2022-12-09 国立天文台
台湾・国立中央大学/MITOS Science CO., LTD.の浦田裕次氏、東北大学学際科学フロンティア研究所(兼務 大学院理学研究科)の當真賢二准教授、同大学大学院理学研究科の桑田明日香氏(博士後期課程1年生)らを中心とした国際研究チームは、アルマ望遠鏡とヨーロッパ南天天文台・超大型望遠鏡を使い、宇宙最大の爆発現象である「ガンマ線バースト」の電波と可視光における偏光の同時観測を世界で初めて成功させました。それにより、偏光を使わなければ見えない隠れたエネルギーを含めたガンマ線バーストの本当の爆発エネルギーを推定し、これまでの推定の4倍以上となることがわかりました。この結果により、典型的なロングガンマ線バーストの起源となる星の重さや爆発の理論が修正を迫られる可能性があります。宇宙で最初に誕生した星は、それが引き起こすガンマ線バーストの観測によって探すことができます。その星の重さの測定は、宇宙の進化史の解明にもつながります。
この観測成果は、天文学専門誌『Nature Astronomy』に2022年12月8日付で掲載されました。
ガンマ線バースト [1] は、宇宙最大規模の爆発現象であり、非常に高いエネルギーを持った光であるガンマ線が短時間観測されます。その特徴から、ショートガンマ線バーストとロングガンマ線バーストに分類されています。ショートガンマ線バーストは、中性子星同士や中性子星とブラックホールの合体によって発生すると考えられており、そのときに重力波 [3] も生じるため、マルチメッセンジャー天文学 [2] の対象となっています。ロングガンマ線バーストは、特殊な重い星が、その一生の最後に起こす爆発現象です。ロングガンマ線バーストは、遠方宇宙でも発生し、宇宙で最初に誕生した星でも発生すると予想され、宇宙の成り立ちを観測することにおいても重要な天体現象です。つまり、ガンマ線バーストは、現代の天文学研究に欠かせない重要な天体現象です。
どちらのガンマ線バーストも膨大な爆発のエネルギーをさまざまな波長の光に変換します。この光は、ガンマ線から電波までの幅広い波長で観測されます。爆発エネルギー自体を直接見ることはできませんが、光は様々な望遠鏡で観測することができ、その光を集めて積算することによってどれくらいの爆発エネルギーであったか推定できます。ただし、爆発エネルギーが光に変換される効率をこれまでに測定することができませんでした。変換効率が低ければ、観測される光は、爆発エネルギーのごく一部だけを見ていることになります。逆に高ければ、見える光だけを積算することで、爆発エネルギーを精密に測れることになります。
本研究では、この変換効率を偏光という光の振動方向の偏りを手がかりに、初めて測定することに成功しました。日常生活でも偏光の特徴は、サングラスや車の遮光フィルムなどで利用されています。川や海などの水面のキラキラした反射光は偏光度が高く、偏光サングラスで見るとそれが取り除かれ、水の中がクリアに見えることを考えるとわかりやすいでしょう。サングラスの装着は簡単に行えますが、天文学観測では偏光測定は格段に難しく、あまり頻繁に行うことがありません。とりわけ地球から典型的に100億光年も離れたガンマ線バーストの光を捕らえて、その光をさらに偏りに分割し、微弱な信号を取り出す必要があります。そのため、人類が現在使うことができる最も大型の観測装置を使います。さらに、波長の異なる可視光と電波で偏光測定するには1台の望遠鏡ではなく、複数の大型望遠鏡を緊密に連携させなければなりません。その目的のため研究チームは、ヨーロッパ南天天文台が運用する超大型望遠鏡 [4] と世界最大の電波望遠鏡アルマ [5] を用いました。
今回観測したのは2019年12月21日に発生したガンマ線バーストGRB191221B [6] です(図1)。研究チームが世界で初めて電波残光の偏光観測に成功したガンマ線バーストGRB171205A [7] [8] の距離5億光年と違い、83億光年も離れた遠方宇宙で起きた「典型的な」ガンマ線バーストでした。「典型的」だったことは、日本がアメリカ航空宇宙局(NASA)などとの共同で開発・運用を行い、1000以上のガンマ線バーストを捉えた「すざく衛星」の統計的な解析結果と比べることで明らかになっています。
図1:ガンマ線バーストGRB191221Bの想像図(左)と普通の光と偏光した光で観測したGRB191221Bの観測画像(右下挿入図)。爆発のエネルギーが光に変換されたもの(残光)が観測されるが、偏光を使うことで爆発エネルギーを正確に推定することができる。
Credit:Urata et al./Yu-Sin Huang/MITOS Science CO., LTD.
この典型的なガンマ線バーストの残光の同時偏光観測は、爆発からわずか2.5日後に行うことができました。偏光観測では、天体の明るさが暗いと有益な結果を得られません。そのため研究チームは、爆発から最初の2日間は可視光と電波の残光の明るさを測定し、時々刻々と変化するガンマ線バースト残光が十分明るいかどうか確認しなければなりませんでした。研究チームのこれまでの観測経験をもとに、偏光観測に適切かをすばやく見極める手法を確立していたことが同時偏光観測の成功につながりました。その結果、電波の偏光度は可視光よりも低いことが明らかになりました。波長による偏光の違いから、残光を放射している衝撃波の詳細な状態を明らかにできます。特に、偏光を使わなければ観測できない隠れたエネルギーの割合を推定できます。つまり、爆発エネルギーが光へ変換される効率を測定することができます。
変換効率はこれまで100%と想定されていましたが、今回の結果は約30%以下となりました。つまり、この典型的なガンマ線バーストの本当の爆発エネルギーがこれまでの方法の推定より3.5倍以上大きかったのです。爆発エネルギーのもとになるのは爆発前の星の重力のエネルギーです。もし10倍以上大きければ、典型的なロングガンマ線バーストの起源となる星の重さや爆発の理論の修正を迫ることになります。宇宙で最初に誕生した星は、それが引き起こすロングガンマ線バーストを検出することで発見できる可能性があります。その重さの推定は宇宙の進化史の解明にもつながります。
浦田氏は、今回開発した測定手法を他のさまざまな種族のガンマ線バーストに適用することが重要であることを強調しており、以下のように述べています。「今回の手法を、史上最高エネルギーのガンマ線が検出された2022年10月9日のガンマ線バーストにも適用しています。これは100〜1000年に一度の歴史的なイベントと言われています。この爆発エネルギーの光への変換効率を測ることで、ガンマ線バーストの正体に迫れると期待しています。」
また、當真氏は「今回の手法の理論的部分は私が2008年に博士論文で提唱したものです。10年以上かけて観測が実現しました。これから観測例を増やして、ガンマ線バーストという宇宙最大の爆発現象の正体を明らかにしたい」と述べています。
今回の研究では、2つの大型望遠鏡の緊密な連携観測が必要で、両観測所スタッフのサポートが重要でした。特に欧米のクリスマス休暇や日本の年末休暇の時期に観測が行われました。本発表にあたり研究チームはアルマ望遠鏡とヨーロッパ南天天文台のスタッフへの謝意を表しています。
また、この研究は、台湾科技部研究補助金(MoST 105-2112-M-008-013-MY3、MoST106-2119-M-001-027)、日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H01245)、台湾教育部、および東北大学宇宙創成物理学国際共同大学院(GP-PU)の支援を受けています。また、本研究は、SDGsのうち、目標4「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」および目標17「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」に関連するものです。
論文情報
タイトル:Simultaneous Radio and Optical Polarimetry of GRB 191221B Afterglow
著者:Yuji Urata, Kenji Toma, Stefano Covino, Klaas Wiersema, Kuiyun Huang, Jiro Shimoda, Asuka Kuwata, Sota Nagao, Keiichi Asada, Hiroshi Nagai, Satoko Takahashi, Chao-En Chung, Glen Petitpas, Kazutaka Yamaoka, Luca Izzo, Johan Fynbo, Antonio de Ugarte Postigo, Maryam Arabsalmani, Makoto Tashiro
掲載誌:Nature Astronomy
DOI:10.1038/s41550-022-01832-7
[1]
ガンマ線バースト:
1960年代の冷戦下に宇宙空間での核実験を監視する衛星によって発見された天体現象です。発見から40年ほどはどのような天体が発生源か全くわかりませんでしたが、 近年の研究によって宇宙最大の爆発現象であり、大きく2種類の天体現象を起源としていることが明らかになっています。全天をX線やガンマ線で常にモニター観測すると1日に1〜2回も発生している天体現象です。現代の天文学では、いずれの現象も初期宇宙の探査やマルチメッセンジャー天文学を進める上で欠かせない天体現象となりました。
[2]
マルチメッセンジャー天文学:
電磁波(光)、重力波、ニュートリノ、宇宙線で協調して観測・解析を行って研究をすすめる天文学のことです。
[3]
重力波:
アインシュタインの一般相対性理論から予言される時空のゆがみの時間変動が波動として光速で伝播する現象です。2015年にブラックホール同士が合体するときに作られた重力波が初めて直接検出され、重力波を使った新しい天文学研究が爆発的に進展しています。
[4]
ヨーロッパ南天天文台の超大型望遠鏡:
ヨーロッパ南天天文台が南米チリ共和国・パラナル天文台(標高2635メートル)に建設した口径8.2メートルの4基の光赤外線望遠鏡の総称です。それぞれ1基ずつ独立に観測でき、ガンマ線バーストをはじめさまざまな観測を行っています。4基の望遠鏡を合わせて使うことで、光干渉計としても活用されます。日本のすばる望遠鏡と共に世界最大の光赤外線望遠鏡の1つです。すばる望遠鏡と違い南半球からでしか見えない宇宙を観測しています。
[5]
アルマ望遠鏡:
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)は南米チリ共和国北部、標高5000メートルのアタカマ砂漠に建設された電波干渉計です。2011年に科学観測を開始し、日本を含む東アジア、北米、ヨーロッパ南天天文台の加盟国と建設地のチリを合わせた22の国と地域が協力して運用しています。人間の目には見えない波長数ミリメートルの「ミリ波」やそれより波長の短い「サブミリ波」の電波を観測します。 合計66台の電波アンテナを1つの望遠鏡に見立てて使う電波干渉計です。
[6]
ガンマ線バーストGRB191221B:
NASAのガンマ線バースト専用衛星が2019年12月21日に発見したガンマ線バーストです。2019年12月21日には、ガンマ線バーストは2つ発見されており、2番目に発見されたことから発生年月日とともに「GRB191221B」と名付けられています。天体までの距離は、83億光年も離れた遠方宇宙で起きた「典型的な」ガンマ線バーストの一つです。
[7]
ガンマ線バーストGRB171205A:
NASAのガンマ線バースト専用衛星が2017年12月5日に発見したガンマ線バーストです。2017年12月5日に最初に発見されたガンマ線バーストのため、発生年月日と合わせて「GRB171205A」と名付けられています。典型的なガンマ線バーストと比べて5億光年と非常に近い宇宙で発生しました。観測史上最も明るいサブミリ波残光も発見されています。ガンマ線バーストと重たい星が引き起こす超新星爆発との関連が詳しく観測されたイベントの一つです。
[8]
同じ研究チームでは、ガンマ線バースト電波残光の初めての偏光検出を2017年にアルマ望遠鏡を使って実現させています(東北大学よりプレスリリース https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2019/11/press20191108-03-G.html)。この時には、可視光との同時偏光観測ができなかったため、ガンマ線バーストの爆発エネルギーの光への変換効率を精密に測定できませんでした。
また、謎の可視光突発天体AT2018cowもアルマ望遠鏡で観測し、偏光の手法を適用させました。その偏光の測定から、星の爆発が起源であり、高エネルギー宇宙線の加速源である可能性を指摘しています(東北大学よりニュースリリース https://www.sci.tohoku.ac.jp/news/20191107-10521.html)。