データ駆動型電極触媒解析アルゴリズムの開発

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2022-02-09 東京大学

概要

  1. 国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下「NIMS」)は、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科(以下「東大」)と共同で、燃料電池や水素製造装置に必須である電極触媒用材料のより正確な機能解析のために、高信頼性予測が可能なベイズ推定を応用したアルゴリズムを開発しました。本研究成果は、脱炭素社会実現に不可欠なグリーン水素製造などに必須の電極触媒開発に、データ駆動でアプローチした先進的な研究です。本成果と、先端計算科学やロボット実験、AIによるサイバー空間におけるデータマイニングなどが連携することで、データ利活用による効率的な電極触媒探索が実現できると期待されます。
  2. 再生可能エネルギーから得られる電力を用いた水素製造技術は、脱炭素実現の観点から注目されています。しかし、水素が化石燃料を代替できるように社会へ大量導入するには、水素製造の更なる高効率化・低コスト化が必須であり、そのため希少資源(白金等)を用いない高特性電極触媒の開発が必要です。このため、電極触媒の基礎学理を開拓するための研究が世界中で急激に活発化しつつあります。これは電極触媒の工業的成功に対し、基礎研究が十分でないために学問として未知の部分が多く、現状では学理に基づく材料設計指針によって効率的に高特性材料を開発することが難しいためです。
  3. 今回NIMSと東大の研究チームは、シミュレーションに実測データを取り入れて精度向上やモデルのパラメータ推定を行うデータ同化という手法を用い、電極触媒反応の反応モデル最適化や未知機構検知を行うためのアルゴリズムを開発しました。今回の研究では、燃料電池の反応(酸素から水を生成する酸素還元反応:O2 + 4H+ + 4e → 2H2O)に着眼し、実験データとその実験データから物性値を得るために必要な反応モデルとのデータ同化により、電圧依存性に着目しながら活性化エネルギーおよび吸着エネルギーを動的に推定し、電極触媒の特性をより効率的に解析する手法を開発しました。従来では、様々な仮定を導入した経験的反応モデルに実験データをフィッティングして物性値パラメータを得ることが一般的でした。本手法では、ベイズ推定に基づいた実験データから推定される物性値の確からしさの議論が可能となり、人間だけでは気付くことが困難なモデルの妥当性や再構築のきっかけを与えてくれます。このように、データ同化はデータが持つ意味を抽出し材料の機能創発や現象理解へと役立てる研究手法として有望であり、データ駆動によって人の“気付き”やインスピレーションを後押しする本研究はデータ利活用型マテリアル研究の先駆的な成功例として大きな意味を持ちます。
  4. 今後、本成果を基盤に、水素製造を筆頭に様々な電気化学反応モデルの最適化、および未知機構の探索を行うことで、電極触媒の学問的発展に貢献しつつ、高速・高信頼性なデータ駆動型の電気化学解析手法開発を行います。こうすることで、データ利活用による電極触媒開発といった電気化学マテリアルの効率的探索法の確立に寄与し、我が国における脱炭素実現のための実用技術の開発につなげます。
  5. 本研究は、主に文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1121467561)の一環として、坂牛 健主幹研究員、渡邉 碧為東大修士課程学生、久米田 友明日本学術振興会特別研究員、澁田 靖東大准教授によって行われました。
  6. 本研究成果は、米国化学会誌ACS Applied Materials & Interfacesにおいてオンライン速報版で掲載されました。
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研究の背景
我が国は世界に向けて2030年までに二酸化炭素排出を2013年比で46%削減し、さらに2050年までに脱炭素社会(カーボンニュートラル社会)を実現することを宣言しました。この目標達成のためには、ガソリンや石油、天然ガスといった化石燃料を水素に代替することが必須であり、2030年には2千万トン/年の水素が必要になると考えられています。このような異次元量の水素を二酸化炭素の排出を伴わずに製造できる可能性のある技術として、風力や太陽光といった再生可能エネルギーから得られる電力による水素製造を行う方法が有力視されています。この電力を用いた水素製造の方法は水電解と呼ばれています。
しかし、水電解によって製造されるグリーン水素*1)を化石燃料に代わるような主要エネルギー源とするには、これまで以上に高効率で安価な水素製造が必須であり、このためには水電解装置の基本特性を決定する電極触媒*2)の開発が重要です。この電極触媒は、燃料電池自動車といった水素を利活用するデバイスにおいても用いられる材料であり、脱炭素社会において電極触媒は普遍的にかつ大量に必要とされる不可欠な鍵材料になると考えられています。
このような背景を鑑み、白金などの希少資源を使用することなく汎用元素のみで高特性を示す電極触媒の開発が必要であり、電極触媒の基礎学理を開拓するための研究が世界中で急激に活発化しつつあります。これは電極触媒の工業的成功に対し、基礎研究が十分でないために未知の部分が多く、現状では汎用元素のみによる高特性電極触媒を学理に基づいた材料設計指針によって効率的に開発することが困難であるためです。電極触媒の基礎研究は100年を超える歴史があるにもかかわらず、対象となる現象があまりにも広範囲かつ複雑であるため、材料開発に重要な要素が何かの判断が非常に難しく、研究の進展を遅らせる要因となっています。

研究内容と成果
NIMSと東大の研究チームは、シミュレーションに実測データを取り入れてシミュレーションの精度向上やシミュレーションモデルのパラメータ推定を行うデータ同化*3)という手法を電極触媒解析に導入することで、電極触媒が駆動する電気化学反応の反応モデル最適化や未知機構検知を行うアルゴリズムを開発しました。
今回の研究では、燃料電池に用いられる二つの電気化学反応のひとつである酸素還元反応(酸素から水を生成する:O2 + 4H+ + 4e → 2H2O)に着眼しました。データ同化は、主に気象分野への応用などで成功しています。本研究ではこのデータ同化という手法を用いて、酸素還元反応の実験データと反応モデルから想定される活性化エネルギーや吸着エネルギーの電圧依存性を動的に推定し、材料特性を表す物性値や反応モデル自体の妥当性を議論可能とする手法を開発しました。
一般的には反応モデルから導出される解析式に実験データを当てはめることで物性値を得るため、効果的な反応モデルを構築したり、モデル自体の妥当性を議論したりすることは材料開発のためには非常に重要です。しかし、人間だけによって最適な反応モデルを考案したり、その妥当性の確認や修正点に気付いたりするには電気化学反応があまりに複雑であり、電気化学の専門家でも困難です。
また従来では、様々な仮定を導入した反応モデルに実験データをフィッティングすることで、演繹的に物性値パラメータを得ることが一般的でした。この従来手法では、分岐する反応過程を1つの経路に絞るなど様々な強い仮定を導入することで反応を簡単化し、複雑な反応を解析できるようにしています(図1A)。このため、実際に用いる材料によってこうした仮定が適用できない場合や、得られた物性値の信頼性が十分ではない可能性がありました。

本手法ではベイズ推定*4)に基づき実験データのなかに潜在する未知の特徴を明らかすることで物性値の確からしさの議論が可能となり、想定されるモデルの妥当性や再構築のきっかけを与えてくれます(1B)。
データ駆動型電極触媒解析アルゴリズムの開発
図1 従来の典型的手法と本研究における電極触媒解析における手法の違い。
(A) 従来手法の例。 分岐する反応をある仮定に基づき一つの経路に絞るなど簡単化することで実験データから物性や反応効率などの解析を演繹的に行う。
(B) 本研究成果。ベイズ推定に基づき実験データのなかに内在する未知の特徴を明らかすることで、モデルの妥当性やアップデートに関する知見が得られる。

電極触媒が駆動する電気化学反応では、電位を加えることによって平衡から離れた状態における反応過程を議論する必要がある。 この電位の変化によって様々な複雑な現象が引き起こされるため、簡単化した反応モデルの解析結果がどの程度の信頼性を持つのかは未知数な場合がある。 そのため、簡単化した反応モデルでは考慮できない未知の特徴を明らかすることで、電気化学反応モデルやそこから導き出される反応過程そのものの妥当性の議論ができる。また、本研究で用いたアルゴリズムには文献データも活用できるため汎用性が高い。反応モデル中におけるOH*およびO*は、それぞれ反応中間体の吸着水酸化物種および吸着原子酸素を表す。
具体的な例として、データ同化を用いたPt(111)単結晶電極による0.1M HClO4電解液中における酸素還元反応の解析を示します。本研究により予想される反応経路のうち一部の経路(図2Bの経路1)の活性化エネルギーが電位に依存して変化するのに対し(図2A)、別の経路(図2Bの経路3)の活性化エネルギーは電位変化に対して一定の安定した値を示す(図2C)ことが分かりました。
活性化エネルギーの電圧依存性など、事前に知らなかった知見をデータ同化に基づき観測データのなかから抽出している点が特徴です。実際、本研究や過去の研究では、活性化エネルギーが変動した電位領域において別の経路に変化することが示唆されており、データ同化から推定された電圧依存性の情報に基づいて今まで気づかなかった反応経路の分岐の考察が可能となります。このように、データ同化はデータが持つ意味を抽出し材料の機能創発や現象理解へと役立てる研究手法として有望であり、データ駆動により人の理解・気付き・インスピレーションを支援する本研究はデータ利活用型マテリアル研究の先駆的な成功例として大きな意味を持ちます。

図2 データ同化を用いたPt(111)単結晶電極による0.1M HClO4電解液中における酸素還元反応の解析例。
(A) 上部:データ同化によって得られた経路1に関係する物性とある活性化エネルギーの電位依存性(赤い点線)、および下部:経路1(青色の△)と2(緑色の▽)それぞれの電流密度と電位の関係。縦の点線は、データ同化によって示唆された特に変位の大きな電位を示す。例えば、上部で見られる0.5 V付近のピークは、下部で示されるように電流密度を支配するのが経路1から経路2に移り変わったことと相関があると考えられる。
(B) 反応モデルにおける分岐する各経路の名称。反応モデル中におけるOH*およびO*は、それぞれ反応中間体の吸着水酸化物種および吸着原子酸素を表す。
(C) 分岐と関係のない経路3の物性と電位の関係。

今後の展開
本研究で得られた成果を基盤に、水電解装置や燃料電池を筆頭に様々なエネルギー・環境技術に応用される電気化学反応モデルの最適化、および未知機構の探索を行うことで、電極触媒科学の学問的発展に貢献します。同時に、本研究成果と先端計算科学やロボット実験、AIによるサイバー空間におけるデータマイニングなどを連携させ(図3)、データ駆動による効率的な電極触媒探索法の確立を目指します。こうすることで、例えば現在は電気化学の専門家でも難しい電極触媒向け材料の設計指針構築を、AIの支援により異分野の研究者や学生など誰もができるようにし、我が国における2050年脱炭素実現のための実用的な次世代材料の研究開発につなげます。

図3 データ創出・活用型の電気化学マテリアル研究開発における本研究の位置づけ。

掲載論文
題目:Fast-Decoding Algorithm for Electrode Processes at Electrified Interfaces by Mean-Field Kinetic Model and Bayesian Data Assimilation: An Active-Data-Mining Approach for Efficient Search and Discovery of Electrocatalysts
著者:Ken Sakaushi, Aoi Watanabe, Tomoaki Kumeda, Yasushi Shibuta
雑誌:ACS Applied Materials & Interfaces
掲載日時: 2022年2月9日

用語解説
(*1) グリーン水素
製造過程において二酸化炭素を排出することなく得られた水素。他には、化石燃料を用いて生産して得られるブルー水素などがあります。
(*2) 電極触媒
電気化学反応を触媒作用によって活性化させる材料。
(*3) データ同化
シミュレーションに実測データを取り入れることでシミュレーションの精度向上やパラメータ推定を実現するデータ駆動型の研究手法。気象予報・予測分野などで実用化されているが、近年、マテリアル分野への幅広い応用が期待されています。
(*4) ベイズ推定
実験データなどの観測事象からその原因となる事象を確率的に推定する手法。

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