有機無機ペロブスカイトの光誘起構造変化を観測~次世代太陽電池の性能向上に期待~

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2021-10-19 神戸大学

有機無機ペロブスカイト注1)は次世代の太陽電池・発光デバイス材料として注目されています。しかし、光を照射することで組成や構造が変化するなど、化学的安定性の向上が課題です。今回、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの立川貴士准教授のグループと、国立研究開発法人物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の冨中悟史主幹研究員を中心とする研究チームは、複数種のハロゲン化物イオンを含むペロブスカイトを対象に、光照射による発光特性の変化がサブオングストローム(Å)レベル注2)のごく僅かな結晶構造の変化によって起こることを見出しました。また、この構造変化は、結晶表面の格子欠陥注3)を不活性化することで抑制できることがわかりました。これらにより、様々なハロゲン組成を有するペロブスカイトを用いたデバイスの応用開発が進むことが期待されます。

本研究は、理化学研究所計算科学研究センターの中嶋隆人チームリーダー、松岡貴英特別研究員、高輝度光科学研究センターの尾原幸治主幹研究員らとの共同研究であり、この成果は令和3年10月12日(現地時間)に米国化学会誌「ACS Energy Letters」のオンライン版で公開されました。

研究の背景

有機ハロゲン化鉛ペロブスカイト(例えば、CH3NH3PbX3(X = Cl, Br, I))に代表される、いわゆる有機無機ペロブスカイトは、高効率な太陽電池材料として世界の注目を集めています(図1)。ハロゲン化物イオンの種類や組成を変えることで発光色を調整できることから、ディスプレイやレーザーなどの発光デバイスへの応用も期待されています。一方で、ハロゲン混合型ペロブスカイト(例えば、CH3NH3PbBr1.5I1.5)には、光を照射することでハロゲン化物イオンの空間分布が変化する、いわゆる「光誘起相分離」が起こり、デバイス性能が低下するという欠点があります(図1)。

有機無機ペロブスカイトの光誘起構造変化を観測~次世代太陽電池の性能向上に期待~

図1. ハロゲン混合型有機無機ペロブスカイトにおける従来の光誘起相分離モデル

光照射によって結晶中の臭化物イオン(Br)とヨウ化物イオン(I)が入れ替わりBrリッチ相とIリッチ相が形成することで発光波長が変化すると考えられている。光照射で生成した電荷がBrリッチ相からIリッチ相に移動することでエネルギーを損失してします。

研究の内容

本研究では、従来の光誘起相分離モデルとは異なり、CH3NH3PbBr1.5I1.5ナノ結晶注4)(図2A)への光照射によって結晶構造が局所的に歪むだけで発光波長が大きく変化することを見出しました(図1)。

まず、一つ一つのナノ結晶が発光する様子について蛍光顕微鏡を用いて観測したところ、光照射により長波長側に新たな発光ピークが出現することがわかりました(図2B)。このスペクトル変化は、これまで光誘起相分離を示唆する挙動であると考えられてきました。ペロブスカイトの結晶内部でどのような構造変化が起こっているのか、を調べるために、大型放射光施設SPring-8注5)のBL08Wにおける高輝度放射光を用いたX線全散乱測定を行いました。すると、光照射下でもハロゲン化物イオン(BrおよびI)の位置は大きく入れ替わっておらず、発光特性の変化は相分離によるものではないことがわかりました。詳細に解析を行ったところ、光照射によってPb2+イオンとハロゲン化物イオンからなる八面体ユニットがわずかに歪み、結晶構造の対称性が変化していることがわかりました(図2C)。第一原理電子状態計算注6)からも、この対称性の破れを伴う原子配置の変化がペロブスカイトの電子状態に影響し、発光の長波長化を引き起こしていることが示唆されました。

観測された局所的な構造変化は光誘起相分離の初期過程であると考えられ、結晶中の格子欠陥によっても促進されます。実際に、結晶表面を高分子材料で被覆し、不活性化することで、発光変化を大きく抑制できることがわかりました。これらの結果から、ハロゲン混合型ペロブスカイトの光安定性を向上させる鍵の一つは、サブÅスケールで起こる結晶構造変化の抑制にあるといえます。

図2. ハロゲン混合型ペロブスカイトの発光挙動と新たな光誘起構造変化モデル

(A)紫外光照射下で撮影したハロゲン混合型ペロブスカイトの分散液。(B)発光スペクトルの変化。光照射により長波長発光種が生成。暗闇下で元の発光スペクトルに戻る。(C)PDF解析注7)から得られた構造変化モデル。八面体ユニットの空間配置がわずかに変わることで発光色が可逆的に変化する。

今後の展開

今回初めて観測されたハロゲン混合型ペロブスカイトの構造変化挙動は、デバイス性能に大きく影響する光誘起相分離現象のメカニズム解明につながる知見です。また、この特徴を活かすことで、光刺激によって発光特性や強誘電性を高速に制御できる新たなオプトエレクトロニクス素子の開発が期待されます。

用語解説
注1)有機無機ペロブスカイト
有機物と無機物のイオンからなるペロブスカイト型化合物。代表的なハロゲン化鉛有機ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、有機イオン、ハロゲン化物イオン、鉛イオンからなる。一般に、ペロブスカイトとはチタン酸カルシウム(CaTiO3)のように、ABO3(Aは2価、Bは4価の金属イオン)であらわされる化合物の総称である。
注2)サブÅ
0.1 ナノメートル以下の長さスケール。1ナノ(10−9)メートルは10億分の1mである。
注3)ナノ結晶
ナノメートルスケールの微結晶。本研究では約20ナノメートルの結晶を用いた。
注4)格子欠陥
結晶を形成する結晶格子の規則性の乱れたところ。ハロゲン化物ペロブスカイトでは、ハロゲン化物イオンが欠損し、 生じた空孔が様々な特性に影響することが知られている。
注5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
注6)第一原理電子状態計算
実験データや経験パラメータを使わないで電子状態計算をする方法。
注7)PDF(二体分布関数)解析
PDFは回折法とほぼ同じ 100 年以上の歴史があり、原子(電子や核)による散乱を利用した解析手法である。散乱の干渉をフーリエ変換によって、原子ペアの距離と密度の情報を直接得ることで解析を行う。
特記事項

本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金「基盤研究(B)」(課題番号:JP18H01944)、「基盤研究(C)」(課題番号:JP18H05192)、「新学術領域研究(研究領域提案型)」(課題番号:JP18H04517、JP20H04673)の支援を受け実施しました。また、放射光測定はJASRIの支援を受け、SPring-8のビームライン08Wにて実施しました(2017A1207, 2018A1304, 2018B2095)。

論文情報
タイトル
Dynamic Symmetry Conversion in Mixed-Halide Hybrid Perovskite upon Illumination
(ハロゲン混合型ハイブリットペロブスカイトにおける光誘起動的対称性変換)
DOI:10.1021/acsenergylett.1c01798
著者
Satoshi Tominaka, Izuru Karimata, Takahide Matsuoka, Moeri Sakamoto, Takahito Nakaji-ma, Koji Ohara, Takashi Tachikawa
掲載誌
ACS Energy Letters
0500化学一般
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