2023-02-07 産業技術総合研究所
ポイント
- グラフェンを始めとする原子の厚みしかもたない薄いシートが次世代半導体として大きな注目を集めているが、大面積の絶縁性二次元材料が必要とされていた。
- 本研究では六方晶窒化ホウ素と呼ばれる絶縁性二次元材料を大面積に合成し、グラフェンのデバイス特性を大きく向上させることに成功した。
- グラフェンなどの原子シートに基づく次世代の半導体研究とデバイス開発をさらに加速して、将来の半導体産業に大きく貢献するものと期待できる。
概要
現代社会を大きく支えているシリコン半導体デバイスは、微細化によって高速化や省電力化が進められてきましたが、その微細化も限界に近付きつつあります。この問題を解決する材料として期待されているのが、グラフェンを始めとする原子の厚みしかもたない究極に薄い二次元の原子シート(二次元材料)です。今回研究した六方晶窒化ホウ素は、絶縁性の二次元材料であり、グラフェンなどの他の二次元材料のデバイス特性を著しく向上させるとともに、様々な興味深い物性を引き出すのに不可欠な材料です。しかし、六方晶窒化ホウ素は大面積の合成が難しく、現在でも研究では単結晶から得られる小さな剥離片が使われることがほとんどです。そのため、六方晶窒化ホウ素を大面積のデバイスに応用する報告はこれまで全くありませんでした。
九州大学グローバルイノベーションセンターの吾郷浩樹主幹教授、パブロ・ソリス-フェルナンデス特任准教授、研究スタッフの深町悟氏、大阪大学産業科学研究所の末永和知教授、産業技術総合研究所のユンチャン・リン主任研究員らの研究グループは、化学気相成長法と呼ばれる方法で均一な多層の六方晶窒化ホウ素を合成し、さらにそれを用いて大規模なグラフェンデバイスの特性向上につなげることに成功しました。特に、六方晶窒化ホウ素の合成法に加えて、グラフェンとの積層法やクリーニング法を詳細に検討することで、大面積に並んだグラフェンのデバイス特性を倍以上に高められることを実証しました。
本研究は、これまで難しかった大面積での二次元材料のデバイス化を可能にするものであり、次世代半導体の実現を通じて今後の半導体産業に大きく貢献するものと期待されます。
本研究の成果は2023年2月7日(火) 午前1時(日本時間)発行の英国科学誌「Nature Electronics」オンライン版で公開されます。
六方晶窒化ホウ素の大面積合成、及びそれによって実現されたグラフェンデバイスの特性の向上
研究の背景と経緯
現在の我々の生活に欠かせないシリコントランジスタからなる半導体デバイスは、回路の微細化によって高集積化が進み、機器の高速化、小型化、省電力化が進められてきました。しかし、シリコントランジスタの微細化が進むにつれて、界面の不安定性などに由来する特性の低下が起こり、微細化は限界に近付きつつあるとされています。このような中、グラフェンに代表される、原子の厚みしかもたない究極的に薄い二次元の原子シート(「二次元材料」と呼びます)が次世代の半導体を始めとしたエレクトロニクスに役立つと期待されています。代表的な二次元材料であるグラフェンは物質中で最高のキャリア移動度(※1)を示すことから、集積回路や様々なセンサーへの応用が進められています。また、遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)(※2)と呼ばれる二次元材料は、シリコンと同様に半導体のチャネル材料として優れた動作を示します。さらに、これらの材料を二枚重ねると超伝導や、特異的な発光を示すようになるなど、学術的にも非常に興味深く、世界中で活発に研究が進められています。
これらの二次元材料は、それを構成する原子のほとんどが表面に出ているため、設置する基板の凹凸や電荷、及び表面に吸着した酸素や水などに大きな影響を受けて、本来の優れた特性が発揮できないことが知られています。例えば、通常のシリコン基板の上では、グラフェンのキャリア移動度は理想的な値よりもはるかに低くなってしまいます。
上記の問題を解決できるのが、絶縁性の二次元材料である六方晶窒化ホウ素(hexagonal boron nitride (hBN))です。これは図1に示すように、グラフェンと同じ六方格子からなり、原子的にフラットな構造をもちます。グラフェンの上下を多層hBNで保護すると、グラフェンの本来の特性が現れ、電気・光特性が格段に向上することが知られています(図2)。また、TMDCにおいても、多層hBNはキャリア移動度や発光効率の向上などに役立つことが分かっています。このような理由から、二次元材料の物性探索や電子・光デバイス応用には多層hBNが不可欠となっています。しかしながら、グラフェンやTMDCとは異なり、多層hBNを大面積に均一に合成する技術は未だ確立されていません。そのため、単結晶hBNからテープによって剥離した、数ミクロンから数十ミクロンの大きさの剥離片を用いてグラフェンやTMDCの研究が行われています。今後の二次元材料の半導体応用を考える上で、デバイスに使えるレベルの多層hBNを大面積に合成することが強く望まれていました。
図1 多層hBNの構造
図2 グラフェンのデバイスにおける多層hBNの重要性
研究の内容と成果
本研究では、上記の課題を解決し、グラフェンやTMDCといった二次元材料のデバイス応用などを促進することを目指して、多層hBNの大面積合成を試みました。さらに、多層hBNとグラフェンを積層したデバイスを作製して特性を評価することで、今回合成したhBNの有用性についても検討を行いました。本研究で得られた成果は大きく分けて、以下の3点からなります。
1.多層hBNの合成
ホウ素と窒素を含む原料であるボラジン(B3N3H6)を高温下で反応させる化学気相成長法(chemical vapor deposition (CVD))という方法を用いてhBNを合成しました。FeとNiを主成分とする市販の合金箔を用いることで、厚みが2~10 nmの大面積の多層hBNを合成することに成功しました。なお、CVDで用いる合金箔は、ボラジン原料の分解、ならびに窒化ホウ素の生成において重要な役割を果たします。図3(a)が合成に用いた装置の外観で、ボラジンを約1200 ℃に加熱した反応炉に導入して、Fe-Ni合金箔と反応させ、箔の表面に多層hBNを得ました。図3(b)は、Fe-Ni合金箔からシリコン基板に転写した多層hBNの写真、及び光学顕微鏡による拡大写真です。色むらが少なく、厚さが比較的均一な多層膜が得られていることが分かります。
図3 (a) hBN合成用のCVD装置と (b) シリコン基板に転写されたhBN
2.hBNの転写とグラフェンとの積層
次に、多層hBNの特性評価のため、グラフェンとの積層について検討を行いました。多層hBN、グラフェンともに金属の上で合成するため、「転写」(※3)と呼ばれる作業が必要で、この転写は二次元材料の品質に大きな影響を与える重要なプロセスです。本研究では、図4に示すようなhBNとグラフェンの一連の転写と積層を検討しました。その結果、多層hBNの転写においては、標準的な金属箔のエッチング法(※4)よりも、金属の残渣を残さない電気化学法(※5)が、グラフェンにとって非常に好ましいことがラマン分光測定(※6)から明らかになりました。このような手法により、グラフェンをhBNで挟み込んだ構造も大面積に得られました。
図4 多層hBNとグラフェンの転写による、hBN-グラフェン積層構造の作製スキーム
3.グラフェンとhBNの積層デバイスの特性評価
最後に、CVD法によって大面積に合成した多層hBNがグラフェンの特性向上に寄与するかどうか、デバイスを作製して評価を行いました。図5(a)、(b)に、作製したデバイスの顕微鏡写真を示します。グラフェン/hBN積層デバイスの断面の電子顕微鏡写真(図5(c))とその元素分析から、11層の多層hBNの最表面に1層のグラフェンが存在することを確認できました。グラフェンデバイスのキャリア移動度を図5(d)に示します。各タイプのデバイスについて、60個以上のデバイスを測定して系統的な比較を行いました。その結果、電気化学法の方がエッチング法よりも高い移動度を示すこと、ならびにグラフェンの上下をhBNでサンドイッチすると移動度の向上効果が最も顕著に現れることを見出しました。
これまでもCVD法で合成した多層hBNを用いて、グラフェンデバイスの移動度向上を報告した論文は数件発表されています。しかし、それらの論文は不純物や欠陥を含まないhBNの最も良いエリアを数カ所だけ選んでデバイスを作っていました。本研究では図5(a)に示すように非常に多くのデバイスを作製して評価し、cmスケールの基板全体にわたってhBNの効果が見られることを示したところが特筆すべき点といえます。
図5 (a) グラフェンデバイスの光学顕微鏡写真。この図では基板の左側にhBNを転写した後、全面にグラフェンを転写することで、hBNの有無による違いを1枚の基板で評価した。(b) グラフェン/hBNデバイスの光学顕微鏡の拡大写真。(c) 断面の電子顕微鏡写真。(d) 各種デバイスのキャリア移動度の比較。hBNで挟まれたグラフェンのキャリア移動度が最も高いことが分かる。
今後の展開
今後、hBNの均一性を一段と向上させるとともに、hBNの大面積化を進めていきます。さらに、転写の際に生じる皺(リンクル)や気泡(バブル)などを抑制していくことで、グラフェンデバイスの一層の特性向上を目指します。それにより、グラフェンを用いた光・磁気・生体センサーの特性向上につなげ、産学官連携を通じてグラフェンの実用化に大きく貢献していきます。同時に、半導体として期待されるTMDCについても、本hBNを用いて物性を向上させ、次世代半導体の開発と産業応用へと貢献していきます。学術面では、種類の豊富な二次元材料の高度な積層技術を通じて、二次元物質の積層や空間によってもたらされる学理を構築して、日本発の「2.5次元物質」(※7)という新概念に基づく研究を展開していきます。
謝辞
本研究は文部科学省科学研究費補助金学術変革領域研究(A)「2.5次元物質科学:社会変革に向けた物質科学のパラダイムシフト」(21H05232、21H05233、21H05235、22H05478)(領域代表者:吾郷浩樹)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(JP18H03864、JP19K22113)(研究代表者:吾郷浩樹)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ナノスケール・サーマルマネージメント基盤技術の創出」(研究統括:丸山茂夫)における研究課題「二次元材料とナノ計測の融合による相変化伝熱の革新」(JPMJCR18I1)(研究代表者:高橋厚史)、「原子・分子の自在配列・配向技術と分子システム機能」(研究統括:君塚信夫)における研究課題「ナノ空隙を利用した原子・分子の配列制御と物性測定法開発」(JPMJCR20B1)(研究代表者:末永和知)の助成を受けたものです。
論文情報
掲載誌:Nature Electronics
タイトル:Large-area synthesis and transfer of multilayer hexagonal boron nitride for enhanced graphene device arrays
著者名:Satoru Fukamachi, Pablo Solís-Fernández, Kenji Kawahara, Daichi Tanaka, Toru Otake, Yung-Chang Lin, Kazu Suenaga, Hiroki Ago
DOI:10.1038/s41928-022-00911-x
用語解説
- (※1) キャリア移動度
- 物質に電場をかけたときの、キャリア(電子、正孔)の移動する速さに相当する。移動度が高いほど、デバイス動作が速くなることから、デバイス材料の重要な指標の一つである。単位はcm2/Vsで表される。
- (※2) 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMDC)
- モリブデンやタングステンなどの遷移金属と、硫黄やセレンなどのカルコゲン(第16族元素)から構成される、厚さが約1 nmの二次元材料。1~2 eVのバンドギャップをもつ半導体で、100 cm2/Vsを超える移動度を示すことから、ポストシリコン材料として期待を集めている。
- (※3) 転写
- CVD合成に用いる触媒金属上では、金属に電流が流れてしまい、デバイスとして利用できない。そのため、二次元材料を合成後、触媒金属から絶縁性の基板の上に移す必要があり、それを転写と呼ぶ。なお、二次元材料は極めて薄いため、転写時に破れやすく、一般的には高分子で保護しながら移す。この高分子が残存する可能性もあるため、一連の転写プロセスが二次元材料の最終的な物性を大きく左右することが知られている。
- (※4) エッチング法
- 二次元材料を触媒金属から転写する際に、金属を溶かすエッチング液中に浸すことで触媒金属だけを除去し、二次元材料を回収する方法。簡便で広く使われる方法だが、溶解しきれない触媒金属が残存する、金属の溶解に時間を要する、といった問題がある。
- (※5) 電気化学法
- 二次元材料が成長した触媒金属に電解液中で電流を流すことで、二次元材料と触媒金属の界面で水の電気分解による水素発生を促して、二次元材料を剥離する方法。短時間に行え、かつ二次元材料に金属の残留がほとんどないという利点がある。
- (※6) ラマン分光
- 物質の格子振動を測定する方法で、グラフェンにおいては、層数や欠陥に関する情報に加えて、ドーピングや歪みの有無に関しても知見を得ることができる。グラフェンをhBNと組み合わせると、グラフェンのドーピングや歪みの影響が大幅に低減されることがラマン分光から確認されている。
- (※7) 2.5次元物質
- 2021年9月から文部科学省の科研費プロジェクト(学術変革領域研究(A))において、「2.5次元物質科学:社会変革に向けた物質科学のパラダイムシフト」を推進している。このプロジェクトでは、二次元材料の積層や層間科学など、二次元材料がもつ多くの自由度や可能性を0.5次元と象徴的に表し、オールジャパンの体制で世界をリードする革新的な研究を展開することを目指している。
ホームページ:https://25d-materials.jp/
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