2023-08-24 東京工業大学
要点
- α-Al2O3保護性被膜の組織に、被膜の成長を促す「酸素だけが通れるトンネル」構造が形成されることを発見。
- 被膜成長時にアンカーやペグに似た構造を形成することで、基材から剥がれにくくなるメカニズムを解明。
- 核融合炉などにおいて液体金属を冷却材に用いる機器の長寿命化に貢献。
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の近藤正聡准教授と同 環境・社会理工学院 融合理工学系の北村嘉規大学院生、横浜国立大学の大野直子准教授、核融合科学研究所の菱沼良光准教授らは、核融合炉[用語1]の液体金属ブランケット[用語2]などの腐食環境下において構造材料を保護する、α-Al2O3(アルファアルミナ)被膜[用語3]の成長や基材との付着性を促進するメカニズムを明らかにした。
核融合炉や高速増殖炉[用語4]、太陽熱発電所[用語5]などのエネルギープラントでは、高効率なエネルギー変換を実現するために、優れた伝熱性を有する液体金属を冷却材として利用することが検討されている。しかし、高温の液体金属には構造材料を腐食するという問題がある。その対策として、液体金属を冷却材とする機器の構造材料の表面に緻密な保護性酸化被膜を形成させて、腐食を抑制する方法が検討されてきた。
近藤准教授らは、酸化物分散強化型(Oxide Dispersion Strengthened: ODS)[用語6]のFeCrAl合金が緻密な組織からなるα-Al2O3被膜を形成することに注目し、被膜の成長挙動を調べた。その結果、合金中に含まれるチタン(Ti)やイットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)が被膜内に移動して細長い酸化物を形成し、酸素だけが通れるトンネルのような役割を果たすことで、被膜の成長を促していることを突き止めた。さらに、被膜が成長する過程において、アンカー[用語7]やペグ[用語8]に似た構造を自ら形成し、基材表面への付着強度を大きく上昇させることも明らかにした。こうしたメカニズムはα-Al2O3被膜が有する高い保護性をさらに促進すると結論できる。
本研究成果は、ゼロカーボンエネルギーの実現を目指して加速している核融合炉等のエネルギープラント開発に要求される、構造材料の過酷環境下バリア技術の成立につながるものと期待され、Elsevierの「Surface and Coatings Technology」オンライン版に2023年7月6日付で掲載された。
背景
環境負荷が小さく資源的な制約を受けないエネルギープラントとして、核融合炉や高速増殖炉、太陽熱発電所などの開発が進められている。こうしたエネルギープラントでは、高効率なエネルギー変換を実現するために、伝熱性能に優れた液体金属を冷却材とする機器の利用が検討されている。核融合炉の液体金属ブランケットや液体金属ダイバータ[用語9]は、国内外の研究者から革新的なエネルギー変換機器として注目されているが、高温の液体金属と化学的に共存する構造材料の選定が課題とされてきた。
近藤正聡研究室では、次世代エネルギー分野で注目されているさまざまな液体金属冷媒を取り上げ、有力な構造材料との化学的共存性(耐食性)を中心に研究を実施してきた。その結果、構造材料の腐食の原因が、液体金属に接した材料からの金属成分の溶出や、液体金属と鉄鋼材料の合金化であることを突き止めた。そうした中で、液体金属機器の構造材料の表面に緻密な保護性酸化被膜を形成させることで、腐食を大きく抑制できることを見出した。このような、腐食を抑制する安定な保護性酸化被膜の形成は、液体金属機器の成立の鍵を握っていると言える。
本研究では、酸化物分散強化型(Oxide Dispersion Strengthened: ODS)のFeCrAl合金が、緻密な組織からなるα-Al2O3被膜を形成することに注目し、被膜の成長を促進しうる因子や、被膜が基材から剥がれにくくなるメカニズムを明らかにした。
研究成果
緻密な組織からなる保護性α-Al2O3被膜の正体は?
高温の液体金属環境下において抜群の保護性を発揮するのがα-Al2O3被膜である。ODS Fe15Cr7Al合金は優れた高温強度を有しており、次世代エネルギープラントの有力な候補構造材料である。この合金を1,000℃の大気中で10時間ほど酸化させることにより、α-Al2O3被膜を形成させることができる(図1(a))。この被膜の厚さは1.28マイクロメートル[用語10]と、人の髪の毛の太さの1/80程度だが、アルミニウムと酸素が均一に分布した極めて緻密な組織からなる(図1(b))。一方で、α-Al2O3被膜内には、TiやY、Zrといった活性元素の酸化物が形成されている(図1(c))。これは、ODS Fe15Cr7Al合金の組織内に微小な酸化物粒子として分散して保持されている活性元素が、被膜内に移動して酸化物を形成したものである。複数のタイプのFeCrAl合金が形成する酸化被膜の組織や成長速度を比較した結果、活性元素を含まない合金の場合は、こうした酸化物を被膜内に形成することはなく、被膜の成長が遅いことが分かった。こうした活性元素の酸化物は、細長い形状をしており、「酸素だけが通れるトンネル」のような役割を果たし、被膜の成長を促進して、バリア性を向上させることが分かった(図2)。
図1. ODS Fe15Cr7Al合金が形成したα-Al2O3被膜の断面組織、(a)走査透過電子顕微鏡像、(b)アルミニウムと酸素のエネルギー分散型X線(EDX)元素マッピング像、(c)チタン、イットリウム、ジルコニウムのEDX分析による元素マッピング像
α-Al2O3被膜の剥がれにくさの秘訣:アンカーやペグに似た構造の形成
保護性被膜には剥がれにくさが求められる。本研究では、ODS-FeCrAl合金が形成したα-Al2O3被膜に対して、尖った針で被膜をひっかいて剥がすのに必要な力の大きさを測定するスクラッチ試験を実施した。その結果、ODS-FeCrAl合金のα-Al2O3被膜は優れた付着性を有していることが分かった。α-Al2O3被膜が剥がれにくくなるメカニズムには、活性元素の酸化物が関わっていると考えられる(図2)。今回の研究では、基材から被膜の方向に形成された活性元素の細長い酸化物が、テントの固定に使用されるペグ(杭)のように被膜の組織をがっちりと捕まえており、付着強度の向上に寄与していることが分かった。これはペグ効果(Pegging effect)[用語11]と呼ばれる。
また、α-Al2O3被膜と基材との間にギザギザな界面が形成されており、このギザギザな界面の深さは、被膜が厚く成長するにつれて深くなることが分かった。さらに、ギザギザな界面の深さが深いほど、α-Al2O3被膜を剥離させるために必要なせん断応力[用語12]が大きくなること、つまり、被膜の付着強度が強いことも明らかになった(図3(b))。上述の酸素のトンネルが形成されたパターンでは、被膜の成長が適度に不均一な状態で促進されるためにギザギザな界面が深くなり、強いアンカー効果(Anchoring effect)[用語13]が発揮される。被膜の形成法としては、他にも、溶液を介して酸化物などの膜を製膜する方法があるが、そうした膜に比べて、本研究で形成した被膜は付着力が高く、密度の大きな液体金属の流れにも十分に耐えられるものであることが分かった。
図2. α-Al2O3被膜が剥がれにくくなるメカニズム
図3. (a)α-Al2O3被膜の成長とギザギザな界面構造の深さの関係、(b)α-Al2O3被膜を剥離させるために必要なせん断応力
社会的インパクト
従来、液体金属を使用する上では構造材との共存性が技術的課題とされてきた。本研究において、緻密で剥がれにくい被膜によるバリア技術が開発されたことにより、液体金属機器の長寿命化に見通しが立つ状況となった。結果として、核融合炉などの先進エネルギープラントや海水淡水化・環境浄化技術[用語14]などへの液体金属技術の実装が進むことにより、カーボンニュートラル社会の実現に拍車がかかると期待される。
今後の展開
地球環境と調和する社会の実現に向けて、核融合炉などの革新的エネルギー技術が求められている。そうした中で、より過酷な環境下における冷媒として液体金属の需要が高まる可能性が高い。核融合炉の液体ブランケットや液体ダイバータのような液体金属機器の構造材料は、液体金属による腐食と核融合中性子の照射が重畳する条件にさらされる。こうした極めて過酷な条件において、α-Al2O3被膜がバリア機能を維持できるのかという点については、日米科学技術協力事業(共同プロジェクト:FRONTIER計画)のTASK3[用語15]で実施されている、原子炉環境を利用した共存性研究(米国オークリッジ国立研究所等との国際共同研究)において調査が進められている。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究(B))自己保全機能を有する絶縁性酸化被覆によるMHD流れの制御技術の構築(21H01060)ならびに核融合科学研究所LHD計画共同研究 ヘリカル核融合炉の液体金属冷却システムと共存するFeCrAl-ODS合金の技術開発(NIFS20KOBA033)の支援を受けて行われた。また、本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号JPMXP1222HK0060)を通じた技術的支援を受けて実施された。
用語説明
[用語1] 核融合炉 : 膨大なエネルギーを生む、水素の同位体の核融合反応を人工的に発生させ、発電などに活用できるようにする装置。稼働時にCO2を排出しない次世代エネルギー源として期待されている。
[用語2] 液体金属ブランケット : ブランケットは一般的には「毛布」の意だが、核融合炉では、プラズマを毛布のように液体金属で覆うエネルギー変換システムを指す。核融合反応で発生する中性子を取り込みながら、熱エネルギーと新たな燃料を生産する役割を持つ。液体金属は液体状の金属。液体としての流動性を持ちつつ、金属として熱や電気を伝える能力に優れており、冷却材をはじめ、さまざまな用途に使用される。広義では液体となった金属すべてを指す。狭義では、融点が約-39℃の水銀や約30℃のガリウムなど、室温やそれに近い温度で液状のものを指す場合や、融点が約181℃のリチウムや約232℃のスズ、約328℃の鉛など比較的低温で液状になるものを含める場合、また、使用温度で液体状態になっている金属を指す場合などに分かれる。鉛やその合金などの液体重金属と呼ばれるものや、リチウムなどの液体アルカリ金属と呼ばれるものがある。
研究者たちによる液体金属の応用の紹介動画:液体金属 その新たな可能性 – Tokyo Tech Research
[用語3] α-Al2O3(アルファアルミナ)被膜 : 酸化アルミニウムの膜のこと。化学的に非常に安定で、高温の液体金属に対しても優れた耐食性を示す。
[用語4] 高速増殖炉 : ウランとプルトニウムを燃料とする原子炉で、冷却材に液体金属を用いる。高速中性子を利用してプルトニウムを増殖しながら運転する。
[用語5] 太陽熱発電所 : 大きな鏡によって太陽光を集光し、その熱を冷媒で輸送して、ボイラーで蒸気を発生させて発電する施設。液体金属を冷媒とするシステムの開発も行われている。
[用語6] 酸化物分散強化型合金(ODS alloy:Oxide Dispersion Strengthened alloy) : 酸化物の微粒子を組織内に分散させた合金で、極めて優れた高温強度を有する。
[用語7] アンカー : 船を停泊させておくために、ロープをつけて海底などに沈める器具。沈めたアンカーと海底面などとの間で生じる抵抗により船が移動するのを抑制する。
[用語8] ペグ : テントを張るロープを地面に固定するための杭。
[用語9] 液体金属ダイバータ : 核融合炉内で、プラズマ中の不純物をガス化して排気用ポンプへと導き、プラズマの純度を維持する機器。ダイバータの構造材表面に荷電粒子が衝突することによって高熱負荷になると想定されるため、構造材表面を液体金属で覆う液体ダイバータ概念が検討されている。
[用語10] マイクロメートル : 1メートルの100万分の1。髪の毛の太さは約100マイクロメートル。
[用語11] ペグ効果(Pegging effect) : 釘打ち効果とも呼ばれ、その名の通り、対象物に釘が打たれることにより強固に固定される。
[用語12] せん断応力 : 材料表面に対して平行な方向に作用する単位面積あたりの力。液体金属などが配管内を流れる際に、配管内壁にせん断応力が生じる。酸化被膜の場合、付着性が強いほど、流れにより生じるせん断応力に耐えることができる。
[用語13] アンカー効果(Anchoring effect) : 船の錨(アンカー)のように対象物にひっかかることにより、固定を強める効果のこと。
[用語14] 海水淡水化・環境浄化技術 : 東京工業大学では、液体金属流体を用いた海水淡水化技術やCO2回収技術が開発されている。
[用語15] 日米科学技術協力事業(共同プロジェクト:FRONTIER計画)のTASK3 : 2019年からスタートした、原型炉ダイバータにおける界面反応ダイナミクスと中性子照射効果に関する米国との共同研究プロジェクト。このプロジェクトのTASK3では、東京工業大学の近藤正聡准教授と横浜国立大学の大野直子准教授が日本側の取りまとめ責任者を務め、「液体金属材料と構造材・被覆材の共存性および中性子照射効果」について、米国オークリッジ国立研究所の原子炉HFIR(高中性子束同位体炉)を用いた共存性研究が行われている。
論文情報
掲載誌 :Surface and Coatings Technology
論文タイトル :Excellent adhesion of protective α-Al2O3 layer formed on ODS FeCrAl alloys
著者 :Yoshiki Kitamura, Masatoshi Kondo, Naoko Oono-Hori, Yoshimitsu Hishinuma
DOI :10.1016/j.surfcoat.2023.129787