2017年以降、森林の放射線量の大半が土壌表層5cm内の放射性セシウムに由来することが判明
2021-01-20 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 森林は福島県土の70%程度を占めるため、森林内の放射線量の経時変化は林業従事者や付近住民だけでなく福島県民全体の大きな関心事となっています。
森林内の放射線量は東京電力福島第一原子力発電所事故により放出された放射性セシウムが森林内のどこにどれくらい存在するかにより決まります。 - 日本原子力研究開発機構は森林研究・整備機構及び筑波大学と連携し、両機関の観測結果を基に森林内に放射性セシウムが分布する精緻なモデルを構築し、放射線シミュレーションを実施しました。
その結果、2017年以降、森林内の放射線量の大半が森林土壌の表層5cm以内にある放射性セシウムに由来することが分かりました。この結果から、今後の放射線量の推移はその放射性セシウムがどのように移動するかによって決まることが分かります。 - 構築したモデルを用いた放射線シミュレーションから、様々な森林管理の方策が、森林内の放射線量にどのような変化を与えるのかを事前に把握することが可能となります。今後の森林内の放射線量低減に向け、本成果を活用し、現実的かつ効果的な提案等を行えるよう、さらなる研究開発を進めます。
図1 森林内に存在する放射性134Csおよび137Cs原子から発生するガンマ線が森林の放射線量(観測点)にどのように寄与するかを示す模式図。シミュレーションでは、観測点の放射線量に対する樹冠、幹、リター層、土壌層にある放射性セシウムの寄与を求め、2011年から2017年までの経時変化を取得しました。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄、以下「原子力機構」という)・システム計算科学センターのAlex Malins研究員および金敏植研究員と町田昌彦副センター長は、原子力機構・福島研究開発部門・廃炉環境国際共同研究センターおよび国立研究開発法人・森林研究・整備機構(理事長:浅野(中静)透)・森林総合研究所(以下「森林総研」という)及び筑波大学(学長:永田恭介)・アイソトープ環境動態研究センターと連携し、2011年に起こった東京電力福島第一原子力発電所事故によって放射性物質が降下した森林内の放射線量を決めている要因を明らかにするべく、森林内での放射線のシミュレーションを行いました(図1参照)。
シミュレーションでは、森林内の樹冠※1、幹、リター層※2、土壌等に分布する放射性セシウムが森林内の放射線量にどれだけの影響を及ぼすか、部分ごとにその割合を明らかにすることが可能となります。このシミュレーションの特徴を活かすと、2011年事故当初、樹冠や幹に付着していた放射性セシウムが森林内の放射線量に大きく影響していたことが分かります。その後は落葉落枝や雨等により林床に移行し、2017年以降、全ての森林において放射線量の大半が土壌表層5 cm以内にある放射性セシウムに由来することが判明しました。
この結果から、将来の森林内の放射線量の経時変化は、土壌表層5cm内の放射性セシウムが、今後どう動くかにより決まることが分かります。また、この結果は、森林内の放射線量を効果的に下げるために必要なことを私たちに教えてくれます。例えば、林床表面を覆う落葉落枝からなるリター層と呼ばれる部分を除去したり、林床表面に木片等を敷き詰めると放射線量はどう変化するか等、シミュレーションではそれらの方策を容易に計算に取り込み、その効果を推定することが可能となります。以上、シミュレーションは森林内での様々な取り組みや自然の変化が、どのように放射線量に反映されるかを詳細に予測評価するための欠かせないツールとなることが分かります。私たちは、このシミュレーションの便利な特徴を活かして、今後、効果的で且つ現実的な放射線量低減の方策を提案する等、森林に係る様々な課題解決に向け研究開発を進めて行きます。
本結果は英国の科学雑誌「Journal of Environmental Radioactivity」の2021年1月号に掲載されます(2020年11月17日オンライン公開)。
【研究の背景】
2011年、東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウム(134Csと137Cs)の一部は福島県内そして東日本の森林に沈着しました。森林は福島県土の70%程度を占めることから(参考文献1)、森林内の放射線量は林業従事者や付近住民だけでなく福島県民全体の重要な関心事となっています。また、福島県の森林面積の約4割は植林された森林※3であり, その経済的価値を考えると、森林内の放射線量は重要な問題です。また今後、森林管理を進め、被災地の林業を復興するに当たっては、放射線量の変化をあらかじめ予測すること、そして、その変化の要因を科学的に把握すること(図1参照)が求められています。
森林に沈着した放射性セシウムは、その原子核が崩壊することで高エネルギーのガンマ線※4を放出し、森林内の放射線量を上昇させます。こうして2011年以降、福島県内の多くの森林内の放射線量はバックグラウンド※5レベルよりも高くなりましたが、現在までにその放射線量は減少してきました。沈着した放射性セシウムは、樹木(樹冠、幹)、リター層、土壌の各層に分布していますが、事故当初は樹冠や幹及びリター層に付着し、その後、落葉落枝の分解や風雨により土壌へと移動したことが知られ、それらの放射性セシウムが各々、森林内の放射線量の重要な要因になっていました(図1参照)。
一般に、放射線量はサーベイメータ等を使用して測定されます。しかし、サーベイメータでの測定では、樹冠、幹、リター層、土壌層に分布する放射性セシウムからの寄与を区別することはできません。したがって、森林内の放射線量に最大の影響を与えている放射性セシウムの位置を特定するには、シミュレーションを行い放射線量への各々の影響を求める必要があります。もし、一旦、放射線量を決めている最大の要因(放射性セシウムが存在する位置と量)が特定できれば、今後、森林に対しどのような手立てが有効か、そして、放射線量は今後どのように変化するかが予測可能となります。
【研究の内容・成果】
森林総研、筑波大学及び原子力機構の研究者は、2011年3月以降、精力的に森林測定調査を行い、網羅的かつ豊富なデータを蓄積していることから、今回それらの機関と研究連携を進め、協力して森林のシミュレーションモデルを構築しました。構築したモデルを用い、森林内の樹冠、幹、リター層、土壌層内の放射性セシウムの分布と、それらの物質密度も入力することで、放射性セシウムから放射されるガンマ線の量、すなわち放射線量を森林内の任意の地点で計算することが可能となりました。
ガンマ線のシミュレーションには、原子力機構内で開発された放射線挙動解析コードPHITS※6を用い、放射性134Csおよび137Csの崩壊によって放出されたガンマ線が辿る経路と物質との散乱をシミュレートします。シミュレーションでは、森林内の様々な部分にある放射性セシウムの森林内の放射線量に与える影響を部分ごとに計算することで、放射線量に対する各々の影響(すなわち割合あるいは%)が判明します。
図2 東日本の9つの森林(石岡のみ茨城県で他は福島県)の放射線量(空間線量率(μSv/h))に対する、樹冠、幹、リター層、土壌の上部5cm以内、土壌の内部5〜20 cmからの寄与とバックグラウンドからの寄与の経時変化を示しています。混交林とは2種以上の樹種から成る森林です(広葉樹と針葉樹の混交林となっています)。なお、測定やシミュレーションには僅かですが誤差が含まれます。
シミュレーションの結果の1例を図2に示します。図2から分かるように、放射線量は年と共に減少する一方、各森林内の各成分の割合が大きく変化してきたことが分かります(グラフでは2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故から最大6年間の結果を示しました)。
図2を詳細に見ると、2011年(事故が起こった年)当時は、樹冠と幹にあった放射性セシウムが放射線量の重要な要因の1つでした。しかし、その後、放射性セシウムが林床へと移動したため、その影響はその後数年で急速に減少しました。次に、リター層にある放射性セシウムは、2012年から2015年の間、放射線量に大きな影響を及ぼしましたが、2017年(一部は2016年)には、リター層から土壌層へと移動したことで、土壌の上部5cmが森林の放射線量の最も重要な要因となったことが分かります。この結果から、将来の森林における放射線量の変化は、森林土壌の上部5cmにある放射性セシウムの動きにより決まることが分かります。さらに、この結果を基にすると、森林内の放射線量をコントロールするには、どのような森林管理が有効であるかが明らかになります。例えば、森林の土壌を覆うリター層だけを除去する除染を実施すると空間線量率はどのように変化するか、また、木片を一定の厚さで敷き詰めると、どう変化するか等が計算できる一方、今後も落葉落枝が継続し、徐々にリター層が更新されることで放射線量がどう変化するかの予測も可能になります。
【今後の展開】
本研究により、2017年以降、土壌表層の上部5cmにある放射性セシウムが、2011年の原発事故の影響を受けた森林内の放射線量の最も重要な要因となっていることを明らかにしました。この研究で開発したモデルは、放射線量が将来どのように変化するかについての様々な仮説を詳細に比較分析可能とするだけでなく、今後実施する森林管理の影響を評価することも可能とします。例えば、間伐※7、皆伐※8、リター層の除去等の方策は、森林内に分布する放射性セシウムの位置や量を変える一方、放射性セシウムから発するガンマ線の遮蔽という効果も変化させます。これらは、互いに反対の効果を与え、かつ簡単な関係では表せないため、上記のような様々な方策を実施する場合、放射線量がどう変化するかは、シミュレーションを実施しないと、明確に推定することができません。私たちは、このようなシミュレーションの特徴を活かし、今後の有効な森林内の放射線量低減に向け、現実的な提案を行うこと等を目標にさらなる研究開発を進めて行きます。
【謝辞】
本研究では、シミュレーション・モデリングを行う上で、森林総研、筑波大が有する森林内での観測データを活用しました。提供元(上記2機関)の関係する皆様に感謝申し上げます。
【書籍情報】
雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity, 226, 106456 (2021)
論文題目:Calculations for ambient dose equivalent rates in nine forests in eastern Japan from 134Cs and 137Cs radioactivity measurements
著者:Alex Malins1, Naohiro Imamura2, Tadafumi Niizato1, Junko Takahashi3, Minsik Kim1, Kazuyuki Sakuma1, Yoshiki Shinomiya2, Satoru Miura2, Masahiko Machida1
所属:1日本原子力研究開発機構、2森林研究・整備機構 森林総合研究所、3筑波大学
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2020.106456
公表:2021年1月号 (2020年11月17日オンライン公開)
【参考文献】
参考文献1
雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity, 210, 105996 (2019)
論文題目:Reconstruction of a Fukushima accident-derived radiocesium fallout map for environmental transfer studies
著者:1Hiroaki Kato, 1Yuichi Onda, 1Xiang Gao, 2Yukihisa Sanada, 2Kimiaki Saito
所属:1筑波大学、2日本原子力研究開発機構
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jenvrad.2019.105996
概要:Overview of the deposition density of radioactive cesium fallout on different land uses in the East Japan area. Results based on airborne monitoring surveys of the radioactivity.
【語句説明】
※1 樹冠:
樹木の最上部において、枝や葉から構成される部分。
※2 リター層:
林床に堆積した落葉落枝などの有機物が堆積した層を指します。落葉層と呼ばれることもあります。林床へと落下した落ち葉や枝は、年月が経ち分解すると腐植となり堆積しています。林床の表層にあり、土壌層の上側に位置します(図1参照)。
※3 福島県の森林面積の約4割は植林された森林:
林野庁>政策について>統計情報>森林資源の現況(平成24年3月31日)参照
※4 ガンマ線:
不安定な原子核(例えば137Csや134Cs)が崩壊した際に出る放射線。エネルギーが高く空気中の場合は、100m程度を散乱されずに進みますが、土や水の中では頻繁に散乱されます。
※5 バックグラウンド:
環境中には、福島原発事故により放出された放射性核種である137Csや134Csの他、自然の放射性核種(40K, 232Th, 238U)が存在しており、それらによって、福島事故の影響のない場所でも一定量の放射線量があります。その自然の放射線量を指します。
※6 放射線挙動解析コードPHITS:
様々な放射線の挙動を核反応モデルや核データなどを用いて模擬するモンテカルロ計算コード。原子力機構が中心となって開発を進めており、放射線施設の設計、医学物理計算、放射線防護研究、宇宙線・地球惑星科学など、工学、医学、理学の様々な分野で国内外4000名以上の研究者・技術者に利用されています。
※7 間伐:
形質の良い木を育てるため、樹木どうしの競争を軽減することを目的に一部の樹木を切り倒し間引く作業を指します。
※8 皆伐:
対象とする林の樹木をすべて切り倒す作業を指します。