2023-11-08 東京大学
発表のポイント
◆ティモール海で採泥されたIODPサイトU1483の堆積物コア中の放散虫化石群集から160万年前から50万年前の間の夏季表層水温を復元した。
◆ティモール海の表層水温は夏季モンスーンに制御されており、およそ98万年前に急激な寒冷化が記録されている。
◆ティモール海の放散虫の生産性は、98万年前以前の時代は夏季モンスーンが強い間氷期に増加していたが、98万年前以降の時代は逆に冬季モンスーンが強い氷期に増加する。
本研究の主人公となる放散虫化石、その中で最も多かったTetrapyle circularis。
本研究ではこのような化石からティモール海の過去の表層水温を復元した。
発表概要
東京大学大気海洋研究所の松崎賢史助教、キール大学地球科学専攻(ドイツ)のAnn Holbourn主任研究員、Wolfgang Kuhnt教授、Li Gong大学院生、そして東京大学大学院理学系研究科の池田昌之准教授らの研究チームは、およそ98万年前に強化した冬季モンスーンの影響でティモール海の動物プランクトンの生産パターンが変化したと明らかにした。本研究ではドイツの研究船Sonne航海257およびInternational Ocean Discovery Program(IODP)による航海363において、サイトU1483で採取された表層堆積と、コアの堆積物中の放散虫化石群集の変化から、地域の夏季表層水温(sea surface temperature, SST)の変動を復元した。さらに、放散虫化石の豊度も復元しX線蛍光スキャン元素データとも比較をした。この結果から、サイトU1483のSST夏季モンスーンに制御されていることが明らかになった。さらに、約98万年前までは、強い寒冷化を記録し、その寒冷化が放散虫化石の生産性パターンを大きく変えたという証拠を得た。
発表内容
中期更新世の移行(Mid-Pleistocene Transition, MPT)期は、約120万年前から約80万年前の期間であり、地球の気候の氷期・間氷期の周期が約4万年周期から約10万年周期に変化し、氷期の寒冷化が強化した。東アジアでは冬季モンスーンが卓越したことも報告されている。しかし未だMPTの起源は不明である。
本研究では、ティモール海を対象として、MPTの寒冷化がどの程度ティモール海の古海洋やオーストラリアンモンスーン、そして海洋生態系に影響を及ぼしたかについて検討した。この検討にあたり、放散虫という珪質殻を持つ浮遊性原生生物に着目し、ティモール海の放散虫群集変化から過去の夏季表層水温を復元した。さらに、放散虫の絶対量の変化とX線蛍光スキャン元素データの比較から、海洋環境変動、生態系の応答、オーストラリアンモンスーンとの相互作用について検討した。
キール大学のWolfgang Kuhnt教授が主導したドイツの掘削船SONNE航海257で採取した表層堆積物中の放散虫群集を調べ、その群集から統計的に夏季表層水温と相関させ、過去の夏季表層水温を復元する手法を開発した。キール大学のAnn Holbourn博士が主導した国際深海科学掘削計画(International Ocean Discovery Program、IODP)を通じて、2017年にティモール海に採取したサイトU1483の堆積物中の放散虫の群集の変化を調査した。次にはSONNE航海257の表層堆積物研究で開発した手法を応用して、サイトU1483でMPTにおける夏季表層水温の復元を行った。
復元した夏季表層水温は主に夏季モンスーンに制御されていることが明らかになった。また、夏季表層水温と放散虫の絶対量、そしてX線蛍光スキャン元素データの比較から(図1)、およそ98万年前にティモール海で発生した急激な寒冷化は、強化した冬季モンスーンによるものであったと考えられた。また、98万年前までは放散虫の生産性は夏季モンスーンの影響が強い間氷期に最も高かったことが判明した。これは、モンスーン降水により河川流入量が増加し、より多くの陸起源の栄養塩が海に運ばれ、放散虫の生産性が増加したためと考えられた。しかし、98万年前以降の時代には、放散虫の生産性は冬季モンスーンの影響が強い氷期の方が高まり、放散虫の生産性のパターンは大きく変化したと考えられる。
本研究では、現在より温暖であった時代で生じた全球的な寒冷化によって、どのようにモンスーンとプランクトンの生産性が応答したかについて、いくつかの可能性を提案しており、地球温暖化に伴う生態系の応答のヒントを提供する可能性がある。
図1:総合結果
a)Gong et al. (2023)によるU1483サイトのベンチック海洋性渦鞭毛虫の酸素同位体(‰)年代層序。
b) Gong et al. (2023)によるU1483サイトのXRFコアスキャニングによって得られたLog(砕屑物/カルシウム)、灰色の線は5点移動平均を示している。
c) U1483サイトでの放散虫に基づく南半球夏の平均海水温度(°C)の再構築(本研究)。
d) U1483サイトでの放散虫の絶対個体数(骨格/g)(本研究)。オレンジ色の帯はLisieckiとRaymo(2005年)の定義による間氷期を示している。破線の黒い線は、夏の海水温度が高くて陸域の影響が比較的高い場合に放散虫の絶対個体数が高いことを示している。破線の青い線は、夏の海水温度が比較的低くて陸域の影響が少ない場合に放散虫の絶対個体数が高いことを示している。
発表者・研究者等情報
東京大学
大気海洋研究所
松崎 賢史 助教
大学院理学研究科
池田 昌之 准教授
キール大学 地球科学専攻(ドイツ)
Ann Holbourn 主任研究員
Wolfgang Kuhnt 教授
Li Gong 修士課程
論文情報
雑誌名:Earth and Planetary Science Letters
題 名:Variability of the Indonesian Throughflow and Australian Monsoon across the Mid Pleistocene Transition (IODP 363, Site U1483)
著者名:Kenji M. Matsuzaki, Ann E. Holbourn, Wolfgang M. Kuhnt, Masayuki Ikeda and Li Gong
DOI:10.1016/j.epsl.2023.118437
URL:https://doi.org/10.1016/j.epsl.2023.118437
研究助成
本研究は、科研費「国際強化研究加速 (B)(課題番号:19KK0089)」、「German Research Foundation(課題番号:Ku649/37-1)」、MEXT Bilateral Collaboration Research Project between Japan and Germany (Grant No.: 120203510 )の支援により実施されました。
問合せ先
東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門
助教 松崎 賢史(まつざき けんじ)