2022-02-04 海洋研究開発機構,鹿児島大学
1. 発表のポイント
- ◆AIを用いた画像解析によって、地上で撮影された海岸の写真等から、漂着ごみ(プラスチックや瓶・缶等の人工物、流木や灌木等の自然物)を検出することに成功。
- ◆海岸における漂着ごみの被覆面積の推定にも応用可能であることを確認。
- ◆開発された手法は汎用性が高く、このAI用の学習データセットは世界中で活用可能。
- ◆海岸におけるプラスチックごみの現存量や外洋への流出量推定の自動化への展開が期待。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是)付加価値情報創生部門 情報エンジニアリングプログラムの日高弥子臨時研究補助員および松岡大祐副主任研究員らは、鹿児島大学学術研究院の加古真一郎准教授と共同で、ディープラーニング(※1)を用いて海岸漂着ごみの被覆面積推定を行う新手法を開発しました。本成果により、人工知能(AI)技術を活用した新しい海岸環境モニタリングの実現に向けて大きな手掛かりを得ました。
海岸漂着ごみは、生態系を含めた海洋環境への影響が大きく、漁業や観光、景観維持においても大きな問題となっています。これまで、海岸における漂着ごみの実態調査が世界中で進められてきましたが、ごみの現存量を定量化するための汎用性および実用性に優れた技術の確立には至っていませんでした。
そこで本研究では、セマンティック・セグメンテーション(※2)と呼ばれるディープラーニングを用いた画像解析技術を応用し、地上からデジタルカメラ等で撮影された写真に対して画素(ピクセル)単位で海岸漂着ごみを検出する手法を開発しました。その結果、ごみの被覆面積の推定に応用可能であることや、学習に用いた海岸以外の海岸画像またはドローンを用いた空撮画像に対しても適用可能であることがわかりました。開発された技術は、デジタルカメラ等を用いて簡易的に撮影された写真はもちろん、空撮画像等さまざまな海岸モニタリングデータから海岸漂着ごみの現存量を推定するための汎用的な技術として実用化が期待されます。
本成果は、「Marine Pollution Bulletin誌」に2月1日付けオンラインで掲載されました。
- タイトル:Pixel-level image classification for detecting beach litter using a deep learning approach
- 著者:日髙弥子1*、松岡大祐1*#、杉山大祐1、村上幸史郎1、加古真一郎2
- 所属:1. 海洋研究開発機構、2. 鹿児島大学 *共同第一著者 #責任著者
- URL:https://doi.org/10.1016/j.marpolbul.2022.113371
また、本研究において作成したAI用学習データセットは、海洋科学分野のデータベースカタログSEANOEからオンライン公開されており、非商用かつ研究目的に限り、無償でダウンロードおよび利用することが可能です。
- タイトル:The BeachLitter Dataset v2022
- 著者:杉山大祐1、日髙弥子1、松岡大祐1#、村上幸史郎1、加古真一郎2
- 所属:1. 海洋研究開発機構、2. 鹿児島大学 #責任著者
- URL:https://doi.org/10.17882/85472
3. 背景
近年、国内または周辺国から大量のごみが海岸に漂着し、大きな社会問題となっています。特に海岸漂着ごみの7割を占めるプラスチックごみは、波や紫外線等の影響を受けて細かく砕け、マイクロプラスチックとして海洋に流出し、海洋生態系を脅かす一因となっています。また、各自治体においても、海岸機能や景観の維持を目的として、漂着ごみの回収や処理等、様々な対策を行っています。これまでは、海岸における漂着ごみの実態を把握し、海洋環境に与える影響を評価するため、研究者や自治体、NPO等によって人手による海岸漂着ごみの現存量調査が行われてきました。しかし、人手に頼った調査は、経済的な負荷や人的または時間的な制約により、範囲や頻度においての制限が大きく、また、精度の面でも限界がありました。近年では、ドローンや人工衛星を用いた客観的な現存量調査の例が報告されていますが、求められる技術レベルやモニタリングにかかるコスト、適用可能な範囲等において課題があり、より汎用的かつ実用的な技術の確立が求められていました。
一方で近年のAI技術の発展は目覚ましく、特にカメラ等で撮影された写真や映像の理解や解析において、大きな威力を発揮しています。例えば、自動運転や医療診断、工場生産の自動化等において実用化されている他、気象学や海洋学、生物学等、自然科学分野の研究においても活用が進んでいます。そこで本研究チームは、AIを用いた画像解析を、デジタルカメラ等で簡易的に撮影された海岸の写真に適用することにより、汎用性と実用性に優れた海岸漂着ごみの定量化を実現しようと、研究に着手しました。
4. 成果
本研究では、セマンティック・セグメンテーションと呼ばれるディープラーニング手法を用い、海岸の写真からピクセル単位で漂着ごみを検出する技術を開発しました。セマンティック・セグメンテーションでは、入力された写真に対して、各ピクセルが表すクラス(人工ごみ、自然ごみ、砂浜、海、空等)を出力します(図1)。ここで各クラスに特有のパターン(色や模様、形状等)を学習するためには、海岸の写真と、ピクセル単位でクラス毎に塗り分けられた正解ラベルのセットが必要となります。本研究では、山形県庄内総合支庁から提供を受けた海岸清潔度モニタリング写真3500枚に対して正解ラベルを作成し、訓練および評価用データとしました。
開発された手法では、プラスチック製品や瓶・缶、漁具等の人工ごみと、流木や灌木等の自然ごみをそれぞれ検出することも可能です(図2)。また、海岸漂着ごみ検出後の画像を真上から撮影した構図に射影変換することにより、海岸全体のごみの被覆面積を推定可能であることを示しました。この手法の精度は、ドローンによる空撮から得られた正解値との比較によって検証されています(図3)。今後、さらに海岸漂着ごみの体積の推定や、プラスチックごみの個数のカウント等にも発展させる予定です。
5. 今後の展望
本研究によって開発された技術は汎用性が高く、訓練データとして用いた山形県の海岸以外の海岸に対してもある程度適用可能であることがわかりました。研究の過程で作成した学習用データセットを公開することで、誰もが自分の目的に合ったAIを開発することに活用できるようになります。現在、本論文の出版および学習用データセットの公開に合わせて、データの詳細を記述したデータ論文の出版に向けて準備を進めているところです。
一方でAIには、学習に用いていない特徴をもつパターンの検出精度は低下するという問題もあります。本手法が、より汎用性の高い手法として全世界で活用されるようになるためには、世界中のさまざまな特徴の海岸またはごみの写真を撮影し、そこからAI用の学習データを作成し、チューニングを施す必要があります。
ここでキーワードとなるのが市民科学です。市民科学は、科学研究のプロセスにおいてアマチュア科学者が部分的または全面的に関与したものを指します。さまざまな地域に住む小中学生や自治体、またはNPOの方々が、モニタリング調査やSNS等を通じたデータ収集、学習用データの作成、またはAIの活用方法の検討等、さまざまな形で研究活動に参加することで、今後、各地域に特化したAI技術に進化していくことが期待できます。
謝辞
本研究成果は、山形県庄内総合支庁から提供された海岸清潔度モニタリングデータを活用したものです。また、本研究を進めるにあたり特定非営利活動法人(NPO)パートナーシップオフィスより多大なご支援を賜りました。本研究の一部は、環境研究総合推進費 戦略的研究開発SII-2、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術プログラム(SATREPS、JPMJSA1901)の支援を受けています。
用語解説
- ※1 ディープラーニング
多層化したニューラルネットワークを用いた機械学習の一手法であり、画像認識、音声認識、言語理解、行動認識等のさまざまな分野において従来の性能を圧倒する大きなブレイクスルーを起こしている。近年、地球科学分野においても、台風の予兆検出(2018年12月19日既報)や地震動の判別(2019年1月16日既報)等において活用されている。
※2 セマンティック・セグメンテーション
- 画像内の全ての画素(ピクセル)にラベルまたはカテゴリを関連付ける画像認識の一手法。近年ではディープラーニングを用いたセマンティック・セグメンテーションが、自動運転における車・道路・歩行者・景観等の認識や、医療画像処理における病巣・臓器等の認識において活用されている。
図1 セマンティック・セグメンテーションを用いた、海岸の写真からの海ごみ検出のイメージ図。写真に対して、ピクセル単位でのクラス分類が行われる。訓練用に2800枚、評価用に700枚の画像データを用いた。(写真は山形県から提供されたもの)
図2 入力画像、正解ラベルおよびAIによる推定画像の例。上段の例では、白いプラスチックケースが精度良く検出されている。中段および下段の例では、白いブイまたは空のペットボトルを自然ごみであると間違えてラベル付けしているのに対し、推定画像では人工ごみであると正しく分類している。(写真は山形県から提供されたもの)
図3 セマンティック・セグメンテーションと射影変換による人工ごみの被覆面積推定結果。地上で撮影した写真(左上)に対して、セマンティック・セグメンテーションを用いて海岸漂着ごみを検出し、真上から撮影したような構図に射影変換することでごみの被覆面積が推定可能である。ドローンによる空撮画像(左下)から推定した被覆面積の正解値と比較して誤差は10%程度であった。(写真は山形県から提供されたもの)
- (本研究について)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 付加価値情報創生部門 情報エンジニアリングプログラム
副主任研究員 松岡大祐
准研究副主任 杉山大祐 - 国立大学法人鹿児島大学 学術研究院 理工学域工学系
- 准教授 加古真一郎
- (報道担当)
- 国立研究開発法人海洋研究開発機構
- 海洋科学技術戦略部 報道室
- 国立大学法人鹿児島大学大学院理工学研究科
- 研究科・工学系総務課