坑道掘削時の断層からの湧水量の減少速度を支配するメカニズムを解明~トンネル工事現場や放射性廃棄物の地層処分場での湧水抑制対策に貢献~

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2023-07-12 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 坑道掘削時に断層と遭遇すると地下水が坑道内へ流入します。地下水の湧水量は時間経過とともに減少していきますが、湧水量が減りやすい場合と減りにくい場合があります。この減少速度の違いのメカニズムは今までよく分かっていませんでした。
  • 断層内の水みちのつながり方が、三次元的だと湧水量の減少速度が遅く、一次元的だと速いことを、観測データとシミュレーションで解明しました。湧水量の減少速度を支配するメカニズムを、実際の掘削現場で明らかにしたのは世界初です。
  • 今回明らかになったメカニズムは、トンネル工事現場や放射性廃棄物の地層処分場で断層から湧水が発生した際に、湧水量の減少速度の予測に使えます。速い減少が期待できる場合はセメント注入を見送るなど、湧水抑制対策の軽減に役立ちます。

図 湧水量の減少速度を支配するメカニズムを表す概念図

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範)核燃料・バックエンド研究開発部門 幌延深地層研究センター 堆積岩安全評価研究グループの石井英一グループリーダーは、地下深部の坑道掘削において断層との遭遇時に坑道内へ流入する地下水の量(以下、「湧水量」という。)が自然に減少する現象について、その減少速度を支配するメカニズムを実際の掘削現場で初めて明らかにしました。

地下深部の坑道掘削において断層を掘削すると地下水が坑道内に流入しますが、掘削現場では周辺環境や掘削工事への悪影響を考慮して、この湧水量を少なくする必要があります。この対策として、断層内にセメントを注入し、湧水量を少なくする方法がとられます。一般的に、湧水量は時間経過とともに自然に減少することが知られています。湧水量の減少速度が速い場合は、セメント注入などの対策を行わずに済みます。一方で、湧水量の減少速度は遅い場合もあります。この様な湧水量の減少速度の違いが、何に支配されているのか、よく分かっていませんでした。

幌延の地下研究施設の掘削工事において遭遇した断層からの湧水量の減少速度を調べたところ、事前のボーリング調査から推定される断層内の水みちのつながり方が湧水量の減少速度の違いと密接に関連することが分かりました。水みちのつながり方が三次元的な断層では、一か月経っても湧水量がほとんど減少しません。一方で、水みちのつながり方が一次元的な断層では、数日~数週間で1/2~1/10まで湧水量が減少します。この関係が水みちのつながり方と水圧の伝搬の仕方との関係で説明できることがシミュレーションにより分かりました。

これまで、坑道掘削時の湧水量の予測では、水みちのつながり方が三次元的であることが一般に仮定されていました。しかし今回の検討により、断層内の水みちのつながり方が一次元的だと非常に速い速度で湧水量が減少することが分かりました。一次元的につながった水みちが存在すること自体は以前から知られていましたが、このようなメカニズムが実際の掘削工事の現場で明らかにされたのは今回が初めての事例となります。

今回明らかになったメカニズムは、他のトンネル工事の湧水対策にも役立つと考えられます。例えば、湧水発生直後の湧水量の減り具合を水みちのつながり方の次元と関連付けることで、その後の湧水量の減少速度を予測できるようになります。その予測に応じてセメント注入などの対策を見送るなどの判断も今後は可能になります。また、高レベル放射性廃棄物の地層処分場において、廃棄体の緩衝材1)や坑道の閉塞に用いる粘土材料が湧水によって流されないようにするための対策を講じる際にも役立つと考えられます。

本研究成果は、国際学術誌「Hydrogeology Journal」の令和5年6月号(6月28日発行)に掲載されました。

【これまでの背景・経緯】

地下深部の坑道掘削において断層を掘削すると地下水が坑道内に流入します(図1)。しかし、掘削現場では周辺環境への影響(排水による地盤沈下、渇水、水質汚染など)や掘削工事への影響(工事の遅れ、排水処理費の増大、人的被害など)を考慮して、この湧水量を少なくする必要があります。この対策として、断層内にセメントを注入し、湧水量を少なくする方法が一般にとられますが、この対策にも多くの時間と費用が必要です。湧水量が多い場合は湧水量の低減にも限界があり、セメントを注入してもいくらかの湧水量は残ります。一方で、このような人為的な対策を行わなくても、湧水量が時間の経過とともに自然に減少することが知られています。この減少速度が速い場合は、セメント注入などの人為的な対策を行わずに済むこともあります。しかし、湧水量の減少速度の違いが何に支配されているのか、よく分かっていませんでした。

図1 幌延の地下研究施設における主な断層交差部の湧水箇所(左図)と湧水の例(右図)
湧水箇所A~Dでは掘削直後に数十L/min以上の湧水が発生し、Dでは右図に示すように岩盤が露出した部分を吹付けコンクリートで覆った後に断層交差部から数百 L/min以上の湧水が発生しました。

【今回の成果】

幌延の地下研究施設の掘削工事において遭遇した断層からの湧水量の減少速度を調べたところ、事前のボーリング調査から推定される断層内の水みちのつながり方(図2)と密接に関連することが分かりました。水みちのつながり方が二~三次元である断層では一か月経っても湧水量がほとんど減少しません。一方で、水みちのつながり方が一~二次元である断層では、数日~数週間で1/2~1/10まで湧水量が減少します。これらの関係が水みちのつながり方と水圧の伝搬の仕方との関係で説明できることがシミュレーションにより分かりました(図3)。水みちのつながり方が三次元に近いと、坑道近傍で大きな水圧差が保たれやすく、水を動かす駆動力がなかなか衰えません。一方で、水みちのつながり方が一次元に近いと、坑道近傍で大きな水圧差が保たれにくく、水を動かす駆動力が急速に衰えやすくなります(図4)。

これまで、坑道掘削時の湧水量の予測は、水みちのつながり方が三次元的であることが一般に仮定されていました。しかし今回の結果により、断層内の水みちのつながり方が一次元的だと非常に速い速度で湧水量が減少することが分かりました。一次元的につながった水みちが存在すること自体は以前から知られていましたが、このようなメカニズムが実際の掘削工事の現場で明らかにされたのは今回が初めての事例となります。

図2 事前のボーリング調査から推定される水みちのつながり方の分布と湧水箇所との関係
事前に地下研究施設周辺の地上から掘削したボーリング孔において、断層から地下水を汲みあげることで断層内の水圧に変化を与え、その過程で得られる流量や水圧の経時変化から断層内の水みちのつながり方の次元を推定しています。次元が高いほど、水みちが互いによくつながっている状態を表します。図に示すように、地下研究施設周辺では断層内の水みちのつながり方に明瞭な深度依存性が認められ、浅部では水みちのつながり方が三次元に近い一方で、深部では水みちのつながり方が一次元に近いことが分かります。今回検討する湧水箇所A、Bの断層はその位置から水みちのつながり方が二~三次元、湧水箇所C、Dの断層はその位置から一~二次元であることが推定されます。

図3 湧水箇所A~Dにおける湧水発生後の湧水量の変化とシミュレーション結果の例
事前の地上からのボーリング調査により断層内の水みちのつながり方が二次元~三次元であると推定される湧水箇所A、B(図2)の湧水量の観測値は、湧水量に減少の傾向がほとんど認められないという点で、水みちのつながり方を二次元あるいは三次元と仮定した場合のシミュレーション結果と整合しています(上図)。事前のボーリング調査により断層内の水みちのつながり方が一次元~二次元であると推定される湧水箇所C、D(図2)の湧水量の観測値は、一次元を仮定した場合と二次元を仮定した場合のシミュレーション結果の値の間に収まっていることが確認できます(下図)。

図4 湧水量の減少速度を支配するメカニズムを表す概念図
水みちのつながり方が三次元的だと広い範囲から一斉に一箇所に水が集まってくるので、(a)のような現象が起き、時間が経っても湧水量がほとんど減少しません。水みちのつながり方が一次元的だと、水圧が遠方まで伝搬しやすく、(b)のような現象により、湧水量が速く減少します。(b)の場合、一次元的につながった水みちが大きく蛇行するケースも考えられます。

【今後の展望】

今回明らかになったメカニズムは、実際のトンネル工事における湧水対策や工程管理に役立つと考えられます。例えば、事前のボーリング調査により掘削予定領域の断層内の水みちのつながり方の次元を推定しておくことで、湧水が発生した場合の湧水量の減少速度を予測できるようになることから、その予測に応じてセメント注入などの人為的な対策を見送るなどの判断も今後は可能になります。事前のボーリング調査がなくても、湧水発生直後の湧水量の減り具合を水みちのつながり方の次元と関連付けることで、その後の湧水量の減少速度を予測することも可能になります(図5)。また、高レベル放射性廃棄物の地層処分場において、廃棄体の緩衝材1)や坑道の閉塞に用いる粘土材料が湧水によって流されないようにするための対策を講じる際にも役立つと考えられます。例えば、坑道周辺の断層内の水みちのつながり方が一次元的であることが分かった場合(あるいはそのような場を選んだ場合)、時間を置くことにより非常に少ない量まで湧水量を減少させることができます(図5の青色曲線)。これにより、所定の量まで湧水量が減少するのを待って、粘土材料の施工を行うなどの方法も今後は選択できるようになります。

図5 湧水発生直後の湧水量の減少量からその後の湧水量の減少速度を予測する例
湧水箇所Dでは、左の図に示す通り、湧水発生後の7日間の湧水量は明瞭な減少傾向を示しており、その減少量をシミュレーション結果と比較すると、水みちのつながり方の次元は1.5に近いことが推定されます。このような場合、湧水量は33日後には1日目の湧水量の0.3倍まで減ると予想することができます。右図に示す通り、実際に0.3倍程度まで減少することが観測値より確認できています。このように、事前のボーリング調査がなくても、湧水発生直後に明瞭な湧水量の減少傾向が認められる場合は、その後の湧水量の減少速度を水みちのつながり方の次元と照らし合わせることで予測することが可能です。

【論文掲載情報】

雑誌名:Hydrogeology Journal, 31, 893-911 (2023), 10.1007/s10040-023-02628-3
論文タイトル:Effects of flow dimension in faulted or fractured rock on natural reductions of inflow during excavation: a case study of the Horonobe Underground Research Laboratory site, Japan
著者:石井 英一

【用語解説】

1) 緩衝材
廃棄体を封入する金属容器(キャニスターやオーバーパックと呼ばれる)を覆う粘土。放射性物質の移動を遅らせる効果などを期待。

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