2021-10-29 岡山大学,東京大学
発表のポイント
- ケイ素はイネの健全な生育に欠かせない栄養素で、Lsi1というケイ酸チャネルタンパク質によって根から吸収されますが、その立体構造がわかっていませんでした。
- Lsi1タンパク質の立体構造を高解像度で解明し、その選択的吸収機構を突き止めました。
- Lsi1タンパク質を立体構造に基づいて改変すれば、安定・安全な作物の作出に役立つことが期待されます。
岡山大学異分野基礎科学研究所の菅倫寛准教授、齊藤恭紀特任助教、同大資源植物科学研究所の馬建鋒教授、三谷奈見季准教授らの共同研究グループは、東京大学先端科学技術研究センターの斉藤圭亮准教授、石北央教授と共同で、イネ由来ケイ酸チャネルLsi1の立体構造を1.8 Å(1 Å = 1×10–10 m)の解像度で決定しました。立体構造からLsi1がケイ酸を選択的に吸収する分子メカニズムが明らかになりました。
本研究成果は、日本時間10月29日(金)午後6時(英国時間:29日午前10時)、英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。
イネは根から大量のケイ素を取り込んで蓄積し、倒伏、害虫、病原菌などの各種ストレスから自身を保護しています。植物が根から栄養素を吸収する輸送体の立体構造を深く理解し、コントロールできれば、作物の生産性の安定や安全性の向上に役立つことが期待されます。
発表内容
現状
植物は土壌からケイ素(Si)をケイ酸[1][Si(OH)4]の形で吸収して体内に蓄積し、表面にシリカSiO2として沈着させることで害虫や病原菌などの生物学ストレスや高温、乾燥、倒伏などの非生物学ストレスに対して耐性を獲得しています。そのなかで、特にイネは大量のケイ酸を吸収・蓄積することが知られており、美味しい米を安定して生産するために田んぼではケイ酸質肥料が広く使われています。2006年に岡山大学の馬建鋒教授らはイネの根で発現するLsi1(Low silicon rice 1)と呼ばれるケイ酸チャネルタンパク質を発見しました。このチャネルはケイ酸を効率良く取り込むために必要で、Lsi1が機能しない変異体イネ(lsi1)では深刻な生育障害が起きます(図1)。しかし、Lsi1の立体構造がわかっておらず、ケイ酸取り込みの詳細なメカニズムは謎でした。
研究成果の内容
岡山大学の異分野基礎科学研究所の菅倫寛准教授らと同大資源植物科学研究所の馬建鋒教授らのグループは東京大学先端科学技術研究センターの斉藤圭亮准教授、石北央教授と共同で、イネ由来のケイ酸チャネルLsi1の立体構造をX線結晶構造解析[2]と呼ばれる手法を用いて1.8 Å(1 Å = 1×10–10 m)の解像度で決定し、その輸送基質の選択性を解明しました。その結果、イネの根では4つのLsi1が集合して機能しており、それぞれのLsi1にケイ酸が透過する穴(チャネル)が見つかりました(図2a)。このチャネルのもっとも狭くなっている部分に注目すると、Lsi1では5つのアミノ酸[3]によって取り囲まれていました(図2b)。Lsi1と進化上共通の祖先をもつ水チャネル(アクアポリン[4])では該当部分は4つのアミノ酸によって取り囲まれていますが(図2c)、Lsi1では5つ目のアミノ酸(65番目のThr)が別に存在し、そこに水分子が結合することでケイ酸が透過するのに最適なかたちをしていることがわかりました(図2b)。そこで今回新たに見つかった5つ目のアミノ酸を人為的に変えてLsi1の機能を調べたところ、この部分がケイ酸の透過に重要であることが確認されました。さらに理論化学計算によってケイ酸の透過の分子メカニズムを検証したところ、Lsi1の5つ目のアミノ酸と水分子の役割がうまく説明できました。
アクアポリンの発見が2003年のノーベル化学賞に選ばれているように、細胞への水や物質の取り込みは生物学の重要な研究テーマとなっています。今回の研究は、イネLsi1の立体構造を明らかにしただけではなく、アクアポリンが透過する物質を決める要因として5つのアミノ酸が関わることを示した初めての例になります。
社会的な意義
植物は生育に必要なミネラルを根から吸収することで変動する環境や様々なストレスに柔軟に対応しています。また私たちは作物を摂取することで栄養を得て、その恩恵を受けています。一方で、植物が人体に有害な金属を区別できずに吸収してしまい、私たちが食物として摂取することで健康を損なうことも報告されています。植物のミネラル輸送体の立体構造を解明し、植物におけるミネラル吸収の分子メカニズムを深く理解することによって、輸送体を自在にコントロールできれば、作物の生産性の安定や安全性の向上に役立つことが期待されます。
図1. ケイ素欠損変異体と野生型イネの比較
Lsi1が機能しない変異体イネ(lsi1)(左)と野生型イネ(右)を同じ田んぼで栽培したもの。野生型イネはケイ素を吸収してぐんぐんと伸びて稲穂を実らせるが、ケイ素欠損変異体は生育阻害のために矮小化し穂も黒くなっている。撮影、馬建鋒。
図2. ケイ酸チャネルLsi1の立体構造と水チャネルとの比較
(a) Lsi1の立体構造を細胞の外側の向きから見たものを分子表面図(左)およびリボン図(右)で表示させた。実際の大きさのおよそ1000万倍に拡大して表示している。生体内では4つのLsi1が集合して機能しており、Lsi1の単量体ごとに色分けしている。Lsi1にある、ケイ酸が透過する穴の位置を赤い星印で示した。ケイ酸チャネル(b)と水チャネル(c)のもっとも狭くなっている領域の比較。水チャネルでは水が通る場所(黒色三角印)は4つのアミノ酸が取り囲んで狭くなっているが、ケイ酸チャネルではケイ酸が通る場所(赤色星印)は4つのアミノ酸に加えて5つ目のアミノ酸である65番目のスレオニン(Thr 65)に取り囲まれて大きく広がっていており、Thr 65に水分子が結合した特殊な構造をしている。
論文情報
- 論文名:ldquo;Structural basis for high selectivity of a rice silicon channel Lsi1
「イネ由来ケイ酸チャネルLsi1の高いケイ酸選択性の構造基盤」 - 掲載紙:Nature Communications
- 著者:Yasunori Saitoh, Namiki Mitani-Ueno, Keisuke Saito, Kengo Matsuki, Sheng Huang, Lingli Yang, Naoki Yamaji, Hiroshi Ishikita, Jian-Ren Shen, Jian Feng Ma, and Michihiro Suga
- DOI:10.1038/s41467-021-26535-x
研究資金
本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「特別推進研究」(課題番号:JP16H06162)、「基盤研究S」(課題番号:JP21H05034)、「研究活動スタート支援」(課題番号:JP17H06879)、「若手研究」(課題番号:JP19K16056)、「基盤研究B」(課題番号:JP18H01186、JP20H03217)新学術領域研究(課題番号:JP16H06560、JP18H05155、JP20H03217、JP20H050590)等の支援を受けて実施しました。
補足・用語説明
[1]ケイ酸
ケイ素(Si)は地殻中で2番目に豊富に存在する元素で地中などに大量に含まれている。自然界ではおもにシリカ(SiO2)として存在するが、水に溶けるとケイ酸[Si(OH)4]になる。ケイ酸はケイ素原子が4個の酸素原子によって囲まれた四面体構造をとり、特殊な高アルカリ条件下を除いて、電荷を持たない状態で存在する。
[2]X線結晶構造解析
原子と原子との結合距離は1 Å(1 Å = 1×10–10 m)程であり可視光(400-800×10–9 m)よりもはるかに短いため、光学顕微鏡で拡大して観察することができない。このため、分子の形を詳細に観察するために、分子を結晶化して可視光よりも波長の短いX線を照射することで立体構造を決定するX線結晶構造解析という手法が用いられている。
[3]アミノ酸
タンパク質の構成単位。20種類のアミノ酸が数珠つなぎのように連結してタンパク質が構成されている。タンパク質を構成する全てのアミノ酸のうち、アミノ基を持つ先頭のアミノ酸を1番目として、カルボキシ基の末端までの位置関係を数字で表現する。例えばLsi1で見つかった特別な構造を形成するThr 65はアミノ末端から数えて65番目にあるスレオニン(Threonine)を表す。
[4]アクアポリン
細胞の膜に存在するタンパク質で、水分子を選択的に効率良く透過させる性質を持っており、細胞への水の取り込みに関与している。Lsi1と同じMIP(major intrinsic proteins)ファミリーに属し、進化上共通の祖先をもつ。アクアポリンの発見により、ピーター・アグレ氏は2003年にノーベル化学賞を受賞した。
お問い合わせ
岡山大学 異分野基礎科学研究所 准教授 菅 倫寛(すが みちひろ)
岡山大学 資源植物科学研究所 教授 馬 建鋒(ま けんぼう)
東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 斉藤 圭亮(さいとう けいすけ)