化学反応の”峠”を高い成功率で効率よく見つけ出す計算手法を開発~従来法比5~7割の計算削減~

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2024-03-22 分子科学研究所

【発表のポイント】
  • ・化学反応は化学の主役であり、その峠である遷移状態の知見は反応の深い理解につながる
  • ・コンピュータによる遷移状態探索は計算量が多くなりがちである
  • ・本研究の新手法は従来法比5~7割の計算削減を達成した
  • ・これまでより速く遷移状態を探索することが出来るようになり、多くの物質科学研究の加速が期待される
【概要】

分子科学研究所/総合研究大学院大学の甲田信一助教と斉藤真司教授は、化学反応の峠に相当する遷移状態を高い成功率で効率よく探索する新たな計算手法を開発しました。本研究の手法はほとんど失敗することなく従来法比5~7割の計算削減を達成しました。
本研究成果は、国際学術誌『Journal of Chemical Theory and Computation』に、2024年3月21日付でオンライン掲載されました。

1.研究の背景

化学反応ではエネルギー的に安定な物質が不安定な状態を経て別の安定な物質に変化します。この際、物質はできるだけエネルギーが低い状態を経ようとします。これは我々が山を越える際に標高差が少なくなるよう峠を通ることに相当します。したがって化学反応における峠-遷移状態※1-の知見は反応の仕組みの深い理解につながります。ただし遷移状態は不安定であるため実験的な観測や同定は難しく、そのため、コンピュータによる探索がしばしば行われます。
コンピュータによる遷移状態探索の問題点は計算量の多さにあります。以下では、反応物※2と生成物※3が既知である場合に使用される代表的な従来手法のNudged Elastic Band (NEB) 法を、山脈で隔てられた二つの町(反応物と生成物)の中間にある峠(遷移状態)を暗闇の中で探す話に置き換えて説明します(図1左、標高は緑(低所)→黄色→茶色→白(高所))。


図1:遷移状態探索の模式図。(左)従来法(NEB法):多数の計算点が経路上をくまなく探索する。(右)新手法:少数の計算点が遷移状態周辺を集中探索する。


まず二つの町(図1黒点)を結ぶ線上に作業員を等間隔に配置します。隣り合う作業員は伸縮するロープで結び(図1黒線)、移動しても等間隔を保てるようにします。各作業員は自分のいる場所の傾斜を測定し、傾斜の下る方向とロープの方向がそろうように少し移動します(図1矢印)。そして、完全にそろうまで測定と小移動を繰り返します。すると最終的に峠を通る経路が見つかります。さて、傾斜の測定(化学反応でいえば物質のエネルギー勾配の計算)に費用が毎回掛かるとすると、この探索方法だと総費用が大きくなります。というのも経路上をくまなく探索するために何人もの作業員を配置する必要があるからです。また、移動の際は隣の作業員との位置関係を考慮する必要があり(変分的※4ではない)、一人当たりの移動回数も多くなります。
そこで本研究ではこれらの問題を解決し計算量を抑える新手法の開発を目指しました。

2.研究の成果

本研究の新手法は以下の手順で峠を探します(図1右)。
まず少人数の作業員(例えば3人)を配置しロープでつなぎます(等間隔である必要はありません)。各作業員は標高と傾斜を測定します。そして各々ロープを縮めつつ斜面を少し下ります。この際、標高が高い人ほど多く下るようにします。次に、ロープに沿って標高が高いほうに少し移動し、作業員の間隔を狭めます。この測定と小移動を繰り返すと最終的に3人の作業員は峠の近くに集まることになります。この方法だと作業員も少なく済み、移動も隣の作業員を気にすることなく単に傾斜を下るだけ(変分的)なので一人当たりの移動回数も少なく済みます。結果として、傾斜測定の総回数、つまり遷移状態探査に必要な総計算量を抑えることができます。
本研究では新手法の性能評価も行いました。ここでは各種の代表的な化学反応からなる121個の反応の遷移状態を探索しました。まず本研究の新手法は98%の反応で正しい遷移状態を見つけました。これは従来手法のNEB法(75%)より高く、改良版NEB法(98%)と同等の水準です。また総計算量はNEB法および改良版NEB法と比較して、それぞれ約7割減、5割減という大幅な計算効率の向上が確認できました。
本研究の新手法を実装した計算プログラムは github.com/shin1koda/dmf にて公開されています。このプログラムはプログラム言語Pythonで書かれており、Atomic Simulation Environment (ASE)※5を介し、好みの物質科学計算ソフトウェアと反応物/生成物を指定するだけで遷移状態を容易に探索できるよう設計されています。

3.今後の展開・この研究の社会的意義

本研究の新手法によって生成物と反応物が既知である場合の遷移状態探索が簡便かつ短時間になります。それにより従来法に比べて研究開発にかかる時間や計算資源の大幅な節約が可能となり、それだけ多くの物質科学研究が加速することが期待されます。

4.用語解説

※1 遷移状態
化学反応において、最もエネルギー変化が少ない反応経路の中で最もエネルギーが高い状態。反応速度など化学反応の進みやすさを表す量と密接な関係がある。

※2 反応物
化学反応が生じる前の状態。例えば、炭素の燃焼反応では炭素と酸素が反応物である。

※3 生成物
化学反応が生じた後の状態。上記の燃焼反応の例では二酸化炭素が生成物である。

※4 変分的
経路を変数とする関数の最小化問題として定式化されていること。効率よく問題を解くことが可能。

※5 Atomic Simulation Environment (ASE)
各種の物質科学計算ソフトウェアの入力作成・実行・出力読取・描画などを一元的に行うPythonパッケージ。物質科学計算の補助的役割を担う。

5.論文情報

掲載誌:Journal of Chemical Theory and Computation
論文タイトル:
“Locating Transition States by Variational Reaction Path Optimization with an Energy-Derivative-Free Objective Function”(「エネルギー微分を含まない目的関数を持つ変分的反応経路最適化による遷移状態探索」)
著者:Shin-ichi Koda and Shinji Saito
掲載日:2024年3月21日(オンライン公開)
DOI:10.1021/acs.jctc.3c01246

6.研究グループ

分子科学研究所

7.研究サポート

本研究は、科研費(若手研究22K14652、挑戦的研究(開拓) 23K17361)の支援の下で実施されました。本研究の計算には自然科学研究機構岡崎共通研究施設・計算科学研究センターを用いました(課題番号:23-IMS-C196)。

8.研究に関するお問い合わせ先

甲田 信一(こうだ しんいち)
分子科学研究所/総合研究大学院大学、助教

斉藤 真司(さいとう しんじ)
分子科学研究所/総合研究大学院大学、教授

9.報道担当

自然科学研究機構・分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係

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