2024-12-05 東京大学,科学技術振興機構
発表のポイント
- 光や酸に対して安定でありながらも、光と酸を同時に作用させることで優れた分解性を示すケイ素化合物を新たに発見し、光と酸で協働的に分解可能な高分子材料の開発に成功しました。
- この材料は、普段は光に対して安定ですが、酸の有無によって自在に光安定性と光分解性を切り替えることが可能です。そのため、光の下で使い続けるような、光安定性が求められる材料に対しても、狙ったタイミングで光分解することができます。
- これによって、従来は光による微細制御との両立が困難とされてきた、光機能材料や光造形材料に対しても光分解や光加工が可能となることを実証しました。本研究は、材料の光制御技術における更なる革新に貢献することが期待されます。
概要
光で分解可能な材料は、光への安定性が低いため、太陽光や蛍光灯などの光が当たらない環境でしか使えないという制約があり、幅広い活用における大きな制限となっていました。東京大学大学院総合文化研究科の正井宏助教、寺尾潤教授、横川大輔准教授、川野勇太郎大学院生らの研究グループは今回、その制限を打開する手法として、光と酸による協働分解が可能な材料を新たに開発しました。研究グループは、地球上に豊富に存在するケイ素(注1)から構成される化合物が、優れた光・酸協働分解性を示すことを新たに発見し、高分子材料(注2)へと応用しました。この材料は、酸の有無によって光安定な状態と光分解可能な状態を自在に切り替えられるため、従来は光による微細制御との両立が困難とされてきた、光機能材料(注3)や光造形材料(注4)に対しても光分解や光加工が可能となることを実証しました。本研究によって、たとえ光が当たる環境で使う材料であっても、協働的分解による光加工性を融合できることが示されており、材料に対する光制御技術の新たな可能性が拓かれました。
発表内容
近年、高分子材料に対する分解技術の開発に注目が集まっています。特に、光を分解の引き金とする光分解は、光が持つ高い時空間制御能を活用することで、材料の形状や特性を精密に制御する微細加工が可能であることから、光加工技術として産業的にも広く活用されています。しかし光加工性材料は、光に対する反応性を持ち続けているため、光への安定性が低いことが知られています。このように、分解性と安定性は相反的な性質であり、分解の引き金となる刺激の下での長期安定性と、刺激による迅速な分解性の両立は困難とされてきました。そのため従来、光という身近な刺激を用いる光加工性材料は、太陽光や蛍光灯などの光が当たらない状況でしか使えないという制約があり、その幅広い活用における大きな制限となっていました。
今回、東京大学大学院総合文化研究科の正井宏助教、寺尾潤教授、横川大輔准教授、川野勇太郎大学院生らの研究グループは、その制限を打開する手法として、光と酸による協働分解が可能な材料を新たに開発しました。この材料は、光や酸に対して安定でありながらも、光と酸を同時に作用させることで効率的に分解可能な物質から構成されています。そのため、この材料は普段は光に安定でありながら、酸の有無によって光安定な状態と光分解可能な状態を自在に切り替えることが可能です。研究グループはこれまでにも、光と酸による協働分解材料の開発に成功してきました(プレスリリース①:光に対して安定なのに、光で分解できる材料を開発 ――長く使えて環境にやさしい材料へ、2022年8月18日)。しかし、この従来材料は白金化合物を含むことが必須であり、非常に高価な貴金属を利用するコスト的な問題や、光安定性が低いなどといった問題を抱えているため、実用的な材料としては依然大きな障壁を有していました。
上述の課題を解決するため研究グループでは、より豊富に存在する原料を用いて光・酸協働分解を実現するための設計をゼロベースで組み立て、検討を繰り返しました。その結果、安価でかつ高い安定性を有しつつも、優れた光・酸協働反応性を有する物質を新たに見出すことに成功しました。ジピレニルケイ素化合物と呼ばれる物質は、地球上に豊富に存在するケイ素から構成される化合物でありながら、先行研究の白金化合物よりも光安定性が高く、さらには高効率な光・酸協働反応性を示すことを明らかにしました(図1a)。さらに、ジピレニルケイ素化合物を高分子材料中に架橋点(注5)として導入することで、材料は高い光安定性を有していながら、酸の存在下で光を照射すると速やかに分解反応が進行し、酸の有無によって光分解性と光安定性を切り替えられる材料となることを実証しました(図1b)。
図1:(a)光・酸協働反応性を持つジピレニルケイ素化合物の構造と、協働分解の概念図。(b)ジピレニルケイ素化合物が導入された円盤状の材料に対して、酸の存在下と非存在下で光照射した際の変化を比較した写真。光と酸が協働的に作用することで、光照射部分の分解が生じていたことが確認できる。
安価でありながらも優れた協働分解性を持つジピレニルケイ素化合物の開発に成功したことで、光・酸協働分解性材料の応用の幅が大きく広がりました(図2)。例えば、ゲル材料(注6)やエラストマー材料(注7)として応用した場合、長期的に光が照射されても材料は安定でありながら、材料は光と酸で協働的に分解が可能でした。また、材料が光に安定であることを活用し、ブラックライトを照射すると発光する光機能性材料や、光で材料を成型する光造形3Dプリント材料としての利用も可能でした。従来の技術では、光が照射されることを前提とした材料に光分解を融合することは不可能と考えられてきましたが、酸との協働的な光加工性を実現する本技術によって、材料に対する光制御技術の新たな可能性が拓かれました。
図2:ジピレニルケイ素化合物が導入された材料を用いた、発光性材料(左)、エラストマー材料(中央)、光造形材料(右)への応用例。右では、光造形物のうち中央の柱のみを、光と酸の両方が存在する条件下で除去できる。いずれの材料も光が照射される環境下でも安定に利用可能でありながら、光と酸の協働分解や協働加工を実現した。
このように今回の研究によって、豊富に存在する原料からなる材料でありながらも、光と酸による協働的な分解性を付与することに成功しました。これを用いて、従来は光による微細制御との両立が困難とされてきた、光機能材料や光造形材料に対しても光分解や光加工が可能となることを実証しました。本研究によって、材料の光分解や光加工技術を、光の下で長期的に使い続ける材料とも融合する新たな戦略が示されており、従来相反すると考えられてきた分解性と安定性の壁を打開した材料応用を実現しました。これらの結果は、材料の光制御技術における更なる革新に貢献することが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①光に対して安定なのに、光で分解できる材料を開発 ――長く使えて環境にやさしい材料へ」(2022/8/18)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/news/topics/20220818140000.html
発表者・研究者等情報
東京大学大学院総合文化研究科
正井 宏 助教
寺尾 潤 教授
横川 大輔 准教授
川野 勇太郎 大学院生:博士課程
論文情報
雑誌名:Advanced Materials
題名:Synergistic Degradation of Durable Polymer Networks by Light and Acid Enabled by Pyrenylsilicon Crosslinks
著者名:Yutaro Kawano, Hiroshi Masai*, Takuya Tsubokawa, Daisuke Yokogawa, Tomohiro Iwai, and Jun Terao*
DOI:10.1002/adma.202412544
URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adma.202412544
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「光安定材料への酸添加による協働的光分解技術の創成(JPMJPR21N8)」、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2108)、科研費「光刺激と化学刺激の多重協働活性化を活用した高機能材料群の創成(課題番号:21K05181)」、天田財団、野口遵研究助成金、矢崎科学技術振興記念財団、村田学術振興財団、東電記念財団の支援を受けて実施されました。
用語説明
(注1)ケイ素:
シリコンとも呼ばれ、地殻上に2番目に多く含まれる元素である。ガラスや半導体など身の回りで幅広く利用されている。
(注2)高分子材料:
小さな分子が繰り返しつながって非常に大きな一つの分子となった高分子からできた材料。
(注3)光機能材料:
光を当てることで発光や屈折などの様々な機能を発現する材料。
(注4)光造形材料:
3Dプリンタなどを用いて、光を当てながら成型された材料。精密かつ高速に作成できるため、産業的に大きな注目を集めている。
(注5)架橋点:
高分子材料において、高分子鎖同士をつなぎ合わせる化合物。これにより、3次元的なネットワーク構造を形成する。
(注6)ゲル材料:
架橋された高分子材料が、材料内部に溶媒を保持した材料。吸水性材料やソフトコンタクトレンズなどに利用されている。
(注7)エラストマー材料:
自由に伸縮するゴムのような弾性を持つやわらかい高分子材料。