磁場で発光色が変わる特性をジラジカル1分子で実現

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2023-06-14 分子科学研究所

発表のポイント
  • ・複数のラジカル[1]が集合した固体中でしか確認できなかったマグネトルミネッセンス(磁場で物質の発光色が変わる現象)の発現を、二つのラジカル部位を含む分子(ジラジカル[2])一つで実現した。
  • ・マグネトルミネッセンス発現に最低限必要なラジカル部位の数が2であることを明らかにし、これまで曖昧だったマグネトルミネッセンスのメカニズムの詳細を明らかにした。
  • ・これらの発現条件・機構に関する知見はマグネトルミネッセンス発現分子を化学的に設計・開発するための重要な指針となる。
概要

分子科学研究所の松岡亮太助教、草本哲郎准教授(現 大阪大学教授)、東北大学の木村尚次郎准教授、新潟大学の三浦智明助教、生駒忠昭教授らの研究チームは、磁場で物質の発光色が変わる現象「マグネトルミネッセンス」の発現を、二つのラジカル部位を含む分子(ジラジカル)一つで実現することに成功しました。これにより、曖昧であったラジカルのマグネトルミネッセンスの発現条件やメカニズムが明らかとなり、多種多様なマグネトルミネッセンス発現分子を化学的に設計・開発するための指針が示されました。
本研究成果は学術誌「Journal of the American Chemical Society」に2023年6月14日付けでオンライン掲載されました。

研究の背景

磁場が引き起こすものの性質の変化は、渡り鳥の方角認識やハードディスクドライブのデータ記録など、日常の様々な場面で活用されています。中でも磁場に応答した物質の発光特性の変化は、マグネトルミネッセンスと呼ばれ、発光デバイスの効率向上や高解像度光イメージングなどを可能にする現象として、盛んに研究されてきました。
近年、ラジカルと呼ばれる不対電子(スピン[3])を有する分子群が、通常の分子とは異なる原理に基づいたユニークなマグネトルミネッセンスを示すことが明らかとなり、注目を集めています。これまで報告されてきたラジカルのマグネトルミネッセンスは、発光性のラジカルを足場となるホスト分子[4]の固体中に埋め込み、部分的に集合させたときに観測されてきました(図1)。しかし、この手法では固体中でのラジカルの集合様式を完全に制御することはできません。そのため、最低何個のラジカルが集まればマグネトルミネッセンスを発現するようになるのかは明らかにできていませんでした。


図1. ラジカルを用いたマグネトルミネッセンス発現の従来手法。

研究の成果

今回、研究グループはコの字型の固い支持骨格に二つの発光性ラジカル部位を固定した分子(ジラジカル)を新たに設計・合成し、これが一つの分子(単分子)の性質としてマグネトルミネッセンスを示すこと—すなわち、最低2個のラジカル部位が集まればマグネトルミネッセンスを発現しうること—を明らかにしました(図2)。


図2. 本研究で実証したマグネトルミネッセンス発現手法と合成したジラジカルの構造。

室温・ゼロ磁場における発光スペクトルの測定から、合成したジラジカルは溶液状態で赤色の発光を示すことがわかりました。また、ジラジカルを非常に薄く分散させたアクリル樹脂(PMMA)試料からは、赤色発光帯に加え、近赤外領域にもう一つの発光帯が観測されました。一つ一つのジラジカルはPMMA中で孤立して存在していることが各種測定結果から示唆されているため、この近赤外域の発光帯は分子内のラジカル部位二つが相互作用した結果現れるエキシマー[5]的状態に由来すると考えられます。

次に、ジラジカルのPMMA分散試料の発光スペクトル測定を−269 °C(4.2 K)、外部磁場下(0–14.5 T)で行いました。その結果、磁場をかけていくに従いジラジカルの赤色発光が増強し、同時に近赤外発光が減弱しました(図3)。すなわち、孤立した一つ一つのジラジカルが、磁場に応答した発光色変化=マグネトルミネッセンス を示すことが明らかとなりました。そしてこの観測結果から、マグネトルミネッセンス発現に必要最小限なラジカル部位の数は2であることがわかりました。


図3. 外部磁場下でのジラジカルのPMMA分散試料の発光スペクトル(4.2 K)。発光スペクトルの形状変化は発光色の変化を表している


さらに研究グループは、発光スペクトルおよび各種波長(発光色)における発光減衰曲線[6]を様々な磁場・温度下で測定し、量子動力学シミュレーションと合わせて、マグネトルミネッセンスの発現メカニズムを提唱しました(図4)。メカニズムの鍵は、ジラジカルが持つ特殊な電子状態にあります。ジラジカルは分子内に二つの電子スピンを持ち、スピンが反平行な一重項状態[7]と平行な三重項状態[8]を取りえます。ジラジカルに低温で磁場を印加すると、スピンの向きが揃った三重項状態の割合が増加し、反対に一重項状態の割合が減少します。三重項状態と一重項状態のジラジカルは紫外光を当てるとそれぞれ赤色発光、近赤外発光を示すため、磁場による各状態の割合の変化に応じて、各発光帯の強度比の変化、すなわちマグネトルミネッセンスが起こります。不対電子を持たない(=電子スピンを持たない)通常の分子では、光を当てる前に取りうるスピンの状態が一通りしかないため、このようなメカニズムでのマグネトルミネッセンスは生じません。本研究では従来研究と異なり、集まるラジカル(部位)の数を2に限定して実験を行ったことで、ラジカルが示す特殊なMagLumの発現メカニズムの詳細を明らかにすることができました。

図4. 本研究で提唱したラジカルのマグネトルミネッセンスの発現メカニズム。発現に最も深く関わる部分を簡略化して表記している。

今後の展開・この研究の社会的意義

本研究によって、ラジカルのマグネトルミネッセンスは分子一つでも引き起こせることが実証されました。本成果を活用すれば、多種多様な発光色や磁場応答性を示すマグネトルミネッセンス発現分子を化学的に設計・開発できると期待されます。また、今回合成したジラジカルの大きさは約2 ナノメートル(ナノは10億分の1)ですから、マグネトルミネッセンス発現ユニットの大幅な小型化に成功したとも言えます。小型化は生体やデバイスへの機能素子の取り込みに対して大きなアドバンテージとなりえます。このように、本研究で得られた成果は、マグネトルミネッセンスを示す物質開発の可能性を大きく広げるのみならず、ラジカルが示す特異な光・磁気相関物性を応用へとつなげることに力強く貢献するものです。

用語解説

[1] ラジカル:「不対電子」を持つ分子の総称。分子中の電子は通常二つずつ対として存在するが、ラジカルには対を作っていない電子(=不対電子)が一つ以上ある。このような分子は一般に不安定だが、条件を満たせば安定化することができる。
[2] ジラジカル:ラジカルの中で、不対電子を二つ有する化学種。
[3] スピン:電荷とならび電子が持つ基本的な属性。電荷は電気を担うが、スピンは磁気の基となる。
[4] ホスト分子:ある分子の固体が別の分子を取り込んでいる場合、取り込んだ側の分子をホスト分子という。
[5] エキシマー:エネルギーの低い基底状態と光で励起された高エネルギー状態の分子からなる二分子の励起会合体。本系ではジラジカルが通常知られるエキシマーと特徴のよく似た発光を示したことから、その起源をエキシマー「的」状態と呼んでいる。
[6] 発光減衰曲線:光励起後の物質の発光強度の減衰過程を示す曲線。励起状態にある分子がどの程度の速度で基底状態に戻るかを調べるために測定される。
[7] 一重項状態:原子・分子の電子状態のうち全体のスピン量子数が0となる状態。
[8] 三重項状態:原子・分子の電子状態のうち全体のスピン量子数が1となる状態。

論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:“Single-molecule Magnetoluminescence from a Spatially Confined Persistent Diradical Emitter”(「空間的に近接固定化した安定ジラジカルが示す単分子マグネトルミネッセンス」)
著者:Ryota Matsuoka, Shojiro Kimura, Tomoaki Miura, Tadaaki Ikoma, and Tetsuro Kusamoto
掲載日:2023年6月14日(オンライン公開)
DOI:10.1021/jacs.3c01076

研究グループ

分子科学研究所
東北大学
新潟大学

研究サポート

科研費・若手研究 21K14649(松岡亮太)
科研費・基盤研究(B) 20H02759(草本哲郎)
科研費・基盤研究(C) 22K05048(三浦智明)
科研費・学術変革領域研究(A) 23H03945(生駒忠昭)
科学技術振興機構(JST) さきがけ JPMJPR20L4(草本哲郎)
中部科学技術センター 令和3年度学術・みらい助成金(松岡亮太)
ユニオンツール育英奨学会 科学技術研究費助成 R04-1-015(生駒忠昭)
内田エネルギー科学振興財団 試験研究費助成(生駒忠昭)
東北大学金属材料研究所 共同利用研究 20H0029、202012-HMKPD-0041(草本哲郎)
分子科学研究所 マテリアル先端リサーチインフラ事業 JPMXP1222MS5001(草本哲郎)
分子科学研究所 計算科学研究センター 22-IMS-C191、21-IMS-C237(草本哲郎)

8. 研究に関するお問い合わせ先

松岡 亮太(まつおか りょうた)
分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 助教

草本 哲郎(くさもと てつろう)
大阪大学 大学院基礎工学研究科 物質創成専攻 教授

三浦 智明(みうら ともあき)
新潟大学 自然科学系(理学部) 助教

9. 報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
新潟大学 広報事務室
科学技術振興機構 広報課

10. JST事業に関するお問い合わせ先

安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

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