最適な感覚統合で「主体感」を定量化~心理実験を統一的に再現する理論~

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2019-09-18   理化学研究所,オムロン株式会社,日本医療研究開発機構

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター数理脳科学研究チームのロベルト・レガスピ研究員と豊泉太郎チームリーダー(研究当時:理研CBS-オムロン連携センター)の研究チームは、人の「主体感」の強さや主体感に応じた時間知覚の違いを「最適な感覚情報の統合」によって説明する理論を提案しました。

本研究成果は、主体感の強弱が重要とされる法倫理の形成、主体感に影響を与える精神疾患の診断、そして人の主体感を高めることで学習の効率向上や習慣の継続を助ける次世代デバイスの設計などに貢献すると期待できます。

主体感とは、自らが行動を引き起こし、その行動をコントロールすることで、周囲に影響を与えているという感覚のことです。

今回、研究チームは、人の「行動」、その後の「帰結」、行動と帰結の間の「因果関係」の知覚が、複数の感覚情報(体性感覚や聴覚など)を最適に統合した結果として生じると仮定しました。すると、行動と帰結の間に因果関係のある認識の「確からしさ(確率)」が、実験的に報告されている主体感の強弱とよく一致することが分かりました。さらに、この理論を用いて、これまでは統一的に理解することが困難だった主体感に関する心理実験を説明することに成功し、主体感を定量化する新しい数式を提案しました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(9月18日付け:日本時間9月18日)に掲載されます。

 

最適な感覚統合で「主体感」を定量化~心理実験を統一的に再現する理論~

図 数式として表された「主体感」の指標

※研究支援

本研究は、AMED「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(領域代表者:宮脇敦史・岡野栄之)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「マルチスケール精神病態の構成的理解(領域代表者:林(高木)朗子)」による支援を受けて行われました。

背景

「主体感」とは、自らが「行動」を引き起こし、その行動をコントロールすることで、周囲に影響を与えているという感覚のことです。この主体感を被験者に直接尋ねることなく計測する代表的な方法として、「行動」と「帰結」の「時間知覚」をテストする心理実験が提案されています。

この実験では、被験者がボタンを押すと、一定時間後(実際には0.25秒後)に音が鳴ります。そして被験者は、ボタンを押した時刻(行動)と音が鳴った時刻(帰結)を推定して実験者に報告します。このとき、被験者が主体的にボタンを押した場合は、行動と音との時間差が対比条件より短く感じられ、逆に、被験者が意図せずボタン押した場合(例えば、実験者が被験者の脳の運動野を外部から磁気刺激することで、指を動かした場合)は、行動と音の時間差が対比条件より長く感じられるという結果が報告されています注1)。この結果は、一般的には、被験者の行動を引き起こそうという「意思」が強い場合に、行動と帰結の間の「時間差」が短く知覚される現象と解釈されます。

しかし、この時間差の短縮は、他の要因によっても影響を受けます。例えば、「音時刻の推定精度」の違いが時間差の知覚に与える影響を調べた別の心理実験では、被験者は常に自らの意思でボタンを押しますが、音時刻の推定精度を低下させるためにバックグラウンドで雑音を流しました。すると、雑音がうるさいほど(主体感は弱いはずなのに)、時間差の短縮が大きいという結果が示されました注2)

このように、「行動」と「帰結」の間の時間差の短縮は主体感を反映してはいるものの、時刻の推定精度にも影響されるため、主体感の定量化は容易ではありません。また、ボタンを押したときの体性感覚と音が鳴ったときの聴覚がどのように統合されて時刻推定が行われるかや、その推定過程が主体感とどのように関わるかは、これまで分かっていませんでした。

注1)Haggard, P., Clark, S., & Kalogeras, J. (2002). Voluntary action and conscious awareness. Nature neuroscience, 5(4), 382.
注2)Wolpe, N., Haggard, P., Siebner, H. R., & Rowe, J. B. (2013). Cue integration and the perception of action in intentional binding. Experimental brain research, 229(3), 467-474.

研究手法と成果

研究チームは、被験者が誤差を含む感覚(体性感覚と聴覚)を最適に統合することによって、行動時刻と音時刻を精度良く推定していると仮定し、その場合にどのような推定結果が得られるかを理論的に導きました。

この理論を導くにあたり重要な要素の一つは、行動と音の間に「因果関係」があるかどうかの推定です。「時間知覚」のボタンを押す実験において、仮に行動が音を引き起こした(行動と音に因果関係がある)とすれば、行動と音の時間差には一定の規則性があるはずなので、行動時刻と音時刻をその規則性に基づいて一緒に推定するほうが合理的です。一方、音が他の要因によって引き起こされた(行動と音に因果関係がない)とすれば、行動時刻と音時刻は独立であることから、個別に推定するほうが合理的です。つまり、行動時刻と音時刻を精度良く推定するためには、行動と音の因果関係の有無を同時に推定する必要があります。

もう一つの重要な要素は、時刻推定の「遅れ」(知覚の遅れ)と「ばらつき」(知覚の試行ごとのばらつき)には相関があるという点です。研究チームは、これまでの心理実験結果を解析し、時刻推定のばらつきが大きいほど知覚の遅れが大きいことを発見しました。

次に、これらの要素を統一的に扱うため、統計学におけるベイズ推定[1]という枠組みを用いて「最適な時間推定方法」を理論的に導出しました。その結果、主体感の強い状況では行動と音(帰結)の時間差が短く感じられ、他者によって行動が誘発された主体感の弱い状況では、行動と帰結の時間差が長く感じられるという実験結果を説明できました(図1)。さらに、音時刻の推定精度が低いほど、行動と帰結の時間差が短く感じられるという実験結果も同時に説明できました。

行動と帰結の時間知覚の図
図1 行動と帰結の時間知覚
Haggardらの心理実験の結果(左図)、および、今回提案した最適な感覚統合(体性感覚と聴覚)に基づく時刻推定から導かれる結果(右図)。今回提案した理論は、主体感が強い状況(青色部分)では、行動と帰結(音)の時間差が対比条件より短く感じられ、主体感が弱い状況(赤色部分)では、行動と帰結(音)の時間差が対比条件より長く感じられることを説明できる。

上記の最適な感覚統合に基づく推定結果を導く上で、自然に計算される量として、因果関係を持った行動と帰結の認識に対する「確からしさ」が考えられます。この確からしさとは、感覚情報(体性感覚と聴覚)を受けた条件の下で、「推定した行動時刻」・「推定した音時刻」・「行動と帰結に因果関係があること」が真である確率のことを指します。研究チームは、上記の心理実験の状況で、この確からしさが想定される主体感の強弱と良く一致していることを発見しました。そこで、この確からしさを計算し、結果を数式として表現し、主体感の新しい指標として提案しました。

今後の期待

今回、研究チームは人の主体感を説明する理論を提唱しました。この理論では、人は誤差を含む感覚を最適に統合して「行動」と「帰結」とその間の「因果関係」を認識している、と考えます。また、この時に計算される「因果関係をもった認識の確からしさ」が主体感の強弱に対応しているとしています。この理論によって、従来は統一的な理解が困難だった、主体感に関わる複数の心理実験の結果を端的に説明することができました。さらに、主体感を定量化する新しい数式も提案しました。

本理論からは、いくつかの新しい予測が導かれます。第一に、従来の心理実験では多数の試行を行って、その平均的結果に着目していました。しかし、本理論では、被験者は個々の試行ごとに行動と帰結の間の因果関係の有無を(無意識に)判定しているだろう、と予測しています。また、行動と帰結の時間差の知覚も、その判定に応じて異なるだろうと予測しています。将来、脳の計測技術が発達すれば、個々の試行ごとに因果関係の有無が判定され、主体感が生じる脳内メカニズムを明らかにできる可能性があります。

第二に、従来は、主体感を強く感じるのは行動が自らの意思によって引き起こされた場合だと考えられていました。しかし、本理論によれば、行動の意思は必ずしも必要でなく、感覚情報が鮮明で、行動と帰結の間の因果関係が強く示唆されれば、主体感を強く感じられはずだと予測しています。つまり、モチベーションが低く主体感を感じにくい人でも、感覚情報を適切に調節することによって、主体感を高めることが原理的に可能だと予測しています。将来、バーチャルリアリティー[2]などの技術を用いて感覚情報やその精度を自由に調整したり、「行動」に対して予想外の「帰結」を与えたりできるようになれば、この予測を検証できるようになります。

主体感の強弱は、刑罰の判定、学習の効率、習慣の継続、対人関係などに重要な影響を与えます。また、統合失調症などの精神疾患は主体感の異常を伴います。主体感の生成メカニズムおよびその強弱が認知機能に与える影響を理解することは、将来の社会設計にインパクトを与えると期待できます。

原論文情報

Roberto Legaspi, Taro Toyoizumi, “A Bayesian psychophysics model of sense of agency”, Nature Communications, 10.1038/s41467-019-12170-0

発表者

理化学研究所
脳神経科学研究センター 数理脳科学研究チーム
チームリーダー 豊泉 太郎(とよいずみ たろう)
研究員 ロベルト・レガスピ(Roberto Legaspi)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

オムロン株式会社
ブランドコミュニケーション部

AMEDの事業に関する問い合わせ

日本医療研究開発機構
戦略推進部 脳と心の研究課

補足説明
  1. ベイズ推定
    条件付き確率の定義に基づいて、事前知識と観測事象をどのように組み合わせたら背後にある原因事象を最も精度よく推定できるかを定める理論。今回の研究では、行動が帰結を引き起こした場合に想定される事前知識と、実際に観測した誤差付きの感覚情報をうまく組み合わせて行動時刻と帰結時刻を推定する。
  2. バーチャルリアリティー(仮想現実)
    現実ではないが機能としての本質は同じであるような仮想環境を、被験者の五感を含む感覚を刺激することで人工的に作り出す技術。仮想現実中では、例えば感覚情報やその精度などといった、現実世界では困難な実験的操作も被験者に対して行うことができる。そのため、主体感がどのように影響を受けるかを調べることが可能である。

 

最適な感覚統合で「主体感」を定量化~心理実験を統一的に再現する理論~

図1 行動と帰結の時間知覚

Haggardらの心理実験の結果(左図)、および、今回提案した最適な感覚統合(体性感覚と聴覚)に基づく時刻推定から導かれる結果(右図)。今回提案した理論は、主体感が強い状況(青色部分)では、行動と帰結(音)の時間差が対比条件より短く感じられ、主体感が弱い状況(赤色部分)では、行動と帰結(音)の時間差が対比条件より長く感じられることを説明できる。

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