コロイドの動きを支配する新しい法則を発見

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2022-12-12 東京大学

○発表者:
ユアン ジャアシン(東京大学 先端科学技術研究センター 特任研究員)
高江 恭平(東京大学 生産技術研究所 特任講師)
田中 肇(東京大学名誉教授/東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員))

○発表のポイント:
◆異なる帯電状態を持つコロイドが、電場下の溶液中でどのようにふるまうかは、謎につつまれていた。
◆電場下で溶液の流動がある状況でのコロイドの挙動を、独自の手法でシミュレーションし、コロイド間に溶媒が流れ込む「逆スクイーズ流れ」の概念を確立した。これにより、コロイドの運動が劇的に遅くなることを明らかにした。
◆コロイド溶液の流れを電場で制御する法則を確立したことで、刺激応答性ゲルやフォトニックデバイスの効率的な設計にもつながると期待される。

○発表概要:
コロイド溶液(注1)は、外から電場を与えることで流れや変形などを制御できるために、基礎学理の観点だけでなく、実用面からも注目されています。コロイド溶液に含まれる個々のコロイドの帯電状態は同じではなく、しばしば、正負逆に帯電したコロイドが共存しています。しかし、電場下でこれらのコロイドがどのように動き、溶液がどのように流れるのか、互いがどのような影響を及ぼし合うのかをシミュレーションするには、多大な計算コストが必要となるため、これまでのシミュレーション研究では、溶液の流れは考慮されていませんでした。
東京大学 先端科学技術研究センターのユアン ジャアシン 特任研究員、同学 生産技術研究所の高江 恭平 特任講師、同学 田中 肇 名誉教授(現在:先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)の研究グループは、コロイド溶液の流動を計算可能な独自のシミュレーションを用いて、電場下で正負に帯電したコロイドが泳動する際、溶液の流動が果たす役割を明らかにしました。流動を考慮しない従来のシミュレーションでは、コロイドは複数の帯に分かれるのに対し、溶液の流動を取り入れることで、3次元ネットワーク状につながった構造ができることを発見しました(図1)。また、そのメカニズムとして、コロイド間に溶媒が流れ込む効果に由来することを発見し(図2)、「逆スクイーズ流れ」と命名しました。これにより、コロイドの運動が劇的に(6倍程度)遅くなることを明らかにしました。
この結果は、コロイド溶液を電場で操作する際に、溶液の流動を上手く利用することで、構造を選択できることを示しています。高い刺激応答性を持つゲル(注2)・フォトニックデバイス(注3)の設計や、生体内におけるコロイド輸送の理解につながるなど、幅広い展開が期待されます。

本研究成果は、2022年12月9日(米国東部時間)に「Physical Review Letters」に掲載されました。

○発表内容:
身の回りにある多くの機器は、押す・温める、などといった刺激を与えることで、光る・電気が流れる、などといった応答を示し、さまざまな用途に応用されています。そのなかでコロイド溶液は、コロイドや溶液の状態を容易に調整可能であり、外から電場を与えることで液体・ゲルの応答、たとえば、流れや変形を制御できるために、基礎学理の観点だけでなく、実用面からも注目されています。また、コロイドのサイズは、光の波長(数百ナノメートル)と同程度になりうるため、光を反射させたり閉じ込めたりする、フォトニックデバイスへの応用も期待されています。このようなデバイス作成にあたっては、正と負に帯電したコロイドを混合し、会合させることで、結晶を作ることが重要になります。このように、さまざまに帯電したコロイドの運動・構造化をシミュレーションで予測する際、電場下でコロイドが泳動し、溶液がどのように流れるのかを計算するには、多大な計算コストが必要になります。そのため従来は、主に計算コストを下げるために、コロイドの運動のみに着目し、溶液の流動は、考慮されてきませんでした。しかしながら、近年のシミュレーション研究により、コロイドの構造形成には溶液の流動が重要な役割を果たすことが、さまざまな場面で明らかになってきています。そのため、上記の問題においても、溶液の流動が果たす役割を明らかにすることが求められていました。
東京大学 先端科学技術研究センターのユアン ジャアシン 特任研究員、同学 生産技術研究所の高江 恭平 特任講師、同学 田中 肇 名誉教授(現在:先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー)の研究グループは、この問題に対処すべく、正負それぞれに帯電したコロイドが分散した溶液の電場応答をシミュレーションにより研究しました。FPD法(注4)と呼ばれる独自のシミュレーション手法を用いることで、溶媒の流動を伴うコロイドの泳動を計算し、流動を考慮しない従来のシミュレーションとの比較を行いました。その結果、流動を考慮しない従来のシミュレーションでは、コロイドは、複数の帯に分かれた構造を形成するのに対し、溶液の流動を取り入れたシミュレーションでは、コロイドが3次元ネットワーク状につながったゲル構造ができることを発見しました(図1)。電場がかかっている時、正負のコロイドは、逆方向に運動しようとしますが、その際、コロイド間に溶媒が流れ込むことで、その運動が劇的に遅くなることが、ゲル構造を形成する要因であることを明らかにしました(図2)。これは従来認識されていなかった効果であり、この流れのことを「逆スクイーズ流れ」と命名しました。「スクイーズ流れ」とは、コロイド同士が会合する際に、コロイド間の溶媒をはきだす流れとして知られており、スポンジなどを絞る際に水分が流れ出ることとの類似性から、スクイーズ=絞る、と名付けられています。今回発見した溶媒の流れは、このような「スクイーズ流れ」と逆の流れが起こっているため、「逆スクイーズ流れ」と呼ぶことにしました。
溶液の流動がコロイドの運動を大きく変えてしまうことや、外部刺激によって、コロイドの構造が変化することはよく知られています。しかしながら、今回のように、電場下でのコロイドの安定な構造が、流動の有無によって変化してしまうという結果は、他に類を見ない新しい結果です。溶液の流動を利用してコロイドの安定な構造を制御することは、その機能の制御にもつながります。たとえば、ゲルを変形させたときの硬さや、光を反射させたり閉じ込めたりするフォトニックデバイスの機能を制御することができるようになると期待されます。さらには、生体内のように、さまざまな荷電コロイドが電場下で運動しているとき、その輸送特性の理解にもつながるなど、幅広い展開が期待されます。

本研究は、日本学術振興会特別推進研究(JP20H05619)の支援を受けて実施されました。

○発表雑誌:
雑誌名 :「Physical Review Letters」(12月9日)
論文タイトル :Impact of inverse squeezing flow on the self-assembly of oppositely charged colloidal particles under electric field
著者 :Jiaxing Yuan*, Kyohei Takae*, and Hajime Tanaka*
DOI番号 :10.1103/PhysRevLett.129.248001

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
特任講師 高江 恭平(たかえ きょうへい)

東京大学名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)
田中 肇(たなか はじめ)

○用語解説:
(注1)コロイド溶液
コロイド粒子とは、直径nm(ナノメートル)~µm(マイクロメートル)程度の大きさを持つ粒子の総称であり、溶媒(水や油)の中に多数のコロイド粒子が存在している溶液をコロイド溶液という。

(注2)ゲル
ここでは、コロイド粒子同士が引力によりひきつけ合うことで作られる、つながった構造のことをいう。

(注3)フォトニックデバイス
光の波長(数百nm)と同程度の大きさのコロイド粒子により構造を作ることで、光を反射させる・閉じ込めるなど、特異な光学特性を有する材料のことをいう。

(注4)FPD法
Fluid Particle Dynamics(流体粒子動力学)法と呼ばれる手法のことで、コロイド粒子の運動と溶媒の流動を数値シミュレーションに取り込むことで、コロイド粒子の運動によりどのような流れが生ずるかを効率的に計算する方法。

○添付資料:
コロイドの動きを支配する新しい法則を発見
図1 正負に帯電したコロイドの溶液(赤色は正に帯電、青色は負に帯電したコロイドを表す)に電場を与えると、流動を考慮しない従来のシミュレーション(左図)では、複数の帯に別れた構造ができるのに対し、流動を考慮した今回のシミュレーション(右図)では、ゲル状につながった構造ができる。

画像2.jpg
図2 正負それぞれに帯電したコロイドは電気的に引き付けあっているが、電場を与えると、逆方向に進もうとする力が働き、分離する。その際、コロイド間に溶媒が侵入する効果「逆スクイーズ流れ」が発生し、分離が遅くなる。

1700応用理学一般
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