2023-04-27 富山大学,港湾空港技術研究所,東京大学先端科学技術研究センター
ポイント
- 現代観測史上最大規模の2008年富山湾寄り回り波を駆動した大気擾乱場を詳細に解析。
- 2008年事例は、波浪の伝播に同調して日本海を南に拡がる海上風強制によって強化。
- 日本上空対流圏中上層での切離寒冷渦が、海上風強制域の南への広がりと持続に寄与。
概要
富山大学都市デザイン学部地球システム科学科の田口文明教授と同大学院理工学教育部大学院生の野村尚平氏(研究当時、現・株式会社中部プラントサービス)、港湾空港技術研究所の田村仁上席研究官、東京大学先端科学技術研究センターの岡島悟助教らの研究グループは、日本海を通過する大気擾乱と、日本海から富山湾に伝播する海洋波浪のスペクトルの詳細な解析により、2008年に富山湾に大きな沿岸被害をもたらした近年最大規模の寄り回り波※1の生成メカニズムを明らかにしました。
富山湾周辺の沿岸地域は、数年に一度、寄り回り波と呼ばれる普段よりも格段に波高が高い海洋波浪による沿岸災害に見舞われてきました。その中でも、2008年に富山湾を襲った波は、最も波高が高く破壊的な事例だったため、この2008年事例が、過去の同種の中規模な波浪事例と比較して、例外的に大きかった要因を調査しました。日本海に強風をもたらした大気擾乱を低気圧中心の追跡データと照合しながら詳細に解析した結果、日本上空の対流圏中上層に切離寒冷低気圧を伴って日本海を通過した2つの連続した低気圧が、高波の発生に寄与していることが判明しました。海洋波浪スペクトル※2の詳細な解析により、これらの低気圧が海上の強風域を南に拡大させながら、伝播する波にエネルギーを与え続けたことにより波のエネルギーが増幅されていたことをはじめて発見しました。
この研究によって解明された、極端に振幅の大きな寄り回り波の駆動要因に関する知見は、同程度の規模の寄り回り波の発生頻度が将来どのように変化するかについての推定や沿岸防災にも役立つことが期待されます。
研究の背景
富山湾は能登半島によって大部分を日本海から遮蔽されており比較的静穏な湾ですが、冬季には、日本海を通過する低気圧によって発生した波浪がうねりとなって南下する寄り回り波と呼ばれる波浪が、しばしば富山湾まで到達します。寄り回り波はおよそ数~十数年に1度の頻度で、富山湾沿岸域に大きな災害をもたらし、その中でも、2008年2月に襲来した寄り回り波は、最大波高が10m近くに及ぶ特に顕著な極端波浪事例でした(図1)。その後の研究でこの寄り回り波の要因はある程度まで解明されたものの、この事例が他の通常の規模の寄り回り波事例と比べて、何故段違いに大きな振幅を持つものであったかは十分に解明されていませんでした。そこで本研究は、大気循環力学と海洋波浪力学の専門家による研究グループを結成し、特に日本海での大気擾乱の特徴に着目し、それが如何に大振幅の波浪を引き起こしたかのメカニズムを詳細に調査しました。
図 1 富山湾沿岸における波浪現場観測に基づく寄り回り波 26事例の波高時系列。最大規模2008年事例(橙色)、2014年(緑色)・2016年(紫色)中規模事例、及びその他の事例(黒色)。横軸は、各事例における寄り回り波開始時刻からの時間。
研究の内容・成果
本研究ではまず、最終的に富山湾に到達する寄り回り波の起源となる日本海での波浪のエネルギーの伝播と、それを駆動する波の伝播方向に沿った海上風の大きさに着目し、最大規模の2008年寄り回り波事例と中規模の寄り回り波事例を比較しました(図2)。その結果、中規模事例では、従来から知られているように、日本海北部でまず風波と呼ばれる波浪が生成され、これが日本海から富山湾に向けて伝播する過程で風の影響を逃れ、うねりと呼ばれる長周期の波浪に変質する過程が確認されました(図2b右)。一方、2008年最大規模事例では、波の伝播とそれを駆動する海上風成分が同調して南下し、波が富山湾に到達する直前まで強化されていたことが分かりました(図2b左)。
次に、何故2008年事例では、波を駆動する海上風が南に伝播する波を追いかけるように持続したのかを探るために、気象庁によるメソスケール大気解析データ※3による海上風と、同データの海面気圧から同定した低気圧中心位置の追跡データ、及び、対流圏中層の高度場を詳細に解析しました(図3)。その結果、2008年寄り回り波の規模を大きくした要因である海上風の持続と南への拡がりは、日本上空でジェット気流が南に大きく蛇行した結果生じた対流圏中上層の切離寒冷渦※4(図3b灰色陰影)が関与していたことが明らかになりました。寒冷渦が地表付近の低気圧の東進を抑制した結果、波浪を駆動する海上風の持続に寄与すると同時に、寒冷渦の南下に伴って海上の強風域も波をおいかけるように南に拡がり(図3a)、波浪を強化しました。
波浪の現場観測データは富山湾奥の沿岸域でしか得られないため、数値波浪モデル※5を用いて、海上風データを境界条件として与えることにより、日本海で駆動され富山湾に向かって伝播する波浪の物理的な特徴(2次元波浪スペクトル、及び波浪のエネルギー伝播速度)を推定したところ、波の伝播速度(図2b左の黒実線)とちょうど同調した上記の風強制が、継続的に波エネルギーの増幅に寄与したことが確認されました。
図 2 (a) 2008年最大規模寄り回り波事例における波浪エネルギー(黒等値線, m2)と波浪の伝播方向を向く海上風成分の2乗(カラー陰影, m2/s2)。(b左)(a)と同じ。 ただし、経度(137º-143ºE)方向に平均した緯度・時間断面図。 (b右)(b左)と同じ。 ただし、2014年中規模寄り回り波事例。(b右)での黒実線の傾きは、波浪スペクトルの結果から推定した波浪のエネルギー輸送速度を表す。
図 3(a)2008年寄り回り波を駆動した海上風南北成分(カラー陰影, m/s)、海面気圧(青等値線)、及び海上風ベクトル(黒矢印)。黒丸は、同定された地表での低気圧中心。(b)(a)と同じ。ただし、対流圏中層500hPa面の高度(m)。切離寒冷低気圧の中心付近を灰色陰影で示した。
今後の展開
2008年事例と同程度の破壊的な規模の寄り回り波が今後再び発生するのか、また、発生するならどれほどの頻度で発生するのかは、富山湾における沿岸防災の大きな関心事です。本研究で、最大規模の寄り回り波を引き起こす気象擾乱の特徴とその海洋波浪へのエネルギーの輸送過程についての理解が深まったことで、今後、極端振幅の寄り回り波を引き起こしうる気象指数の開発が期待されます。そのような指数を、大気大循環モデル・気候モデルとそのダウンスケーリングによる日本海での海上風将来変化予測のデータに応用することにより、極端振幅寄り回り波の発生頻度の将来変化の推定が期待されます。
謝辞
本研究は、北極域研究加速プロジェクト(ArCSII,JPMXD 1420318865)、新学術領域研究「気候系のHotspot2」など複数の科学研究費補助金(19H05701, JP19H05702, JP19H05703, JP20H01970, 20H02263, 22K14097, 22H01292)、JST共創の場形成支援プログラムCOI-NEXT (JPMJPF2013)の支援を受けました。
用語解説
※1 寄り回り波
日本海北部で海上風からエネルギーを得て発達した風波が南に伝播しながらより長波長のうねりへと減衰・変質し、富山湾に到達する海洋波浪。典型的な周期は10-12秒、波高は3-5mほどであるが、10年~数10年に一度、富山湾に大きな沿岸災害を引き起こす。
※2 波浪スペクトル
ある地点の波のエネルギーを、波の周波数と伝播方向の関数として表現したもの。太陽光をプリズムで複数の色(波長の異なる太陽光)に分解するように、海面を伝わる複雑な形状の波を、単一の周波数と向きを持つ成分波の重ね合わせとして表現した際の各成分波の振幅を表す。
※3 メソスケール大気解析データ
大気の運動を流体が従う物理法則を数値的に予測する数値シミュレーションデータに、観測データによる補正を加えた、風速や気圧等の時空間格子データ。本研究では、日本域を水平5kmの解像度で覆う気象庁によるメススケール解析データを用いた。
※4 切離寒冷渦
対流圏上層でジェット気流が南に大きく蛇行したときに発生する寒気を伴う対流圏上層の低気圧。しばしば、豪雨や竜巻などの極端気象現象を発現させる。
※5 数値波浪モデル
風波として発生しうねりへと変質していく海洋波浪の生成・減衰・消滅過程を、流体力学の法則に従って波浪エネルギーの時間発展を定式化し数値的に解を求める数理モデル。本研究で用いた第3世代波浪モデルは、風からのエネルギー入力と白波砕波などによるエネルギー散逸に加えて、成分波間の非線形エネルギー輸送が考慮される。
論文詳細
- 論文名:
- Forcing Mechanisms Associated with the Destructive Record-High 2008 Ocean Wave in Toyama Bay
- 著 者:
- Shohei Nomura, Bunmei Taguchi*, Hitoshi Tamura, and Satoru Okajima (*責任著者)
- 掲載誌:
- Earth and Space Science