2024-03-06 日本原子力研究開発機構
概要
乾晴行・京都大学工学研究科材料工学専攻教授、都留智仁・国立研究開発法人日本原子力研究開発機構原子力基礎工学研究センター研究主席らは、実験、理論、原子・電子シミュレーションを用いて、二つの代表的な耐火ハイエントロピー合金1)(RHEA)が示す力学特性と機構について検討を行いました。
タービンブレードで使用される合金では耐熱性能が限界にきていますが、エンジンや発電プラントの効率を高めるためには運転温度を上げる必要があります。そのような要求から、高い融点を持つRHEAは超高温用途の新しい合金候補として期待されています。一方、RHEAの多くは体心立方構造(BCC)を持ちますが、室温で脆いという欠点が知られています。
これまで、チタン・ジルコニウム・ハフニウム・ニオブ・タンタル合金:TiZrHfNbTa(RHEA-Tiとする)とバナジウム・ニオブ・モリブデン・タンタル・タングステン合金:VNbMoTaW(RHEA-Vとする)という2つの代表的なRHEAが広く研究されてきました。これらは、強さや延びが全く異なることが報告されていますが、その要因はわかっていませんでした。
本研究では、優れた合金設計の指針を得るため、両者の違いを温度変化を考慮した詳細な実験と原子レベルのシミュレーションから解明しました。実験の結果、RHEA-Tiは室温以下の低温でも優れた強度と延性を示すことが確認されました。さらに、電子状態計算2)に基づくシミュレーションによって、RHEA-Tiで観察される高い強度と低温における延びは、第IV族(HCP)元素3)添加による電子の結合状態に基づく効果によってもたらされることが明らかになりました。
以上の結果は、戦略的な元素設計がRHEA合金の機能制御に大きな威力を発揮することを示しています。実験と電子状態計算の連携によって、RHEAの複雑な力学特性を決める本質を捉えることに成功しており、本知見を生かした元素戦略に基づく合金設計により、次世代の高温構造用途に向けた新しいRHEAの開発が期待されます。
本研究成果は、2月24日付(日本時間)で英国の学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。
概略図
背景
耐火合金の最も厳しい用途はガスタービンブレードであり、これまでニッケル基超合金が用いられてきました。ジェットエンジンでは、燃焼ガスの温度が1600℃にも達し、合金の融点(1350℃)を超えるため、遮熱コーティングやブレード内の冷却装置を用いて合金の温度を下げ融解を避ける工夫がされてきましたが、耐熱性能は限界に来ていました。二酸化炭素排出量削減のためには、エンジンや発電プラントの効率を高める必要がありますが、運転温度の上昇が不可欠です。そのためには、これまでのニッケル基超合金を超える、耐熱温度にも力学特性にも優れた耐火合金が必要になります。近年、耐火ハイエントロピー合金(RHEA)が、超合金の融点に比べて遙かに高い融点を持つことから、超高温用途の新しい合金候補として提案されています。
RHEAの多くは体心立方構造(BCC)を持ち、チタン・ジルコニウム・ハフニウム・ニオブ・タンタル:TiZrHfNbTa(RHEA-Ti)とバナジウム・ニオブ・モリブデン・タンタル・タングステン:VNbMoTaW(RHEA-V)という2つの代表的な合金が広く研究されてきました。RHEA-TiとRHEA-Vの融点はそれぞれ、1882℃と2409℃といずれも超合金よりも高い融点を持つことに加えて、室温で1GPaを超える優れた強度を持つことも知られています。しかし、多くのRHEAは室温での延びが小さく脆いという欠点があることから、RHEAの欠点を克服し、超高温用途の新しい合金開発に繋げることが期待されてきました。
RHEA-TiとRHEA-Vの2つの合金は、同じBCC構造を持つ固溶体合金4)である一方、強度(強さ)、延性(延び)が異なることが報告されてきましたが、その要因は全くわかっていませんでした。新しい合金開発には、強度や延性などの力学特性を決定する因子を明確にすることが不可欠です。そこで本研究では、2つの合金の力学特性の違いを実験によって特定するとともに、理論および電子状態計算により、力学特性の違いを生じる根幹となる因子を解明することを目的としました。
研究成果の概要
1. 実験による2つの合金の力学特性の違いの包括的検討
等原子分率のRHEA-TiとRHEA-Vの2つの固溶体合金を作製し、実験により直径2mmのバルク材および10μm以下のマイクロピラー材の圧縮試験を行いました(図1上)。バルク材の異なる温度における圧縮試験により、全ての温度域で降伏応力5)の絶対値はRHEA-Vが大きいことが確認されました。一方、温度と降伏応力をそれぞれ、融点(Tm)とせん断弾性係数6)(μ)で規格化した強さ(降伏応力)をみると、RHEA-Tiが全ての温度域で非常に高くなることがわかりました。RHEA-TiのμがRHEA-Vの40%以下と弾性的に非常に柔らかいことを考慮すると、RHEA-Tiは強さを向上させる特別な機構を持つことが予測されます。
また、応力ーひずみ関係から、明らかにRHEA-Tiが高い延びを示すことが確認されます。脆性-延性遷移7)を生じる温度は、BCC構造をもつ合金にとって重要な特性であり、ひずみ速度急変試験8)により温度依存性を評価しました。図1下のひずみ速度急変試験において、H*=35kTの直線関係から乖離する点が脆性-延性遷移を生じる温度として計測されますが、RHEA-Vではそれは627Kと高く室温で脆い一方、RHEA-Tiでは247Kと室温より低い温度まで大きな延びを持つことがわかります。すなわち、RHEA-Tiは広い温度域で強度と延性ともに優れた特性を持っていることが確認されました。
図1:RHEA-TiとRHEA-Vに対する圧縮試験、ひずみ速度急変試験
2. 電子状態計算による力学特性を決定する因子の解明
実験と同様に等原子分率のRHEA-TiとRHEA-Vの2つの合金の原子モデルを用いて、電子状態計算による力学特性を決定する因子の解析を行いました。HEAでは、多種多様な元素が高濃度で含まれることにより、結晶の格子が大きくひずむという特徴があり、それが強度と相関することが知られています。そこで、完全結晶の格子ひずみを原子の変位を直接用いて評価する二乗平均原子変位(MSAD)9)という指標を用いて評価しました(図2上)。図から、RHEA-TiのMSADはRHEA-Vの3倍程度大きいことがわかり、転位10)の運動の応力を大きく上昇させることが示唆されます。すなわち、低い弾性係数であるにもかかわらず実験で示されたRHEA-Tiの高い強度は、大きな格子ひずみによってもたらされることが明らかになりました。さらに、Ti、Zr、Hfなどの第IV族元素(HCP元素)がこのような格子ひずみの上昇に寄与することもわかりました。
延性に関する特性は転位によって決定されるため、RHEAの転位構造を直接解析しました(図2下)。矢印に囲まれた領域が転位芯と定義されますが、RHEA-Tiの転位芯は不均質に広がっていることが確認されます。このような転位芯のエネルギー的な安定性を評価するために、多様な転位芯位置に対するエネルギーの分布を解析しました。転位のエネルギーを見ると、RHEA-Tiは明らかに低いことがわかります。これは、結晶中に転位が導入されやすいことを示しており、RHEA-Tiが実験で低温においても優れた延性をもつ要因が転位の安定性にあることが明らかになりました。このような特性も、格子ひずみと同様にHCP元素が引き起こす特性であることが示されました。
以上のように、本研究では耐火ハイエントロピー合金の強度、延性、すべり変形などの力学特性が合金組成によって全く異なる要因を検討しました。特にBCC相を持つハイエントロピー合金に対するHCP元素の添加に対する力学特性の変化を実験によって明らかにするとともに、HCP元素が強度と延性の両方を向上させる機能を持つ要因を電子状態に基づく計算によって解明しました。
図2:電子状態計算による2つのRHEAの格子ひずみと転位芯構造、および転位のエネルギー
波及効果、今後の予定
本研究によって、BCC構造をもつRHEAの力学特性が固溶元素、とりわけHCP元素の添加によって大きく変化することが明らかになりました。このような特徴は、RHEAでは合金設計によってマクロな力学特性を大きく制御できることを示しています。これまで、等原子分率のHEAに対する研究がもっぱら行われてきましたが、元素戦略によって力学特性や機能を向上させるための合金元素や組成の最適化を行い、等原子分率のRHEAの欠点を克服し、次世代の高温構造用途や新しい機能をもつ合金の開発に繋げることを目指します。
助成金の情報
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 新学術領域研究(JP18H05450、JP18H05451、JP18H05453)、挑戦的研究(萌芽)(JP20K21084)、基盤研究(A) (JP22H00262)、基盤研究(B)(JP21H01651、JP22H01762)、特別研究員奨励費(JP23KJ1302)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) さきがけ(JPMJPR1998)・CREST(JPMJCR1994)・創発的研究支援事業(JPMJFR213P)の支援により実施されました。上記の助成金の下、本研究では京都大学で実験・観察、原子力機構で理論計算を行いました。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Intrinsic factors responsible for brittle versus ductile nature of refractory high-entropy alloys(耐火ハイエントロピー合金の脆性と延性を決める性質の本質的要因)
著者:Tomohito Tsuru(都留智仁)*・日本原子力研究開発機構 研究主席、Shu Han(韓 恕)・京都大学 博士課程学生、Shutaro Matsuura(松浦周太郎)*・京都大学 修士課程学生(卒業)、Zhenghao Chen(陳 正昊)・京都大学 助教、Kyosuke Kishida(岸田恭輔)*・京都大学 教授、Ivan Iobzenko・日本原子力研究開発機構 博士研究員、Satish I. Rao・ジョンズ・ホプキンズ大学 非常勤研究員、Christopher Woodward・米国空軍研究所 退職、Easo P. George*・テネシー大学 教授、Haruyuki Inui(乾 晴行)*・京都大学 教授
(*は責任著者)
掲載誌:Nature Communications
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-45639-8
【用語の説明】
1)耐火ハイエントロピー合金(RHEA)
多元系高濃度合金のギブスエネルギーは、エンタルピー項に対して構成元素の配置のエントロピー項の寄与が大きくなるため、不規則固溶体が安定化されやすくなる。一般的に、5種類以上の構成元素によって構成され、配置のエントロピーがある値以上になる合金がハイエントロピー合金として定義される。耐火ハイエントロピー合金は、その中でも融点が高い元素で構成される合金であり、多くが体心立方構造をもつ。
2)電子状態計算
原子の位置と元素の種類の情報のみから、電子の状態とエネルギーを評価する経験的な仮定をできるだけ行わない計算方法で、電子の状態に基づいてハイエントロピー合金の欠陥構造や力学特性を評価することができる。
3)第IV族(HCP)元素
周期表の第IV族の元素であり、Ti、Zr、Hfが該当し、単体では六方最密構造(HCP)をとる。一方、本研究の合金に用いられる他の元素は、第V族と第VI族の元素であり、単体で体心立方構造(BCC)をとる。
4)固溶体合金
異なる金属元素が、化合物を作らずに均質に固溶した状態の合金。
5)降伏応力
金属材料に荷重を加えると弾性的な変形から永久ひずみを生じる変形(塑性変形)に変化する。この変化を生じる際の応力を降伏応力という。
6)せん断弾性係数
せん断変形に対する弾性係数であり、弾性変形領域では応力とひずみがせん断弾性係数を係数とする比例関係で記述される。本研究では、転位運動が生じるすべり面と方向に対する方向のせん断弾性係数を用いた。
7)脆性-延性遷移
多くの金属材料では、温度が低下すると急激に延性が低下し脆くなる現象が生じる。このときの遷移が脆性-延性遷移であり、その際の温度を脆性-延性遷移温度という。
8)ひずみ速度急変試験
ひずみ速度を急激に変化させる試験から、変形の活性化エネルギーを求めることができるが、BCC金属ではこの活性化エネルギーが急激に変化する温度が存在する。この温度は変形のしやすさが変化したことに対応しており、脆性-延性遷移温度と呼ばれる。
9)二乗平均原子変位(MSAD)
ハイエントロピー合金では、多様な元素が高濃度で固溶しているため、結晶中の原子は格子点からずれた位置に存在する。この格子のずれを原子シミュレーションによって変位として解析し、二乗平均を用いて表したもの。
10)転位
材料中に存在する欠陥構造の一つで、転位が運動することによって金属特有の延びを生じる。転位の運動は他の欠陥、格子ひずみ、温度によって変化し、金属材料の強度、延性を決定する重要な因子になる。