2023-03-08 農研機構,量子科学技術研究開発機構
ポイント
農研機構は、量子科学技術研究開発機構(以下、量研)、筑波大学及び東京大学と共同で、耐塩性のアズキ近縁種4種について塩水にさらした際の植物体中のナトリウムの分布を可視化し、4種がそれぞれ異なる分布を示すことを明らかにしました。このことから、これら4種は異なる耐塩性機構を持つことが示唆されました。本成果は、複数の耐塩性の組み合わせによる超耐塩性作物の創出を通じて淡水資源不足の解決に貢献することが期待されます。
概要
淡水(地下水も含む)は限られた資源である一方、農業は、最も多くの淡水を必要とする産業です。雨が少ない地域では、灌漑(かんがい)用水を地下水に頼らざるを得ませんが、このような地域で地下水を汲み上げるという行為に持続可能性はありません。このままでは、近い将来、灌漑用水だけでなく飲料水さえ十分に供給できなくなるのではないかという予測もあるほどです。
このような限りある淡水資源に起因する問題の解決策の一つとして、塩水でも栽培可能な作物の開発が挙げられます。海水だけでなく、一定以上の塩分を含んだ地下水は、淡水の地下水と比較して豊富な埋蔵量があるとされています。したがって、塩水を用いた水耕栽培が可能な作物を開発することで、淡水資源に依存しない農業生産を実現し得ると考えられます。これまでも多くの研究者によって耐塩性作物の開発が行われ、その結果、海水に浸っても枯死しない植物は開発されています。しかし、農業を営むためには、塩水で枯死しないだけでなく、十分に育つ作物の開発が必要です。
そこで、優良な耐塩性を備える新たな品種の育成に資する遺伝資源1)の発見を目的として、農研機構、量研、筑波大学及び東京大学の研究グループは、海岸で生育し高い耐塩性を示す野生のアズキ近縁種4種の耐塩性機構の解明に取り組みました。この目的を遂行するにあたって、私たちは放射線可視化技術を利用しました。放射線は本来視認することはできませんが、特殊な装置を使うことで、放射線を可視画像の中に捉えることができます。ナトリウムの放射性同位体2)(放射性ナトリウム)を植物の根から取り込ませ、この可視化技術で画像化すると、植物体のどこにナトリウムが蓄積されているのかを簡単に識別することができます。この方法で植物体内のナトリウム分布を調べた結果、耐塩性を有するアズキ近縁種4種は互いに全く異なるナトリウム蓄積パターンを示すことが明らかとなりました。これは、作物近縁種において多様な耐塩性機構が存在することを示した世界で初めての成果です。
この研究結果をもとに、複数の耐塩性に関わる遺伝子を同定できれば、従来よりもさらに高い耐塩性を備えた作物を創り出すことが可能となり、このような作物によって農業現場における淡水資源不足に起因する問題の解決に貢献することが期待されます。
関連情報
予算 : 科学技術振興機構さきがけ「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」JPMJPR11B6
予算 : 日本学術振興機構科学研究費助成事業「Vigna属耐塩性野生種のNa吸収に関するイメージングおよび全遺伝子発現解析」18H02182
予算 : 内閣府ムーンショット型研究開発制度「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」JPJ009237
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 遺伝資源研究センター センター長熊谷 亨
研究担当者 :
同 植物資源ユニット 上級研究員内藤 健
量研高崎量子応用研究所放射線生物応用研究部 研究員野田 佑作
広報担当者 :
農研機構 基盤技術研究本部 渉外チーム東城 僚
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 経営企画部 広報課
詳細情報
開発の社会的背景
世界におよそ3億haある灌漑農地のうち、約半分は塩類集積による塩害で作物の生育が阻害されています。さらに、食料増産のために乾燥地での灌漑農業が拡大した結果、湖沼や地下水などの淡水資源が急速に枯渇に向かっています。このような状況に対して、塩水でも栽培可能な耐塩性作物の開発が求められています。作物の中には耐塩性が高いものもありますが、イネやダイズ、野菜類、果樹類、牧草の多くは塩害には極めて脆弱です。
以上の状況から、近い将来、より高い耐塩性を有する作物の開発が必ず必要になります。そのためには、塩害に強い植物が持つ耐塩性機構を明らかにすることが重要です。
研究の経緯
農研機構では、多様な遺伝資源を農業生物資源ジーンバンク3)事業で収集・保存しており、有用な特徴を調べています。特にアズキの近縁種は多様性の宝庫であり、厳しい環境に適応した種や系統が多数存在することが知られています。これらアズキの遺伝資源について耐塩性を評価したところ、優れた耐塩性を示す種を複数見出しました(Iseki et al. 2016)。一方で、量研および筑波大学では、放射性同位体を用いた可視化技術によって、植物体内の元素の分布を明らかにする技術の開発を進めていました。この技術を用いて、農研機構、量研、筑波大学及び東京大学は、耐塩性の高い遺伝資源の調査を行いました。
研究の内容・意義
放射性ナトリウムと放射線可視化技術を使って植物体内のナトリウム分布を可視化した結果、耐塩性のアズキ近縁種4種は、それぞれ全く異なるナトリウム蓄積様式を示しました。
(1)耐塩性をもたない栽培アズキでは、葉に多くのナトリウムが流れ込んでいました。一般に植物の葉はナトリウムに極めて脆弱で、少量でも萎れてしまいます(図1①)。
(2)ヒメツルアズキでは、ナトリウムは根および茎のみに分布していました。これは根に吸収されたナトリウムが葉に流れ込むのを防ぐ機構の存在を示すと考えられます(図1②)。
(3)ヒナアズキでは、本来植物にとって弱点であるはずの葉に多くのナトリウムを蓄積していました。驚くべき結果ですが、この特異な耐塩性機構の詳細は現時点では未知であり、その解明は今後の重要な研究課題です(図1③)。
(4)ナガバハマササゲでは、展開したばかりの若い葉にのみナトリウムが蓄積され、他の部位への流入は抑えられていました。これは、ナトリウムを局所的に流入させることで他の部位を守っていると考えられます(図1④)。
(5)ハマササゲでは、全体にナトリウムが少なく、根からのナトリウムの取込み自体を防ぐ機構を持つと考えられます(図1⑤)。
以上の結果から、本研究で解析したアズキ近縁種4種は、それぞれ異なったタイプの耐塩性機構を持つことが示されました。このように異なる作用に基づく耐塩性を組み合わせれば、野生種よりも強い耐塩性作物を創出することができると考えられます。
今後の予定・期待
現在、農研機構ではこれら耐塩性アズキ近縁種のゲノム解析を進めており、それぞれの種がもつ特異な耐塩性機構に関わる遺伝子の単離を目指しています。当該遺伝子を明らかにできれば、従来は塩害に極めて脆弱とされていた作物であっても、複数の耐塩性機構を集積した「超耐塩性作物」に改良することが可能になると考えています。このように、新たな耐塩性機構に関する知見は、様々な作物の耐塩性を高める研究開発の基盤になるものであり、その研究開発の範囲を大きく躍進させることが期待されます。
用語の解説
- 1)遺伝資源
- 遺伝の機能的な単位を有する植物、動物、微生物に由来する素材であって、顕在的または潜在的な価値を有するもの。
- 2)放射性同位体
- 放射線を放出する元素。放射線検出技術を使ってトレースすることができるため、物質の動態や局在を調べるのに古くから用いられてきた。自然界に存在するナトリウムの大部分は放射線を発さない安定同位体だが、加速器などを使えば人工的にナトリウムの放射性同位体を作り出すことができる。本研究ではこの放射性ナトリウムを使い、植物に吸収されたナトリウムが植物体のどこに蓄積されるかを調査した。
- 3)ジーンバンク
- 生物多様性の保全のほか、新品種や医薬品の開発等に活用するため、植物、動物、微生物の遺伝資源を収集し、人工的に管理することで、保存、配布する仕組みまたは施設。
農研機構農業生物資源ジーンバンク : https://www.gene.affrc.go.jp/index_j.php
発表論文
Diversity of Na+ allocation in salt-tolerant species of the genus Vigna. Noda Y, Sugita R, Hirose A, Kawachi N, Tanoi K, Furukawa J and Naito K. Breeding Science 72 (4) pp326-331.
https://doi.org/10.1270/jsbbs.22012
参考図
図1. アズキおよびその近縁種に放射性ナトリウムを取り込ませて撮影した写真(左)と放射線可視化技術によって得られた画像(右)。
放射線可視化技術では色の違いが放射線量=ナトリウム蓄積量の多少を表します。耐塩性レベルは、1レベルごとに耐えられる塩濃度が50mM(≒0.3%)ずつ上昇します(レベル1=50mM, レベル2=100mM, レベル6=300mM)。最強のハマササゲは約1.8%の塩濃度まで耐えることができます。