球形コロイド粒子の回転運動に迫る

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2021-06-16 東京大学

○発表者:
田中  肇(東京大学 名誉教授/研究当時:東京大学 生産技術研究所 教授/現在:東京大学 生産技術研究所 シニア協力員;同 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))
デューレン ルール(オックスフォード大学 化学科 教授)

○発表のポイント:
◆共焦点顕微鏡(注1)による一粒子レベルでの3次元観察は、コロイド分散系(注2)の構造やダイナミクスの研究に多大な貢献をしてきた。しかしながら、これまでは球形コロイド粒子の回転運動を見ることはできなかったが、今回初めて高密度のコロイド分散系においてその観察に成功した。
◆偏芯した位置に蛍光標識されたドットを内包させた、別の色で蛍光標識された球系コロイド粒子の合成と、その回転を検出する新たなアルゴリズムの開発により、コロイドの回転のダイナミクス、流体力学的相互作用を介した多粒子間での回転の動的な結合、さらには粒子間の接触摩擦を直接測定することに成功した点に新規性がある。
◆本研究により達成された、多粒子コロイド系における一粒子レベルでの粒子回転の実時間捕捉は、コロイドや粒状物質における様々な複雑なレオロジー現象の解明に寄与するものと期待される。

○発表概要:
田中 肇 東京大学名誉教授(研究当時:生産技術研究所 教授/現在:同研究所 シニア協力員;先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))、オックスフォード大学のデューレン ルール 教授、柳島 大輝 研究員(研究当時、現:京都大学 大学院理学研究科 助教)、リュー ヤンヤン 大学院生の共同研究グループは、これまで直接観察が困難であった球形コロイド粒子の回転運動の測定に挑戦すべく研究を行った。コロイド分散系は、粒子の大きさが原子などに比べはるかに大きいため、構造やダイナミクスの素過程に直接アクセス可能であるという大きな特徴をもつ。そのため一粒子レベル分解能を持つ共焦点顕微鏡による実時間3次元観察は、結晶化、ゲル化、ガラス化といった基本的な非平衡相転移現象の解明に大きく貢献してきた。これまでこのような研究は、主に蛍光標識された球形コロイド粒子の重心の並進運動を捕捉することにより行われてきた。しかしながら、球形のコロイドの場合、その球対称性のため、このような方法では回転運動を観察することは困難であり、コロイドの回転ダイナミクスに関する理解は大きく遅れていた。
この困難を克服すべく、同グループは蛍光標識された球形のコロイドの中に、別の色で蛍光標識された球形ドットを偏芯させた状態で作成した。この操作を全粒子に対し均一に行う方法を開発するとともに、コロイド粒子全体の重心と球形ドットの重心を結ぶベクトルの運動として、重心まわりの回転運動を検知する解析アルゴリズムを開発することで、高密度のコロイド分散系の多数の粒子の回転運動を一粒子レベルで正確に捕捉することにはじめて成功した。
コロイド粒子は溶液中の多数の分子との衝突の時間的な揺らぎを反映して、ブラウン運動することが知られている。コロイド分散系の並進ブラウン運動については膨大な研究があるが、回転ブラウン運動も、密度の高い懸濁液においては局所的な流体力学的および摩擦的環境の影響を強く受けることが知られている。流体力学的な相互作用は、ソフトマター、生物系などにおける自己組織化プロセスに重要な役割を演じることが知られており、回転する粒子間の流体力学的相互作用が独特の力学的挙動を引き起こすことがある。さらに最近の研究では、コロイドの接触摩擦がレオロジー現象、特に流動下で不連続的に粘性が急上昇するシア・シックニング現象において重要な役割を演じることが指摘されているが、これまではコロイド分散系における回転摩擦を研究する実験的手段がなかった。
同グループは、独自に合成したコロイド粒子と新たな回転解析法により、荷電コロイド(注3)が自発的に形成した結晶において、結晶格子上に存在するコロイド粒子の回転運動が隣接した格子点のコロイドの回転運動と流体力学的な相互作用を介して動的に結合していることを明らかにした。また、密度の高い剛体球の結晶では、局所的な結晶的な秩序が高い場所にある粒子ほど、回転しやすいことや、隣の粒子との接触によりあまり動けなくなった粒子が、接触摩擦によりスティック・スリップ(注4)的な回転運動をすることを発見した。これらの発見はこれまでほとんど解明されていなかった、高密度微粒子中の球状粒子の局所的な回転運動の理解に新たな光を当てるものである。

本成果は2021年6月14日(米国東部夏時間)に「Physical Review X」のオンライン速報版で公開された。

○発表内容:
東京大学 生産技術研究所の田中 肇 教授、オックスフォード大学のデューレン ルール 教授らの共同研究グループは、これまで直接観察が困難であった球形コロイド粒子の回転運動に挑戦すべく研究を行った。
コロイド分散系は、粒子の大きさが原子などに比べはるかに大きいため、構造やダイナミクスの素過程に直接アクセス可能であるという大きな特徴をもつ。一般に、粒子のダイナミクスは、粒子サイズの3乗に比例して遅くなるので、1Å程度の大きさの原子の代わりに1µm程度の大きさのコロイド粒子を用いることで、ダイナミクスを1012倍遅くして観察することが可能となる。そのため一粒子レベル分解能を持つ共焦点顕微鏡による実時間3次元観察は、結晶化、ゲル化、相分離、ガラス化といった様々な基本的な非平衡相転移現象のダイナミクスの解明に大きく貢献してきた。これまでこのような研究は、主に蛍光標識された球形コロイド粒子の重心の並進運動を、共焦点顕微鏡により3次元的に捕捉することにより行われてきた。しかしながら、球形のコロイドの場合、その球対称性のため、このような方法では回転運動を観察することは原理的に困難であり、コロイドの回転ダイナミクスに関する理解は大きく遅れていた。つまり従来は、球形コロイド粒子が持つ並進と回転という運動の2種類の自由度のうち、並進の自由度しか見ることができなかったと言える。
この困難を克服すべく、同グループは蛍光標識された球形のコロイドの中に、別の色で蛍光標識された球形ドットを偏芯させて作成することを、ぬれ現象を利用した新たなコロイド合成手法により実現した。さらに、コロイド粒子の全体の重心と球形ドットの重心を結ぶベクトルの運動として、重心まわりの回転運動を正確に検知する解析アルゴリズムを開発した。これにより、コロイド分散系の多数の粒子の回転運動を一粒子レベルで同時に捕捉することにはじめて成功した。
コロイド粒子は溶媒を介して流体力学的に相互作用している。たとえば一つのコロイド粒子が回転するとその周りに流体の回転流れが誘起され、それがまわりの粒子の回転運動を誘起することは容易に想像できる。コロイド粒子は、外から外力をかけなくても、まわりの溶媒分子の熱運動の結果、いわゆるブラウン運動をする。コロイドが周りの分子との衝突によって受ける力積は、コロイドの並進的な運動を誘起するだけでなく、回転運動も誘起する。孤立したコロイド粒子の場合は、この運動はよく理解されているが、まわりに多くのコロイド粒子が存在する場合には、粒子の運動は流体の運動を介して複雑に結合することになる。このような多粒子間の流体力学的な相互作用は、ソフトマター、生物系などにおける自己組織化のダイナミクスに重要な役割を演じることが知られている。したがって、回転する粒子間の流体力学的相互作用が独特の力学的挙動を引き起こす可能性がある。また最近の研究では、コロイド間の固体的な接触摩擦がコロイド分散系の流動現象、特に不連続的の粘性が急上昇するシア・シックニング現象(有名な身近な例は、コーンスターチをかき混ぜていると固体的になる現象がある)において重要な役割を演じることが、数値シミュレーションなどを用いた研究により指摘されている。しかしながら、これまではコロイド分散系における回転運動に関する流体力学的結合や接触摩擦を研究する実験的手段がなかった。
そこで、同グループは、上述の独自に合成したコロイド粒子と新しい回転解析法により、荷電コロイドが自発的に形成した低密度の結晶において、結晶格子上に存在するコロイド粒子の回転運動が、隣接した格子点のコロイドの回転運動と流体力学的な相互作用を介して動的に結合していることを明らかにした。また、密度の高い剛体球の結晶では、局所的な結晶的な秩序が高い場所にある粒子ほど、回転しやすいことが明らかとなった(図1)。これは規則的な配列が粒子間距離を一定に保ってくれるため回転が容易になった結果として理解できる。結晶構造が乱れると、近接した粒子との強い相互作用の結果コロイドの回転は抑制されることになる。また、隣の粒子との接触によりあまり動けなくなった粒子が周りの粒子との接触摩擦を介して、少し動いては止まりまた動くという、スティックスリップ的な回転運動をすることを発見した。この観測結果は、通常のコロイド分散系の動的挙動を考える上では考慮する必要のなかった粒子間摩擦が、粒子間の接触が起きるような状態においては実際に極めて重要であることを粒子レベルで明らかにしたと言える。
上記のように、個々の粒子の回転ダイナミクスの変化に直接アクセス可能となったことは、流体力学効果や力の伝達ネットワークが重要な役割を果たす様々な粒子系の動的挙動を理解する上で、重要な進展をもたらすと期待される。例えば、回転拡散率の空間的なマッピングは、ジャミング(注5)の発生や、ジャミング点近傍での力の連鎖ネットワークの発達の直接的な検出を可能にするユニークな方法を提供するはずである。また、密度の高いコロイド分散系の非線形レオロジー現象の理解にも大きく貢献するものと期待される。このように本成果は、これまでほとんど解明されていなかった、高密度球状微粒子系における周囲粒子との相互作用下での局所的回転運動と、それが関わる様々な動的な現象の理解に新たな光を当てるものと期待される。

本研究は、文部省科学研究費 基盤研究(A)(JP18H03675)、特別推進研究(JP25000002, JP20H05619)、若手研究(B)(15K17734)、特別研究員奨励費(16J06649)、ならびにEuropean Research Council (ERC)(Starting Grant 279541-IMCOLMAT, Consolidator Grant 724834-OMCIDC)の支援の下に行われた。

○発表雑誌:
雑誌名:「Physical Review X」(6月14日版)
論文タイトル: Particle-level visualization of hydrodynamic and frictional couplings in dense suspensions of spherical colloids
著者: Taiki Yanagishima, Yanyan Liu, Hajime Tanaka, and Roel P. A. Dullens
DOI番号: 10.1103/PhysRevX.11.021056

○問い合わせ先:
東京大学名誉教授
生産技術研究所 シニア協力員/先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)
田中 肇(たなか はじめ)

○用語解説:
(注1)共焦点レーザ顕微鏡
焦点面のだけの像をとることにより高解像度のイメージ取得と三次元情報の再構築が可能な光学顕微鏡の一種。

(注2)コロイド分散系
ここでは、大きさ2μm程度の大きさの揃った球形の固体粒子が液体に分散したもの。

(注3)荷電コロイド
電荷を帯びたコロイド

(注4)スティックスリップ
摩擦面間に生じる微視的な摩擦面の付着、滑りの繰り返しによって引き起こされる自励振動のこと。

(注5)ジャミング
不規則な構造を持つ粉体などのマクロ粒子系がある閾値密度より上で剛性を獲得すること。

○添付資料:
球形コロイド粒子の回転運動に迫る
図1:剛体球の結晶における回転拡散の空間不均一性。結晶内の各粒子の回転のしやすさの3次元マップ。赤い粒子は回転しやすく、青い粒子は回転しにくい。

1700応用理学一般
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