囲な応用展開が期待されます。

<今後の展開>

本研究成果は、これまでの磁気光学効果の理解を飛躍的に進める革新的な成果と言えます。

反強磁性体において、磁気光学カー効果を用いた高密度・高速駆動が可能な磁気光学素子などの開発が進んでいくことが期待されます。また今回、磁気光学効果が電気を流すことができる「金属」で観測されたことから、電流駆動された反強磁性ドメインを直接観察するなどの光・磁気・電気の協奏により創発される新たな反強磁性機能の開拓が可能となります。

通常、反強磁性体の磁気ドメインの可視化には中性子散乱や放射光実験が行える巨大施設が必要でしたが、卓上で、かつ、試料を非破壊・非接触で測定可能な磁気光学カー効果による反強磁性ドメインのイメージングは、近年活発に研究が行われている反強磁性金属を用いた磁気デバイスの特性を評価する上でも非常に有用な技術であり、本手法を用いた研究が急速に進んでいくことが期待されます。反強磁性金属の具体的な応用例の1つである、熱から電気を作る「異常ネルンスト効果」を用いた熱電変換素子は、漂遊磁界による電子機器への影響が小さく、素子の大面積化/高密度化による発電量/起電力の増強が期待できることから、環境の中の未利用エネルギーを集めて電気に変換するエネルギーハーヴェスティング分野において注目が集まっています。異常ネルンスト効果をもたらす反強磁性スピン構造や磁気ドメインダイナミクスの理解は、熱電素子などのデバイス開発をさらに発展させる上で、非常に有用な結果であるといえます。本結果は、新たに磁気光学カー効果を示す反強磁性体を開発する上での指導原理となるだけでなく、大きな異常ネルンスト効果による熱電材料の開発に、磁気八極子を持つ反強磁性体が有力な候補となることを示すという意味で、エネルギーハーヴェスティング材料開発に指針を示す成果です。

タイトルとURLをコピーしました