2023-08-02 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」において、次世代革新炉の開発・建設に取り組むことが示されました。原子力機構では、次世代革新炉の社会実装を支援する統合システムARKADIAを開発しています。
- ARKADIAは、AI、シミュレーション、知識ベースを組み合わせることで、原子炉の設計を最適化し、開発リソースを最小化します。
- ARKADIAに組み込む技術として、ナトリウム冷却高速炉の安全性を評価し、設計最適化に活用できる新しいシミュレーション手法を開発しました(図1)。
- 新しいシミュレーション手法を活用することで、次世代革新炉に対し、世界最高水準の安全性を保ったまま経済性を飛躍的に向上させる設計が可能になります。
- 今後は、民間企業や教育機関とより広く連携し、ARKADIAの開発を加速していきます。
図1 ARKADIAによりナトリウム冷却高速炉の最適な設計条件を探索した例
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範 以下、「原子力機構」という)高速炉サイクル研究開発センターでは、次世代革新炉注1(以下、「革新炉」という)の社会実装を支援するため、ARKADIA注2を開発しています。ARKADIAに組み込むDX(デジタルトランスフォーメーション)注3技術のひとつとして、ナトリウム冷却高速炉(以下、「ナトリウム冷却炉」という)の安全性を評価し、設計最適化に活用できる新しいシミュレーション手法を開発しました。
2023年2月に、「GX実現に向けた基本方針」注4が閣議決定されました。この中では、革新炉の開発・建設に取り組むことが示されています。「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」注5では、高速炉開発の着実な推進が目標とされています。ナトリウム冷却炉は、革新炉の有力な候補のひとつです。原子力機構では、ナトリウム冷却炉の設計を進め、国の方針に基づき適切な時期に運転を開始するための研究基盤として、ARKADIAを開発しています。ARKADIAは、人工知能(AI)、シミュレーション、知識ベースを組み合わせることで、原子炉の設計を最適化し、開発リソースを最小化します。
ARKADIAは、ナトリウム冷却炉の機器の設計を、安全性や経済性など複数の観点から最適化することを第一の目的としています。安全性を評価するためには、原子炉で事故が発生したときの状態変化を予測するシミュレーションが必要となります。これまでのシミュレーション手法は、高度な知識と経験を持つ熟練者でなければ適切に使用することが難しい上に、評価作業に時間がかかるという課題がありました。本研究では、仮想的なシビアアクシデント注6やナトリウムが漏えいしたとき、原子炉容器注7の内部から格納容器注8に至る広い範囲で起こる状態変化を、高速に、簡便な操作で予測できる新しいシミュレーション手法を開発しました。その有効性を確認するため、ナトリウム燃焼注9が発生する事故を想定し、格納容器のサイズや設備対策を最適化する問題を例題に選びました。さまざまな格納容器のサイズと設備対策の組み合わせごとにシミュレーションを行った結果、高い安全性を保ったまま、格納容器を小型化できる設備対策の条件を発見しました。
開発した新しいシミュレーション手法をARKADIAに組み込み、次のことが可能となります。
- プラントライフサイクル(設計、建設、運転、廃止)の全般に対して、最適な革新炉の概念の創出を支援する。
- 世界最高水準の安全性を保ったまま経済性を飛躍的に向上させる設計を見出す。
- コストや時間のかかる実証実験の数を抑え、革新炉を実用化するまでの期間を短縮する。
- シミュレーションや原子炉の設計を担う人材の育成に貢献する。
ARKADIAは、原子力機構におけるナトリウム冷却炉の設計研究に活用するだけでなく、近年中に民間企業各社や教育機関へ提供を開始する予定であり、地球温暖化のストップとゼロカーボン社会の実現に貢献するための中核的な技術として開発を進めていきます。ARKADIAは、米国機械学会の学術誌に論文が掲載されるなど、国内外から注目が集まっています。今後、より幅広い機関と連携し、開発を加速していきます。
【これまでの背景・経緯】
2023年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」の中では、革新炉の開発・建設に取り組むことが示されています。同方針の実現を目指し、安全性の確保を前提として原子力発電を適切に活用するための施策を含んだ法律も整備されました。「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、国際連携を活用した高速炉開発の着実な推進が目標とされています。これらから、気候変動危機への解決策として、革新炉の社会実装が大いに期待されていることが伺えます。また、2022年12月に、高速炉の開発目標をより具体化しつつ、開発マイルストーンを設定し、関係者の役割をより明確にするために原子力関係閣僚会議で改定された「戦略ロードマップ」では、原子力機構の役割として、解析評価技術等のソフトの開発基盤を維持・整備することが示されています。原子力イノベーションの創出に向けて、原子力機構の研究基盤を提供することも重要な課題となっています。
ナトリウム冷却炉は、革新炉の有力な候補のひとつです。原子力機構では、ナトリウム冷却炉の設計を進め、国の方針に基づき適切な時期に運転を開始するための研究基盤として、統合システムARKADIAを開発しています。現在、以下の機能の実装を進めています(図2)。
① これまでのナトリウム冷却炉の研究開発で蓄積された知識に加え、今後、ARKADIAを使うことで生み出される新しい知識をも集積し、智慧として活用するシステム
② 物理法則に基づき、原子炉をサイバー空間上でシミュレーションするシステム
③ ①と②を活用して、原子炉の設計の最適化を支援するシステム
④ 3つのシステムを制御し、ユーザーが使いやすいインターフェースを有するプラットフォーム
これに基づき、無限に組み合わされる設計条件に対し、安全性と経済性の両者を高い水準で満たすよう設計を最適化し、開発リソースを最小化します。
図2 ARKADIAの構成
【今回の成果】
本研究では、ARKADIAの機能②として、仮想的なシビアアクシデントやナトリウム漏えいが発生したとき、原子炉容器の内部から格納容器に至る広い範囲で起こる状態変化を、高速に、簡便な操作で予測できる新しいシミュレーション手法を開発しました。
安全性を評価するためには、原子炉で事故が発生したときの状態変化を予測するシミュレーションが必要となります。これまでのシミュレーション手法は、高度な知識と経験を持つ熟練者でなければ適切に使用することが難しい上に、例えば安全性と経済性を両立させる設計最適化を目的として使用する場合、熟練者でも評価作業に時間がかかるという課題がありました。
新しいシミュレーション手法では、原子炉容器の内部から、冷却系配管、格納容器に至る広い領域で、領域間の相互の影響を自動的に考慮できることがポイントです。これにより、安全性を評価するときの重要なパラメータである温度や圧力などの変動を、高速に、簡便な操作で予測することができます。
新しいシミュレーション手法の有効性を確認するため、原子炉の配管を流れる液体ナトリウムが漏えいし、燃焼したことで、広い範囲で圧力が上昇する仮想的な事故を想定し、格納容器の設計を最適化する問題を例題に選びました。この例題では、格納容器のサイズと設備対策の組み合わせによる複数の条件で、ナトリウム漏えいのシミュレーションを行い、圧力の変動を評価しながら、最適な条件を探索しました。図3は、シミュレーション結果の一例を示しています。新しいシミュレーション手法により、配管からのナトリウム漏えい量が状況に応じて変動し、それに伴い、格納容器の内部圧力が変動することを自動的に評価できました。図4のとおり、設備対策をさまざまに追加した組み合わせの中から、高い安全性を保ったまま、格納容器を小型化できる設備対策の条件を発見しました。格納容器の小型化は、経済性の飛躍的な向上、耐震性の向上、建設工程の短縮やメンテナンスの簡素化など多くの利点があります。
図3 仮想的なナトリウム漏えいのシミュレーションの様子
図4 最適な設計条件に至る探索プロセス
【本研究の意義・今後の展望】
原子力機構は、革新炉の社会実装を支援する統合システムARKADIAに組み込むDX技術のひとつとして、ナトリウム冷却炉の安全性を評価し、設計最適化に活用できる新しいシミュレーション手法を開発しました。開発した新しいシミュレーション手法を、図2に示す①や③の機能と組み合わせることで、ARKADIAにより、次のことが可能となります。
- 原子炉の設計プロセスを変革し、プラントライフサイクル(設計、建設、運転、廃止)の全般に対して、最適な革新炉の概念の創出を支援する。
- 世界最高水準の安全性を保ったまま経済性を飛躍的に向上させる設計を見出す。
- コストや時間のかかる実証実験の数を抑え、革新炉を実用化するまでの期間を短縮する。
- 利便性の高い統合システムとして、シミュレーションや原子炉の設計を担う人材の育成に貢献する。
ARKADIAは、原子力機構におけるナトリウム冷却炉の設計研究に活用するだけでなく、近年中に民間企業各社や教育機関へ提供を開始する予定であり、地球温暖化のストップとゼロカーボン社会の実現に貢献するための中核的な技術として開発を進めていきます。
ARKADIAの機能として、以下の手法の構築を進めているところで、これらの開発構想も含めた内容について、米国機械学会の学術誌に論文が掲載されるなど、国内外から注目が集まっています。今後、より幅広い機関と連携し、開発を加速していきます。
(構築中の手法)
- 最適な設計条件を自動で探索する手法
- これまで培ってきたシミュレーションの技術や知識を活用した炉心・燃料仕様や原子炉構造の最適化手法
- 原子炉の機器の点検・交換などのメンテナンス計画の策定手法
- ナトリウム冷却炉に関する研究開発を通じて蓄積された豊富な知識ベースと、機械学習等を適用した知識ベースの活用手法
【論文情報】
論文誌名:Journal of Nuclear Engineering and Radiation Science
タイトル:ARKADIA—For the Innovation of Advanced Nuclear Reactor Design
著者:H. Ohshima1, T. Asayama1, T. Furukawa1, M. Tanaka1, A. Uchibori1, T. Takata2, A. Seki1, and Y. Enuma1
1Japan Atomic Energy Agency 2The University of Tokyo
J of Nuclear Rad Sci. Apr 2023, 9(2): 025001
DOI:https://doi.org/10.1115/1.4054726
【助成金の情報】
本件の一部は、文部科学省原子力システム研究開発事業JPMXD0216816129の助成を受けたものです。
【用語の説明】
注1 次世代革新炉
安全性、廃棄物、エネルギー効率、核不拡散性等の観点から優れた技術を取り入れた先進的な原子炉。ナトリウム冷却高速炉は有力な候補の一つであり、その他に小型軽水炉、高温ガス炉等がある。
注2 ARKADIA
革新的な原子炉の社会実装を支援する統合システム「Advanced Reactor Knowledge- and AI-aided Design Integration Approach through the whole plant lifecycle」の略称。
注3 DX(デジタルトランスフォーメーション)
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
注4 「GX実現に向けた基本方針」
エネルギー安定供給の確保が世界的に大きな課題となる中、GXを通じて脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現するべく、取りまとめられた基本方針。2023年2月10日、閣議決定。GXとはグリーントランスフォーメーションの略であり、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換することを表す。
注5 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、「経済と環境の好循環」につなげるため、経済産業省が中心となり、関係省庁と連携して策定された産業政策。この戦略の中で、高速炉は高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減、資源の有効活用という核燃料サイクルの効果をより高めるものとして位置付けられ、国際連携を活用した高速炉開発の着実な推進が目標として掲げられている。さらに、JAEAが保有する「常陽」・原型炉「もんじゅ」の運転・保守経験で培われたデータや、ナトリウム実験ループ「AtheNa」等の世界的にも貴重なデータ・施設を最大限活用することも示されている。
注6 シビアアクシデント
設計時の想定を大幅に超え、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却や反応度の制御ができなくなり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象。
注7 原子炉容器
燃料や冷却材を内包する容器。
注8 格納容器
原子炉容器や冷却系統の主要な機器を格納している気密性を確保した構造物。
注9 ナトリウム燃焼
漏えいした液体ナトリウムが酸素や湿分と化学反応を起こす現象。漏えいした空間で温度や圧力の上昇を引き起こす。