2023-03-09 東京大学,岡山大学,弘前大学
発表のポイント
- 量子液晶状態における電子の揺らぎが超伝導に与える影響を調べるうえで、近年注目されている鉄系超伝導体Fe(Se,Te)の上部臨界磁場を測定することに成功しました。
- 量子液晶揺らぎによって、超伝導電子対の形成を促す相互作用が強くなることを実証しました。
- 今まで知られていた磁気的な揺らぎによる超伝導状態との比較により、非従来型超伝導の発現機構に対する理解が次のステージへ進むことが期待されます。
「量子液晶揺らぎによる電子対形成」のイメージ図
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の向笠清隆大学院生(研究当時)、石田浩祐大学院生(研究当時)、芝内孝禎教授、同大学物性研究所の今城周作特任助教、金道浩一教授、岡山大学異分野基礎科学研究所の笠原成教授、弘前大学大学院理工学研究科の渡辺孝夫教授(研究当時)らの研究グループは、量子液晶状態(注1)の量子力学的な揺らぎ(量子液晶揺らぎ)によって超伝導電子対の結合の強さが増強されることを実験的に明らかにしました。
超伝導状態の物質に磁場をかけていくと、ある大きさで超伝導が消失します。研究グループはこの性質に着目し、鉄系超伝導体(注2)のひとつFe(Se,Te)の超伝導が消失する磁場の大きさ(上部臨界磁場)を測定し、超伝導が磁場を大きくしていくとどのように変化していくのかを調べました。その結果、磁場が大きくなるにしたがって超伝導状態が徐々に縮小し、そこでは強い量子液晶揺らぎが発達していることがわかりました。量子液晶揺らぎによって、超伝導電子対の形成を促す相互作用が強くなることを実証しました。
今回の成果は、「量子液晶揺らぎによる電子対形成」という新しいメカニズムによる超伝導が実現可能であることを示すものであり、これまでよく知られている磁気的な揺らぎ(注3)による超伝導と比較することによって、超伝導の発現機構に対する理解が大きく進展することが期待されます。
本研究成果は2023年3月6日付けで、米国科学誌『Physical Review X』にオンライン掲載されました。
発表内容
<研究の背景と経緯>
超伝導は物質の電気抵抗が低温で消失する現象で、リニアモーターカーや医療用MRIに使用されているほか、ロスのない送電線への応用も期待されています。また近年、量子コンピュータにおける基本素子など、計算技術の超高速化という観点からも重要視されています。
超伝導の実社会への応用可能性を広げることを目指し、より高温において超伝導を発現させるための基礎研究が世界中で進められています。初期に発見された鉛やアルミニウムなどの単体金属における超伝導はBardeen、Cooper、Schriefferの3人が提唱したBCS理論と呼ばれる基礎理論によって説明されており、この理論に基づけば結晶内の原子の配置から超伝導を示す温度を大方予想することが可能です。
しかしながら、最近ではBCS理論から予想される温度よりも明らかに高温で超伝導を示す物質が発見されており、これはBCS理論では説明できないため非従来型超伝導と呼ばれています。さらに高温で現れる超伝導を実現するためにも、この非従来型超伝導の発現機構を解明することが物理学における大きな課題となっています。
超伝導は無数の電子たちが何かしらの相互作用を介してそれぞれペアを組んで電子対を形成している状態との理解が確立しており、いわばこの相互作用を具体的に特定することが超伝導を理解する上での核心といえます。非従来型超伝導は磁性が抑制されることによって現れることが多く、そこで強く発達する磁気的な揺らぎが相互作用となって電子対が形成されている可能性が考えられています。
一方、最近では、非従来型超伝導を示す様々な物質において量子液晶状態という液晶に類似した電子状態が現れることが明らかになりつつあり、この量子液晶状態が抑制されることによる「量子液晶揺らぎ」も超伝導電子対を形成するための相互作用となりうることが提案され、多くの注目を集めています。
鉄系超伝導体のひとつである、セレン化鉄(FeSe)のセレン(Se)を一部テルル(Te)に置換したFe(Se,Te)は、量子液晶揺らぎが超伝導に与える影響を調べるうえで近年注目されている物質です。量子液晶状態は磁気的な状態と同時に現れることが多いのですが、Te置換量を増やしていくと、磁性が現れないまま量子液晶が抑制されていき、強い量子液晶揺らぎが発達することが発表者のこれまでの研究で明らかになっています。しかしながら、この量子液晶揺らぎが超伝導の電子対を形成する相互作用と実際になっていることを示すためには、より直接的な実験による検証が必要となっていました。
<研究の内容>
本研究では、超伝導が磁場によって壊れる性質に着目しました。超伝導状態の物質に磁場をかけていくと、ある大きさで超伝導が消失します。これは強い磁場により電子がペアを組めなくなってしまったためであり、その大きさを上部臨界磁場といいます。上部臨界磁場を測定することで、超伝導の電子対の結合の強さを調べることができます。今回の対象物質であるFe(Se,Te)の上部臨界磁場を測定するためには50 T(テスラ)もの強い磁場が必要です。今回、東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設が有するパルス電磁石と最先端の精密計測技術を組み合わせることによって、数十ミリ秒間の一瞬だけ60 T級の高磁場を発生させ、Fe(Se,Te)の上部臨界磁場を測定することができました。
さらに、本研究グループは、様々なTe置換量での上部臨界磁場を測定し、超伝導が磁場を大きくしていくとどのように変化していくのかを調べました(図1)。磁場をかけていない状態ではTe置換量に対してドームを描くように超伝導への転移温度が変化しますが、このドーム構造は磁場が大きくなるにしたがって徐々に縮小していることがわかります。さらにそのドームの中心は常に量子液晶が消失しかかっているTe置換量付近に位置しており、ちょうどそこでは強い量子液晶揺らぎが発達しています。この結果は、量子液晶揺らぎが磁場に強い超伝導を導いている、すなわち電子対の相互作用を増強していることを裏付けるものです。
図1:量子液晶状態を有するFe(Se,Te)における磁場下での超伝導転移温度
図中の丸印は磁場0 T(テスラ)、14 T、30 T、40 T、46 T下での超伝導への転移温度を表す(左軸)。灰色の破線は量子液晶状態への転移温度を指し(右軸)、それが0 ケルビンになる星印付近では、量子液晶揺らぎが増大する。その近辺で超伝導が磁場に対して特に強固であることがわかる。
〈今後の展望〉
本研究は「量子液晶揺らぎによる電子対形成」という新しいメカニズムによる超伝導が可能であることを示唆する重要な結果です。この量子揺らぎによる超伝導は、磁気的な揺らぎによるものと根底にあるメカニズムが全く異なると考えられます。今後これらを比較していくことにより、非従来型超伝導に対する理解が次の段階へ進むことが期待されます。
発表者
東京大学大学院大学院新領域創成科学研究科
芝内 孝禎(教授)
向笠 清隆(博士課程:研究当時)
石田 浩祐(博士課程:研究当時)
東京大学物性研究所
金道 浩一(教授)
今城 周作(特任助教)
岡山大学異分野基礎科学研究所
笠原 成(教授)
弘前大学大学院理工学研究科
渡辺 孝夫(教授:研究当時)
論文情報
〈雑誌〉Physical Review X(2023年3月6日付)
〈題名〉Enhanced superconducting pairing strength near a pure nematic quantum critical Point
〈著者〉Kiyotaka Mukasa, Kousuke Ishida*, Shusaku Imajo, Mingwei Qiu, Mikihiko Saito, Kohei Matsuura, Yuichi Sugimura, Supeng Liu, Yu Uezono, Takumi Otsuka, Matija Čulo, Shigeru Kasahara, Yuji Matsuda, Nigel E. Hussey, Takao Watanabe, Koichi Kindo, and Takasada Shibauchi* (*連絡著者)
〈DOI〉10.1103/PhysRevX.13.011032
〈URL〉https://doi.org/10.1103/PhysRevX.13.011032
研究助成
本研究は科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎教授)[JP19H05824]等の助成を受けて行われました。
用語解説
(注1)量子液晶状態
固体中の電子が量子力学的な効果により液晶に類似した性質を獲得した特異な電子状態のこと。電子集団の外場に対する応答が、方向により異なる性質(異方性)を示し、これは量子力学的な効果により固体中に液晶のような向きを持った電子状態が現れたと考えることができ、近年注目を集めています。
(注2)鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授(研究当時)の研究グループによって初めて発見された、鉄原子を含む超伝導物質群です。常圧下では銅酸化物高温超伝導体に次いで高い温度で超伝導を示す物質群となっています。
(注3)磁気的な揺らぎ
電子はスピンという自由度があり、これによりそれぞれが磁石のように整列する場合があります。結晶全体でスピンが整列した状態から時間的に変動することを磁気的な揺らぎといいます。
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新領域創成科学研究科 広報室