非晶質固体の力学的挙動の謎に迫る:ガラスとゲルの違いは何か?

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2024-04-12 東京大学

発表のポイント
  • 私たちの身の回りで広く使用されているガラスとゲルは、規則的な構造を持たないにもかかわらず剛性を保ち、また時間とともに性質がゆっくりと変化するエイジングを示すという興味深い類似点を持っているが、それらの本質的な違いは明確ではなかった。
  • シミュレーションを通じて、ガラスとゲルの弾性特性が温度や経過時間にどのように依存するかを調査することで、エージング現象の基本的なメカニズムの違いを明らかにした。
  • 系の構造の秩序度や粒子運動の制約と力学応答との関係についての基本的な理解により、所望の弾性特性を持つ非晶質固体の設計への応用が期待される。
発表概要

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)、ワン インチャオ特任研究員と舘野道雄特任助教(研究当時)の研究グループは、等方的な相互作用を持つガラス形成物質とコロイドゲル(注1)について、数値シミュレーションを用い、非晶質固体(注2)であるガラスとゲルについて、その力学特性の温度、経過時間依存性について詳細な研究を行い、その背後にある物理的メカニズムを解明しました(図1)。

非晶質固体の力学的挙動の謎に迫る:ガラスとゲルの違いは何か?図1:ガラスとゲルにおける弾性の起源と異なるエージング機構についての模式図
挿絵では、この研究で明らかにされた系のポテンシャルエネルギーを減少に導く有効な戦略を、リンゴの収穫に例えて示す。ここでリンゴの数は粒子間接触(隣接粒子間相互作用)の数、大きさは、接触ごとのポテンシャルエネルギーを表す。ガラスの場合は、リンゴのサイズを増やす(接触ポテンシャルエネルギーを減少させる)一方でリンゴの数(接触数)は一定に保たれる。一方、ゲルの場合は、個々のリンゴのサイズが平均的に多少減少しても(接触ポテンシャルエネルギーが増えても)、りんごの数を増やす(粒子間接触の数を増やす)ことが優先される。さらに図1では、ガラス(左)とゲル(右)の弾性に対する静的構造とダイナミクスの影響についても模式的に示されている。


ガラスとゲルは、日常的に身の回りに見られる多様な用途を持つ非晶質固体であり、結晶のような規則構造を持たないにもかかわらず剛性を示し、またその非平衡性に起因したゆっくりとした性質の時間変化(エージング現象)など、結晶には見られない顕著な特性を示します。しかし、ガラスとゲルでみられるこれらの現象の基本的な違いは未解明でした。
興味深い基本的な力学特性の一つは、ずり変形に関するずり弾性率(注3)です。これは液体と固体の区別において重要です。 ガラスとゲルは、結晶とは異なり、熱平衡状態(注4)から遠く離れた非平衡状態であり、その特性は時間とともにゆっくりと変化します。非晶質固体内部の粒子の動きは一般的に、エージング中に減速します。これは粒子が動ける領域(配置空間)の減少を反映していると考えられ、粒子運動の抑制はずり弾性率の増加をもたらすと予想されます。このようなエージングに伴う硬化現象は、ガラスでは観察されますが、ゲルでは、多くのレオロジー実験が異なる振る舞いを示しています。すなわち、エージング中にずり弾性率が最初は徐々に増加しますが、最終的には減少します。この現象は、重力の影響を受けたゲルがある時間経過ののちに崩壊する遅延崩壊と関連していると考えられます。
同研究グループは、ガラスとゲルにおける温度、経過時間が弾性特性にどのような影響を与えるかを明らかにし、その基本的なメカニズムを解明しました。粒子の運動を解析した結果、粒子運動に対する制約は、ゲルではずりおよび体積弾性率(注3)に同じように影響しますが、ガラスではずり弾性率のみに影響を与えます。ガラスはエイジングすると硬くなる傾向が持続しますが、ゲルは最初に硬くなり、その後に柔らかくなります。構造、粒子運動、弾性の相互の関係を解明することで、これらの違いは、ガラスでは構造の秩序化、ゲルでは界面の削減による自由エネルギー(注5)の最小化メカニズムに起因することが明らかになりました。
これらの発見は、非平衡状態にあり規則性を持たない固体である、ガラスとゲルの弾性の起源に迫るとともに、その経時変化(エージング)過程における複雑で対照的な挙動を基礎的レベルで明らかにするものです。また、有限温度で非晶質材料の弾性特性を理解する際に、静的および動的な要因の両方を考慮する重要性を明らかにしました。これらの研究成果は、非晶質材料の力学設計に重要な示唆を与えると期待されます。
本成果は2024年4月12日(英国夏時間)に「Nature Physics」のオンライン版で公開されました。

ー研究者からのひとことー

ガラスとゲルは、我々の身近に存在するなじみのある物質ですが、規則的な構造を持たず、平衡状態にないため、結晶と比較して理解が遅れています。今回の研究は、この二つの物質形態の力学的な性質の違いに着目し、その違いが局所的な構造や粒子の動きにどのように関係しているかを明らかにする目的で行ったものです。今回明らかにされたゲルとガラスの力学挙動やエージングの機構についての基礎的知見が、材料開発などに役立つことを期待しています。

発表内容

コロイド、高分子、金属などのガラス状態は、急速な冷却や密度増加によって形成されます。これらの材料は、個々の粒子を超えたスケールで均一な密度を持つことを特徴としています。この無秩序でありながら均一な性質は、結晶とは異なる独特の力学的特性をもたらします。一方、コロイドゲルは、空間を跨ぐ粒子ネットワークによって特徴付けられる低密度の固体で、相分離の凍結により形成されます(図2)。これら二つの非晶質固体は、それぞれ材料、食品、医薬品、化粧品などの産業分野だけでなく、地球物理学や生物学などの自然界でも広く観察される重要な物質形態です。しかし、構造に規則性がなく、また非平衡状態にあるため、その理解は規則性を持ち、平衡状態にある結晶に比べて大きく遅れているのが現状です。


図2:ゲル化過程の様子
前景と背景の粒子を区別するために、粒子は色分けされている。twはゲル化開始からの経過時間を示し、 τDは粒子運動の基本時間を示す。

研究グループは、コロイドのガラス状態とゲル状態をモデルとして用い、その微視的な構造や粒子の動き(熱ゆらぎ)と力学的な性質の間の複雑な関係の背後にあるメカニズムを明らかにしました。従来の研究では、しばしば粒子の熱運動の影響が無視され、そのため静的な構造と粒子の動きの両方が重要な有限温度で、粒子運動が非晶質材料(ガラスやゲルを含む)の弾性に与える影響が不明確でした。そこで、同研究グループは、等方的相互作用を持つガラス形成物質とコロイドゲルについてシミュレーションを行い、その効果を含め研究を行いました。
実質的な材料の弾性率に関係した平坦弾性率のエージング過程での時間的変化を解析したところ、ガラスでは、エージング中に平坦ずり弾性率が増加し、体積弾性率がわずかに減少するのに対し(図3a,b(青印))、ゲルでは、両弾性率が徐々に増加し、その後に減少することを見出しました(図3e,f(青印))。これらの結果を、固有状態(温度T=0)(注6)の弾性率の振る舞い(図3a,b,e,f(赤印))と比較することで、有限温度におけるずり弾性率は、ガラスとゲルの両方において主に固有状態のずり弾性率と粒子振動の振幅によって制御されていることを見出しました。この関係は、ゲルの体積弾性率に対しても成り立ちますが、ガラスの体積弾性率には適用されません。その理由は、後者は主に体積的な制約によって制御されているからです。その結果、ゲルにおいては、体積弾性率とずり弾性率の比は温度によりませんが (図3f)ガラスでは、温度依存性を示す(図3c)ことが明らかになりました。


図3:ガラスとゲルのエージング過程での時間に依存した弾性特性
ガラスの時間依存した熱弾性 G (a)、K (b)、弾性率比 G/K およびポアソン比 ν (c) (赤い円) と対応する温度ゼロでの固有状態の弾性 (青い四角)。ゲルについての同様の結果は、d、e、およびfに示されている。


さらに、同研究グループはガラスとゲルではエージング過程における力学特性の変化の機構が本質的に異なることを明らかにしました。ガラスでは、自由エネルギーの減少は、系全体の構造の秩序化に起因し、粒子運動の減速とずり弾性率の増加を引き起こします。一方、非一様な密度場を示すゲルは、相分離の駆動力である界面自由エネルギーに支配され、その結果、自由エネルギーの減少はネットワークの界面積の減少によってもたらされます。この構造変化は、粒子レベルの連結性の増加とネットワークレベルの連結性の減少を引き起こします。前者は粒子運動の減速と固有状態の弾性の増加をもたらしますが、後者はそれを著しく減少させ、その競合の結果、ゲルのエージング過程で有限温度における弾性率にピークが生じます(図3d,e)。
このように、ガラスとゲルは、非平衡・非秩序系として多くの類似点を共有している一方で、弾性特性には根本的な違いが存在し、それぞれの挙動をもたらす基礎的な物理メカニズムを解明しました。両者の基本的な特徴は、図1に模式的に示されています。

以下、上で述べた概略的な記述をより詳細に説明します。等方的相互作用を持つガラスでは、自由エネルギーの減少は、局所的な粒子配置構造の秩序化によってもたらされ、その程度は局所的な粒子のパッキング能(注7)を示す角度秩序パラメータΩ-1(注8)で定量化されます。この角度秩序は、ポテンシャルエネルギー(注9)の減少とエントロピー(注10)の増加をもたらし、それぞれが系の自由エネルギーの減少を導きます。その結果、Ω-1の増加は粒子運動の減速をもたらし、粒子が動ける領域(配置空間)の制約⟨Δr2-1の増加、そして最終的にずり弾性率Gの増加をもたらします(図3a(青印))。さらに、時間とともに構造的秩序はパッキング能を高め、体積的な制約 p がわずかに減少し、これにより体積弾性率 K が減少します(図3b(青印))。対応する熱ゆらぎを除去して得られた固有状態(IS)を調査すると、その体積弾性率KIS が K と同様の変化を示す一方、G の増加は GISよりもはるかに急激であることがわかりました(図3a,b(赤印))。これらの発見は、ガラスにおける構造的秩序、粒子運動と弾性特性を関係づける基礎的なメカニズムを明らかにしたもので、これらの系のエージング過程での複雑な挙動をより深く理解するのに貢献すると期待されます。
一方、ゲルでは、コロイドリッチ相における構造的秩序の減少ではなく、界面積の減少によって自由エネルギーが減少します。その結果、粒子スケールの連結性(接触数 Z)が増加し、ネットワークスケールの連結性(ループ数Nloop)が減少します。Zの増加により配置空間の制約 ⟨Δr2-1が強まり、固有状態の弾性が増加します(図3d,e(赤印))。一方で、Nloopの減少は固有状態の弾性を減少させる傾向があります。このZとNloop の競合は、固有状態のずり弾性率、体積弾性率、GISとKIS、の時間変化にピークをもたらします(図3d,e(赤印))。その結果、構造的弾性(構造)と配置空間の制約 ⟨Δr2-1(運動)の積で与えられる有限温度における弾性も、エージング中にピークを示しますが、後期課程での減少傾向は、固有の弾性と比較して著しく少なくなります(図3d,e(青印))。これらの発見は、ゲルにおける界面効果、構造的連結性、および粒子運動の複雑な関係を明らかにしたもので、エージング過程における弾性特性の複雑な時間発展をもたらします。
興味深いことに、ゲルにおいては体積弾性率とせん断弾性率に対する熱ゆらぎの影響(f(⟨Δr2-1));fはある関数)は同一であり、その結果、両者の比またはポアソン比ν(注11)を考慮する際には熱効果が相殺されます(図3f)。言い換えると、ゲルのポアソン比は温度に依存しません。一方で、ガラスの場合、f(⟨Δr2-1)はずり弾性率のみに影響し、体積弾性率には影響を与えないため、ポアソン比は温度に依存することになります(図3c)。
本研究成果は、非平衡状態にある非晶質固体に対する貴重な物理的洞察を提供するだけでなく、材料科学にも重要な示唆を与えます。また、ガラスとゲルを物理的に区別する上での基礎的知見を提供し、構造的秩序、配置空間の制約が材料の力学応答に与える影響の理解を通じて、所望の弾性特性を持つ非晶質固体の設計と製造に重要な指針を与えると期待されます。

発表者

東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
ワン インチャオ(特任研究員)
舘野 道雄(特任助教:研究当時)
田中 肇(シニアプログラムアドバイザー:特任研究員/東京大学 名誉教授)

論文情報
雑誌:
Nature Physics(4月12日)
題名:
Distinct elastic properties and their origins in glasses and gels
著者:
Yinqiao Wang, Michio Tateno and Hajime Tanaka*
*責任著者
DOI:
10.1038/s41567-024-02456-6
研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)、若手研究(JP20K14424)、国際共同研究推進(JP21KK0098)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)コロイドゲル
ナノメートルからマイクロメートル程度の微粒子(コロイド)がネットワークに凝集したもの。一般的に、コロイド間の引力相互作用が可逆的か不可逆的か(つまり、コロイドがくっ付いた後に離れられるかどうか)に応じて、物理ゲルと化学ゲルの2種類に分類されます。この研究は、物理ゲルに関するものです。

(注2)非晶質固体
非晶質固体は、その原子や分子が規則的な格子構造を持たず、無秩序に配置されている固体のことを指します。一方で、結晶性固体は原子や分子が規則的なパターンで配列されていますが、非晶質固体はそのような規則性を持ちません。

(注3)ずり弾性率/体積弾性率
体積変形は、物体が外部からの力によって体積が減少することで生じる変形を指します。一方、ずり変形は、物体が平行な面同士で相対的に移動することで生じる変形であり、体積の変化を伴いません。また、それぞれの変形に対する弾性率を体積弾性率、ずり弾性率とそれぞれ呼びます。

(注4)熱平衡状態
熱平衡状態は、物体や系の温度が一定であり、熱の流れがない安定な状態を指します。

(注5)自由エネルギー
自由エネルギーFは、系の状態の安定性や平衡の方向を予測するために重要な概念で、自由エネルギーが低いほど、系はより安定な状態になり、自由エネルギーが高いほど、系はより不安定な状態になります。自由エネルギーはポテンシャルエネルギーUとエントロピーSの変化の両方に、F=U-TSのように関係します。

(注6)固有状態(温度T=0)
固有状態とはゼロ温度における力学的な平衡状態を満たす状態で、これは対応する有限温度における状態のエネルギーを、最小化することによって得られます。

(注7)パッキング能
隣接する粒子が中心粒子の周りに最大限に効率的に詰め込まれる理想的な角度を持った状態にどのぐらい近いかをあらわします。

(注8)角度秩序パラメータΩ-1
隣接する粒子が中心粒子の周りに最大限に効率的に詰め込まれる理想的な配置から、局所的なパッキングがどれだけ逸脱しているかを定量化したパラメータです。

(注9)ポテンシャルエネルギー
物体が「ある位置」にあることで物体に「蓄えられる」エネルギーのこと。この場合は、粒子の位置と粒子間の引力で決まるエネルギー。

(注10)エントロピー
エントロピーとは、物理学や熱力学において、系の乱雑さや無秩序さの度合いを示す指標。一般的に、エントロピーは系の微視的な状態の数え上げに関係しており、状態の数が多いほどエントロピーが高く、状態の数が少ないほどエントロピーが低くなります。

(注11)ポアソン比ν
ポアソン比とは、物体が引っ張られたり圧縮されたりした際に、その横方向の変形と長手方向の変形の関係を示す比率のことです。具体的には、物体が引っ張られたときに横方向に収縮する割合を、物体が圧縮されたときに横方向に膨張する割合で割った値です。ポアソン比は、物質の弾性特性を表す重要な指標の一つであり、特定の材料の性質や振る舞いを理解するために使用されます。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

1701物理及び化学
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