北極域とその周辺で起こる夏季森林火災と熱波同時発生予測手法の発展とその高精度化への期待
2021-05-17 東京大学先端科学技術研究センター
ポイント
- 北極域で2003–2017年にPM2.5が高濃度となった20ヶ月中、13ヶ月が夏季で森林火災由来。
- 夏季シベリア・亜寒帯北米の森林火災と西欧熱波を同時誘発させうる気候パターンを初めて特定。
- 同様の気候パターンは2003年以降に発生しうることを発見。熱波・森林火災予測発展へ期待。
概要
北海道大学北極域研究センターの安成哲平助教、東京大学先端科学技術研究センターの中村 尚教授、三重大学の立花義裕教授及び米国NASA、韓国UNISTによる国際研究チームは、近年夏季に多発するシベリア・亜寒帯北米(アラスカ・カナダ)の森林火災と西欧の熱波を同時に発生させうる高気圧性循環(気候)パターンを初めて特定し、森林火災由来の大気エアロゾルの増加が夏季北極域とその周辺の高濃度PM2.5の原因であることを初めて明らかにしました。
NASA衛星による火災データ*1やNASAの全球データセットMERRA-2*2の解析から、近年温暖化の進行が知られている北極域において2003–2017年(15年間)のPM2.5 濃度が高い20ヶ月のうち13ヶ月は夏季(7–8月)で、近年多発する森林火災由来の有機炭素エアロゾルから大きな影響を受けていることが明らかとなりました。また、この時の典型的な大気循環場として、西欧に熱波、シベリア・亜寒帯北米(アラスカ・カナダ)に森林火災を同時誘発させうる気候パターンを初めて特定しました。さらに、同期間でユーラシア大陸上の気候変動パターンを表す指標の一つ(Scandinavian pattern index)*3に基づいて独立解析を行い、この大気循環場との類似性を偶然にも発見し、解析期間を1980年まで延ばしたところ、この気候パターンは2002年以前には見られず、近年にのみ突出して見られることが明らかになりました。夏季に西欧からシベリア、亜寒帯北米にある3つの高気圧が北極周辺を環状に取り囲む特徴から、本研究でこの気候パターンをcircum-Arctic wave (CAW) patternと命名しました。
本研究で発見された近年のCAWパターン発生・発達メカニズムや温暖化との関係などが今後解明されれば、夏季の西欧熱波やシベリア・アラスカ・カナダの森林火災の同時発生を高精度に予測できる可能性が大いに期待されます。これは同時に、森林火災由来の大気汚染(PM2.5)予測にも直結し、北極及び周辺域の大気汚染対策への貢献も期待されます。
本研究成果は、2021年5月17日(月)公開のEnvironmental Research Letters誌に掲載されました。
なお、本研究は、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)ほか、複数の研究費による支援を受けて進められました。
近年の夏季CAWパターン(卓越高気圧性循環)と西欧熱波・森林火災発生と大気汚染の関係
【背景】
近年、森林火災のニュースが頻繁に流れ、温暖化と共に北半球中高緯度で森林火災による大気汚染が将来増加することが予測されています(Veira et al., 2016)。北極域及び周辺域のシベリアで発生した森林火災の大気汚染(PM2.5)は、遠方の北海道まで輸送され、PM2.5濃度の上昇に影響します(Yasunari et al., 2018:プレスリリース参照)。しかし、北極及び周辺域における長期的なPM2.5変動と森林火災との関係、 PM2.5高濃度到達時に頻発する気候(大気循環)パターンについて、広域で長期調査が可能なデータ(特にPM2.5)が乏しかったため、これらの関係性の詳細を知ることができていませんでした。
【研究手法】
それを可能にしたのが、NASAの衛星データと大気・陸・海洋などを再現する全球数値モデルNASA GEOS-5を組み合わせたNASAの全球データセットMERRA-2でした。月平均データの大気汚染変数(エアロゾル及び算出PM2.5)、気象変数(地上2 m気温、850 hPaと500 hPa気圧面高度など)と、NASAの衛星Aqua搭載のMODISセンサーによる火災データ*1を合わせて、主に2003–2017年の期間で解析しました(一部解析は1980–2017)。北極域でPM2.5が比較的高濃度であった20ヶ月を抽出し、うち大多数の13ヶ月を占める夏季(7月・8月)に注目した解析を中心に行い、この13ヶ月とそれ以外の月の平均的な状態を比較しました。これとは独立に、ユーラシア大陸上の気候変動の指標の一つとなるScandinavian pattern indexの7–8月の平均値(正負の符号は反転したもの)と上記気象変数との相関関係も回帰分析によりさらに調査しました。
【研究成果】
2003–2017年(15年間)、北極域の月平均PM2.5濃度が高い20ヶ月のうち13ヶ月が夏季で、この時の濃度増加は森林火災時に発生することが特徴的である粒子状有機炭素エアロゾルの濃度増加で良く説明できることがわかりました。つまり、少なくとも上記15年間においては、夏季北極域の高濃度PM2.5は森林火災の影響があり、この13ヶ月の気温(地上2 m)と対流圏下層(850 hPa)と中層(500 hPa)の大気循環場の平均的な状態とそれ以外の7–8月の平均的な状態を比較したところ、西欧、シベリア、亜寒帯北米域に高気圧性循環が同時に発達する大気循環場(地上の昇温と乾燥状態も伴う)が見られました(図1)。
また、これとは独立した回帰分析を7–8月の(符号反転した)Scandinavia pattern index平均値と上記気象変数との間で行なったところ、驚いたことに図1と非常に類似した気候パターンが偶然にも発見されました(図2)。したがって、夏季北極で特にPM2.5が多かった13ヶ月の平均的大気循環場の状態がこの夏季平均の気候index(大気循環の変動の特徴を示す指標)の変動で説明できることが示唆されます。もし、これらのパターンの形成メカニズムが同じならば、西欧からアラスカまで上空の偏西風が波状に蛇行し、西から東に連なる持続的な高気圧性・低気圧性循環が形成されると考えられます。
本研究で、夏季に北極を取り巻くよう、西欧、シベリア、亜寒帯北米の3地域での高気圧性循環が同時期に見られる特徴的なこの気候パターンをcircum-Arctic wave(CAW)patternと命名しました(P1図)。さらに驚くべきことに、同様な回帰分析を1980年まで遡って行ったところ、2002年以前にはCAWパターンを特徴付ける亜寒帯北米での高気圧性循環の発達が全く見られなかったのです(図3)。つまり、CAWパターンは近年夏季特有の気候パターンであることまで発見しました。論文中で述べた、西欧で熱波、シベリア・アラスカで森林火災が起きた2019年6月にも同様なパターンが見られています。
このように、近年CAWパターンが夏季(7–8月)に見られると、西欧・シベリア・亜寒帯北米に卓越する高気圧性循環の影響で、地上付近の昇温や対流圏の乾燥状態が強制(Warm and Dry Forcing: WDF)され、西欧の熱波やシベリア・亜寒帯北米の森林火災(それに由来する大気汚染発生)の同時期誘発に繋がることが本研究で初めて提示されました(P1図)。
【今後への期待】
本研究で発見された夏季CAWパターン(P1図)の発生・発達のメカニズムやなぜ近年のみ見られるようになったのか、その要因はまだ未解明です。今後これらが明らかになれば、夏季に人への健康影響の観点から重要な熱波(気温の観点)と森林火災(大気汚染の観点)が同時期に西欧からシベリア・亜寒帯北米で誘発される可能性の予測を高精度で行えることが期待できます。
また、森林火災発生に伴う大気汚染(PM2.5)の予測にも直結するため、シベリアや亜寒帯北米の森林火災発生域周辺及び風下域に住む人々への大気汚染対策にも役立つことが期待されます。地球温暖化の進行とともに、CAWパターンが夏季に引き続きよく見られるのか、それとも夏季だけではなく、他の季節にも見られるよう変化していくのかを見定めることは、上記の予測と対策の観点から極めて重要です。
今後、関連する地球科学の諸分野(気象、大気汚染、森林火災、熱波、温暖化など)にて、CAWパターンの研究が多様な観点から展開されることで夏季北極周辺の熱波や森林火災・大気汚染に関する理解が大きく進むことが期待されます。
【謝辞】
本研究は、ArCS(JPMXD1300000000)・ArCSII(JPMXD1420318865)、日本学術振興会科学研究費補助金(17H02958, 17KT0066, 18H01278, 19H01976, 19H05668, 19H05698, 19H05702, 20H01970, 20K12197)、及び独立行政法人環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20192004)から支援を受けて行われました。
【論文情報】
- 論文名
- Relationship between circum-Arctic atmospheric wave patterns and large-scale wildfires in boreal summer(北極周囲の大気波動パターンと北半球夏季大規模森林火災との関係性)
- 著者名
- 安成哲平1,2,3, 中村 尚4, Kyu-Myong Kim5, Nakbin Choi6, Myong-In Lee6, 立花義裕7, Arlindo M. da Silva5(1北海道大学北極域研究センター、2北海道大学広域複合災害研究センター、3北海道大学北極域研究グローバルステーション、4東京大学先端科学技術研究センター、5アメリカ航空宇宙局(NASA)、6蔚山科学技術大学校(UNIST)、7三重大学大学院生物資源学研究科)
- 雑誌名
- Environmental Research Letters(環境科学の専門誌)
- DOI
- 10.1088/1748-9326/abf7ef
- 公表日
- 2021年5月17日(月)(オンライン公開)
【用語解説】
*1 NASA衛星による火災データ … NASAの衛星Aqua搭載のセンサーMODerate resolution Imaging Spectroradiometer (MODIS)によって観測されたピクセルごとの火災カウント数データのこと。
*2 NASAの全球データセットMERRA-2 … 地球大気・海洋・陸などを数値計算で再現する全球モデル(GEOS-5)に、衛星などの観測データを組み合わせて(データ同化という)再解析を行ったデータ。地球大気全体を細かい3次元の格子状に分け、海上・陸上の大気の様々な変数と観測情報を反映させて長期間再現する。
*3 Scandinavian pattern index … 気候や大気科学分野で使われている気候指標の1つ。北欧スカンジナビアからユーラシアにかけて、高気圧性・低気圧性の大気循環が現れる特徴的な大気波動パターンを示すBarnston and Livezey (1987)によってEurasia-1パターンと呼ばれていたものが元になっている。正の位相の時には、モンゴル西部周辺に低気圧性のパターンが現れる。本研究では、このindexの符号を反転させた逆位相に注目した解析を行っている。
【参考図】
図1. 夏季北極でPM2.5が高い時とそれ以外の差:(a) 2m気温;(b)850 hPa高度;(c)500 hPa高度
図2. Scandinavia pattern index(7–8月平均の負符号)と、図1と同じ変数との回帰分析
図3. 図2と同じ回帰分析を500 hPa高度場(cは図2cと同じ)について期間を変えて行ったもの