光合成細菌を窒素肥料に ~窒素を空気中から固定する細菌を無機肥料の代替として利用~

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2024-06-11 理化学研究所,京都大学,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チームの沼田 圭司 チームリーダー(京都大学 大学院工学研究科 教授)、シャミタ・ラオ・モレ-ヤギ 客員研究員(京都大学 大学院工学研究科 特定助教)、京都大学 大学院農学研究科の木下 有羽 助教、元木 航 助教(研究当時)らの共同研究グループは、破砕・乾燥処理した海洋性の非硫黄紅色光合成細菌[1]のバイオマス[2]が作物栽培の窒素肥料として利用可能であることを明らかにしました。

本研究成果は、既存の窒素肥料に替わる持続可能な窒素肥料の開発に貢献すると期待できます。

海洋性の非硫黄紅色光合成細菌であるRhodovulum sulfidophilumは窒素と二酸化炭素の固定が可能であり、これを破砕・乾燥処理したバイオマスは11%(重量比)もの窒素を含有しています。共同研究グループはそのバイオマスを肥料として利用し、植物がバイオマス由来の窒素を直接的に取り込んでいることを確認しました。このバイオマスは無機肥料[3]の4倍に相当する量を施肥しても植物の発芽や生育に悪影響が見られませんでした。

本研究は、科学雑誌『npj Sustainable Agriculture』オンライン版(6月7日付)に掲載されました。

光合成細菌を窒素肥料に ~窒素を空気中から固定する細菌を無機肥料の代替として利用~
肥料として用いる光合成細菌の破砕・乾燥処理と植物(コマツナ)への取り込み

背景

植物の成長には窒素が不可欠ですが、空気の約78%を占める窒素を直接利用できる植物は多くありません。空気中の窒素を利用しやすい分子へと変換するプロセスを、窒素固定と呼びます。マメ科の植物の根には空気中の窒素を固定できる細菌(根粒菌)が共生していることから、古くはマメ科であるレンゲソウを育て、それを田畑へすき込むことで肥料にする(緑肥)という手法も行われていました。食糧生産を担う現在の農業は化学合成された無機肥料に大きく依存していますが、無機肥料の製造と使用は環境へ多大な負荷をかけています。過剰に施肥され余剰となった無機窒素は環境中へと流出し、一方で炭素が供給されないため土壌の有機態炭素[4]を枯渇させます。また土壌中の余剰窒素は温室効果ガスである一酸化二窒素(N2O)へと変換され、農業分野からの排出[5]の一因となっています。堆肥などの有機肥料[6]は植物に栄養を補給し土壌構造を向上させますが、その効率は炭素(C)と窒素(N)の比(CN比=C/N)に依存してしまいます。一般的に用いられる有機肥料は窒素含有量の低い場合が多く大量の施肥を必要とするため、含まれる塩分やその他成分により土壌塩分[7]や栄養毒性[8]の問題を引き起こします。CN比が高い有機肥料は土壌中の有機態炭素を増加させるものの、一酸化二窒素の排出を増加させる可能性があります。そのため、窒素含有量が高く、CN比が低い有機肥料が求められています。一方、近年の政治情勢は無機肥料サプライチェーン[9]の混乱を招き、食糧生産への重大な影響が予測されています。このような状況により、環境負荷の小さい食糧生産のための持続可能な代替の窒素供給源が必要とされています。

共同研究グループは、窒素と二酸化炭素(CO2)を固定できる海洋性の非硫黄紅色光合成細菌であるRhodovulum sulfidophilum(R. sulfidophilum)のバイオマスを処理して持続可能な窒素肥料として用いることにより、これらの問題の解決に向けた取り組みを行いました。

研究手法と成果

破砕と乾燥処理を施した非硫黄紅色光合成細菌バイオマスは高い窒素含有量(11%重量比)と低いCN比(約4.7)を持つことが明らかになり、窒素肥料としての利用が期待されました。このバイオマスの肥料としての利用を検討するため、植物の発芽と生育における影響を調べました。コマツナを用いた解析の結果、無機肥料の4倍量に相当する量を用いても発芽(図1a)と生育(図1b)に悪影響を及ぼしませんでした。

コマツナの発芽と生育における非硫黄紅色光合成細菌バイオマスの影響の図
図1 コマツナの発芽と生育における非硫黄紅色光合成細菌バイオマスの影響
種まき後7日におけるコマツナの発芽率(a)と生育(b)。NC:無窒素肥料、C1-2:無機肥料、PB1-32:非硫黄紅色光合成細菌バイオマス(1、2、4、8、16、32は施肥された肥料の量を無機肥料の窒素量に対する相対値で表している)。****はPB32とそれ以外の肥料における発芽率の統計的有意差を表している。PBはProcessed Biomassの略。


無機肥料と比較して非硫黄紅色光合成細菌バイオマスからは窒素がゆっくりと放出されるため、低温・高温いずれの栽培条件においても無機肥料の2倍の施肥により無機肥料と同等の生育を示します(図2)。

非硫黄紅色光合成細菌バイオマスを肥料とした各栽培温度におけるコマツナの生育の図
図2 非硫黄紅色光合成細菌バイオマスを肥料とした各栽培温度におけるコマツナの生育
低温(15~25℃)における生育(a)と乾燥重量(c)、および高温(22~32℃)における生育(b)と乾燥重量(d)。NF:肥料なし、その他サンプルは図1に同じ。


本研究ではさらに、植物が含有する窒素量と土壌に加えられた窒素量の相関解析[10]をすることにより(図3)、低温高温いずれの条件においてもコマツナが非硫黄紅色光合成細菌バイオマスから窒素を取り込んでいることを明らかにしました。

植物含有の窒素量と非硫黄紅色光合成細菌バイオマスとして投入された窒素量の相関の図
図3 植物含有の窒素量と非硫黄紅色光合成細菌バイオマスとして投入された窒素量の相関
グラフでは高温(22~32℃)の場合(上の線)と低温(15~25℃)の場合(下の線)を示している。縦軸は植物(コマツナ)に含有される窒素量、横軸はバイオマスとして投入された窒素量。

今後の期待

共同研究グループは、R. sulfidophilumの天然の窒素固定能力を利用し、窒素肥料として利用するというコンセプトを実現しました。現状では、この高窒素含有有機肥料は、持続可能な代替手段として、環境と食糧安全保障の両方の懸念に対処する上で有望であると思われます。予備的なデータ(CN比が低く、土壌有機炭素への影響も低い)によれば、この肥料は、堆肥のような従来使用されている有機肥料に比べて、N2OとCO2の排出量が少ないと予想されています。長期的には、この肥料は農業に革命的変化をもたらし、農業が環境に与える影響を軽減する可能性があります。

次のステップは、培養規模の拡大、汚染のリスクと保存可能期間の評価、異なる温度下での効果のばらつきなどの潜在的な課題を克服することです。この肥料のライフサイクルアセスメント[11]は、生産、貯蔵、施用、輸送、廃棄にわたる環境フットプリント[12]を評価するために不可欠であり、さらに非硫黄紅色光合成細菌バイオマスを施用した土壌の特性を明らかにして、無機肥料の商業的代替物としての適性と経済性を評価する必要があります。

本研究成果は、国際連合が定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[13]」のうち、「2.飢餓をゼロに」「11.住み続けられるまちづくりを」「13.気候変動に具体的な対策を」に貢献するものです。

補足説明

1.海洋性の非硫黄紅色光合成細菌
海洋生態系に生息する無酸素性細菌の一群で、光エネルギーと二酸化炭素を利用して光合成を行う能力を特徴とし、紫色の色素も含む。

2.バイオマス
微生物、植物、動物の成長によって生産される再生可能な有機物。

3.無機肥料
土壌に施用され、植物への吸収を促進し、作物の品質を向上させる必須栄養素から成る無機物質。

4.土壌の有機態炭素
有機物の炭素成分であり、植物、土壌生物、動物の排せつ物など、土壌中の全ての生死有機物を含む。

5.農業分野からの排出
畜産、施肥、土地利用の変化など農業生産に伴う温室効果ガスやその他の汚染物質の放出で、農法によっても排出量が異なり、地球規模の人為的排出や気候変動に大きく影響している。

6.有機肥料
微生物や動植物などの生物、またはそれらの排せつ物に由来する肥料。

7.土壌塩分
土壌中の塩分含有量のことで、土壌中に可溶性塩類が過剰に蓄積すると植物の生育に支障を来す。

8.栄養毒性
植物が必要とする以上の元素や栄養素が過剰に存在し、成長や品質の低下を引き起こすこと。

9.サプライチェーン
商品の生産と流通に関わる一連のプロセスのこと。

10.相関解析
二つの変数やデータセットの間に関係があるかどうかを分析し、その関係の強さを評価するために使用される統計的手法。

11.ライフサイクルアセスメント
商業製品、プロセス、またはサービスのサイクルの全段階に関連する環境影響を評価するための方法論。

12.環境フットプリント
人、組織、または製品が環境に与える影響を測定するもので、プラスにもマイナスにもなり得る。製品の場合、ライフサイクル全体を考慮し、製造から廃棄に至るまでの環境影響の多基準尺度として定義される。

13.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された、2016年から2030年までの15年間で達成する国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。SDGsはSustainable Development Goalsの略。

共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ヌマタ・ケイジ)
(京都大学 大学院工学研究科 教授、慶應義塾大学 先端生命科学研究所 特任教授)
客員研究員 シャミタ・ラオ・モレ-ヤギ(Shamitha Rao Morey-Yagi)
(京都大学 大学院工学研究科 特任助教)

京都大学
大学院農学研究科
教授(研究当時)中﨑 鉄也(ナカザキ・テツヤ)
教授 中野 龍平(ナカノ・リョウヘイ)
准教授 小林 優(コバヤシ・マサル)
助教 木下 有羽(キノシタ・ユウ)
助教(研究当時)元木 航(モトキ・コウ)
助教 岩橋 優(イワハシ・ユウ)
助教 落合 久美子(オチアイ・クミコ)
大学院工学研究科
特定研究員 ダオ・ハン・デュイ(Dao Duy Hanh)

Symbiobe株式会社
研究員 加藤 翔太(カトウ・ショウタ)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点(プロジェクトリーダー:沼田圭司、JPMJPF2114)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Shamitha Rao Morey-Yagi, Yu Kinoshita, Ko Motoki, Yu Iwahashi, Dao Duy Hanh, Shota Kato, Ryohei Nakano, Kumiko Ochiai, Masaru Kobayashi, Tetsuya Nakazaki, Keiji Numata, “Utilization of lysed and dried bacterial biomass from the marine purple photosynthetic bacterium Rhodovulum sulfidophilum as a sustainable nitrogen fertilizer for plant production”, npj Sustainable Agriculture, 10.1038/s44264-024-00018-0

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司(ヌマタ・ケイジ)
(京都大学 大学院工学研究科 教授)
客員研究員 シャミタ・ラオ・モレ-ヤギ(Shamitha Rao Morey-Yagi)
(京都大学 大学院工学研究科 特任助教)

京都大学 大学院農学研究科
助教 木下 有羽(キノシタ・ユウ)
助教(研究当時)元木 航(モトキ・コウ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
科学技術振興機構 広報課

JST事業に関する窓口

科学技術振興機構 イノベーション拠点推進部 推進第2グループ
瀧澤浩史(タキザワ・ヒロシ)

1202農芸化学
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