2022-07-22 産業技術総合研究所
ポイント
- アンモニア合成反応の停止・再開を伴う変動する運転条件でも高活性を維持する触媒を開発
- 既存触媒よりもアンモニアを1.5倍の高濃度で合成
- 再生可能エネルギー由来の、供給条件が変動する水素を利用したアンモニア合成プロセスの実用化に貢献
再生可能エネルギー由来の水素を利用したアンモニア合成
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)エネルギープロセス研究部門 エネルギー触媒技術グループ 西 政康 主任研究員、陳 仕元 主任研究員らは、ゼロエミッション国際共同研究センター 水素製造・貯蔵基盤研究チーム 高木 英行 チーム長、福島再生可能エネルギー研究センター 難波 哲哉 副研究センター長と、再生可能エネルギー由来の電力を利用して製造した水素を原料とするアンモニア合成に適した新しい触媒を開発しました。
この触媒は、スーパーグロース法で製造された単層カーボンナノチューブ(SGCNT)にルテニウム(Ru)とセシウム(Cs)を担持したものであり、水素供給の変動に合わせてアンモニア合成反応の停止・再開を繰り返す運転条件でも安定してアンモニアを合成することができます。また、既存触媒に比べ、1.5倍程度高濃度のアンモニアを合成することに成功し、従来法よりも低温・低圧条件において、平衡に近い高濃度のアンモニアを合成することに成功しました。再生可能エネルギー由来の水素は、気象条件によって製造量が変動します。この技術は、製造量が変動する水素を原料とするアンモニア合成プロセスの高効率化に貢献します。
なお、本研究成果は、2022年7月16日に「Journal of Catalysis」に掲載されました。
開発の社会的背景
アンモニアは分子内に炭素原子を含まず、燃焼してもCO2を排出しないため、化石資源に代わる燃料として利用する技術が注目されています。従来のアンモニア合成法であるハーバー・ボッシュ法は鉄触媒を用いて、化石資源から製造した水素と大気中に含まれる窒素とを400~600 ℃、100~300気圧という高温・高圧条件で反応させてアンモニアを合成しています。この方法では、化石資源から水素を製造する際に大量のCO2を排出します。そのため、太陽光や風力などの再生可能エネルギーから得られる電力で水を電気分解して製造した水素を使って、空気から得られる窒素とでアンモニアを合成する技術の開発が進められています。
一方で、再生可能エネルギーは気象条件によって発電量が変動するため、これを利用して水の電気分解によって製造される水素の量も変動します。そのため、水素の供給量に合わせてアンモニア合成プラントの停止・再開を行うことが想定され、反応条件の変動に対応できるアンモニア合成触媒が必要となっています。また、アンモニア合成反応に必要なエネルギーを抑えるために、従来法よりも低温・低圧条件で効率的にアンモニアを合成するための触媒の開発が求められてきました。
研究の経緯
産総研は、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」における「エネルギーキャリア(平成26~30年度)」事業(研究代表機関:日揮株式会社)において、従来法より低温・低圧条件でアンモニアを合成できる触媒を開発し、日揮株式会社が開発したプロセスを用いて、再生可能エネルギー由来の水素からアンモニアを合成する実証試験を行ってきました(2018年5月18日 産総研プレス発表)。今回、製造量の変動が想定される再生可能エネルギー由来の水素に対応し、低温・低圧条件で既存触媒よりも高濃度のアンモニアを合成する触媒の開発に取り組みました。
なお、本研究開発の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構の委託事業 内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」における「エネルギーキャリア(平成26~30年度)」事業、独立行政法人日本学術振興会の科研費(若手研究) 22K14483による支援を受けて実施されました。
研究の内容
研究グループは、活性炭やメソポーラスカーボンなどの炭素材料に、触媒金属であるRuとCsを担持した触媒の開発を進めてきました。今回、比表面積が大きいSGCNTを担体として利用することで、RuとCsをSGCNT表面に広く分散できることに着目し、本報告の触媒の開発に至りました。この触媒は、触媒活性点となる2 nm程度のRuナノ粒子を豊富に持ち、Ruナノ粒子の近くにアンモニア合成反応を促進するCsが存在します。触媒を反応器に充填して、再生可能エネルギー由来の水素を利用する際に想定されるアンモニア合成反応の停止・再開の繰り返し試験を行いました。図1に示すように、温度380 ℃、圧力6~10気圧の条件で窒素と水素を反応器に供給してアンモニアを合成し、その後、温度、圧力を室温、2気圧まで下げ、窒素のみを供給して反応を停止させました。再度アンモニア合成反応の条件に戻す操作を行ったところ、すぐにアンモニア合成反応が開始され、反応の停止前後で触媒性能の低下はありませんでした。また、この反応停止・再開の操作を140時間、計7回繰り返してもアンモニア濃度はほとんど変わらず、長時間の変動条件下で触媒の性能変化はなく、安定してアンモニアを合成できることを明らかにしました。
図1 開発触媒を用いた変動条件での長時間アンモニア合成
また、図1で試験した触媒は粉末状ですが、工業的にはペレット状や球状に成型する必要があります。図2に示すように、この触媒は圧縮するだけでペレットを作成することが可能です。作成したペレット化触媒の性能を評価するために、ペレット化触媒を反応器に充填し、温度400 ℃、圧力51気圧の条件で窒素と水素を供給したところ、既存触媒より1.5倍程度高濃度のアンモニアを合成することに成功しました。さらに、11~51気圧の圧力範囲では、アンモニア濃度が平衡近くに達するという非常に高いアンモニア合成活性を示しました(図2左下)。また、反応温度の影響を調べた結果、380 ℃、51気圧の条件で、最大のアンモニア濃度を示し、従来法よりも低温・低圧条件で高濃度のアンモニアを合成できることを明らかにしました(図2右下)。
図2 ペレット化触媒の性能評価
以上より、SGCNTにルテニウムとセシウムを担持した触媒が、再生可能エネルギー由来の水素から従来法よりも低温・低圧条件で高濃度のアンモニアを合成するポテンシャルを持つことを明らかにしました。
※本プレスリリースの図1と図2は原論文「A Super-growth Carbon Nanotubes-supported, Cs-promoted Ru Catalyst for 0.1–8 MPaG Ammonia Synthesis」の図を引用・改変したものを使用しています。
今後の予定
今後は詳細な触媒構造および反応機構の解析を行い、得られた結果を基に触媒を改良し、さらに低温・低圧条件でアンモニアを合成可能な触媒の開発を行います。
また、SGCNTや触媒金属であるルテニウムが高価であることから、将来的には、より安価な触媒の開発を目指します。
論文情報
掲載誌:Journal of Catalysis
論文タイトル:A Super-growth Carbon Nanotubes-supported, Cs-promoted Ru Catalyst for 0.1–8 MPaG Ammonia Synthesis
著者:Masayasu Nishi, Shih-Yuan Chen, Hiroyuki Tateno, Takehisa Mochizuki, Hideyuki Takagi, Tetsuya Nanba
用語解説
- スーパーグロース法
- 2004年に産総研の畠賢治博士らが開発した単層カーボンナノチューブの合成手法。化学気相成長法を用いた単層カーボンナノチューブ合成法であり、従来法よりも短時間で高純度の単層カーボンナノチューブを大量に合成することが可能である。
- 単層カーボンナノチューブ
- 炭素原子から構成される六角形の網目状構造が円筒状に連なり、0.5~5 nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)程度の直径を持つ一次元ナノ材料。
- 既存触媒
- 酸化セリウムにルテニウムを担持した触媒(2018年産総研プレス発表)。
- 従来法
- ハーバー・ボッシュ法。400~600 ℃、100~300気圧の高温・高圧条件で窒素と水素からアンモニアを合成する手法。
- 平衡
- アンモニア合成反応(N2+3H2⇄2NH3)のような可逆反応において、正反応(右向きの反応)と逆反応(左向きの反応)の速度が釣り合い、見かけ上反応が止まった状態。
- メソポーラスカーボン
- 2~50 nmの微細な孔を持つ炭素材料。
- 比表面積
- 単位質量当たりの表面積。
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