小天体の衝突過程、地球内部の変化等を探る重要な鍵に
2021-01-25 海洋研究開発機構,京都大学,広島大学,理化学研究所,株式会社マリン・ワーク・ジャパン
1. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永是、以下「JAMSTEC」)高知コア研究所の富岡尚敬主任研究員を中心とする研究グループは、隕石中に発見したカンラン石の化学組成を持つ高圧相を新鉱物「ポワリエライト」と命名し、この度、国際鉱物学連合により正式に認定を受けました。
石質の隕石や地球のマントルには、カンラン石(ペリドット)が豊富に含まれています。研究グループは、小惑星同士の衝突による高温高圧環境を経験した隕石を高分解能の電子顕微鏡で調べ、「イプシロン相」というカンラン石の新しい高圧相を2017年に世界で初めて発見しました(解説記事参照)。今回、新たに2種類の石質隕石中にもイプシロン相を見つけだし、電子顕微鏡以外の手法も用いてデータを積み重ねました。これらの詳細なデータをもとに、イプシロン相を新鉱物ポワリエライト(poirierite)として提案していました。
ポワリエライトは、小天体の衝突過程など初期太陽系プロセスを探る重要な鍵をにぎるだけでなく、地球深部に沈み込む海洋プレート内にも存在する可能性があるため、プレート内の物質変化を解き明かす手がかりになることが期待されます。今後、研究グループでは隕石試料に加えて、高圧合成試料の電子顕微鏡分析や衝撃圧縮下でのX線回折測定を通じて、ポワリエライトの形成条件とカンラン石組成の鉱物間の構造変化プロセスの解明を目指す予定です。また、研究グループは同様の手法を用いて小惑星探査機「はやぶさ2」から得られた試料の分析も実施予定であり、小惑星リュウグウの鉱物組成や形成史の解明にも役立つものと期待されます。
本成果は英科学誌「Communications Earth & Environment」に1月22日付(日本時間)で報告されました。なお、本研究はJSPS科研費15H03750JP及び17H01172JPの助成のもと行われました。
- タイトル:
- Poirierite, a dense metastable polymorph of magnesium iron silicate in shocked meteorites
- 著者:
- 富岡尚敬1、Bindi Luca2、奥地拓生3、宮原正明4、飯高敏晃5、Li Zhi6、河津励7、Xie Xiande8、Purevjav Narangoo9、谷理帆1,10、兒玉優11
- 所属:
- 1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 高知コア研究所
2. フィレンツェ大学 地球科学科
3. 国立大学法人京都大学 複合原子力科学研究所
4. 国立大学法人広島大学大学院先進理工系科学研究科
5. 理化学研究所 計算科学研究センター
6. 南京理工大学 材料科学与工程学院
7. 東京大学物性研究所(研究当時:理化学研究所 情報システム本部)
8. 中国科学院 広州地球化学研究所
9. バイロイト大学 バイエルン地球科学研究所
10. 国立大学法人広島大学大学院理学研究科
11. 株式会社マリン・ワーク・ジャパン
2. 背景
地球の地殻やマントルには、カンラン石というMg2SiO4成分に富む鉱物が豊富に含まれています。それらの結晶構造(相)が様々な温度圧力条件下でどのように変化するかを知ることは、地球深部を構成する物質を理解する上で極めて重要です。このため、地球深部に相当する高温高圧条件を実験的につくりだし、その構造変化を探る研究が活発に行われていますが、地下数百kmもの深さから直接物質を採取することは不可能です。
一方、地球深部を形成していると考えられる高圧相の多くは、地球外から飛来する隕石から発見されています。多くの隕石は小惑星帯を起源とすると考えられていますが、それらの相互の高速衝突により、瞬間的に地球深部に相当する高温高圧状態が達成されるためです。 高温高圧実験により確立された相平衡によると、Mg2SiO4は常温常圧下ではカンラン石の結晶構造をとりますが、圧力が増加すると、準スピネル相(鉱物名:ワズレアイト)、スピネル相(リングウッダイト)を経て、23万気圧の条件でMgSiO3(ブリッジマナイト)と MgO(ペリクレース)に分解します(図1)。このうち、天然物としてのワズレアイト、リングウッダイト、ブリッジマナイト(富岡主任研究員が1997年に発見)は、1960年代の終わりから1990年代にかけて、隕石中に初めて発見されました。
3. 成果
JAMSTEC高知コア研究所を中心とする研究チームは、オーストラリアとアメリカに落下したコンドライト(※1)と呼ばれる石質隕石について、ポワリエライトの探索と観察に着手しました。研究に用いたテンハム隕石とマイアミ隕石の大きな特徴は、試料全体にわたって鉱物粒子中に、割れや変形の組織が見られること、局所的に幅が1ミリメートル以下程度の黒色の脈が網の目状に分布していることです(図2)。この脈状組織は、これらの隕石がかつて強い衝撃変成にさらされ、小惑星表層の岩石(コンドライト)が超高圧下で溶融したことを示します。これを衝撃溶融脈と呼びますが、その中には、もともとコンドライトを構成するカンラン石粒子が取り込まれ、その一部が高圧相のリングウッダイトやワズレアイトへ変化しています。
このような領域を岩石研磨片から切り出して超薄膜に加工し、超高空間分解能の透過電子顕微鏡(TEM)(※2)を用いて詳細に観察しました。超薄膜試料は、主にサイズが約1ミクロン以下の微細なリングウッダイトやワズレアイトの粒子から構成されています。これらの粒子内には面状の構造が観察されました(図3,4)。面状構造が卓越する領域の電子線回折像(※3)は、「イプシロン相」という結晶構造でのみ解釈できる微弱な回折スポットを示しました(図3,4)。さらに研究チームは、中国に落下した随州隕石(図5)のX線構造解析(※4)と密度汎関数法による第一原理計算(※5)を行い、イプシロン相の結晶構造を精密に決定しました(図6)。この結果、イプシロン相(密度3.33 g/cm3)の結晶構造は、カンラン石高圧相のリングウッダイト(3.59 g/cm3)、ワズレアイト(3.50 g/cm3)と大きな共通点があるにもかかわらず(図7)、密度はむしろ低圧相のカンラン石(3.25 g/cm3)に近いという、ユニークな特徴が明らかになりました。イプシロン相は、パリ大学のJean-Paul Poirier名誉教授により、理論的に予測されていました。この予測を含め、地球内部の物質科学に大きな業績を残した同教授にちなみ、研究チームはイプシロン相を新鉱物「ポワリエライト(poirierite) 」と命名し、このたび国際鉱物学連合に正式に承認されました。
同様なカンラン石の結晶構造変化は、地球内部でも起きている可能性があります。プレートの収束帯では、カンラン石に富む海洋プレートがマントル深部に沈み込みますが、プレート中のカンラン石は遷移層(地下410〜660km)の深さで、ワズレアイトやリングウッダイトといった高圧相に変化します。太陽系天体の衝突イベントと同様に、マントル深部に沈み込むプレート内で高い変形応力が働く領域では、局所的にポワリエライトが存在している可能性があります。
4. 今後の展望
本研究では、隕石中に発見したイプシロン相を詳しく調べ、新鉱物ポワリエライトとして記載しました。しかし、形成の温度圧力やメカニズムは定かではありません。研究グループは、石質隕石に加えて、高圧合成試料の電子顕微鏡分析や衝撃圧縮下でのX線回折測定を行い、ポワリエライトの形成条件を含めたカンラン石組成の鉱物間の構造変化プロセスの解明をしていく予定です。これらの研究により、小惑星を起源とする隕石の衝撃変成について、より定量的な理解が深まると期待されます。
昨年12月に探査機「はやぶさ2」が採集した小惑星リュウグウの粒子が入ったカプセルが地球に帰還しました。高知コア研究所のチームも、回収粒子の分析を行う予定です。この分析には、今回紹介したような高分解能電子顕微鏡による組織観察と化学的・結晶学的な解析が不可欠です。また、リュウグウ表層は岩石のかけらで覆われていますが、この一部はリュウグウへの小天体の高速衝突でできた可能性があります。ポワリエライトを発見した技術を用いて、衝撃で加熱された含水鉱物の脱水や分解などの影響を探り、リュウグウの表層環境の変化を探る研究も目指しています。
<用語解説>
※1 コンドライト:コンドリュールという地球外物質に特有な球形の鉱物集合体を含む隕石。
- ※2 透過電子顕微鏡(TEM):薄膜化した試料に電子線を照射し、透過あるいは回折した強度から、ナノメートル(1メートルの10億分の1)以下のスケールで、微細組織や結晶の構造を解析できるタイプの電子顕微鏡のこと。電子線照射により試料から発生したX線を分光し、微小領域の元素分析も行うこともできる。
- ※3 電子線回折像:単一の波長を持った電子線を結晶に照射すると、結晶が持つ面それぞれに特有の角度で回折(ブラッグ反射)が生じる。それぞれのブラッグ反射は、結晶の構造と化学組成により、その強度が変化する。
※4 X線構造解析:単一の波長を持ったX線を結晶に照射すると、結晶が持つ面それぞれに特有の角度で回折(ブラッグ反射)が生じる。それぞれのブラッグ反射の位置と強度を測定し、モデル構造をもとに計算した回折パターンと比較することで、結晶構造(原子の位置関係)を厳密に調べることができる。
※5 密度汎関数法による第一原理計算:コンピューターを用いて、物質の原子位置や化学結合の振動周波数等の物性を、電子密度に基づいて基本原理から計算する方法。
図1 Mg2SiO4の状態図(Presnell, 1995の図を改変)。高温高圧下でどのような結晶構造が安定かを示した図。
図2 テンハム隕石の衝撃溶融脈の光学顕微鏡写真。脈中に見られる青い粒子は、リングウッダイト。
図3 テンハム隕石のリングウッダイト粒子の透過電子顕微鏡写真(左)。超高分解能像(格子像)(右上)と電子線回折像(右下)では、ポワリエライトに特有な格子面間隔、微弱な回折スポットが、それぞれ観察された。
図4 マイアミ隕石中のワズレアイト粒子の透過電子顕微鏡写真(左)とA, Bで示した領域の電子線回折像(右)。粒子の中央部の領域(B)の領域は、ワズレアイトの回折スポットに加えて、微弱な回折スポット(丸点線)を示し、ポワリエライトが存在することを意味する。
図5 ポワリエライトのX線構造解析に用いた随州隕石の標本。細い黒色の筋は衝撃溶融脈(黒矢印)、底部に見られる黒色の表面は、隕石が地球の大気圏に突入した際の加熱で溶けてできた殻(白矢印)(謝先徳教授提供)。
図6 X線回折と第一原理計算により明らかになったイプシロン相の結晶構造。赤色・青色・黄色の球は、それぞれ酸素原子・ケイ素原子・マグネシウム原子を示す。向きの異なる2つの基本構造モジュールが組み合わさった、最小構造単位(単位格子)を持つ。
図7 カンラン石の化学組成を持つ高密度相の結晶構造の比較。基本構造モジュール(A)の配向パターンにより、リングウッダイト(B)、ワズレアイト(C)、ポワリエライト(D)の結晶構造が区別される。
- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 高知コア研究所 同位体地球化学研究グループ
主任研究員 富岡 尚敬 - (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 広報課
- 国立大学法人京都大学
- 総務部広報課国際広報室
- 国立大学法人広島大学
- 財務・総務室広報部広報グループ
- 国立研究開発法人理化学研究所
- 計算科学研究推進室 広報グループ